2024年4月23日 (火)

合同歌集『陽だまり』7号 出来上がる  

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短歌サークル「陽だまり」の合同歌集、7号が出来上がった。

今回もまた会員の立石さんのお力により素敵な1冊に仕上がった。

お疲れさまでした。イラストを担当して下さったのは浦さん。

お二人様、ありがとうございました。

 

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1ヶ月に2度、集まって歌会をしている。

たのしいひとときである。

場所は、春日市大谷の春日市ふれあい文化センター内。

関心のあるかたは、どうぞ、恒成美代子までご連絡ください。

いつからでも出席は可能ですが、詳細をお知らせします。

 

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                                                           ヒメウツギ(姫空木)

 

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                                                       ジュウニヒトエ(十二単)

 

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                     シロツツジ(白躑躅)

 

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                      エニシダ(金雀枝) 

 

 

 

                

2024年4月22日 (月)

氏家長子歌集『風の舞う丘』青磁社  21日の続き

氏家 長子(うじけ ひさこ)さんは、平成18年、神社の宮司だった父親の急死により、

神職の資格を得て、宮司と教員の二重生活をしていた。

そして、令和4年3月、39年間の教員生活を終え、現在は、香川県琴平町の

大歳(おおとし)神社の宮司として司(つかさ)どっている。

 

     ⑨『滑走路』何度も手にした少年は何も語らず卒業をした

     ⑩離陸する着陸もする滑走路 帰ってきてほしいひとがいます

     ⑪ふるさとの海を離れた回遊魚止まったら死ぬ今のわたしだ

     ⑫面倒なことからいつも逃げていた朝のぽんかん爪立てて剥く

     ⑬内面は傷んでないと伝えたい濡れたトマトのように泣けたら

     ⑭突端の風の舞う丘〈事みなは神しろしめす〉海人の歌碑

     ⑮ガラス箱に遺品のひとつ『白描』が海のひかりを纏いてねむる

     ⑯はつ雪は枇杷の葉のうえ線路脇にわれもこうしてひとを待ちたい

     ⑰魔法瓶のような暮らしを終わらせるハクモクレンに会いたくなって

 

⑨の『滑走路』は、皆さんがたもご存知の萩原慎一郎歌集である。

 氏家さんは勤務先の小さな図書館に『滑走路』を立てかけていたのだ。

 その『滑走路』を生徒たちが次々に読み、付箋を貼り付けてゆく。

 この一連の小タイトルが『滑走路』であり、⑩の歌は、通信制高校をやめた

 生徒のことかも知れない。「帰ってきてほしい」せつなる願い。

 

⑭の歌集題になった「風の舞う丘」は、長島愛生園でその生涯を閉じた明石海人の歌碑が

 建っている丘だろう。海人は、ハンセン病に冒され、37歳で夭折している。

 本集の解説を執筆している三枝昻之氏が「風の舞う丘」について、詳細に記しているが、

 この連作は、りとむ誌の令和2年度の第21回20首詠第1位になったものである。

⑮は、明石海人の歌集『白描』であり、海人はこの歌集刊行の4ヶ月後に亡くなっている。

 

氏家さんの歌を読んでいると、⑯⑰のように、結句を口語体でおさめ、その口語体が

バランス良く、柔らかさを醸している。

詩情あふれる歌はきっと皆さんの心に届くことだと信じている。

 

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                 ヒメウツギ(姫空木)

          

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                  オオデマリ(大手毬)

 

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                 ツルニチニチソウ(蔓日日草)

 

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               氏家長子歌集『風の舞う丘』 青磁社

                                   (令和6年3月13日 初版発行 定価:2500円+税)

 

 

 

 

 

2024年4月21日 (日)

氏家長子歌集『風の舞う丘』青磁社  2回に分けて紹介。

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平成28年「りとむ短歌会」入会。

平成7年より「しおさい短歌会」で短歌を始めている。

本歌集は、りとむ誌に発表した作品を中心に、やまなみ短歌会、地元の歌会、各地の

短歌大会への応募作品などを収めている。

令和4年、39年間の教員生活を終え、それらの歌が収められてあり、ことに印象深い。

 

    ①どれほどの愛かわからぬ山間の水源地ふかく夕日が落ちる

    ②大丈夫、あなたがいるから大丈夫。そんなあなたにわたしもなりたい

    ➂半斤のパンを三日できっちりと食べ終えること ひとりというは

    ④北風にチーズバーガー食べたけど以前の自分に戻れなかった

    ⑤わが裡のホタルブクロに棲んでいるあるかなきかのひかりを信ず

    ⑥サンドバックになったのはわたしではなくてあなたのこころだったしんじつ

    ⑦「友だちがほしい」「私もそうだった」少女と冬の出口をさがす

    ⑧水たまりは飛び越えるものと信じてたけれど一緒に遠回りしよう

 

難しいことばはなく、いたって理解されやすく、それでいて歌に奥行がある。

本集を読了しての感想は、何なのだろう。じんわりと胸に沁み入ってきて、その

余韻にたゆたうような心地良さがある。

 

この「余韻」は、たぶん氏家さんの資質かもしれない。

誠実に日々を生きている精神が伝わってくる。

 

⑥の歌、サンドバックになって叩かれた作者自身よりも、叩いたひとの心を思い遣る

 心情。この精神の崇高さを思う。叩かれた痛みよりも叩いたひとの心根に及ぶ心の

 動き。

⑦「友だちがほしい」と告げた生徒 ? に対して「私もそうだった」と、共感の手を差し

 伸べる心遣い。これは上下関係ではなく、にんげんとして対等に向かっていることが

 窺える。だから一緒に少女と共に「冬の出口をさがす」のだ。

⑧「水たまりは飛び越える」のが、ふつうだし、その方が功利的かもしれない。だけど、

 時には「遠回り」でも、いいのだ。

 

長く生きていると、精神が鈍磨され、痛みを痛みとして感じられなくなるのが常であり、

心を寄りそわせることが疎かになったりする。

だが、氏家さんはいつの時も誠実で在り続けた。そのことが尊いと思う。

 

次回は、歌集の後半について感想を記したい。

 

 

               解説・帯  三枝昻之

                                           りとむコレクション 133

               令和6年3月13日 初版発行

                                                 定価:2500円+税

 

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                    スズラン(鈴蘭)

 

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                    シラン(紫蘭)

 

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                  クンシラン(君子蘭)

 

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                ナンキンハゼ(南京黄櫨)の若葉

            


  

2024年4月20日 (土)

季節の便り(208) ネモフィラに、逢いに行く

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海の中道海浜公園のネモフィラに、逢いに行く。

久しぶりの海、穏やかなひとときを過ごした。

 

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                    マツヨイグサ(待宵草) ①

 

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                                                     キンポウゲ(金鳳花)

 

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                       トベラ(海桐)

 

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                   ベニバナトチノキ(紅花栃の木) 

 

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2024年4月18日 (木)

石田波郷「俳句は私小説だ」……

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                                                  2024/4/18       那珂川河畔

 

4月16日の当ブログで『季刊午前』の吉貝甚蔵さんの評論「私小説私論」を紹介したのだが、

その繋がり ?  で、石田波郷の俳句のことに思い及んだりした。

と言うのも、現代俳句の世界7の『石田波郷集』の解説で三橋敏雄が以下のように

書いていたのを思い出したので、その個所を以下に。

 

       (略) たとえば、かねてより「俳句は私小説だ」といい、「俳句は風雅の道

       である」といい「俳句は偽らず」といい、その他、ふだんの言々句々をあわせて

       思うことができよう。なお、波郷における「境涯俳句は物語の断片を詠えという

       のではない。生けるかなしみ、生ける甲斐を詠うものなのだ」とするところにも、

       いわば自身の境涯をつねに作句の根底に置く背水の陣に似た意識がうかがえる。

       

 

               霜の墓抱き起されしとき見たり

               夜半の雛肋剖きても吾死なじ

               えごの花一切放下なし得るや

               妻が来し日の夜はかなしほととぎす

               満天星(どうだん)に隠りし母をいつ見むや

 

三橋敏雄は解説で下記のようにも、述べている。

 

        (略)「俳句はなまの生活である」「俳句を作るということはとりも直さず、

        生きるといふことと同じなのである」とあるように、文学的ないわば虚構に

        通じる作意の否定を意味する言葉として受けとらなければなるまい。

        いいかえれば波郷自身による境涯性重視の確認であろう。

                           三橋敏雄 解説より

 

俳句にしても、短歌にしても、さまざまな方法論があり、そのいずれの道で進むかは

作者自身の考えひとつであろう。自らが信じたみちをゆくしかない。

 

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                 久留米・東町公園 2024/4/17

 

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                                                   東町公園・藤の花

 

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                2024/4/17     久留米・池町川

 

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                                                   里桜    カンザン(関山)

 

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                            里桜が散る道  

 

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                      筑後川  2024/4/17

 

         

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 2024/4/18   夕日   わがやの守衛

 

 

                          

      

2024年4月16日 (火)

『季刊午前』第63号 2024年3月 を読む   (樋口伸子さん、哀悼)

吉貝甚蔵氏の評論の読み応えがあった。タイトルは、

      小説が「私」を描くときーー「私小説私論」

かなりのページ数である。数えてみると、本誌で25ページ。引用文献が

10冊以上、本誌1ページに亘り列挙されている。

 

『文藝2022秋号』の桜庭一樹と西村紗知の対談と金原ひとみの企画の原文の

引用は〈目から鱗〉的な感じであった。金原ひとみの語る「オートフィクション」の中で

下記のような個所に注目。

 

     (略) 「自分自身の虚構」って、矛盾してるなって思うじゃないですか、

     でも(略)自分が自分について語るとき、それは虚構でしかありえないんですよね

                            註)下線は、当ブログの恒成・記

読みながら全てを理解してしまったとは言えない。むしろ、「私小説」とは、何なのか、

ますます渾沌としてくるのだ。

桜庭一樹は、作者=登場人物ということを保証として持たずに、作者が選びとった形式してなら

「私小説」であるとしている。

 

正宗白鳥は『作家論』の中で、「出来る限り、『真実を書くこと』『有るがままに描くこと』を目指す

のは、創作態度として甚だよろしきを得ているのだ」……

 

この吉貝氏の評論に注目し、熟読したのは、〈短歌〉に置き替えて読んでいたせいもあるだろう。

この10年ほどの短歌の流れのなかで、歌を評する時にわざわざ「作中主体は」などと、冠を付けて

評するのは、作品中の主体は、作者自身では無いという了解事項を添付するようでもある。

(「作者=作中主体」では、ないということだろう。)

 

もう随分前に読んだ葉室麟の『読書の森で寝転んで』(文春文庫)のエッセイの中で氏は以下のように

述べていた。

 

        小説は虚構だけど、自分の中にある本当のことしか書けない。

        書くことは、心の歌をうたうことです。

 

⏰    ⏰

この号で、安河内律子さんが「樋口伸子さんとの思い出」の追悼エッセイを書いていた。

イカの皮剥きのコツを教えてくれたり、イワシの手開きを教えてくれたり、樋口さんの

生活の知恵がもたらす、たっぷりの愛。

 

そういえば、西日本新聞に龍秀美さんが「愛と夢と笑いの詩人」として、樋口伸子さんを

悼む文章を寄せていた。あの追悼文も、愛にあふれていた。

 

「人を優しく包み込む」詩人であった。

樋口伸子さんは、2月10日自宅で死去、81歳。

詩集『夢の肖像』、『あかるい天気予報』他。

 

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2024年4月14日 (日)

竹下周辺の史跡めぐりウォーク

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「第40回竹下まつり」5月19日の「竹下周辺の史跡めぐりウォーク」の

下見会が本日あった。

5月19日は予定が入っているので、本日の下見会に参加した。

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                2024/4/14       13:30 〜

 

参加してほんとうに良かった。

竹下に越して来て、30年になるのに、地元のことをしっかり知らないでいた。

此処、那珂界隈は日本最古の都市と言われている「那珂遺跡群」の地であり、地域の人々に

よって守り継がれてきた「まちかどの文化財」なのだ。

 

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驚いたことは、博多と大宰府をつなぐ古代の道があったということ。

奈良時代(8世紀)前後に、博多と水城の東門を結ぶ道が通っていたと推定されている。

古墳時代はじめの道路跡も発掘調査から分かり、那珂中央公園に道路の一部が表示されている。

              

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そんなこんなの歴史の話を聞きながらのウォークであった。

もう一つ、もっと驚いたのは、いつも私がお参りしている那珂八幡宮が「前方後円墳」跡であり、

社殿横の発掘調査では、銅鏡や勾玉などが副葬された木棺墓が見つかっていることだ。

 

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この那珂八幡宮は小高い丘で、ここには歌人の桑原廉靖先生の歌碑が建っている。

(桑原廉靖先生は、那珂村那珂(現・博多区東那珂)生まれ。歌人であり、大隈言道研究家。)

古墳の跡地に建っている歌碑なんて、桑原先生以外にはないのでは、ないだろうか ?

 

住宅が建ち並ぶ路地の辻・辻に今もなお残る庚申塔。

こんな歴史ある町に住んでいたことを改めて考えさせられ、心が豊かになった。

 

マイクを持って、本日の案内と解説をしてくださった古川ひろ子さん、ありがとうございました。

 

5月19日当日は、竹下駅前広場に舞台が設営され、竹下太鼓や踊りなどが披露されます。

たくさんの企画や食バザール等が用意され、竹下通りには露店が並びます。

 

        以下は、「竹下駅周辺の史跡めぐり」の概要です。

        皆様もどうぞ、参加なさってみてはいかがでしょうか。

                            5月19日、1回目は10時半〜12時

                2回目は13時半〜15時   

                                          集合は、20分前までに、JR竹下駅東口歩道橋下

                           参加申込は4月17日(水)〜5月17日(金)

                           参加費 1人500円(18歳までは無料・当日現金支払い)

          申込先 竹下まつり実行委員会事務局

                                      FAX   092-431-0562

                                      Email   takeshita.matsuri@gmail.com      

                

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2024年4月13日 (土)

映画「戦雲(いくさふむ)」 監督・三上智恵 を観に行った。

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わたしが与那国島を訪れたのは、2000年代の初頭であった。

長閑な、ゆったりとした時間を過ごしたことを思い出す。

 

三上智恵監督の「戦雲(いくさふむ)」を観に行って、このブログに書くに書けないほどの、

嘆きと怒りが渦巻いた。ほんとうに日本はどこへ向かおうとしているのか、

有事を想定しての〈国防〉のためという大義名分。

(私の頭のなかでは、咀嚼できないことだった。)

与那国島の島民を助けるため ?  の、自衛隊基地 ?   

島民が何より反対しているのに…

 

わたしが訪れた2003年頃の与那国島。

「日本最後の夕日が見える丘」で見た夕日。

夜空の星が瞬いていた、あの与那国島。

 

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                     アルバム より

諦めてしまう、自堕落さ。

無関心になってしまうことの、無恥。

〈踏絵〉のような、選択を、今、迫られている。

それは、沖縄の人たちのこと、だけではない。

日本人が、日本に安心して住めないことでは、ないだろうか。

 

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                  ナニワイバラ(浪花茨)  ①

                                           

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                           シロヤマブキ(白山吹)

 

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                   ドウダンツツジ(満天星躑躅)

 

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                                                       ナニワイバラ(浪花茨) ②

 

 

 

 

2024年4月11日 (木)

歌集『羽交』御供平佶 新星書房 を読む

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「国民文学」所属の第六歌集で、530首を収めている。

御供さんといえば、私などは鉄道公安官としての実体験を読んだ『河岸段丘』の

第一歌集がたちどころに思い出される。当時としても、この職場詠は異色だった

のではないだろうか。

あれから、50年ほど経過している。

 

      ①未来と過去ぶつかるつよき主観力身のなしがたくメモを温む

      ②針葉樹天に尖れる山いくつゆるく重ねて蔵王とぞ呼ぶ

      ➂一枚の青を浮かべて山かこむ赤城の小沼(をぬ)の天上の湖

      ④地下鉄に乗り替へなしに帰る家ある安らぎのこのごろのもの

      ⑤住宅の中の四階新庁舎窓を開けるな外を覗くな

      ⑥携帯を手に眠りたる終着の電車を後に風の家路を

      ⑦窓際といふ職種なく三月と四月の境忙しくせまる

      ⑧この年の訃報つぎつぎ追悼文まうけて結社九十五年

      ⑨息尽きて千の風ともなきがらの母に会ひたく会ひたくはなし

      ⑩足場良く維持の登山路若からぬ歩一歩かさね視野の広まる

        ⑪はげましのひとこと添へて毎年の小高賢の賀状最後となりぬ

      ⑫妻の病む原因として家なかにはびこる書籍の処理の迫らる

      ⑬ガラスにと映るわが顔晩年の父に何かが似て吾を見る

 

「対象と己とを冷静に客観し、活写する写実の徹底により、作品を深化させること。」と、

その昔、語っていたらしい御供さんの作歌信条を思う。

一首ずつの鑑賞は差し控えるが、⑫の歌でハッとした。同じような歌人の妻たちも居るのでは

ないだろうか、と。

 

             国民文学叢書 第609篇

             令和6年3月13日 発行

               定価:  3000円   

 

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                   おだまき(苧環) ①

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                     苧環 ②

 

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                       コデマリ(小手毬) ①

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                    小手毬  ②

 

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                デージー   ①

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                 デージー   ②

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                 デージー  ➂

 

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                    アヤメ(菖蒲)

 

 

 

          

  

     

   

  

 

     

 

 

2024年4月10日 (水)

季節の便り(207) がんばるわなんて言はない春夕焼

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           2024/4/10    がんばるわなんて言はない春夕焼  miyoko

 

〈遊び疲れ〉で、な〜んにもしたくない。

本日の歩行、8218歩。

 

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                 はやもはやも、藤の花が咲いている。

 

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                 本日見た桜は、いずれも桃色。

 

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[備忘] 日本尊厳死協会の会員なので、今年度の会費を

    つつがなく納入。

 

 

 

 

 

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