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2014年9月19日 (金)

糸瓜忌(子規忌・獺祭忌)

俳人であり、歌人であり、随筆家でもあった正岡子規。その子規の命日が9月19日。

1867(慶応3)年9月17日~1902(明治35)年9月19日永眠。
子規の生涯は35年しかなかった。


絶筆の3句は、
          糸瓜咲て痰のつまりし仏かな

          痰一斗糸瓜の水も間にあはず

          をとゝひのへちまの水も取らざりき




今から25年も前のことだろうか。
上京した折、下谷のFさん、わたし、Yさんと3人で飲んだことがある。
飲んだあとの千鳥足?で、「子規庵」を訪ねたのだ。
3人で上根岸をさまよい、あのあたりのホテル街にいささかたじろぎ、それでも
お目当ての子規庵に辿り着いた。

あの時、塀のそば(垣根か?)にあった赤い実のついた珊瑚樹の木は今でも
あるのだろうか。岡井隆の歌に珊瑚樹の歌があったよねぇ~などと、喋った
ことを記憶している。

 
ちなみに岡井隆の歌は、
      さんごじゆの実のなる垣にかこまれてあはれわたくし専(もは)ら私(わたくし)




結局、子規庵に辿り着いたものの、夜のこととて、垣根からそっと窺ったような次第。
現在みたいに一般公開は昼間でもされていなかったのではないかしらん。



     ①くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨の降る

     ②瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

     ③十四日お昼すぎより歌をよみにわたくし内へおいでくだされ


子規の短歌は、門人に宛てて書いたはがき歌③などユーモアに富むが、やはり
写生の歌①がいい。②の「藤の花ぶさ」の歌は評価がわかれるが、子規の境涯を
背景に置いて読むと味わい深い。わたしは良い歌だと思うし、好きな1首でもある。


死の2年前の子規の言葉「文章には山がないといけんぞな」が、時々あたまをよぎる。




     漸くに辿りつきたる上根岸八十二番地夜の子規庵   miyoko

     手弱女に終はりたくなし絶筆の子規の句三つ口にまろばす    miyoko

                    『夢の器』 ながらみ書房 1992年刊
 

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