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2014年10月27日 (月)

日高堯子歌集 『振りむく人』  砂子屋書房  

2009年から2014年5月までの作品480首余りを収める著者の第八歌集。

「老父母の介護のため傍らで暮らす年月が永くなり、この数年の作品を振り返れば
父母の歌ばかりということをあらためて確認しています。」と「あとがき」に記す。




     ドン・キホーテのごとぎくしやくと野をあるき九十歳(くじふ)の父が摘むふきのたう

     黄かぼちやに庖丁の刃を刺したままほうほう母はどこいつたやら

     母の顎に一本のひげが伸びてきぬをかしくもある老い極むるは

     春の月竹群ゆらしのぼれども歯をはづし目をつむり父はもう寝た

     姥袋(うばぶくろ)のやうなる母のももひきを朝々あらふわれのをかしさ

     わが貼りしバンドエイド腕につけしまま父はこの世を離(か)れゆきにけり




父と母の歌を上げてみた。いずれの歌も酷薄なまでの表現をしている。

父のことは兎も角として、母の歌は、わたしが著者の母だとしたら、「こんなとこまで
うたわんといて!!」と怒りそうな「一本のひげ」や「ももひき」の歌である。だが、著者の
歌人魂は綺麗事としては、肉親をうたわない。

在るが儘の「老い」を目を逸らさず、現実の在りようとしてうたう。
それゆえに、著者の悲しみが作品の背後からただよってくる。先に〈歌人魂〉と
書いたが、そのことをこの一集からひしひしと感じた。




     ゐのぶたは猪と豚とのかけあはせ 媾(コウ)をおもへばややにをかしき

     星の名は麦束・扉・振りむく人 前登志夫逝きけふ三回忌

     どうかあまり生(いのち)に執着しませんやうに 肉厚(にくあつ)ぐいのみ
     わたしは嫌ひ


     水飲みにくる黒揚羽 井戸端から戦地までああこんなに近い



1首目は、猪と豚の交配(?)の歌である。その媾の姿を想像し「ややにをかしき」と
醒めた視線なのだ。女性である著者がここまであからさまにうたえるとは…。


NHK学園生涯学習フェスティバルの平成19年の別府短歌大会で馬場あき子氏が
著者の歌のすぐれたところを語った。その時、引用した歌。

     敗戦日 空また晴れて日晒しの青姦のやうな日本も見ゆ



「日晒しの青姦のやうな」などという比喩を思いつく発想の柔軟さ、そして、
日本の状態をみごとに捉えている……


「巧緻な技法の中に真実の声を秘めている」と、馬場あき子氏は資料で指摘していた。

このたびの「井戸端から戦地までああこんなに近い」も、現在の日本の在りようを
示唆してはいないだろうか。




あ~あ、こんな優れた歌集を読むと、歌作りが更に更に難しくなってきた。
 

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