2019年9月17日 (火)

真玉(またま)海岸の夕陽 日本の夕陽百選

墓参を兼ねて故郷へ。

T ちゃんの運転で墓参の後、夕陽をみるために海岸の方へドライブ。

すでに真玉海岸には大勢の人たちが夕陽を待っていた。

まだ、時間がありそうなので、ちょっと先の粟嶋公園へ。

ここは「恋叶ロード」などと銘打って若い人たちがよく訪れる所。

見晴らしが実に良い。崖の下には大きな海が広がる。遥か向こうに水平線が。

 

真玉海岸に戻り、夕陽を待つ。

みな思い思いのところで太陽の落ちてゆくのを待っている。

そう、2・30人以上の人たちが海からの涼風に吹かれながら。

ここの海岸は遠浅の干潟が美しい模様を描くことで有名。

夕焼けにその干潟が染まり、干潟と干潟の間の海面に夕焼けが映る。

 

真玉海岸は「日本の夕陽百選」に選ばれている。

わが故郷の自慢(笑)したい場所の一つでもある。

暮れてゆく干潟で遊ぶ人たちもちらほら居てその姿がシルエットに

なるのもロマンチック。幻想的な風景である。

 

Kさんの庭に咲いていたフィソステギア(角虎の尾)を沢山頂いて帰る。

よき休日であったことよ。

これからの多少の苦難も乗り越えられそう……

 

2019年9月16日 (月)

『図書』2019年9月号 岩波書店

「こぼればなし」を読む。

 

    ◎こういう時代状況では、PR誌のあり方も変化していくのが

    趨勢ということでしょうか。KADOKAWAのPR誌『本の旅人』が

    七月号をもって休刊するとの報に接することになりました。

    九五年の創刊からほぼ四半世紀、二三年にわたる刊行でした。

 

おやおや、他版元のPR誌のことに編集子が触れている。

 

    ◎小林さん(『本の旅人』編集長)の指摘するように、紙媒体と

    電子媒体が単純に対立するものではないでしょう。電子書籍が

    紙媒体を近いうちに駆逐すると思われていた米国でも、紙の本

    への回帰ともみられる現象があるようです。

 

当ブログ(「暦日夕焼け通信」2019年7月4日)で『本の旅人』の休刊に

ついて悲鳴(笑)をあげた私としては、この「こぼればなし」に注目をした。

「紙の本への回帰」。そうあってほしいものと願っている。

 

さてさて、同・9月号の小池昌代さん(詩人)の「別離」は読み応えがあった。

梅を収穫し、梅酒に仕込む話なのだが、微に入り細に入り観察・考察して

いる。このエッセイの起承転結の「転」の部分で、若い頃の恋のことに

触れている。

 

    あの時、世界は崩壊した。

    約束というものは、はかないものだ。何の保証もないそんな危うい

    ものをかわし、わたしたちは平気な顔で断崖を生きていたのだ。

 

そう、このエッセイの「結」の部分は、どうぞ、ご興味のあるかたは、

『図書』9月号をゲットしてお読みください。(さぁ、走ってください。

なくなりますよ〜(笑))

考えさせられたエッセイ(短篇小説のような)でした。

 

    

2019年9月10日 (火)

季節の便り(31) 死なばこの重き大地よ曼珠沙華  石 寒太

本日は春日まで。

途中、曼珠沙華を見かける。「はやっ!」と思わず声に出る。

 

   マンジュシャゲは、法華経の「魔訶曼陀羅華曼珠沙華

   (まかまんだらけまんじゅしゃげ)」から出たもので、これは

   梵語の「天上界の花」「赤い花」の意味だという。そこで昔の

   人は墓地に植えたのである。

          『季語深耕[花]』(青柳志解樹 角川選書 より)

 

夕方、6時半過ぎ法師蟬がまだ鳴いていた。

   また微熱つくつく法師もう黙れ  川端茅舎

こんな台詞をたまには吐いてみたい。

夕顔の花は、昨日に続いて3つ開く。(そういえば「夕顔」は夏の季語だった。)

 

週末に墓参がてらふるさとに曼珠沙華を見に行きたい。(予定は未定)

お天気は大丈夫かしらん。

 

 

2019年9月 9日 (月)

『紫のひと』松村正直 短歌研究社

「短歌研究」作品連載他、総合誌などに発表された作品を収めた

著者の第五歌集。

表紙にも背文字にも「歌集」の文字は見当たらない。かろうじて帯に

「静けさと不穏が隣り合う第五歌集」の惹句がある。

 

歌集題も装幀も今までの歌集からはちょっと想像できないような艶っぽさがある。

「(略)新鮮な気分で歌に取り組みたいと考えた‥‥」(あとがき)の結果、かなり

構成された、練られた、一集の印象がした。

 

ただ、思うのは(個人的だが)作者の意図した方向へ誘引されてしまいそうになり、

「物語読み」したくなるのを、なるべく抑えて読んだことだ。

 

    上流へむしろながれてゆくような川あり秋のひかりの中を

    もう一度分岐点までさかのぼることはできずに枇杷の咲く道

    四天王のうちの二体は東京と京都に行きて本堂広し

    ふくざつな建物なれど矢印の向きに従い出口まで来つ

    皮膚が砂に覆われてゆく、感情の薄さを君に言われるたびに

    つかまえたはずが捕まえられていた洗濯ばさみに垂れるハンカチ

    生まれつき癇の強い子でありしかな柿の若葉をいつも見ていた

    連れ合いが死に、犬が死に、猫が死に、日当たりの良い家に母住む

    正直(まさなお)もずいぶん白髪が増えたわね食事の間に四度言われる

    どこへ向かうわけでもなくてまたここに戻りくる舟、ふたり乗り込む

 

1首目から4首目まで、方向を指示するような歌を偶々あげてしまったが、

これってかなり意味があるかもしれない。というのは10首目にあげた歌を

とても好きなのだが、この歌は『紫のひと』の全体の感じを象徴している

ように思えてくる。

集中の終りの方の「みずのめいろ」の1首。小題は漢字で書けば「水の迷路」

だろうか。

「上流へむしろながれてゆくような川」は、錯覚であり「分岐点までさかのぼる

ことはできず」に、「矢印の向きに従い」、結局「またここに戻りくる」

しかないのだ。

 

「物語読み」を禁じていた筈なのに、やはり誘引されたみたいだ。

集中の「君」や「あなた」の使い分け様は、なんなの? と、愚痴りたくもなる。

(5首目の「君」は、「妻」でないと言えないような言葉だけど、どうかな?)

そして、何より「書き下ろし」までして、加えて、構成していることだ。

 

歌を面白くするための、読者にサービスするための、

「性愛の歌」、ではないと信じたい。

切羽詰まった〈いのちの叫び〉であってほしいのだ。

謹厳実直な松村さんは「この先どこへ向かって進んで行くのか」(あとがき)

……行くのでしょうか。

 

 

           塔21世紀叢書三五七篇

            2019年9月3日

             2500円+税

 

 

 

 

 

    

 

 

 

2019年9月 8日 (日)

季節の便り(30) 栗ごはん

Mさんから頂いた栗、今年の初物。

早速、栗ごはんにした。

剥くのが大変だったけど、いまは便利な「栗剥き器」が売られている。

ほっこりと栗沢山のごはんになった。

 

今朝の朝顔の花は数えたら29個。

みんなピンクの曜白朝顔のつもりだったのに、2つだけ白いのが咲いている。

え、なんなの? と、つくづくと見る。(突然変異?なの。)

ゴーヤーは小さなのも含めて12個さがっている。

なかの1個が黄熟していたので、洗って種子を採る。

 

昨夕は夕顔の花が2つ咲いた。

9月に入って毎夕、2つ3つと咲いてる。

夕顔の花を見ると、亡くなった母を思い出す。

そういえば母の夢もこのところ見ない。

 

先週もあわただしく過ぎ、あっというまの(笑)1週間だった。

毎日文化教室の例年出している「合同歌集」(小冊子)は、原稿も全て集まり、

これから編集段階。今年は事務所の佐藤さんが入力・編集してくださるそうで

大いに助かる。

 

9月、10月、11月とあわただしい日々が続きそうだけど、体力の温存をして

無事に乗りきりたい。

それにしてもこのところつくづく思うのは「生活を慈しみたい」ということに

尽きる。

生活あってのわたしだから……

 

 

2019年9月 1日 (日)

歌集『人間旦暮(秋冬篇)』坪野哲久 不識書院 

本日は9月1日ということで「関東大震災記念日」でもある。

それによって「防災の日」も出来たわけだと知った。

 

明治29年9月1日生まれの坪野哲久に『九月一日』の歌集がある。

この歌集は紅玉堂書店より昭和5年に刊行されているが発売禁止に

なっている。この幻の歌集については歌誌「月光」の2019年4月 №58で

福島泰樹が「野晒の歌 坪野哲久 壱 『九月一日』前後 」として同誌に

13ページに及ぶ論を執筆している。(なお、同号では「坪野哲久没後三十年」 

の特集を組んでいる。)

 

今、わたしの手元にある坪野哲久の歌集は『人間旦暮 春夏篇』・『人間旦暮 

秋冬篇』(2冊ともに不識書院にて1988年12月に出版。)『留花門』(邑書林 

1989年11月刊)の3冊である。

9月1日生まれの哲久にちなんで、本日はこの3冊の歌集を繙く。

 

    輪読の果てたるあとに座の五人もりそばを食うわれの生日

    人間にいかなる虚位が要(い)るものぞ働かずして罪ふかく食う

    つつましく原初を想え人間は貴も賤もなく生まれいでしを

    いまの世のうざうざしきを拒むわれ思惟の残りを星へと運ぶ

           『人間旦暮 秋冬篇』「九月一日」より

 

 

連作の9首の中から4首のみ引用した。

書き写しながら身のひきしまる思いがしてくる。

安穏と生きている自分自身が鞭打たれる。

哲久が生きていたら「いまの世」をなんと詠むだろうか。

 

坪野哲久は「関東大震災に遭遇。在日朝鮮人の虐殺を目撃したことが、以後の

哲久に、大きな影響を与えることになる。(略)」(福島泰樹・「月光」文より)

関東大震災の日に17歳の誕生日を迎えている哲久。

 

本日は9月1日なり。

 

  

2019年8月31日 (土)

季節の便り(29)新涼

朝顔の花を数えたら、26個咲いていた。

濃いピンクに白い筋の入った「曜白朝顔」。この1種類のみ。

ことしは朝顔の花が沢山咲く。

 

そういえば夕顔も毎夕、1つ2つと咲き、一昨日は3つ咲き、昨日は4つ咲いた。

去年の日誌を見ると9月に入ってからの方が沢山咲いている。

 

今日で8月もおしまい。

キャンセルや忘れ物・落とし物をあれこれして散々な8月だった。

なかでも買ったばかりのカーディガン風のジャケットは1度しか袖を通していず、

惜しまれた。パラソルも結局出てこなかった。(自重・自重。)

 

          天上もわが来し方も秋なりき   中村 苑子

 

 

 

 

 

2019年8月27日 (火)

歌集『晨光』十鳥敏夫 飯塚書店

「ヤママユ」同人・運営委員の第八歌集。388首を収める。

歌集題の「晨光(しんくわう)」は、杜甫48歳の時の詩、

   幽尋豈に一路ならんや 遠色諸嶺有り 晨光 稍く朦朧たらば

   更に西南の頂を越えん

 

「ひとすじの光を求めて新しい旅に出立しようとした杜甫の心は、

現在に通じるものがあるのではないだろうか。」とあとがきに記す。

 

   おのづから死者の数ふゆ春ごとの花を訪ねてよはひ古るれば

   西行の求世(ぐぜ)のさくらに五濁なほ持て余しをるこころをどうする

   神の名において戦ひしこの国は次は何の名で戦ふならむ

   沖縄に眠れる不発弾二千トン処理にこれから七十年と

   人間がにんげんをころすが戦争といふたうぜんを映像は見す

   飲むほどに両手ひらひら踊り出す島びとたちのこの命力(ぬちぢから)

   をさなごと母と撫子を手折(たをり)をり百年のちも平和であれかし

   赤紙が来つればいのちは神頼み詣でしわかもの数やほよろず

   たつた一つありにし恋は南天の実が知れるなり 方代の歌に

   若葉光(わかばくわう)、新元号はめでたけれどそんなに浮かれゐて

         いいのか知らん

 

 

非戦の思いがそくそくとして胸を打つ一集であった。

10首あげたが、わたしが余計な解説や鑑賞をしない方がいい。

是非、このホネのある歌集を手にとられて読んでほしい。

 

2首だけ、追記。

2首目、作者には『西行の花』の評論集もあるくらいに、西行贔屓。

   「西行&十鳥」とも呼びたいほどの、西行ノボセ(笑)

   「五濁」って、何なんでしょう?

9首目は意外も意外。山崎方代サンの歌が登場する。この歌は好きな

       人が多い。

    「一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております」

 

 

           令和元年8月10日 第一刷発行

              1500円(税別)

 

 

 

 

   

2019年8月26日 (月)

歌集『はちぐわつ』佐藤伊佐雄  現代短歌社

作者・佐藤伊佐雄さんは広島県の宇品にお住まいである。

宇品埠頭には先生の歌碑が建っている。

   陸軍桟橋とここを呼ばれて還らぬ死に兵ら発ちにき記憶をば継げ

                           近藤 芳美



佐藤さんはジャーナリストとして活躍され、近藤芳美のドキュメンタリー番組を

広島のテレビ局で制作したことがあるそうだ。そんな縁もあって60歳を過ぎて、

短歌の世界に入って来られた。

このたびの第一歌集は、「未来」に入会した2012年秋から2019年春までの作品、

364首を収めている。

 

   片仮名でコレガ人間ナンデスと民喜が詠みし街のかげろふ

   標的となりたる橋を潜るときあぎとふこゑの風に顕ちたり

   終の日に〈崩御〉拒みて伝へたる吾に届きし異動辞令書

   白き雨そぼふる朝に碑に刻む「記憶を継げ」の文字の旧りたり

   堕ちたではなく落としたのです死んだではなく殺したのですピカドンは

 

1首目、原爆体験を小説にした『夏の花』の原民喜。

2首目、米軍の爆撃機が標的にし原子爆弾を投下したのは、広島の相生橋。

3首目、昭和天皇の〈崩御〉の言葉を巡って、決意をもって〈逝去〉の言葉を

   選んだのだが、「異動辞令」が下ってしまう。

4首目、歌碑に刻まれた「記憶を継げ」は、この歌集の題にも込められている。

 

 

気骨ある佐藤さんの歌が随所にある。それは佐藤さんの思想でもある。

そんな中にあって、心がふっと和らぐような下記の歌がさりげなく収められている。

 

    総身の葉うらを見せて戦ぎたるポプラ一樹はひかりをまとふ

    夕さりに茅花の穂綿しづまりてあはきひかりの風を待ちをり

    私は雲雀になつて空に消えます鉄路に倚りて妻を追ひたる

    天蓋を透きて広ごる虚空には三月のあをさんぐわつのしろ

    銹色の落葉を破(わ)りてさえざえと筆りんだうは青をほどきぬ

 

被爆から74年を迎えた広島、その広島の宇品の地から、これからも

気骨ある歌、やさしい歌を紡いでいくことだろう。

 

 

               

              跋  「時を背負う覚悟」 大辻 隆弘

                  2019年8月6日 発行

                     2500円+税

   

 

 

 

   

2019年8月18日 (日)

花山多佳子歌集『鳥影』 角川書店

『晴れ・風あり』以後の作品を収める。第11歌集。

1968年に「塔」に入会しているから50年以上「塔」に在籍している

ベテラン。「塔」選者でもある。

 

   めぐりみな若かりしかばめぐりみな老い人となる時は来向ふ

   布団の中にトランジスター・ラジオ持ち込みて浪花節聴きゐしは

        ほんとにわれか

   蒸し暑きこの夕まぐれ新米に手をさし入れてしばしを居りぬ

   刑務所の面会のごとしパソコンの画面の息子と言葉を交はす

   トランプの神経衰弱の気合ひもてプリントいちまい畳にさがす

   バスタオルの柄みな淡くなりたるをたたみつつゐて秋の夜なり

   うつむける幼子の口とがりつつボタンは穴にほら、通りゆく

   はらはらと飛び立ちゆける鳥影をいくたび見しや冬の散歩に

   「見る」と宣言をして鉄柵をにぎりしめたる子は川を見る

   左眼を手もて覆ひて読みゆくに脳はんぶんで読む感じせり

 

 

1首目、そういうことなんですよ。50年前はみんな若かった。

  その若かった「めぐりみな」も「老い人となる時」は、抗えない。

    ーー「芸術は長く人生は短し」(ヒポクラテス)ーー

2首目、「ほんとにわれ」なんですよ。自分でも自分のことが度し難い(笑)

    --「三たびわが身をかえりみる」(論語)ーー

3首目、忘我のひととき、至福のとき。新米はひゃっとして気持ちいいのかしら?

    ーー「物は試し」ーー

4首目、テレビのドラマなどで刑務所の面会などが放映されている。

    ただちにその場面が浮かんできたのだろう。母親である作者とカナダに

           居る息子がパソコン上で言葉を交わすことが出来る時代になったのだ。

5首目、いちまいのプリントとはいえ、気合を入れなければ出てこない。

    --「一念岩をも徹す」ーー

6首目、結句の「秋の夜なり」がまさに打って付け。夏の間、何度も何度も洗った

         バスタオルは陽に晒され、柄の色が落ちて淡くなってしまっている。

         生活の草臥れ感もただよう。

    --「明日は明日の風が吹く」ーー

7首目、ばあばが手を出したらいけん。

    --「初心忘るべからず」

8首目、歌集題になった歌。「雀鷂(つみ)とふ小さな鷹の白き腹みあげてゐたり

    五月の梢(うれ)に」の歌も好きだな。「あとがき」によると、

         雀鷂(つみ)は、カラスよりも弱い鷹だそうだ。

9首目、宣言をするところがカワユイ。わが愚息も幼子のころは何をするにしても

    「宣言」してたな。たとえば「オシッコ」とか…

10首目、2首目、3首目もそうだが、これぞまさしく花山多佳子の歌だ。

    この10首目など、なにやら哲学的でさえある。脳はんぶんで読んだら、

          あとの半分は明日つかえる?

    --「濡れ手で粟」ーー

 

と、まぁ、「ことわざの読本」を傍らに読み終えた『鳥影』。

不謹慎でごめんなさい。花山さんの「大根」の歌が強烈だったので、脳裏に

刻み込まれ、ついつい、そのような路線の歌ばかりを挙げてしまいたくなって、

困る。ほんとうに困る。

 

 

              2019年7月25日 初版発行

               塔21世紀叢書第353篇

                 2600円+税

 

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