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2014年5月

2014年5月31日 (土)

ブログをはじめて、1か月経過。

今日は暑かった。

昨日よりも今日の方が暑かった。
福岡は31度だったか。
夕方、胡瓜・ゴーヤ・朝顔・風船蔓の水遣り。
ただいま、室温28度。
ことしの夏が思いやられる。


ブログをはじめて1か月経過したけど、いまだに要領が悪くて、
プロフィルやその他が機能していない。
従って、写真なんて、とてもとても掲載までにいたらない。

2014年5月28日 (水)

そら豆の殻一せいに鳴る夕

大分県中津市まで出かけた。

ソニックに乗車するのは久しぶり。
窓外は、まさに「麦秋」。黄色に色づいた麦の穂が陽に
輝いていた。

今日は沢山のそら豆を頂いた。
帰宅して、ビールのおつまみにするために塩茹でにした。
お風呂あがりに、そら豆もビールもおいしうございました。


ビールを飲みながら、つらつら考えたのだけど、寺山修司の歌、

   *そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット
                             『空には本』


これって、「そら豆」なのか?って、頭をよぎった。
そら豆の皮って肉厚で殻が一せいに鳴るなんて、どだい無理なような
気がする。農家に育ったわたしの記憶では、大豆とか小豆は秋になると
根っこから株ごと抜いて、さかさまにして干す。乾くと薄い皮がちぢみ、豆が
取れ安くなり、そこで、蓆の上などで叩くか、脱穀機?に入れて豆を取り出す。



寺山修司は例によって、と言うか、大豆や小豆では歌にならないと思った
のではないか?「ソネット」には、「そら豆」の方が合う。まして「母につながる」
には、ね。


まぁ、飲んだ上のわたくしの戯言(たわごと)。

    *この世では麦酒が美味しい季節です 好きな空豆茹でてあります
                                      『暦日』


明日は残りのそら豆をポタージュスープにするつもり。

2014年5月26日 (月)

『現代歌人朗読集成』 大修館書店

本棚の整理をしていたら、大きな箱が…

昭和52年(1977年)に刊行された歌人たちの朗読のカセットテープであった。

斎藤茂吉をはじめ北原白秋、与謝野晶子など33名の朗読がおさめられている。

現在、生存する歌人では岡井隆、馬場あき子、佐佐木幸綱等。


今から37年も前の刊行であるから、各人が朗読したのも若かりし頃か。
岡井・馬場ともに50歳前か。
それぞれ朗読の仕方に個性があって面白い。

寺山修司の朗読は訛りはあまり感じられない。
それよりバックグラウンドミュージックがいかにも寺山らしく「田園に死す」の
歌に合っている。佐佐木幸綱も同様にミュージックがいい。

声がいいな、と思ったのは、春日井建。当時39歳くらいかしら。
歌の読みかたもクセがなくて聴きやすい。

『短歌』創刊60周年記念の『歌人』の写真をめくりながら、
今日は朗読を聴いていた。

歌人の朗読のCDを出せばいいのに…

2014年5月24日 (土)

グリーンカーテン

今年で4年目になるのかしら。

夏の間のグリーンカーテン。
ネットを張り終え、キュウリやゴーヤの蔓の伸びてゆくのを
たのしみにしている。今年の胡瓜は花付きがよく、3センチほどの
実が3・4個ほど付いている。

昨年の日誌を見ると、6月11日には胡瓜を2本収穫している。
長さ25センチだった。


朝夕の、水遣りが大変だけど、「緑」に癒される。
窓の外に緑の葉っぱが揺れているのは、爽快ですよ。

2014年5月23日 (金)

未央柳(びようやなぎ)の花

黄色の5枚の花弁からたくさんの金糸のような雄しべ。

この美しい雄しべをつい触りたくなってしまう。
名前は未央柳だけど、柳とは無関係らしい。
丈は低く、垣根などにしているところが多い。
今日は歯科の帰りにあちこちで見かけた。

この花を見るとなぜか竹久夢二に描かれているおんなのひとを
思ってしまう。気怠いような憂い顔を想像してしまうのだ。

雨に濡れている未央柳がことにいい。
雨の日に見に行かなくちゃ。

2014年5月22日 (木)

楝(おうち)の花

楝の花が咲いていた。

北九州への途次、大きな楝の木が2本見え、うすむらさきの花が
けぶるように咲いていた。別名・栴檀(せんだん)。

この花の歌は、万葉集にもおさめられてあり、福岡にはゆかりの花だ。
   *妹(いも)が見し楝(あふち)の花は散りぬべし我(わ)が泣く
     涙いまだ干(ひ)なくに    山上 憶良(巻5-798)


大伴旅人の妻の死を悼み、憶良がなりかわってうたった1首で、
大宰府での作である。
うすむらさきの楝の花は、そういえば、「追憶」のような、ややうるわしげな
花でもある。

2014年5月19日 (月)

歌集『リアス/椿』梶原さい子 砂子屋書房

2009年から2013年までの432首をおさめている。

Ⅰ章は「以前」
Ⅱ章は「以後」のタイトル。
これは、2011年3月11日の東日本大震災の「以前」と「以後」である。


   *鍋摑みのやうな袋を嵌められておとなしうなる祖母の両つ手
   *皆誰かを波に獲られてそれでもなほ離れられない 光れる海石(いくり)
   *何見でも涙出るのと言ひながら母はまた泣くつるつると泣く
   *受け取ることの上手ではなき人々があらゆるものをいただく苦しみ
   *女なり男なりを超えたるかたち網に掛かりて帰りたまひき
   *缶切りもなし栓抜きもなきものはみな海底(うなぞこ)と思ひて暮らす
   *引つ張つて行かれぬやうに母と吾と父を挟みて眠らんとせり
   *死にたるとまだ生きたるがきらきらとゐるばかりなり青野沢川



いずれの歌を読んでも、観念的でなく、作者の体験による裏打が感じられ
「震災詠」としても、優れていると思う。
3首目の「何見でも涙出るの」の方言に悲しみが、より伝わって来る。
7首目の父を間にして母と作者が寝る姿などは、父を護ろうとするせつない
家族のありようが迫ってくる。

1首目の「鍋摑みのやうな袋」の歌は、Ⅰ章の「以前」の歌だが、介護をした
者ならではのリアリティに恐れ入った。そんな姿をしっかり歌にしている作家魂と
でも言おうか。


三陸ならではの歌集題にも心惹かれた。
ともあれ、この一集は話題になるであろう。

2014年5月18日 (日)

江ノ電に乗って、鎌倉へ。

鎌倉へ行った。

憧れの江ノ電に乗って。
長い間の夢が叶った。
湘南の海には白い帆をつけたヨットが沢山浮かび、
サーファの姿も。

長谷寺でゆっくり時を過ごし、海光庵で食事。
鎌倉の大仏さまには、チラリと拝顔しただけに終わってしまった。

それにしても、観光客の多さよ。軽井沢の雑踏のごときであった。
長谷寺は、あじさいの花が咲く頃行きたかったのだが…


帰りの飛行機が50分近く遅れて、退屈。
待合室から富士山がくっきり見えて少し癒された。

2014年5月16日 (金)

紅花栃の木の花

東区、千早中公園の巡りに紅花栃の木が6本ある。

もう花季は過ぎているかなぁ、と思っていたら、まだ咲いていた。
5月の空にのびあがるように咲いていた紅色。
花が咲き終ると、緑の実になることを知った。


今日は、友人とランチ。
エアコンをきかせた店内が寒く感じられた。
半袖のウェイトレスさんは、寒くないのかな。
でも、帰宅すると、わが室温は25度。今日は暑かったのだ。


明日は早朝に上京。首都圏の皆さんに会えるのがたのしみ。

2014年5月15日 (木)

「香川進研究Ⅰ」地中海創刊六十周年記念

230ページほどの大冊が届いた。

創刊60周年を迎えた「地中海」の記念企画である。
香川進の人と作品について「地中海」の人々が?執筆している。
中には書き下ろしもあるが、今までの論考を再掲している。


そういえば、香川進についてあまり読み込んでいなくて、
わたしが知っている歌といったら、
  *花もてる夏樹の上をああ「時」がじいんじいんと過ぎてゆくなり
                                  『氷原』

くらいである。
この冊子は香川の人と作品について識るには恰好の書である。



月に10日ほどJRを利用している。
いつも行く前に読む本を用意するのだが、車中で読んだことが
あまりない。いつも車窓の風景を眺めている。
このところ、野茨の花が咲きはじめた山野。

2014年5月12日 (月)

やまぼうしの花

やまぼうしの花が咲きはじめた。

筑紫通りから福岡小林郵便局へ抜ける道路の街路樹が
やまぼうしであることを知ったのは何年前だろうか。(山王公園の近く)
最寄りの郵便局は3分の近さにあるが、この花が見たくて、
自転車で時々福岡小林郵便局へ出かける。


やまぼうしの花は四片の白色。花びらみたいに見えるのは苞らしい。
四照花とも呼ばれるらしいが、四の数字が忌嫌われるとか。
漢字で山帽子とも書くし、あるいは、山法師とも表記される。


わたしの第四歌集にこの花を詠んだのがあるが平仮名で
「やまぼうし」としていたら、さるお人からご注意を受けた。
旧仮名遣いでは「やまぼふし」ですよ、と。
その時点でのわたしは「山帽子」のつもりで、平仮名表記の
「やまぼうし」にしていたのだった。

いちばん最初にこの花を知ったのは、星野村の「源太窯」。
とても大きい木だった。窯元にふさわしい木のありように
暫くそこを動けなかった。もう、あれから20年くらいが過ぎた。

  *若葉あめ光る八女郡星野村しろきやまぼうしの花に逢ひけり
  *雨あとの地(つち)やはらかくのぼり窯のめぐり白妙のやまぼうし咲く

ちなみに、第六歌集では、山法師の方が一般的らしいので、
「やまぼふし」の表記にしました。
  *並木路のやまぼふしの花はららけり たれの死にても正視の難し


そんなこんなで、この花を見るたびに思い出す記憶。
花にまつわる様々なことがわたしを過ぎていった。

2014年5月11日 (日)

ツタンカーメンの豆ごはん

ツタンカーメンのエンドウ豆を友人から頂いた。

この豆を入れて、ご飯を炊くと赤飯になる、とのこと。
教えられた通りに、お米と塩・このエンドウ豆を入れて炊く。
5・6時間ほどおくと、赤いご飯になるらしい。
炊きたてだとまだ白いふつうの豆ご飯。
逆算してお昼に食べられるように炊く。
先ほど見たら、ホントに赤飯になっていた。
お昼は赤飯だね。


ツタンカーメンの墓から発掘されたというエンドウ豆は
2世・3世、いやいや発掘された時からだと90年以上経っているのか。
だったらもう何世になるのだろう。
このツタンカーメンの豆ごはんを食べたことがある人も多いだろうな。
日本まで来て、こうして縁もゆかりもないわたしごときが食する
というのは、なんだか愉しい。


今朝は廃品回収日だった。

2014年5月 9日 (金)

歌集『午前3時を過ぎて』松村正直 六花書林

2006年から2010年までの555首を収めている。年齢としては、35歳から40歳までの作品。

*右端より一人おいてと記されし一人のことをしばし思うも
*詳細に書かれたるゆえ書かれざる事項は重し年譜のなかに
*たわいない遊びとおもうこの場にはいない誰かをひたすら褒めて


省略されたり、外された事項が気になる?精神構造かな。
弱者への心寄せ。物事の本質を見抜こうとする怜悧な視線。
言葉は平易ながら、重くれの歌でもある。
しかし、松村さんの歌は、賑々しくなくて、心にストンと入ってくる。
ことに挙げたいのは次の3首。
*しらかみはしめりをおびて何年ももうあなたではない人と住む
*遠き日を忘れずにいる指先が机上に冬の鶴を折りたり
*水量が昔はもっとあったのよ謝るごとく君は言いたり
青春回顧のような歌、そのかすかな痛みが伝わっくる。
生活に、日常に、どっぷりつかっている時、不意に兆すいたみ。
「あなた」はあの日のあなたと地続きのあなたなのに、
「あなたではない人」。
でも、もう、あの日には戻れない。それが現実、それが生活。
*借りてきた猫であるより他になく時おり細き声をして鳴く
*大皿はすんっと青くて私より失われたる若さを思う
*少年のころの私が唐突によみがえるナオちゃんと呼ばれて


「失われたる若さを思う」って、まだ、はや過ぎるようにも思うけど…
理解はできる。「売るほどの未来」があった日をいまは尊くも偲んで、
ノスタルジーたっぷりの一集であった。
*卓上に言葉は揺れて居心地の良い場所に、そう、長く居すぎた
*大切にしておかなければ大切でなくなってしまう大切なもの


居心地の良い場所に居続けられない性分。
でも、だが、だから、
ホントはその場所を大切にしないといけないんだ、な、と。

2014年5月 8日 (木)

「第三回琅玕忌だより」

2月22日に行われた第三回琅玕忌の報告を兼ねた冊子が届いた。

当日はイギリスからいらした渡辺幸一さんの講演があった。
その講演記録が掲載されている。400字詰め原稿用紙に直すと
40枚はあろうかと思われる講演記録だが、実にいい。
渡辺さんの朴訥ともいえる語り口がそのまま伝わってくる。

石田比呂志との出会い・交流を語り、文学論(短歌)まで、真摯に
語っている。石田比呂志の言葉をあげ、自分(渡辺)もまた、
それにならっての言葉を語った。

   私は歌を作るために歌を作っているのではない。自分とは
   何か、人間とは何か。生きるとは何かがわからないから、
   歌を作ることでそれを教えて貰いたいから歌を作っている。
                             (石田比呂志)

   この世に生まれて来たことには何か意味があると思い、
   その意味を摑むために短歌を書いています。
                             (渡辺幸一)


清冽な水の流れのような講演記録に心が洗われた。
そして、わたし自身の卑小さを思い知らされた文章だった。

渡辺さん、ありがとうございました。

石田さん、渡辺幸一というひとりの歌人、人間に知り得たこと、
お話を聴くことができたのも、石田さんの御蔭です。

2014年5月 7日 (水)

バラフェア

仕事のあいまをぬって石橋文化センターのバラフェアに行った。

バラ・薔薇・ばらに圧倒されながら園内を巡った。
真紅の「熱情」には、とてもじゃないが、心情的に近寄れない。
ラフランスの香りが良かったが、好みとしては、メルヘンケ二ギンがいい。
白色だが少~しピンクがかっている。

木蔭でお弁当を開く。
心地いい風が吹いている。
ああ、このまま、ここでぼ~っとしていたいと思いながら…

2014年5月 5日 (月)

「八雁」2014年5月 №015

編集発行人は、阿木津 英さん。

前号から気になりだしていた「忌野清志郎試論」を真っ先に
読む。筆名は、〈鳩虫〉さんが書いている。
短歌と関わりがないようなタイトルだが、どうしてどうして、
深くて奥行きのある文章だ。その考察がいとも自然で味わいが
ある。

   短歌は近代的な読書の閉鎖性から自由ではない。
   けれども、歌の作り手が、「われ」の身体性を歌の中に
   刻印し、その身体性をなにか別の存在へと分け与える
   ことができたならば、「われ」を詠いながら「われ」の限界を
   大きく超え出て、広々とした世界を獲得することができるのかも
   しれない。

ね、スゴイでしょ。感覚的にもこの鳩虫さんの文章、好きだな。

ところで、忌野清志郎は3年前の2009年5月2日、58歳の若さで
亡くなった。今日の朝日新聞の「声」欄に投稿されていた、
「清志郎さんならどうしました?」の文に、「民主主義の国」である筈の
現在の日本、これからの日本のゆくすえを思ったりした。


2014年5月 4日 (日)

被爆 アオギリ

広島に被爆したアオギリの木がある。

原爆の熱線で焼け落ちながら、現在まで生き続けている
アオギリの木。

その被爆アオギリから種子をとり「被爆アオギリ里子運動」を
しているのが、被爆アオギリ里子運動広島事務所である。

2009年8月、M・Mさんから、その種子を頂いた。
芽が出るか案じていたが、今では1メートルの高さに育っている。
秋は落葉するので、気をつけていないと、折ってしまいそうだった。
4月半ばから若葉をつけはじめ、五月の日を受けて緑が眩しい。

いずれ、鉢から移植して、どこかに根付かせなければと、思っている。

2014年5月 3日 (土)

朴の花

朴の花が咲いていた。

真近かで見たのははじめて。

朴は、モクレン科の落葉高木。大きな白い花を上向きに咲く。
芳香があり、花弁は9枚。
今日は岩戸山歴史資料館に行き、岩戸山古墳周辺を歩いた。
その古墳を下って来たところに朴の花が咲いていた。
その隣には栃の花も咲いていた。

帰宅して、PCを開き、「日々のクオリア」(一首鑑賞)を読んだら、
一ノ関忠人さんが、前登志夫の9歌集の中から10首も「朴」を詠んだ
歌をあげていた。前さんって、よほど朴の木が好きだったのだなぁ。
朴の葉は広いので、山繭を盛ったり、塩鯖の鮨を包んだり…
花も葉も、そして、葉が散りつくしたとこまでうたっている。


朴の花たかだかと咲くまひるまをみなかみにさびし高見の山は
                        前 登志夫『靈異記』より

2014年5月 2日 (金)

なんじゃもんじゃの花

博多駅に客人を迎えに行く。

ランチを二人でして、JR博多シティへ。
屋上庭園の「つばめの杜ひろば」に行ったことがないと
いうので散歩。ここの屋上テラスからは能古島や志賀島が望める。
今日は霞んでいて脊振嶺がくっきり見えなかった。

屋上テラスにのぼる階段のところになんじゃもんじゃの花が咲いていた。
この花は別名「ヒトツバタゴ」。好きな花の一つだが、随分むかし松本健一が
対馬に自生するヒトツバタゴのことをエッセイに書いていた。
いつかその花を見に行きたいと思いつつ、未だ花の咲く頃、
訪れていない。

山崎方代の歌
生れは甲州鶯宿峠に立っているなんじゃもんじゃの股からですよ
                              『右左口』より


今日は、なんじゃもんじゃの花をたまたま見ることができ、仕合せだった。

2014年5月 1日 (木)

『古歌の宇宙』櫟原 聰 著 不識書院

帯に「どこから読んでいただいてもかまわないと思う。」と

書かれていたけど、構うとしても、どこからでも読むのがわたしの

読み方(笑)。

第一部の「古歌をめぐる旅」の「古典に見る桜歌」がいい。
次の「業平の月」もいいな。
読みだしたらとまらなくなり、最後まで読んでしまいそうだ。

最初の方の「三輪山の歌」は、ゆっくり理解しながら読むことにしよう。
それにしても、櫟原さんは国語国文専攻だけに詳しいことこの上ない。

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