2017年1月18日 (水)

毎日文化教室(新年会)

恒例になった新年会はホテルのレストランの個室。

ここは見晴らしがよく、手入れされたお庭が見える。

先ず全員揃ったところで写真撮影。





ワインと梅酒で乾杯。(昼間からワインを飲むと酔ってしまう私は梅酒。)

創作ディナーコースだったのか、お料理も手が込んでいて美味しい。

美味しさの前に眼福満点。


      先付は、胡麻豆腐

      旬菜は、9種類が美しく盛られ、梅の花と楪が添えられている。

      (菜の花辛し和え・柚子なます・鯛寿司・鰤柚庵焼き・海老芝煮 他)



      汁は、真丈とほうれんそうの清汁仕立て これは海老と水引人参。

      向付は、お造りのあしらい一式。

      煮物は、蕪・穂付筍・スナップ豌豆 他

      メインは、銀鱈柚庵焼き

      止肴は、チーズ茶碗蒸し(蟹身と銀餡)

      御飯は、じゃことかりかり梅の釜飯。





      デザートと珈琲をいだだき、この上ないしあわせな気分に。

      生きていることに感謝、生きていられることの幸いを思う。



と、優雅な少しばかり贅沢な時間を過ごしたが、実はこの新年会の日を

間違えていたのはわたし。

11時過ぎにKさんから電話があった。


      「今、どちらにいらっしゃいますか?」

                         「え、自宅ですが…」



      「今日は新年会で、西鉄久留米駅に11時集合ですが……」

                         「明日の水曜日じゃあないの?…」

と、言ったところで思い出した。

レストランが水曜日はお休みなので、火曜日に繰り上げたのだった。

西鉄久留米駅に集合して、タクシーに分乗して行くことに決めていたっけ。






さあ、大変ということで、大あわてで家を飛び出した。

最寄りの駅は普通電車しか停まらない。

急遽、博多駅まで逆戻りして、特急に飛び乗った。

乗ったのはいいが、長崎行きだったので、鳥栖で降車し乗り換え。

久留米駅からタクシーで約束のホテルへ。






もう、新年早々、みんなから笑われた。

しっかり者の?わたしのチョンボが可笑しい、可笑しいと。

たぶん、来年の新年会でもからかわれるだろうな。





しかし、火事場のバカヂカラみたいに、自宅から1時間弱で久留米の会場

まで駆けつけるわたしはスゴイ。(笑)

                         スゴクないですか?


 

 

2017年1月17日 (火)

2017年 「未来」 新年会

小正月(女正月)でもある15日、東京で過ごした。

過ごしたといっても、「未来」の新年会出席のために上京。

(そういえば、センター試験でもあったのだ。)



今回は「2016年 歌集について」のシンポジウムを傾聴したかった

のが大きな理由でもある。





      ①紺野万里歌集『雪とラトビア*蒼のかなたに』

      ②恒成美代子歌集『秋光記』

      ③江田浩司『想像は私のフィギュールに意匠の傷をつける』

      ④米田律子歌集『木のあれば』

      ⑤蒼井杏歌集『瀬戸際レモン』

      ⑥池田はるみ歌集『正座』

      ⑦小川佳世子歌集『ゆきふる』

      ⑧紀野恵『歌物語 土左日記殺人事件』






以上の8冊を、①②の担当は、堀隆博

         ③④の担当は、佐藤弓生

         ⑤⑥の担当は、嶋稟太郎

         ⑦⑧の担当は、盛田志保子  等の4名がパネリスト。





パネラーの方々がそれぞれの書をよく読み込んでおり、

引用歌も1冊につき20首ほどの詳細を極めた。

著者としてはとてもありがたいことであった。



所属する結社のなかでこのようなシンポジウムが開催されるのは、

好ましいと思った次第。






午後の歌会は「未来」1月号掲載歌から自選した1首を対象に批評が

行われた。近藤先生がいらした頃は、緊張感でからだが震えたものだった。

先生は歌の批評の時「〇〇さん、立ってごらん」などと会場を見回して

仰り、作者の顔を確認の上、「こんな歌ではダメだよ」と厳しかった。


その厳しさに触れるために、上京し、先生の言葉にしょぼんとして帰福

したものだったが……などと、昔のことに思いを馳せた。

それにしても、若い方々が受付や会場の設営・段取りなど、甲斐甲斐しく

立ち働いている。これは、「未来」の前途の明るさでもある。




世代交代を感じるのも、こちらが年齢を重ねたから、ということもあるだろう。

 

 

 

 

2017年1月16日 (月)

梅の花と翡翠(カワセミ) 小石川後楽園

梅の花を観に行かばやと思い、上京の折に小石川後楽園を散歩した。

飯田橋駅で下車すれば、歩いて行ける距離。


俳句の季語では、「観梅(かんばい)」は春。

しかれば「探梅(たんばい)」ならばと歳時記をを開くと、これは冬の季語。

だけど「探梅」は、山野を歩き回るのが、本来の探梅行らしい。

名所とされる梅林の花が咲き乱れているのを観るのでは、少々「探梅」とは

いえない、とか。

しかし、14日の土曜日は「探梅」にふさわしく、梅の花が咲き乱れるのでは

なく、園内を梅の花を探し歩いた感じなり。





ここの園の梅には、名前の木札が下がっているのがうれしい。

大盃(おおさかずき)・光圀(みつくに)・冬至・唐栲・小梅・やえかんこう・

白滝枝垂れ・青龍枝垂れ・くれはしだれ・道知辺 等々、30種類ほどの

紅梅・白梅が2月上旬には満開?。






大盃の紅梅を写真に写し、まだ若木だったがみごとに咲いていた

光圀の白梅にシャッターを押す。光圀は号を「梅里」と称するほど梅を好んだ

らしい。

あいにく、わがふるさとの「ぶんご」も「八重豊後」もまだ咲いていなかった。




ひとつ〈おまけ〉みたいに嬉しかったのが、蠟梅の木が2本あり、そのうちの

1本は「素心蠟梅」だったことだ。黄色の花がひときわ明るく点っている

ようだった。





この寒い園内を恋人たちがちらほら歩いている。

いいなぁ、と思いつつ眺める。渋谷の繁華街のデートよりよほどこちらの

方がいいよね。こういうカップルは信頼できる。(笑)

神田上水跡のあたり、円月橋の小道に4・5人のカメラを抱えた男性が。

みなさん静止状態で声もあげず、水辺を見ている。

「なんなの?」と、わたしも足を止める。

翡翠(カワセミ)だ。

背中の青い羽根がひときわ美しいカワセミ。

浅い流れの魚を飛び込んで捕らえる。その瞬発力。

「バシャ」と音がしたと思うと、すでに小魚を口に銜えている。

そして、さっと水辺の木に止まる。




この動作をにわかカメラマンのおじさんたちと20分ほど眺めていた。



かくして、わたしの東京滞在の2時間ばかりが、過ぎた。


2017年1月13日 (金)

第十七回りとむ二十首詠第一位作品  「りとむ」 2017年1月号

23編の応募作品の中から三枝昻之・寺尾登志子・田村元の3名の

選考のもとに越田勇俊(こしだ・ゆうしゅん)1996年生れが受賞している。




    スーツとはたやすい免罪符のようでおさない大人として生きる街

    せんせいと呼ばれることの不思議さにファミマばかりの街角に立つ

    赤ペンを胸ポケットに差すことがぼくにひとつの威厳(みたいだ)

    こんばんわ 君と過ごした一時間一〇〇〇円ちょっとの価値だ 

    泣けるね

    避妊具を自販機で買う いのちとはこう単純に潰されてゆく

    コンビニに慰められるコロッケやから揚げ母の代わりのようで

    カップ麺すするひとりの夏の夜のテレビは映すふるさとの海

    洗濯機にワイシャツひとつ投げこんでやっぱりぼくはこどもがいいや






「入選のことば」に次のように記している。


    ー略 今回の二十首詠のテーマは、実生活を忠実に掬いとること
    だった。



そのことに、わたしは少なからず感動した。

実生活はうたわない? 実生活をさらけ出すのはダサい、と言う若者が

多い?のに、あえてその実生活を忠実に掬いとるとは……こういう若者も

現に居るのだ。







    一位の越田作品、青春の自画像が巧みに表現され、一首の展開に

    面白さがあった。ごく身近な素材を活かしながら、読者を自分の世界に

    惹き付ける。十九首目の(引用歌では8首目の歌)下の句に弛みが

    あるが、今後の伸びしろに期待したい。

                        選考を振り返って  寺尾登志子


    越田勇俊「おさない大人」は、青春の自問自答を主題とした一連。

    歌の素材は「ファミマ」「赤ペン」「コロッケ」など、身近なありふれたもの

    ばかりだが、だからこそ、揺れ動く心がひりひりと際立つのだ。

                        幅広い魅力   田村  元


    「おさない大人」の自在な表現が描く今日的な青春像が一歩抜けて

    いると感じた。           世代の競い合い  三枝 昻之


引用歌の8首目、下の句。やっぱり(笑)、これを言うと、結論を出してしまう
ことになる。答えを急ぎ過ぎるような。この思いは全体で読者が感じてくれるのじゃないかな。(あ~ぁ、またよけいなこと言っちゃった。)



でも、惹かれる作品である。
塾かなんかでアルバイトをしながら大学生活を送る若者の等身大の世界が気負わず淡々とうたわれている。
(こういった連作が一位になる、そのことに歓びを感じる。)





そして、時に母のことや、ふるさとのことを想う、思いの素直さ。

ちなみに、越田勇俊くんは、東北大学短歌会の会長を務めている、らしい。

 

 

 

2017年1月12日 (木)

母はかなしゑ

「ことしのお正月も、お雑煮を食べていない……」

こんなつぶやきを知ったら、母のわたしはどうすればいい?

不甲斐ないというか、なんにもしてやれない自分がなさけない。




先日のカルチャーで S さんが〈お年玉〉の話をしていた。

彼女にはお孫さんがまだいない。

お年玉をあげる孫がいないのだが、毎年、息子さんと息子さんのお嫁さんに

お年玉をあげるんだとか。お嫁さんが「おかあさん、逆です。わたしたちが

おかあさんにあげないといけないのに。」と固持するらしいが、Sさんは、

「わたしのあそびだから」と言って、受け取ってもらうらしい。


いい話だなぁ~と思って聞いていた。

わたしも、そうしたい。

息子にも、お嫁さんにもお年玉をあげたい。

とは、いえ、息子にはお嫁さんがいない。

いないというか、所帯を持つ気持ちがこれっぽっちもないのだ。

その上、わたしが母親として、べたべたするのを極度に嫌う。(嫌われたく

ないので、そ~っと見守るしかない。)





そんなこんなで20年はとうに過ぎて、冒頭のような息子のつぶやきである。

「おお、かわいそうに。」と言ってやることができないわたしも勝気(笑)か。
(ほんとは、かなしいんだよ。泣いているんだよ。)


今日はふたりで太宰府天満宮にお参りした。

毎年、新年の恒例の行事である。

飛び梅は、ことしは0・5分咲きくらい。去年より多少咲いている感じ。

絵馬を書いている息子を見守る。

こうして、2人で来れるのはいつまでだろう?と、考える。




そして、Sさんに見習って、息子にお年玉をあげた。

最初は受け取ってくれなかったけど、「かあさんのたのしみなの」と言って

無理遣り、貰ってもらう(笑)





ああ、やった~って、感じ。

小正月をあかるく過ごせそう。

2017年1月 9日 (月)

『これからはあるくのだ』 角田光代  文春文庫

日常の身辺雑記風なエッセイを30篇くらい収めている。

その多くは朝日新聞(1996年)や『群像』(1996年2月・1999年6月)等に

発表されたもので、巻末に初出一覧がある。





角田さんのエッセイは、読みやすく、親しみやすい。

その理由はたぶんボケっぷりをさらけ出しているからだろう。

あ、わたしもこんなことってある、とか、ホントにそうだよねって、共感できる

からだろう。

      今でも私は一人で旅にでると、移動する際ふりかえる。

      ふりかえって、ホテルへの道、バス停への、鉄道駅への、

      きた道への道筋を、数秒間眺めている。それは迷わないためでは

      なくて、癖になって半ば無意識にそうしている。まったく、なんの

      役にもたたないのだが。           「犬印と方向感覚」




もう、まったくわたしも同じことをしている。

ことに上京すると、ホテルの場所、イベントの会場の場所など時間前に

下見して確認するくらいだ。それでも間違える時の方が多い。




(神楽坂の「鮒忠」の角を曲がると「日本出版クラブ会館」)と頭では理解して
いて確認済みなのに、その「鮒忠」が現実に見つからない。消えている。笑)


このエッセイの中で、ことに面白かったのは「十数年後の『ケンビシ』」。

「ケンビシ」がお酒の名前と知らずに、ラッピングして、お祝いの熨斗紙を

つける方法なのだと、十数年思い込んでいたこと。





そういえば、今から40年以上も前、「ケンビシ」即ち「剣菱」は、若者たちに

愛された酒?だったことよ。わたしは下記の歌で「剣菱」の名前を知った。





      酒飲んで涙を流す愚かさを断って剣菱  白鷹翔けろ

                 福島泰樹 『エチカ・一九六九年以降』より






さて、さて、この書『これからはあるくのだ』の「ーーあとがきにかえて」が、

また実にいい。





(昨日のRKBラジオの話題がーー「おとなだなぁ」と思うことーーで、
リスナーに募集していたことを思い出した。)







      はやくおとなになりたい。泣くおとなになりたい。絶望的で、ときには

      屈辱的ですらあった幼稚園をでて以後、理由もなく「泣かない」

      記録を更新しながら私はそんなことを思っていた。平均的である

      こと、いびつであること、枠内にきちんとおさまること、はみ出て

      しまうこと、そうなっていまうのでも、そうさせられてしまうのでも

      なくて、それらをきちんと自分で選びとることのできるおとなに

      なりたい。

「たしかにおとなはたいていのことを選ぶことができる、と年齢を重ねて

いくにつれ思う。」







                 解説 三浦しをん   定価 505円+税

 

2017年1月 8日 (日)

竹中優子さん、ラジオ初出演

RKBラジオの「こだわりハーフタイム」に竹中優子さんが出演?した。

「ザッツ招待席」というコーナー ? 。

アナウンサーの大野尚さん、福山智美さんの軽妙な掛け合い(笑)に、

先ず安心。緊張を解きほぐしてくれるような会話だった。



第62回、角川短歌賞受賞という栄誉、竹中さんはその大きな栄誉にも

関わらず、自然体である。そしていつもニコニコしている。そのニコニコ顔を

福山さんがおっしゃってくれたのは嬉しかった。


       三角定規で平行の線を引くときの力加減で本音を話す

       河川敷うつむき歩く春の日はラジオが好きな話をしてよ

                 第62回角川短歌賞受賞作「輪をつくる」より




       おじさんがおじさんに手をふっている桃がひかりを放つみたいに

                 第62回角川短歌賞 受賞第一作「表情」より





番組のなかで竹中さんが朗読した3首。これは番組の話題にちなんで

彼女が選んだ歌。

1時間半という長丁場。

このラジオで気付いたのだが、音楽がかかり、終わると、改めて竹中さんの

紹介をする。そのたびに「第62回、角川短歌賞受賞の…」と、説明。

なんだか5回以上聴いたような ?

(まぁ、角川さんの宣伝になったのは間違いない。)

その上、この受賞作品が掲載された2016年11月号を視聴者5名に

プレゼント。粋なことをするねぇ、と思った。





このプレゼントに当たった人が短歌をはじめて、何年かして、角川短歌賞を

とったら、もっといいのにね。(夢のような話だけど……)




あなたが大人になったなぁと思った時は ? の質問に「若くみられたいと

思った時」と答えた竹中さん、やっぱり、彼女の感性は素晴らしい。






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昨日、アサヒビール園に行く前にみんなと観た蠟梅の花。

今日も観に行った。

あたりいちめん馨しい。蠟梅の木の下の水仙も今が見頃。

夕方から雨になったので、散ってしまうかもわからない。

今日、観に行ってほんとうに、よかった。

 



       

2017年1月 7日 (土)

未来福岡歌会(新年歌会)

今年初めての歌会。

今日は久留米のMさん、筑紫野のMさん、香椎のMさんと新入会の方々が

揃い、初顔合わせになった。

春日からお仕事を終えて出席した三宅雅美さん、忙しいあいまを縫って

駆けつけてくれた竹中優子さんと、こんな嬉しいことはない。






わたしは今日のためにワインとKitKat(オトナの甘さ)を差し入れした。

みんなで乾杯のあと、合計61首の歌の相互批評。

新人さん?たちも見事な奥深い批評に感服。

3名のMさんがたもそれぞれの選者のもとで、精進してくれる

ことだろう。





終って、アサヒビール園で新年会。

みんなよく食べ、よく喋ったことよ。

年齢も歌歴も超えて、一緒に話が盛り上がることの愉しさ。

気持ちのいい新年会だった。






明日、8日の日曜日、RKBラジオに竹中優子さんが出演。

    15時~18時だが、登場するのは16時30分~18時くらい。

    生放送なので、彼女は聴くことが出来ない(笑)

    (のど飴舐めて、いい声出してね、と言っといた。)









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せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ  

の〈春の七草〉。昨日 Sさんからパック入りを頂いたので、今朝は

七草粥を土鍋で炊きました。邪気を祓い一年の無病息災と

五穀豊穣を祈りつつ、美味しくいただきました。


Sさん、お心遣いありがとうございました。

2017年1月 6日 (金)

映画「この世界の片隅に」

お正月についに観に行った。(原作・こうの史代)

アニメは今まで一度も観たことがない。

初体験のアニメ映画だった。

映画館がこんなに混んでるとは……

それでもどうにか席はとれた。

ザ・フォーク・クルセダ―ズの「悲しくてやりきれない」の曲が哀愁を

帯びて流れる。

画面、やわらかなタッチの絵が実にいい。

絵が得意だった少女・すずが広島の呉に嫁ぎ、

日に日に戦争の色濃くなる中での不如意な生活ながら、すずの

明るさと素直さがいとおしく感じられる。






すずの声を演じているのは、女優ののん(旧・能年玲奈)。

彼女の甘ったるい声がすずのキャラを充分に生かしている。



姪っ子と外出中に空爆に遭い、死なせてしまう。

そして、すずも右腕を失くす。

いよいよ戦局は不利になる一方で……8月へとなだれ込む。

「わたしはここで生きてゆく」

すずのけなげな声が耳に残る。








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久々に聴いた「悲しくてやりきれない」。

帰宅して花田先生コレクションのザ・フォーク・クルセダーズを聴く。

「青年は荒野をめざす」もいいけど、わたしは「イムジン河」がいちばん好き。





それは、そうと、予告編で観た中島みゆきConcert 「一会(いちえ)」を観に

行きたくなったよ。え、2500円だって ?

2017年1月 5日 (木)

去年より今年へ

高さ 24、55m 直径 2、88m 重さ 37、5トンの大梵鐘。

12月31日、この世界一大きな除夜の鐘撞きを見物するために

玉名の蓮華院誕生寺へ。

夜の11時より撞きはじめるのだが、着いた時にはすでに100名近い人が

並んでいた。





108の鐘撞きの8つは7、8名の道士の方々が撞いた。

あとは、並んで待っている氏子の人や、町の人、わたしたちのような

物珍しさに遠方から来た人々が撞く。

撞くといっても、とにかく大梵鐘なので、20人くらいの人が鐘より下がった

紐を一同に手にし、賭け声と共にいっせいに引いて、離すのだ。

「ゴオ~ン」と、えもいわれぬ響き。この鐘の音は島原半島まで

響き渡るとか…






☆    ☆     ☆





1月1日、阿蘇の大観峰は車・車で溢れていた。

駐車場に入れない車は、道の両側に駐車して、その道を歩くのも大変。

5時35分、外はまだ暗い。かねて調べていた国際宇宙ステーションが

東の空から北東の空へ飛んでいく時間だ。車から降りて空を眺める。

寒い、とても寒いが、星空が美しい。北斗七星もくっきり見える。

博多の空と違って、空が広い、大きい。

こんなにしっかり I S Sを観たのは初めて。

あの中にも人が居るんだな、と。( ニッポンは見えますか?)





阿蘇五岳を一望できる大観峰での初日の出。

ご来光を待つ人々があちらにもこちらにもぎっしり居る。

2000人以上の人たちだろう。さえぎるものがない360度の大パノラマが

広がる大観峰は、徳富蘇峰の命名だとか……

標高935、9m、阿蘇外輪山の最高峰である。




7時23分、待ちに待った初日の出。

雲一つない空にご来光が輝く。

明るくなると、眼下の雲海が目につく。雲海を見るのは初めてだった。

カルデラ一面を覆う雲海にしばし見入る。





大観峰を下ると、阿蘇の野や田んぼは霜で真っ白だった。

こんな霜を見るのも初めて。

初めて尽くしの「去年より今年へ」だった。




どうか、穏やかな1年になりますように。

«歌集『人魚』 染野太朗  角川書店