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2014年11月

2014年11月29日 (土)

土屋 文明 選  西日本読者文芸  西日本新聞社

古いスクラップノートを整理していたら、むかしの歌が出てきた。

昭和46年代の分だが、当時、西日本読者文芸(西日本新聞)は土屋文明が選をしていた。

わたしは、結社にも属していず、もっぱら新聞の投稿から短歌の道に入った。


 
      平凡に一生生きるも倖せと吾に教えし君を忍ぶ日
                    昭和46年5月7日     miyoko


こんな歌が文明サンにとられていた。今だったら「倖せ」なんて字は使わないし、
「忍ぶ」は、当然「偲ぶ」の字にするのだが、そのあたりのことは文明サンは、
気にならなかったのだろうか。

この日の「選評」の最後で口語調について次のように文明サンは書いていた。



      口語調というものは、気持ちをあらわす利点があると同時に、
      全体を低調にしやすいものだから、十分用心して使うべきだ。



文明サン81歳。43年前のことである。
当時すでに口語の歌の投稿歌があったのだろう。
さすが、文明サン、核心をついている。





先ほど外を見たら、上弦の月が……
見つめていたら膨れていくようだった。
 

2014年11月28日 (金)

歌集『銀色の馬の鬣(たてがみ)』 岡井 隆   砂子屋書房

『斉唱』から算へて、三十一番目の歌集とも、三十二番目の作品集ともいへる。と帯に

記されている。「あとがき」には、「生きてゐて、三十冊も歌集を作り続けたことが、

すでに異様でもあり自分でも、不思議に思つて来た。」と、書かれている。



     館野泉(たてのいづみ)の楽(がく)沁(し)み透る夕ぐれは右手にて書く詩論の細さ

     遠くからファックス到(いた)る肝腎のアレには触れず脾(ひ)には触(さは)つて

     相良宏も滝沢亘も此処に無いそして何故だかぼくだけは居る

     寒中に土筆を摘んで煮るやうな無理な約束はこのごろしない

     もうすこしで触(さは)れさうだと思ふ夜は窓ごしに見る雨のしぶきを

     たくさんの失意の果てにひろがれる老年といふ荒野(あらの)に立つか

     乃木坂へ出て帰る路思ほへば無数の坂が人生にあつた

     体重の四キロ減りて癒えゆくは思想殺(そ)がるるよりもこたへる

     あたたかき便座に倚りて少量の尿を待つてる 病む者われは

     目の前を立ち去つて行く影がある去るものは去り、春がくるのだ


1首目の歌は、右半身不随のピアニスト館野泉の演奏でも聴いたのだろうか。
その左手で奏でる楽(がく)がしみ透る。作者は右手で書くのだが、その詩論は
細いと嘆いているようでもある。


2首目は、作者だけは判っている暗号のような「アレ」。そして、FAXを発信した人は
わたしの痛む「脾」には触(さは)つた、と多少怒(いか)り気味?


3首目の前の歌は「正俊も稔も誠夫も姿がない歴史が淘汰したつて言ふの」とあり、
これはアンソロジーか何かで、吉田正俊も柴生田稔も大野誠夫も採り上げられて
いないことへの疑義か。そして、挙げた歌は、若くして肺結核で亡くなった相良宏・
滝沢亘を哀切している。


4首目の歌には詞書に俳句「約束の寒の土筆を煮て下さい  川端茅舎」が
添えられている。


5首目の歌は、何か執筆していて、もう少しで肝腎のところに触(さは)れそうなのに、
書き泥んでいるのだと解釈したが、別な解釈もできそうである。

6・7・8・9首目の歌が、岡井の近況を伝えてもいる。なんせ齢80歳をとうに越して
いるのだから、当然といえば当然だが、「あとがき」に書かれていた「わたしは、
それなりの年齢になつてゐるから、老いの現実の中に佇(た)つてゐるが、その
現状の一端」でもあろう。

それにしても、活力は誰よりも持っていると思う。10首目の歌の「去るものは去り」の
侘びしさはあるものの、「春がくるのだ」の立ち直りのはやさは、岡井のエネルギーの
熱さ・豊かさにほかならない。

2014年11月27日 (木)

再会、そして…

5年ぶりにRさんに再会した。

1昨日、約束通り、春日の教室に来てくださった。

生きていると、こうして会えることもできるのだと、つくづく思った。

帰りは車で自宅まで送ってくださった。ありがとう、Rさん!




そして、今日は北九州へ。

沿線の景色がまさに晩秋。皇帝ダリアが満開になっている。

この花もあちこちで見かけるようになった。

紅葉が今年はことのほか美しく感じられる。

会場近くのイタヤカエデの紅葉を背伸びして写真に収めた。






もう月末になる、ガンバレわたし。

2014年11月26日 (水)

遺歌集『秋の茱萸坂』 小高 賢    砂子屋書房

2014年2月11日に急逝された、小高 賢 氏の第九歌集。

2010年初めから2014年2月までの作品660首を収めている。

小高氏と同じ「かりん」に所属する夫人の鷲尾三枝子さんが「あとがきに代えて」を記す。



今年の2月に亡くなられたばかりなのに、もう、遠い日のように感じるのは、
日々のあわただしさのためだろうか。

小高さんの追悼の歌をその折りは、歌壇の雑誌で沢山拝見した。ほんとうに
小高さんの死は歌壇に衝撃が走った。
仕事盛りの年齢でもあったのにと、惜しまれてならなかった。


       ほんとうの怒りは言葉にならざりきからだは楽器震えつつ響る

       言うほどにむなしくなりぬしかしまた言わねばならぬ言ってこそわれ


       「頑張ろう」ばかり舞う春がんばらぬ生き方もある哲学もある

       除去できるわけではなくて除染とはここからよそへ移すことです

       もはやわれしりぞかざると決意する妻をいざない茱萸坂通い


       棒を折るわけにはゆかぬ金曜日「国会議事堂」前の夕暮れ





1首目、2首目の歌はそのまま小高さんを髣髴とさせる歌。
3首目の歌は、東日本大震災当時の「頑張ろう」に違和を訴えている。
そして、4首目の、原発事故の〈あとしまつ〉の除染を「除去できるわけではなくて」
とうたう。
5首目、6首目の歌は、毎週金曜日に行われていた首相官邸前のデモ。
「茱萸坂」とは、国会議事堂の南側を下る坂のことで、この歌集のタイトルとも
なっている。小高さんは志をもってこの「反原発」のデモに参加していたのだ。



       死後子らは見つめるだろう備忘録のノート冒頭暗証四桁

       われに来る遠からず来るこの世から魂(たま)うき上がり離陸するとき


       いま死なば中途半端な年齢と揶揄の二、三はかならず降り来

       不審死という最期あり引き出しを改めらるる焉りはかなし





四首目の歌は、亡くなられたのと同時期の雑誌掲載ということもあって、動揺した。
自分の死を予言?しているような感覚に捉われたのは、わたしだけではないだろう。


小高さん、ありがとうございました。
       

       

2014年11月23日 (日)

映画「紙の月」 吉田大八監督・宮沢りえ主演

とうとうというか、やっぱりというか、映画「紙の月」を観てきた。

はらはらドキドキの、カラダと精神のざわざわする映画だった。

夫との平穏な暮らしから、軌道が逸れていく梨花。

横領がエスカレートしてゆくのだけど、途中で踏みとどまったり、立ち止まったりしない。


そこがなんとも人間の弱さ(強さ?)だと思ったのだけど、

一方では、爽快感もある。

あそこまで墜ちてゆく……疾走する……

善悪の判断とかを超越してしまっている。




相川を演じた大島優子、隅を演じた小林聡美が光っていた。
役どころをしっかり押さえていた。


帰りにハルキ文庫の『紙の月』を買った。




今日の夕焼けはかなしくなるほど美しかった。

2014年11月22日 (土)

散文集『樹上の猫』 北村太郎   港の人

新聞連載のコラムなど、エッセイを中心に童話や掌編小説を収めている。

この散文集は、1992年10月26日に亡くなった北村太郎の7回忌にあわせて

1998年10月に刊行されたもので、「墓地の人」の詩の朗読のCD付き。



タイトルが『樹上の猫』だけど、猫のエッセイばかりではない。
集中、阿部昭の短歌について触れた「阿部昭ーー阿部さんの短歌」がある。
阿部昭が『挽歌と記録』の書を出し、その中に本人が作った短歌を183首収めて
いた驚きが書かれている。そして、その「あとがき」の言葉を記す。


 
        文章にかかずらっていると、人間を書くことの不幸にきりなく
        はまり込んで行くように感ずるものだが、反対に所謂短詩形の
        文学からは、人生の表現について何か幸福な錯覚のような
        ものを与えられるのかもしれない。



北村太郎は「阿部さんの詩心が最晩年、短歌の形で実を結んだ不思議さ」と書く。


今日は、「墓地の人」の朗読のCDを聴いた。
形式ばった朗読ではなく、バックに幼子の声などのノイズ入りのものだが、
いかにも北村太郎らしい、優しく親しみやすいものとなっている。



その朗読を聴いたことだし、『北村太郎の仕事 1 全詩』(思潮社)をぱらぱらと
捲る。詩集『港の人』も全て収められてあり、ちょっと好きなフレーズを抜き書き
してみた。


        12
 
        とくににんげんは
        たましいのぶんだけ体重が加わっているから
        抱きあっても
        ただの重さではない
                     ーー略

        31

        手帳に書いた予定の日が
        かならず来る
        世の中に
        これくらい恐ろしいことはない
                       ーー略
 
 
        


        

2014年11月21日 (金)

ペットの死を悼む歌、そして…

このところペットが死んだ……という話をよく耳にする。

ペットが亡くなると、その飼い主まで元気がなくなるのを聞くとせつない。

短歌を読んでいても、ペットの死が詠まれていると、そこから先に進めない。




           死にたる猫          小池  光

       紙のごとくうすくなりたるなきがらを抱(いだ)き上げたり朝の光に

       十五年かたへにゐたる生活やときに人より人とおもひて

       三角の耳の弾力たのしみて撫でにしことのかずかぎりなく

       辛かりしをりふし膝の上にゐてねむるいのちになぐさめられき

       すきとほる秋の日差しに反射してひとつのこれるおまへの餌皿(ゑざら)

                          『文藝春秋』 2014年12月号



7首中の5首を抄出。
2首目の「ときに人より人とおもひて」は、とてもよくわかる。
猫に心が通じるのだ。人間よりも人間らしかったりするのだろう。
5首目の秋の日差しのなかの「餌皿」は、かなしい。

小池さんは「短歌人」にも、愛猫の死をうたっていた。





ところで、
今日の朝日新聞の朝刊(福岡版)に東直子さんの今度出た小説、
『いとの森の家』(ポプラ社 税込1620円)が紹介されていた。(わたしはまだ未読。)

直子さんは、3歳から11歳まで福岡県で過ごしている。そのうちの
小学4年から5年にかけて福岡県の糸島で「宝物のような1年」を過ごしたらしい。
その糸島を舞台にした小説。(是非読みたいな)

よけいなことだが、直子さんが50歳になるとは知らなかった。
新聞の取材って、年齢を書くんだよね。
でも、2段抜きの写真は、お嬢さんのように若い、そして美しい。


「未来」にいたころは何歳だったのかしら。
 

2014年11月19日 (水)

小春日和

筑後平野の田んぼは、稲を刈ったあとの蘖(ひこばえ)が芽吹き、緑が陽に輝いていた。

JR沿線のススキの穂波が美しい。時折、楓の紅葉が目に飛び込む。

小春日和の一日だった。

          玉の如き小春日和を授かりし    松本たかし




グループホームの母の体調も良く、元気。
今日は、クローゼットに掛けていた衣類の整理。
整理箪笥のなかも全て冬物に入れ替えた。



夕ごはんを食べるまでいた。

食後、談話室でテレビを観ていた母に、

          「おかあさん、また来るけんね」と言ったら、
          「わかった、わかった。」と応えて、すぐテレビに目を移す。



こんなにききわけがいいと、なんだかはぐらかされているみたい。
それは、それでさびしい。(何を言ってるんだ、わたし)
元気良し、体調良し、を喜ばなければ。



JRまでの乗り継ぎのバスが出たあとで、次の便に45分も待った。
今日は結構歩いたので、8114歩。家にいると3ケタ止まりなんだけど…



ああ、昨夜は『たかが猫だというけれど』読み終えました。
愛すべき〈優サン〉でした。

2014年11月18日 (火)

『たかが猫だというけれど』 諏訪 優   白川書院

1977年4月発行の詩とエッセイ集。



           猫に代って

        きみは たかが猫だ というけれど

        テレビ観る猫

        蟇口拾ってくる猫

        客を招く猫

        ほんとうだ

        だから

        馬鹿になんかできないんだ

                    略ーー

 

読みだしたら止まらなくなってしまった。

ホントはこの本が目当てではなかった。
「未来」11月号に載っていたEさんの「港の人よ」一連の歌に
触発されて(「月旦」書くための参考に)、北村太郎の『樹上の猫』
『センチメンタルジャーニー』そして、ねじめ正一の『荒地の恋』を、
連れ合いの書棚から引っ張り出した。

その書棚に並んでいたのが『たかが猫だというけれど』だった。

         ーー略
         こまったな ほんとうにこまったな
         クロよ おまえが悪いんじゃないよ
                       略ーー
                  「クロよ おまえは」 諏訪 優




「月旦」が書けない。これを読んでしまうまでは…

2014年11月17日 (月)

『定型の広場』  続き…

著者の吉野昌夫のことは、この書の帯に下記のように書かれている。

       学徒動員による戦時体験の傷を終生負い続けた歌人・
       吉野昌夫(大正11年ー平成24年)。戦中戦後の時間を
       短歌と共に歩み、独自の作品とスタイルを生み出した
       氏の、70年にわたる言葉との格闘の中で書かれた歌論、
       北原白秋・木俣修・宮柊二・土屋文明に関する論文、
       講演録を収録した遺稿集。




吉野昌夫は、
昭和17年9月、北原白秋の主宰する「多磨」に入会。
        しかし、その2カ月後の11月2日に白秋は亡くなる。
昭和27年「多磨」は解散。
昭和28年5月、木俣修が「形成」を創刊、吉野昌夫は編集、校正、発送を手伝う。
昭和58年、木俣修没。
平成5年5月「形成」解散。

結社「形成」が解散の後、吉野昌夫はどこにも属さず、平成24年亡くなる迄、作歌を
続けていたのだろう。その孤独な?(自由な?)ひとりの歩みを思う。



そして、この書の編者の久保田登もまた「形成」終刊後、個人誌「まづかり」という
一人の歩みを続けている。久保田の「まづかり」は、「個人誌なので集団で活動する
ことはなく、あくまで書きたいことを書く。もうしばらく吉野昌夫の作品と論を追求した
い」と角川の『短歌年鑑』の全国結社の紹介ページには掲載されている。



結社と歌人の関係……に、思いが及んだ1冊だった。


そういえば、『現代短歌』の2月号で「白秋と多磨」ならびに「多磨以後の人々」に
ついて特集をするらしい。
来年1月25日は、北原白秋の生誕120年だって……

2014年11月16日 (日)

『定型の広場』 吉野昌夫評論集  いりの舎

「ー歌は音楽、心の調べ」の副題の付いた、久保田登編の評論集。

著者、吉野昌夫は平成24年7月1日に死去している。

諸々の事情により生前刊行することができなかったもので、このたび

久保田登氏(個人誌「まづかり」)が責任をもち、〈久保田登編〉と、なっている。




まだ全て読み終わっていないのだが、集中の「私の中の土屋文明」に
興味が湧いた。
と言うのも、土屋文明の歌の字余りと、吉野昌夫の歌の字余りは
似ているなと思っていたのだが、そのことを、この文章で確信?した。
吉野自身が「最近気がついたのであるが、どうもこの文明の歌に影響されて
いたのではないかと思う。」と書いていることである。




      戦後早い時期、木俣先生に「君の歌を推薦するのもいいが一読
      誰も多磨の作家とは思わないだろう。文明の所へでもゆけ」と言わ
      れたことがあったから、先生は早くからその辺のことはお見通しだ
      ったのだろう。


とも、書かれている。
そう、そのまま、文明の所へ行ったとしたら、どうだったのだろう?などと、
思ったりしている。



さて、さて、この書のなかで、文明の面白い歌を見つけた。昭和22年の
正月のために作られた「所誂預作新年歌」(注文によって預め作る新年の歌)


      歌よみが太平楽(たいへいらく)をならぶるを
      年のはじめの滑稽(こつけい)とする
                        土屋文明



2014年11月14日 (金)

詩集 『夜話茶話』  吉貝甚蔵  書肆侃侃房

1959年福岡市生まれの著者の『ハイホー』『夏至まで』に続く、第三詩集。

Ⅰ章、Ⅱ章、Ⅲ章、Ⅳ章の構成。

そのⅢ章の「神田・本郷界隈」に注目。


         旧宅

     この坂道を
     ひだりに折れると
     路地があって
     その路地の行き止まり
     井戸のある家が
     一葉の旧宅なのだ
     五月の風の袋小路
     井戸に猫でも座っていれば
     日だまりのわきには
     明治の影が揺れ
     誰それの声に
     金魚草が応えてみせたり
     するのだろうか
               ーー略




今日は、結社誌に7首送稿、他諸々。
会社を退けた連れ合いと待ち合わせ、焼き肉を食べに。
生ビールが美味しかった。

明日からまた、ガンバル。
 

2014年11月12日 (水)

ミニコミ誌「読婦(どくふ)の友」 創刊準備号

本日の朝日新聞の朝刊、福岡版になつかしい顔が…目が釘付けになった。

そうか、そうだろうなぁ、と思いながら3段抜きの紹介記事を読んだ。

   
       福岡の本好きな女性が集まり、ミニコミ誌「読婦の友」の
       創刊準備を進めている。テーマに沿った本の紹介や本の
       話題が満載で「本屋に足を運ぶきっかけになれば」と話す。
       創刊準備号をつくり、22日まで福岡市を中心に開かれている
       「ブックオカ」のイベント参加店で無料配布している。




準備号のキャッチコピーは「はみだしちゃえば、と本がささやく」。

いいな、いいなと感嘆。


5人の女性が写真におさまっていたが、メンバーは8名。「読婦の友」代表は
書評家の和泉僚子さん。(写真では、後列中央の女性)
女性ばかりで構成されたこの「読婦の友」の今後に注目したい。



(それにしても、まだわたしは準備号を手にしていない。)



ともかく、エールを送ります。

和泉さんに、メンバーの活躍に、「読婦の友」のご発展に。

2014年11月10日 (月)

『猫といっしょにいるだけで』 読了

         仰向(あおむ)けにごろりと寝ころんだ。見慣れたわが家の天井が

         目の前に広がった。

         大の字になって、横を見ると、私の脇に、ミミと太郎もいっしょに寝
 
         ころんでいる。
 
         そんな私たちを見て、ソファに座った母がにこにこしていた。父が生
 
         きていたころと同じ、母の柔らかな笑顔だ……。
 
         不意に、切ないような、惜しいような、泣きたくなるような感情がやってきた。
 
         しあわせだ……。




と、いうわけで、昨夜やっぱり読了。
添えられている写真がまたカワイイ。
典子さんを虜(とりこ)にしてしまった、ミミ。
ミミに逢いに行きたい。




みなさま、ぜひこの『猫といっしょにいるだけで』を読んで、しあわせに
なってください。平成26年11月に出たばかりの文庫本です。590円(税別)



今日は散歩がてら皇帝ダリアを見に行った。
咲いていた。happy01
一本の木?に、5・6輪は咲いていた。happy01
 

2014年11月 9日 (日)

『猫といっしょにいるだけで』 森下 典子  新潮文庫

五十代、独身、母と二人暮らしの著者が「猫は嫌いだし、生き物は飼わない」と、

決めていたのに、五匹の子猫を産んだ野良猫をひょんなことから飼うことになってしまう。

物語というより、ドキュメンタリーだな、これは。


五匹の子猫に名前を付け、それぞれの個性を描いたところなど、親バカ(猫バカ?)
そのもの。また、そのあたりがなんとも微笑ましい。こちらまでほんわかとなってくる。
まさしく「しあわせを、ありがとう」だね。



実は、この本を読んでしまうのが惜しくて、只今96ページで中断。
もっと、ゆっくり読みたいのだが、たぶん、今夜中に読んでしまうだろう、な。



そして、「猫の死」を綴っていた、
「短歌人」2014年11月号の「編集室雁信」でのコメントと、本誌での歌。


        九月十一日、猫が老衰の果てに死んだ。
        ペット霊園でお骨にしてもらった。十五年暮らした。
        猫は、わたしが短歌を作っていることを最後まで
        知らなかった。              (小池)


 
        生きの緒のをはりのちからをふりしぼり嚙み切るまでにわが指を嚙む

        骨と皮ばかりになりしなきがらをバスタオルに包むいのちをはりぬ

        十五年ともに暮らしし歳月はここにをはりぬ秋の日しづか

                         小池 光  「短歌人」2014年11月号

2014年11月 8日 (土)

浅酌低唱

「ほどよく酒を飲み、小声で詩歌を吟ずること」なんて、ことでもないが…

今宵はすこしだけ飲みました。長期貯蔵古酒「古(いにしえ)の香り」アルコール

成分は18度。これくらいが今のわたしには丁度いい。

「未来」の11月号にお酒の歌が載った。

        そこそこの酔ひこそよけれわたくしをオランジ―ナで割つてください
                                            miyoko


先日、妹が御飯を土鍋で炊くと美味しいよ、と言うので、夕ごはんを土鍋で
炊いてみた。電気釜と違って火加減が難しいが、うまく「オコゲ」も出来て、
旨かった。


今日は、Nさんより手紙が届き、「うた新聞」の9月号の小林幹也氏の巻頭評論の
ことに触れていた。作家の後藤明生は、だんなさまの後輩だとか。そういえば、
明生は福岡の朝倉中学、そして、早稲田を出ている。
この文章のなかでの明生のコメント、

      …略 私位の年になりますと、例えば、朝倉なら朝倉の地域を
      つまらない田舎と思っていたけれど、気がついてみると、本当の
      価値とか値打ちとかいうものが分ってきた、という様に拡大して
      解釈することもできるんじゃないかな、と思います。



こういったことって、あるな、と思う。若い時の価値判断はそれとして、齢を重ねる
ことによって、価値感が変わるってことが…



なんだか、訳のわからないことを書いてしまい……そうなので、今夜はこれで。

2014年11月 7日 (金)

今朝の冬(立冬)

二十四節気のひとつ、今日は立冬。

朝の水遣りもはばかられるような日差しになった。


   櫨(はぜ)は実を黒々垂らし冬に入る    山口青邨

一昨日、久留米の公園の水木の紅葉がとても綺麗だった。
足元に散らばっていた実(種子)をいくつか拾って帰った。鉢に埋めておこうと思う。


一昨夜も、昨夜も、月がまんまるで、満月かしらと思っていたのだが、満月は
今夜みたい。月の位置も夏の時より随分違う。

そして、日暮れが早くなったので、急きたてられるような気がする。



朝方見た夢が離れず、パソコンを開く前に今後の予定表を作る。
とりあえず、12月10日迄の分。
取り零して、泣くことにならないように、気をひきしめなくちゃ。

これからは時間との勝負。

今日の午後も教室へ。

2014年11月 4日 (火)

皇帝ダリア(木立ダリア)

皇帝ダリアを10本ほど植えているおうちが近くにある。

その花が気になって、通るたびにまだかまだかと仰いでいたのだが、

今日、てっぺんに一輪咲いていた。

キク科ダリア属の花で丈が3~4メートルにもなる。

ここのおうち?は、平屋建てなので、屋根まで届くような丈になっている。

青空に伸びあがるように咲いていたうすむらさき色の花。

蕾が沢山付いているので、これから咲くのがたのしみ。



この花を見ると、花山多佳子さんの『木立ダリア』の歌を思い出す。
花山さんの歌集で、皇帝ダリアの別名が「木立ダリア」ということを知ったのだった。


     十一月尽の空気のつめたさに木立ダリアの花を見上げる
                 『木立ダリア』 本阿弥書店 平成24年刊

「あとがき」によると、
 
     木立ダリアは皇帝ダリアという名前の方が一般的になっているが、
     私はまず「木立ダリア」という名前で覚えたーー略

     私はたまたま小石川植物園で出会ったのであるが、晩秋のつめたい
     空気の中に見上げた花のシュールな美しさは忘れられない。

と、書かれている。



ところで、
朝日新聞の今日の夕刊の「あるきだす言葉たち」に、第57回短歌研究新人賞を
受賞した、石井僚一さんの「十三月のマザー・テレサへ」10首が掲載されていた。

2014年11月 3日 (月)

防災メール登録

思いたって、パソコンとケイタイの両方に、福岡市の防災メールの登録をした。

地震や津波情報の他にも、福岡市では、黄砂・PM2.5などの情報も発信して
くれる。登録料は無料だが、通信費は登録者の負担。


今日は3連休の最終日、1日デスクワークで過ごした。
とは言うものの、「未来」が届き、中断。

2009年に教室に来ていたRさんからメールあり。
電話してもいいかしら?と、丁寧に打診あり。5年ぶりに声を聴いた。
積もる話を長々とお喋りして、ともかく、教室で会いましょうと約束?

外の風は冷たいようだったが、穏やかな連休最後の日であった。
また、明日から早起きをしま~す。

2014年11月 2日 (日)

ノコンギク(野紺菊)

山野でふつうに見られる野菊の1種。あまり手入れもされていないような

お庭に咲いていたノコンギク。でも、そばにはフジバカマも咲いていた。



今日は宗像大社の第43回「宗像大社短歌大会」へ。

折りしも菊花展が開かれており、大輪の菊や懸崖造りなど、さまざまな菊の花を見た。
人工的に細工された菊の花、その美しさに目を見張った。
子どもたちが育てた菊の花もあった。



大会が始まるまでに時間があったので、大社の裏手をEさん、Nさんとすこし歩いた。
そこで目にしたノコンギク。その花がなんだか、いとおしかった。



今日は短歌大会のために、母のグループホームの「よかとこっ祭」に行けなかった。
連れ合いの報告を聞きながら、申し訳ないなと思った。
優先順位を、「短歌」の方を先にしてしまう、わたし。

今夜はすこし肩身がせまい…

2014年11月 1日 (土)

ナンキンハゼ(南京黄櫨)の紅葉

自生したのか、わたしが種子を埋めたのか、大きくなり紅葉した木。

とても愛らしい葉で、その紅葉がなんとも綺麗。

今日の歌会にその葉っぱを持って行ったのだが、さすが、歌を詠むかたがた
すぐさまその葉を「ナンキンハゼ」と答えてくださった。

ああ、わたしは長いこと、ナンキンハゼとも知らず見ていたことよ。
花が好き、植物が好きなどと言いながら、この体(てい)たらく…



今日の歌会は、熊本から新しいかたがおひとりお見えになった。
「青羅集」の男性のかた。遠い所をお疲れさまでした。とてもいい批評を
してくださり、さわやかな風が。

12月は忘年歌会の予定。

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