2020年5月31日 (日)

『豊旗雲』秋山佐和子歌集  砂子屋書房

2013(平成26)年から2014(平成27)年のほぼ1年間の作品458首を

収めている第8歌集。

膵臓癌のステージⅣだった夫君を看取る1年間の記録でもある。

 

   寒きころ何故に咲くかとダアリアを窓に眺めて夫のつぶやく

   病状を説明しすまないといふ 何ゆゑ詫ぶる妻なる我へ

   きつとそんなことはないから私が守るからさあ食べませう 鍋の蓋取る

   泣きたきとき泣くべし医師の息子言ひ月夜の坂を横切りてゆく

   青年の面影をふと夫に見る体重にはかに減りてゆくらし

   彼岸にて待つ人々の名前いふ夫にうなづくベッドのかたへ

   吾が泣けば夫がもつともかなしむと知るゆゑ枕に頭をかへす

   わたくしは負けないきつとわたくしは 夫の希望を信じ支ふる

   泣きたきはわれより夫と知りながら声あげ泣きぬ離れないでと

   印刷機のインクの補充いま夫にならひておかむメモに書きおく

   これからは馴れぬことばかり増えてゆくさういうことなり生くるといふは

   わたつみの豊旗雲に入日さし くちずさむとき胸処(ど)ひらけり

 

こうして書き写しつつ涙がこぼれてしまった。

同じ病いで夫を亡くしたばかりのわたしには読むのがつらい歌集であった。

たった1年の看病で死ななければならなかったのはどんなに口惜しくせつないことで

あったろう。

日々、書き記した4冊の歌の手帖。1年間に458首の作品。

歌人・秋山佐和子の気丈さが眩しい、せつない、かなしい。

 

それに引き換え、わたしは歌うことさえ憚(はばか)った。

何もかも封印してしまいたい思いであった。

「それから」のことなど、考えられず「そのご」の自身の姿が想像できなかった。

あの1年間のわたしは〈今日〉の〈今〉を送ることで精いっぱいだったような……

 

だが、今も、こうして生きている。

そう、うだうだでもいい、生きていこう、と。

 

 

                    2020年5月5日 初版発行

                       3000円+税

 

 

 

 

  

2020年5月27日 (水)

足立尚彦歌集『冬の向日葵』ミューズ・コーポレーション

「八雁」に所属する著者の6冊目の歌集。

10代、20代の頃は小説や俳句を志し、20代、30代では詩や音楽の

世界で頑張っており、その後、表現の舞台は短歌が中心になったと

「あとがき」に記している。

 

   もったいない生き方をしてもったいないおばけにもならず消えてしまえり

   掃除機で蜘蛛を吸ったがそのときの蜘蛛の苦痛に思いいたらず   

   殺されて切り刻まれて串刺しにされて焼かれて百二十円

   五十年使い慣れたるこの辞書のやぶれかぶれの我の老年   

   おひとりさまの老後資金を貯めきれぬままに老後を迎える予定

   もう何もかも歌えないことばかり 歌わないことは心地よい

   葬儀屋からの知らせで妻の十三回忌に気づきおりたり このでくのぼう

   死ぬことはわかっているが死んだ後誰が私をわかるのだろう

   白髪を黒く染めたよごめんなさい嘘つきですか罪びとですか

   「仕方ないじゃないか」とだけ言い残し妻の逝きにし夏がまた逝く

 

飄飄とした歌い口、妻を亡くした男の哀感がただよう。

2首目、「そのときの蜘蛛の苦痛」に思い至らなかった不甲斐なさ。

    その苦痛に改めて思い及ぶのだ。

3首目、四句目まで読むと何事かと胸騒ぐが、結句で安堵。要するにヤキトリなのだ。

6首目、「歌わないことは心地よい」とは、なんとかなしい言葉か。

    「歌えない」から「歌わない」への意思。

7首目、自身を「でくのぼう」と客観する余裕、笑ったあとのさびしさ。

 

 

巻末に収められている小説「冬の向日葵」をいっきに読む。

青春小説みたいな趣き。ぼくの名前は森田銀次、高校合格。

父親は森田タカビコ。会社を辞めて占い師になりたいと言い出す。

その後の顚末は、是非この小説を読んでほしい。

 

父親のタカビコは俳人でもあった。ぼくとオフクロに向かって言う

タカビコの言葉がなんとも味わい深い。

 

     「俳句は直感的なものなんだよ」

     「しょうがないなあ、二人とも。俳句は詩だよ。世界一短い詩だよ」

 

著者の足立尚彦氏は10代の頃、俳句を作っていたらしいので、この小説の作中の

タカビコの台詞も実感が籠っている。

 

 

            2020年5月27日 初版発行

              1800円+税

   

    

   

 

   

2020年5月25日 (月)

ふくろう(那珂川河畔)

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2020年5月24日 (日)

書棚

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2020年5月23日 (土)

那珂川夕景

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2020年5月17日 (日)

「きぼう」を見よう

19時53分、南西の方角から、北東へ光を曳くISS。

今夜は曇り空で見ることができないかもと思いつつ

ウォーキングの時間をそれに合わせて「りぼん橋」より眺める。

しっかり裸眼で見えた。ジョギングしている人に「見て、見て」と

声をかけたかったけど、やっぱり掛けることができなかった。

19時59分まで見えた。角度12度。

 

那珂川の河川敷の遊歩道は、ジョギングする人や散歩する人など

ちらほらと。水辺から西空を見ると夕焼けが綺麗だった。

「みのしまぜき(美野島堰)」で、水音に耳を傾ける。

 

今日の散歩では山法師の花に会った。

4枚の白い花びら。(実は花びらに見えるのは総苞片とか。葉っぱ ? )

四照花(シショウカ)とも呼ばれるらしいけど、「四」は縁起が良く

ないので……あまり使われない ?

 

歩数 4953歩、少ないっ。

 

ちなみに「希望」は、19日の19時55分、西空より北北東へ飛んで

ゆくらしいので、お天気だったら空を仰いでね。5分間くらい見える筈。

(これは、福岡時間・福岡上空の場合です。)

 

 

 

2020年5月15日 (金)

季節の便り(43)楝(おうち)の花

所用があって中央区白金まで行った。

行きは、迎えに来てくださったSさんの車に乗せていただく。

帰りは、Sさんを残して徒歩にする。

傘をさして雨の中を歩くのも久しぶり。

 

百年橋通りを「百年橋」の方向に向かって歩く。

橋のなかばまで来て、よ~く見ると橋のたもとの大樹に

薄紫の花が咲いている。あれは確か楝(おうち)の花。

別名・栴檀(センダン)。

うれしくなって大樹のそばまで行く。

下から見上げたいので、石段をおりて川辺に立つ。

高さは20メートル以上はあろうか。幹は5股にわかれている。

 

    どむみりとあふちや雨の花曇   芭蕉

 

そういえば昨年の今日、5月15日のブログにも楝の花のことを

書いたような…

憶良の「……わが泣く涙いまだ干(ひ)なくに」とか。

 

中央区から博多区まで歩いて帰ってきた。

万歩計 5181歩。

まだまだ緩い。

 

 

 

2020年5月12日 (火)

歌集『風と雲雀』富田睦子 角川書店

「まひる野」所属の第二歌集。

第一歌集の『さやの響き』(2013年 本阿弥書店刊)は、

「新しい母の歌」と注目されたらしいが、本集も前歌集の地続きの

様相を呈している。

 

   大きなるあけぼの杉のてっぺんが窓より見えて新しき家

   見くびると媚びるは同義カーテンの小花模様を吹く春疾風

   ゆうかぜの家ぬち身ぬちを吹き抜けて帰っておいでわたくしは森

   芽吹きつつ風と雲雀をあそばせてあけぼの杉は朝をよろこぶ

   叱られることは赦されることなのに肩甲骨を黙って洗う子

   わたくしがいつか消えてもその耳朶はわれの渚のおと記憶せよ

   今日なんか楽しかったと子の言えば泣きたいような夕焼けである

   わたくしを脱出できないたましいは公孫樹黄葉をひたすらに恋う

   秋茱萸の実は色づいて熊われは家路をいそぐ灯を点すため

   謎解きに倦みて左永子を読み継げばおんなのうたは見得切るかたち

 

1・3・4首、いずれも健康な、健全な歌。

生きる歓びにあふれた歌で、いささかの〈毒〉も無い。

好きな歌なのだが、わたしとしてはむしろ2首目のような思索?というか、

屈折がほしい。

 

5・7首目は、作者の「一人娘」の歌。

「あとがき」で、「一人娘の八歳から十二歳の期間にあたります」と、あえて

記すようにさまざまなかたちで娘さんのことがうたわれている。わたしは娘を

育てたことがないのでどうともいえないのだが、〈母と娘の関係〉が、やや

オソロシイ。

それは、五島美代子の歌が脳裏をよぎるからかもしれない。

沢山うたわれている娘さんの歌だが、その中で、5首目、7首目は好きだ。

ふたりの距離感がいい。

わたしはたぶん「べたべた」な、母娘の関係に嫉妬?していて、そんな歌は

苦手なようだ。

 

6・8首目の歌、個の思いをストレートにうたっていて好感を持つ。

この2首はいずれも初句が「わたくし」から、うたいはじめており、これが

本来の富田さんの〈素〉の顔だと思うのだが、どうだろうか。

 

そして、10首目の歌は、短歌形式で一篇の評論の量(かさ)がある。

見事な考察である。もう1首、わたしが舌を巻いた歌。

   

    富小路禎子は「こじらせ女子」なるか深夜読みおりふくみ笑いつ

 

「こじらせ女子」とは名言なり。

富田さんの、評論などの文章を注目して拝見しているのだが、彼女の今後の

仕事がたのしみでもある。

したたかに書いてほしい、いや、書けるひとだと確信している。

 

          

          まひるの叢書 370篇

          2020年4月29日 初版発行

            2600円+税

 

 

 

 

 

 

 

   

2020年5月11日 (月)

季節の便り(42)ベニバナトチノキの花

蟄居生活で2キロも体重が増えてしまった。

1月の頃のわたしの体重は、あれは何だったのか。

と、いうことで、このところ散歩を習慣づけている。

歩いたら体重が減るのかどうか、わからない。

わからないけど、とにかく歩くことにする。

 

近くの那珂川には、川の右岸と左岸に遊歩道があり、

ここではジョギングする人や、散歩をする人などがいつもいる。

いつも同じコースはつまらないので、ちょっと遠出をする。

博多駅近くの東領公園まで。

ここにはベニバナトチノキが8本ある。

薄い桃色の花が房状の花序を付けている。

ベンチに座ってしばらく眺めていた。

ああ、ことしもベニバナトチノキの花に出会えた。

マロニエと栃ノ木を交配してできたベニバナトチノキは

街路樹としても見られるようになった。

 

毎年、千早中公園の6本のベニバナトチノキを見るのをたのしみに

していたのだが、教室がお休みになってしまって行けないのだ。

西鉄香椎駅前にも10本ほどこのベニバナトチノキは植栽されている。

 

万歩計の歩数は6774を指している。

まぁ、これくらいが丁度いい。

 

 

 

2020年5月 9日 (土)

歌集『静電気』橋場悦子 本阿弥書店

2015年「朔日」に入会、それ以後の歌295首を収めた

第一歌集。

 

   跳びたくてイルカは跳んだと思つてた遠い夏の日の水族館

   ひとりきりで鰻を食つてうまいのか〈茂吉秀歌〉を父は覗きぬ

   疲れると小銭が増えるお財布が奥底にある通勤かばん

   はつなつの真昼の長き散歩して影の中では影を失ふ

   十月の空はこんなに明るくて目の奥にまで光がとどく

   真顔より気持ち目元を緩ませて接見室の扉を開けぬ

   謝つてくれればそれでいいと言ふそれが一番難しいのです   

   刑事より被疑者の署名の字のうまき供述調書もまれにはありき

   白いところは白い絵の具で塗りつぶすモローの絵には空白がない

   夜ごと夜ごと春の気配の濃くなりて行き交ふひとの影も膨らむ

 

2首目、茂吉の鰻好きに水をさすような父親の言葉。一人で食べても、隠れて

食べても、旨いものは旨いのだ、ねぇ茂吉サン。

 

3首目、「小銭が増えるお財布」、そうなんです。疲れるとレジなどの支払いの

時にじゃらじゃらと小銭を出すのが面倒くさい。それで紙幣でばかり払うと

小銭が増える。(お年寄りの人たちは小銭を出すのをおっくうがるとか ? )

作者は「疲れると」小銭を数えて支払いたくなくなるのだろう。

 

4首目、「影の中では影を失ふ」の把握というか発見。

5首目も「目の奥にまで光が届く」の下の句が詩的。

 

6・7・8首目は、仕事の歌。序文で外塚喬氏が「職場のことを詠ったらよいだろう」

と勧めたらしいが「素直に答えを返してくれなかった」と記している。

著者には著者の思惑があったのだろう。まして、専門的な職場であれば

守秘義務とか、あるいは自身を露わにしたくないとか…

でも、歌を読んでゆくと、仕事の歌は著者しか詠めないようにも思う。

橋場さんには〈仕事の歌〉をもっともっと詠んでほしい。

 

9首目の「モローの絵には空白がない」の歌を確認するために『世界名画の旅』

(朝日文庫 1989年刊)を開く。フランスの象徴主義のギュスターヴ・モロー。

そのモローのどの絵なのか知るために。でも、見当がつかなかった。

そこで知り得たこと。「生涯でモローが愛した唯一の女性は母親だった」こと。

今、わたしはモローの「出現」の絵を、文庫で観ている。

 

9首目と同じく、10首目も発見の歌。

「行き交ふひとの影も膨らむ」の発見が魅力。

 

このたび取り上げなかった歌の中にもキラーっと光彩を放つ歌が

多くあった。

 

 

                序文 外塚 喬

                朔日叢書第108篇

                                          2020年5月12日 発行

                 2600円+税

 

 

 

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