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2014年10月19日 (日)

志垣澄幸歌集 『日月集』 青磁社

九州、宮崎在住の志垣澄幸さんの第十二歌集。

あとがきに「何が起こるかわからないのが人の世、とくにそういう齢にもなったのだし、
元気なうちにまとめておこうと急に思い立ったのである」と書かれている。

志垣さんは、直接戦場に征った世代ではないが、少年期をその渦中に送ったことも
あって、戦争を知る最後の世代として、少年期の記憶が折にふれて思い起こされるので
あろう。

      この星のどこ捜しても私のゐない日が来むその日を想ふ

      戦争の後遺症はおよそ百年ぞ夾竹桃のうへの夏空

      十二月八日、八月十五日負ひて生くるはわが世代まで

      枝や葉にからむ蔓草手に引けば裏山すこしずり落ちてくる

      卵割ればぬるりと地球あらはれて危ふきかなや夏終つる朝


      われと血のつながるものらみなさびし菜の花の中に貌だけ出して


      人間と同じ食事を与へられ人の子よりも愛さるる犬


      花持ちて女(をみな)に逢ひにゆくごとく墓地への道をのぼりゆきたり


      男の眼もて女子(をみなご)をみてゐたり許されよ椅子に妻を待ちつつ


      戦争の世を経し人がだれひとり居なくなる やがてこの列島に


2首目、3首目、10首目に、戦争を体験した者ならではの思いがうたわれている。
ことに、昭和16年12月8日のハワイ真珠湾攻撃開始、対米英宣戦布告は、この
世代の人たちにとっては忘れることの出来ない日になっているようである。

8首目、9首目の艶のある歌、まだまだ活力は期待できそうな…こういった歌が
収められているのは、なんとも微笑ましい。

そして、摩訶不思議な歌の2首目、3首目。
「裏山すこしずり落ちてくる」と、捉えたところが面白い。蔓草で盛りあがっていた
裏山がそのままずり落ちてきたような感覚はわかる。
「卵割ればぬるりと地球あらはれて」の表現、この発想の斬新さ。



学校を2年前に退職され、退職後の日常の感慨や宮崎の自然をこののちも
うたってゆくことであろう。

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