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2014年7月

2014年7月31日 (木)

季刊 午前   創刊50号 特別記念号

詩と小説の同人雑誌。同人は、脇川郁也他21名。特別同人が岸本みか他2名

特別記念号の第50号は、企画作品が面白い。

「短歌から創る」と題して、1首の短歌をきっかけにして小説づくりに挑んでいる。
「一首の短歌から、創造の冒険に。短歌を一首選んで、それから触発された作品を
創るという企画です。」と書かれている。



失われたものたちへ   吉貝 甚蔵
   夕空が鳥をしずかに吸うように君の言葉をいま聞いている
                  大森 静佳 歌集 『てのひらを燃やす』


教室のかなた       廣橋 英子
   わが髪に硝煙の香のこもろうと蚊は翔てりそこも昏(くら)きなつぞら
                  塚本 邦雄『感弦樂』



夕雲(ゆふぐも)      西田 宣子
   係恋(けいれん)に似たるこころよ夕雲(ゆふぐも)は見つつあゆめば
   白くなりゆく        佐藤佐太郎『帰潮』


と、まぁ、こんなかたちで歌から創造の冒険を試みているのだが、大森静佳の
歌が引用されていることに、まず、驚いた。吉貝さんは短歌にも造詣が深い。
小説というより「失われたものたちへ」は、評論っぽく、岡井隆の「詩の点滅」の
連載評論にまで及ぶ。


廣橋さんの「教室のかなた」は、ファンタジーのような感じかな。
わたしは個人的には、西田さんの「夕雲」が好きだった。小説らしい小説と
いおうか。


でも、この企画はなかなか洒落ている。同人の8名が参加して執筆している。
ちょっと読むつもりが、やめられなくなって読んでしまった。
 

2014年7月29日 (火)

歌集『声を聞きたい』 江戸 雪  七月堂

「この歌集におさめる歌を作っていた間、そして今も、/子どもっぽいほどにこだわっている/言葉。」

詩のような「あとがき」の3行ほどを引用した。作者の第5歌集である。

ほとんどが口語体であり、一読、相聞歌集のような趣を呈している。

集題に「声」があるように、「声」の入った歌が散見される。
そして、「言葉」。

    あの時の声はあなたにかえします風にゆれいるエノコログサよ
    まひるまに小さく歌をうたうなり声はどこへもゆかずただよう
    ここにあるただあるのみの真っ白の大皿いちまい声を聞きたい


1首目は、耳に聞きとめた「声」をかえすとうたい、2首目では、自分の
発する声がどこへも届かないむなしさをうたう。そして、3首目では、乞うような
「声を聞きたい」である。



作者の心の揺れは「言葉」に対しても、あれか、これかというように
うたわれている。

    わたしには言葉があるとよろこんで海にむかって歩いたずっと
    声なんか言葉なんかと肘をつく欄干のした木津川がゆく
    投げかけた言葉はいつか届くもの水辺に残念石が転がる



作者の生活形態を全く知らないわたしだが、歌からもあまり生活上のことは
出てこない。あえて、そういう世俗的?なことは、外してしまったのかと思うが、
そのあたりが少しく惜しい気もしている。歌から窺えるのは、中学生くらいの
息子さんがいること。作者は丙午どし生まれということか。

だが、それらを置いても、リアリティのある歌が多く、小道具(素材)が効果的に
配されている。「電話」「手紙」の語彙が多いのは、世代的なものかしらん。


    一本の飛行機雲のありようもつたえられずに電話を切りぬ
    電話とはときにぷつりと切るもので風に大きくたわむオリーヴ
    真夜中に書いた手紙の混沌を落書きだらけのポストに入れる
    青空に切り傷ひとつある朝に旅の途中の手紙を出した
    海と海につなぎめがあり真夜中にめざめたときはメイルください

そういえば、「あとがき」の日付けと共に「電話を切ったあとに」と記されていた。
そのこと自体は変哲もないことだが、やはり、この言葉は作者にとって重要だった、
のだろう。


さて、さて、わたしがもっとも注目したのは、次の2首のような把握の効いた歌。
2首共に「膝」が。その「膝」が十分機能している。「膝を濡らして」「膝のたかさに」
いいなぁ、と、思う。

 
    いちどだけ生まれたわれら天気雨に膝を濡らして自転車をこぐ
    水仙は膝のたかさに咲いていてこんなに遠くまで会いに来た
 

2014年7月27日 (日)

漫画『伊藤伝右衛門物語』  講談社

2011年に発行された、原作 深町純亮、 脚色 津流木詞朗、 画 羽月由憲 

伊藤伝右衛門を漫画にしたものである。


100年前の日本の近代化を支えたのは筑豊の石炭。
伊藤伝右衛門が飯塚に残した功績の素晴らしさを讃える漫画になっている。

伝右衛門は、数え年8歳のときに実母ヨシを失い、直後に父伝六も大病を
患ったために、数年間一家離散のうきめにあう。ーーと、幼いころの伝右衛門の
姿も描いている。


白蓮との結婚も蜜月のときがあったことを「あなたに嫁いだことが、私の心の中で
ほんの少し喜びに変わっております」と、語らせている。


この漫画には、
特別付録①「伝右衛門のこと、飯塚のこと。」
      ②「飯塚ってどんなところ?」と、巻末に付いており、
それが資料として、いい。


他に白蓮関係の書は、以下の通り。(手持ちの分だけですが)

       『踏繪』 白蓮  ながらみ書房  2008年刊 (大正4年刊行の歌集の復刻版)

   『白蓮れんれん』 林真理子  中央公論社  1994年刊


   『柳原白蓮』 井上洋子  西日本新聞社  2011年刊

2014年7月26日 (土)

旧 伊藤伝右衛門邸

本日の朝日新聞の夕刊の、大見出しは、「花子とアン」 飯塚沸く  だった。
一面のほとんどを使っての記事。

来場者のカラー写真と、伝右衛門と白蓮の結婚式の写真が掲載されていた。
7月は来場者が10倍とか、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」の人気のゆえか。

「旧 伝右衛門邸」と呼ばれるのも、飯塚市が約1憶5千万円で買い取り、
2007年から一般公開しているからだ。
敷地面積7570平方メートル。庭は、3500平方メートル。
庭には44種550本の樹木があり、石灯籠は19基建っている、らしい。


わたしが訪れたのは、現在のようなフィーバーの前だったので、閑散と
していて、ゆっくり見学することが出来た。


    JR福北ゆたか線乗車ゆめのかけらを拾ふ旅へと

    筑豊の炭鉱王の旧邸宅 西、北、南の棟が繋がる


    靴持ちて見巡る居室の北棟へ畳廊下が奥まで続く


    山法師の花を飾りて待ちくれし「藍ありまつ」の道子さん元気
                              『暦日』2012年


白蓮は26歳の時に、伝右衛門と結婚した。
しかし、35歳の時に編集者だった27歳の宮崎龍介と出会い、文通、
恋に発展する。当時は姦通罪のあった時代。


連続テレビ小説は、いまが山場。
でも、伝助は結局、離婚に応じたんだよね。
蓮子はおなかに龍一の子を宿しているし…。


ところで、寂聴さんの名言を。
      「不倫も命をかければ純愛」

2014年7月25日 (金)

夏の大祭

地元の神社の「夏の大祭」。大祭といっても小さなちいさな神社のお祭り。

露店が出るわけでも、参拝客で賑うわけでもない。氏子の人たちは皆さん
町内の方々。

御祈願用の人形(ひとかた)に、名前と年齢を書いて持って行くと、
皆さんのと一緒にお祓いをしてくださる。ひっそりと、しめやかに行われた。

帰宅すると、室温は31度。
これでは外の方が風がある分涼しいような。
エアコンをつけないと、熱中症になってしまう。

まだ、空には入道雲が…

2014年7月24日 (木)

題詠

北九州での194回目の歌会。ここではいつも題詠を出している。

今回は「気」。できない人は自由題でもいいが、今回は皆さん「気」で
頑張った。

「気力」「元気」「気分」「湿気」「気配」「気圧」「気褄」「電気」「蒸気」
「気節」「気泡」「気安さ」「気負い」など、いろいろな「気」が出た。
「男気」などが出たのは愛嬌か。


それにしても、今日は暑かった。福岡は、34、3度。
帰りの電車の中では、さすがに疲れて、持って出た本を読む気力が
なかった。

明日は36度になるらしい。う~ん、暑くなる、ばい。

2014年7月22日 (火)

『標のゆりの樹』 蒔田さくら子歌集  砂子屋書房

作歌歴68年、年齢85歳の蒔田さくら子さんの第11歌集。

435首を収めている。

「あとがき」に、大江健三郎氏の「希望を持ちすぎず、絶望しすぎず」という
言葉を引用し、「許されている限りの時間を、私の知った老いというものを
詠ってゆけたら」と、記している。



   一線を越すか越さぬかきはどかる瞬いくたびか超えて永らふ

   おさへ込みしづかに内に巻き締めし怒りもありぬ捩花の紅(こう)

   人ごころ複雑にして心根はわれひと共にあやめもわかぬ

   としどしにさくらうたへど足らはざり足らはざるゆゑ生き継ぎうたふ

   折り返しかへらむ標(しめ)と見放(みさ)け来しかのゆりの樹を
   誰か伐りたる

   おそらくはこれが最後の一花(いつくわ)なれ月の雫のごとく 夕顔

   過ぎゆけばうするるものと時を経てみえくるもののあるにおどろく

   ときに自恃ときに自虐といろ変へて老いの心身あやしつつ生く

   死に後れたりとも或るは生き残りたりとも一つ身のをりふしに

   泣きたいやうな夕焼けのいろ 日暮れにはこんな素直な衝動ありぬ




8首目に「自恃」という言葉があるが、蒔田さんの歌は、この自分自身を
恃みとする姿勢に貫かれているように思う。
4首目の「さくら」の歌にしても、年年うたっているのだが、それでも自分と
しては不足(不満)で、それ故に、生きてうたい継いでいるのだ、と。



最後の「夕焼けの歌」、この「素直な衝動」がせつない。
厳しく自分自身を律していられるような蒔田さんだけに、この手放しの
「衝動」に注目した。




生きている限りは、うたい続けるのが歌人なのだろう。
それが出来る人だけが、本物の歌人なのかも知れない。

2014年7月21日 (月)

九州北部、梅雨明け。

昨年より13日遅い梅雨明け。

昨年は蝉の声を聴いたのは8日だったけど、今年は15日だったもんね。

浴槽に水をはり、洗剤を入れパッドシーツを浸しておいた。
それを足で揉み洗いして、ようやく干したところ。
梅雨明けしたので、乾いてくれることでしょう。


それから、
グループホームの母の肌布団、介護士さんが洗濯機で洗ったら
穴をあけてしまったとのこと。弁償しましたと言って、すでに新しいのを
買っていた。

その肌布団は昨年買ったばかりで、まだ使えそうなので、持って帰って来た。
ミシンを出して、その穴を繕った。肌布団はかさばるので、ミシンを掛けるのも
大変だったが、われながら上手に出来た。今度行く時に、抱えていこう。


明日は「暑気払い」、タノシミ。sun

2014年7月20日 (日)

詫びたしと…

ああ、また留守番をさせてしまったと、あわてて帰宅。

小学校5年生の息子は棋譜を左手に持ち、その棋譜を見ながら碁を
打っている。
「ただいまー、ごめんね、遅くなって」と言うと、
「肩が痛いから湿布を買ってきてー」の注文。
「子どものくせになんで肩が痛いのー、囲碁なんかするからよー」と、怒鳴る。


自分の怒鳴り声に目が覚めてしまった。
な~んだ、夢だったのか。でも、右肩が痛い。
この2・3日、肩が痛い。痛みのために、こんな夢を見てしまったのか。


それにしても、夢に出てくる息子はいつも小学生。
母親であるわたしに甘えることが少なかったような気がする。

今野寿美さんの新歌集『さくらのゆゑ』の中の1首

   詫びたしと心の底から思ひゐるひとつふたつにあらず息子に

そんな~と思い、今野さんにしてからがそうであれば、わたしなど百回も
千回も詫びなければならない。



息子に本気で詫びたことも、抱きしめてやったこともないような、母親だけど、
いま、暫くは、母親でいたい。

2014年7月19日 (土)

歌集『さくらのゆゑ』 今野 寿美  砂子屋書房 

珍しく「あとがき」のない歌集。

巻末に書かれているのは、「『さくらのゆゑ』は十番目の歌集です。三百四十二首を
収めました」の2行のみである。

    まづきつとあるいはもしやおそるらく さくらのゆゑといふことあらむ

    はつはつに今も咲かせていとほしきもののひとつのきうかなづかひ

    詫びたしと心の底から思ひゐるひとつふたつにあらず息子に

    ごく自然に忘れてほしいといふ手紙忘れさせないその別れ方

    子のズボンの裾のほつれをかがりゐる静かな時間がまだわれにある

    かなかめと言へばもきちと返りくるやうな短歌史その末のすゑ

    横顔でなければならぬ瞑想の詩人もレンズの中の野鳥も

    赤でなく紅と書かねばならぬことたぶんきみにはどうでもよきこと

    菊なますもつてのほかではないらしく〈おもひのほか〉とつつましき嵩

    ここまでと立ちあがるとき付箋二枚身よりこぼれてわけがわからず


 
1首目は歌集題となった歌だが、上の句の副詞の畳掛けが面白い。
2首目の歌は、旧仮名遣いに拘泥する作者ならではの一首。
同じように、7首目では「横顔でなければならぬ」と、断定している。
8首目の「紅」の字に対する拘り。
今野さんの文学(短歌)に対する姿勢というか、美学が感じられる一集だと思った。


わたし自身は最後の歌がいちばん好き。
付箋を付けながら仕事をしていたのだろう。ようやく切りをつけて立ちあがった時、
付箋がひらひらと零れたのだ。
何気ない一瞬のことながら、なんともエロティシズムがある。
 

2014年7月17日 (木)

忙(ぼう)をいとわず

なんだか今週は忙しいことになってしまった。

昨日は久留米の教室が終わって、久留米で大きな西瓜を買い、
それを抱えて、母のグループホームへ。ホームの皆さんへ差し入れのつもり。

バスで小1時間かかり、それからはいつも歩くのだが、大きな西瓜を
抱えてさすがに歩けない。1メーターほどの距離だがタクシーに乗車。

相変わらずの母の様子。
団欒室に居た母の手を引いて、母の個室へ。
ふくらはぎをもんであげる。
介護士さんに、自分の年齢のことを「30代」だと言ったそうな。
100歳まで生きるには、まだ70年あるねと笑う。


母の指は、白くて長くて美しい。
足もほんとうにわたしの不細工な足より白くて綺麗。
母にそのことを言うと、声を出して笑う。

夕ご飯を食べるのを見届けて、帰宅。

昨夜は結局1時30分就寝。
時間に余裕がないと、心が荒れる。
心が荒れると、ひとにやさしく接することが難しくなる。
でも、どんな時でも「心のゆとり」が欲しい。
「心のゆとり」がだいじなのだ。

今日は午後に「尾形亀之助」を研究している人にインタビューの仕事。
明日は香椎の教室。


              *忙をいとわず   miyokosun

2014年7月14日 (月)

『雨の名前』 高橋 順子(文) 佐藤秀明(写真)  小学館

「梅雨前線豪雨」がもたらした被害、毎年のように「暴れ梅雨」に襲われる。

そんな雨の名前もあるが、この書にはゆかしい雨の名前もたくさん掲載
されている。「天泣(てんきゅう)」という名前の由来を知ったのもこの書である。

それよりすでに前、高野公彦さんの歌集『天泣』が出ていたが…
「天泣」とは、晴れ渡った空から降る雨のこと。天が泣くとはなんとすてきな
ネーミングであろうか。

「虎が雨」なんていう名前もある。陰暦5月28日に降る雨のこと。
この日、曽我兄弟が父の仇の工藤祐経を富士の裾野に討ち果たし、
兄、十郎祐成が闘いのさなかに敵に討たれた。それを悲しんだ遊女
虎御前が流す涙雨のことと記されている。

この書に添えられた写真の美しさ。写真を眺めているだけでも
たのしくなる。
短歌を作るときに、とても役立つ。ボキャブラリーが豊富になること受合い。

このシリーズでは、他にも風、花、月と出ており、昨日の朝日新聞で
知ったのは、『水のなまえ』が出たらしい。
   「凝縮された日本語の美しさ」
             早速、買わなくちゃ。

2014年7月13日 (日)

夕顔の花

本来の夕顔の花は、ウリ科のものである。

観賞用の夕顔は「ヨルガオ」とも呼ばれ、別称「夜会草」の名前もある。

昨日一つ開いたのだが、今日は曇天のためか午後4時というのに、すでに
一つ開いている。白い大きな花がほんわりと咲いているのを見ると、
なんとも知れぬ豊かな気分になる。

    *ゆつくりと花びら開く夕顔は初々しくてせつない白ね

    *ゆふがほの真白な花のほぐれゆく  ははの残り世はわれの残り生(よ)
                                     『暦日』2012


グループホームの義母はつつがなく暮している。
いつも帰り際には、涙ぐむ。
置き去りしているようで、せつない。
 

2014年7月12日 (土)

博多祇園山笠

台風8号の襲来で山笠どころではなかった。

でも、博多在住者として、博多の祭りの「博多祇園山笠」は、はずせない。

7月1日~15日の早朝までのスケジュールがあるが、12日以降を。

   7月12日 追い山笠ならし     午後3時59分~
     13日 集団山見せ       午後3時30分~
     14日 流舁き
     15日 追い山笠         午前4時59分~

クライマックスの追い山笠は、大太鼓の合図と共に一番山笠から「櫛田入り」。
その後、境内を出て、約5キロのコースを走る。
この「櫛田入り」と「コース」の所要時間を競う。
舁き山は、恵比須流れ・土居流れ・大黒流れ・東流れ・中洲流れ・西流れ・
千代流れの7つの流れがある。


山笠には「飾り山」といって、市内14か所に10メートル前後の山笠を
飾っている。福岡ドーム・ソラリア・博多リバレイン・櫛田神社・博多駅前など。

    *施餓鬼棚(せがきだな)水まき祈禱とその昔呼ばれゐたりし祇園山笠

    *くりかへすオイサオイサの掛け声が巷にみちてヤマ駆け抜ける

    *駆け抜けるしめこみ姿の男たちをとこにシビレ朝より酔ひぬ

    *廻り止めすなはち決勝点までをかき山七流れ疾走しゆく

    *山笠(やま)のぼせのわたくしもゐて勢(いきほ)ひ水ふたたびみたび夏空にまく

    *午前四時五十九分追ひ山の太鼓の合図にをとこら燃ゆる

    *大太鼓櫛田の宮に鳴りひびき「山笠のあるけん博多ッたい」
                                『ひかり凪』1997年

   博多祇園山笠を見にきんしゃい。sun
 

2014年7月11日 (金)

『中原中也の鎌倉』 福島泰樹  冬花社

「短歌絶叫コンサート」を続けている福島泰樹の中也本の1冊。

福島泰樹には『中也断唱』『続 中也断唱 (坊や)』の歌集がある。

昭和12(1937)年10月22日、中原中也は鎌倉養生院(現・清川病院)にて
死去。享年30歳。

鎌倉での中也の足跡を辿る書であり、中也の詩の成立・背景を綿密に
考察している。

小林秀雄との確執はつとに有名であるが、その小林の魂の和解を
後半で、したためている。

集中、詩友である高森文夫の詩「ひとつの季節」を紹介していたが、その
終りの方の6行はまさに中也の「詩」に対する考えを現わしていた。

  ーー略
  ところで詩に憑かれて命を燃やし
  あたかも焼身自殺のように短い生涯を終へた
  あの中原中也がーー若い身空で晩年の人のように
  皺枯れた低い声で呟くように言つた
  あの言葉が忘れられない
  ーー詩とは、所詮 ものゝあはれだ……

中也の詩は「青春のノスタルジー」だと思っていたが、福島泰樹は、
それを「中原中也を、青春のノスタルジーだけで読んではいけない」と。

中也の詩は「帰郷」「一つのメルヘン」「汚れつちまつた悲しみに」
「サーカス」など、いずれも愛誦性に富む。わたしの好きな「渓流」の
モデル地が宮崎の東郷村だったとは…

  渓流(たにがは)で冷やされたビールは、
  青春のやうに悲しかつた。
  峰を仰いで僕は、
  泣き入るやうに飲んだ。

2014年7月 8日 (火)

暑気払い

台風8号の影響で、雨が降るものとばかり思っていたのに、暑かったこと、

暑かったこと。熊本は37、6度だったって。福岡も暑い1日でした。

今日の教室の詠草に誤植が3ヶ所もあり、ショック。
校正もしたつもりだったのに、気がゆるんでいる証拠。

そんなわたしを元気付けようとしたのか、
次回は「暑気払い」の飲み会を計画してくださった。
 (Sさん、Nさん、飲みたいんでしょ)

暑気払いって、何も飲むことばかりではないのだが、まぁ、いいでしょう。
飲んで暑さや憂さを払いましょう。


今夜はエアコンをつけたまま、寝ます。

                         おやすみなさい

2014年7月 7日 (月)

七夕

歳時記を見ていたら、七夕は「秋」の季語だった。

なんで?と、不思議。だって、立秋は8月7日だよ。

歳時記の七夕の項目には、陰暦7月7日、またその日の行事。
現在は陽暦7月7日や月遅れの8月7日に行う所が多い。
と、書いている。
七夕祭・星祭・星合・星迎・星今宵など、七夕にちなんだ季語。

先ほど空を見たら星が出ていた。
1年に1度の逢瀬はできたのやら…


今日は1日籠って、デスクワークだった。
少し先が見えてきた。
1つ1つ片づけてゆかないと、どういうわけか平行して仕事ができない。

こういう時に限って、料理も手を抜きたくない。
某飲料メーカーの料理レシピを毎日プリントしているが、その中から
「鶏団子とレタスのエスニックスープ」とやらを作ってみた。(超カンタン)
おろし生姜が効いていた。

2014年7月 6日 (日)

グループホーム

八女のグループホームに義母は、2011年の9月1日より入居している。

グループホームは9人が単位で、義母の入っているホームは、
右棟と左棟の2つある平屋建てである。入居者は計18名。

入居者には、それぞれ個室が用意されている。
個室は、6~7畳あり(わたしの部屋より広い)クローゼットが付いている。
ベッド・整理箪笥が2つと、大きな椅子。


「寝たきりにしない」という方針で、介護士さんとも話し合い、昼間は
団欒室で過ごす。

入居当初はまだ元気だったので、洗濯物をたたむ手伝いをしたり、
配膳の手伝いをしていたのだが、今では、ほとんど椅子に座ったままで
テレビを見たり、うつらうつらしている

食事は、しっかり食べている様子。
自分で箸を持って食べることが出来るのが何より。

美容師さんが来て、ひと月に1度は髪をカットしてくれる。
かかりつけの病院の先生も毎月訪れ、診察をして下さる。


不摂生をしているわたしなどより、義母の方が規則正しい生活なので
長生きをするだろう。

ただ、認知症なので、すでに、自分の息子の名前さえ忘れている。
時々は判っているときもあるのだが…

2014年7月 5日 (土)

ニンジンボクの花

漢字で書くと「人参木」の花。むらさきがかった青い穂状の花が咲く。

中央区大濠公園に咲いていることを知ったのは、2011年。
それから、毎年花の咲く頃、訪れる。最初の年は7月13日。
その翌年は7月19日。今年は早く来すぎたかなと思ったけど、
昨日、花はしっかり咲いていた。

場所は、大濠公園内の小さな石橋の舞鶴橋を渡って、ちょつと歩くと
植栽帯に14・5本のニンジンボクの木がある。丈は2メートルほどで
あろうか。(アメリカ領事館の前あたり)

葉がチョウセンニンジンの葉に似ているために、ニンジンボクと呼ぶらしい。

この公園は、池の内側より散策路(ウォーキング)・植栽帯・内周園路(ジョギング)・
外周園路(自転車)と、定められている。ウォーキングの人はともかく、ジョギングの
人たちは皆、時計と逆回りに走っていた。これって、何か法則があるのだろうか。
同じ方向に向かって走るとぶっかることは、ないよね。

ニンジンボクの花を、来年も、見ることができますように。

2014年7月 4日 (金)

BL短歌って、何なの?

「短歌人」7月号に、第40回評論・エッセイ賞が発表されていた。

その賞の佳作に選ばれていたのが、村田馨氏の「BL短歌の一考察」。

BL短歌とは、「男性が男性を恋愛対象とする恋歌である」と、村田氏は

定義している。そうだったんだと、少し納得。


BLとは、ボーイズラブの略語らしい。
そして、BL短歌はフィクションということ以上に私性から解放されている、
とも述べている。
要するに、二次創作をベースにしている。(少年漫画やテレビアニメが下敷き)




村田氏が書いているのは、
        塚本・春日井・黒瀬らの作品がーー前衛の流れを汲むことも
        あるのだろうが、--動的に少年愛を詠ったこととは対照的で
        ある。また、彼らは少年愛を禁忌と捉え、禁忌を犯すことによって
        憧れを覚えるという観点で少年愛を詠った。

すこうし、解ったような気になるが、要するに現在進行中のBL短歌には、
禁忌の要素が薄くなっているということかしら。

そして、この「BL短歌」が、評論の対象になるとは、世の中の動きというか、
歌の世界もスピードが速い。



あ、も一つ知りたかったこと、BL短歌って年齢制限(上限)ってあるのかしら。

2014年7月 3日 (木)

ゴーヤチャンプルー

初生りのゴーヤを収穫したので、今夜は、ゴーヤチャンプルーを作りました。

先日作った「塩レモン」を調味料に使ってみましたが、結構良かったです。

近くのお店に七夕飾りをしていて、短冊に願いごとを書いて
吊るせるようにしていた。お遊びで、わたしも1枚書かせていただいた。

「美味しいものが、これからも食べられますように」


なんて、願いごとなんだ、と、われながら思ったけど
食べることはだいじやけんね。


それにしても、今日はコーヒーポットを割ってしまった。
まだ、コーヒーが入っていたのに、流しに落として、パリン。

明日は買わなくちゃ。

2014年7月 2日 (水)

自由律歌集『介護のうた』堀田節夫 角川学芸出版

「短歌は口語で書こう、思ったことはずばり述べよう、五七五七七のリズムに

とらわれない、一行でも五行でも、自分の暮らしを、おおらかにうたおう」(著者 あとがき)

の、自由律短歌である。

自由律短歌といえば、前田夕暮なども一時、作品化しているが、定型に戻っている。

                             

    怒って話したんでは
    判って もらえぬ と
    判って いながら
       どなりとばしてしまった


    認知症は
    患者が二人になる という。
    ーー患者当人と
       介護する人とーー

    一切口(くち)をきかず
    朝めしの支度だけは する
       老いて妻の
       抵抗のかたち か これは。

    「行ってらっしゃい」とは云わぬ。
    「早く帰って来い」と云う。
        老妻(つま)の 朝な朝なの
        俺を送ることば。

    3から5へ
    介護資格の昇級だが
       まちがっても
       めでたい なんて 云うな。

    「そこのおじさん」
    と俺を呼ぶ。
       あなた とか
       お父さん とか
       呼べない 介護5の認知症。



65歳位から鬱病を患い、20年近く認知症だった著者のつれあい(妻)を
詠んだ歌。なんだか身につまされる歌の数々、
おもしろうて、やがて、かなしい『介護のうた』であった。



妻を詠んだ歌より、対象が父親だと、少しゆとりが…


   「六十歳か よう育った」
   と父がのたまう
   「八十三までよう生きました」
   と応じ返す。

   ごりんじゅう は
   まだか
       と わめき 給う
       父の往生際 おだやかで ない。
 
     

2014年7月 1日 (火)

収穫の朝

おはようございます。今朝はいろいろと収穫しました。

まず、胡瓜2本。39センチと43センチです。1本でゆうに2本分の長さ。
ミニトマトは11個。みごとに赤くなりました。

それから、バーチャルな「クリスタルの木」の収穫は800個でした。
近来にない多さだったのは、なぜかしら。

伯母さんが亡くなりました。明日がお葬式です。
明日は久留米の教室で、代講日の都合がつかないので、お通夜に
おまいりすることにしました。

夕方から八女まで行って来ます。

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