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2014年11月17日 (月)

『定型の広場』  続き…

著者の吉野昌夫のことは、この書の帯に下記のように書かれている。

       学徒動員による戦時体験の傷を終生負い続けた歌人・
       吉野昌夫(大正11年ー平成24年)。戦中戦後の時間を
       短歌と共に歩み、独自の作品とスタイルを生み出した
       氏の、70年にわたる言葉との格闘の中で書かれた歌論、
       北原白秋・木俣修・宮柊二・土屋文明に関する論文、
       講演録を収録した遺稿集。




吉野昌夫は、
昭和17年9月、北原白秋の主宰する「多磨」に入会。
        しかし、その2カ月後の11月2日に白秋は亡くなる。
昭和27年「多磨」は解散。
昭和28年5月、木俣修が「形成」を創刊、吉野昌夫は編集、校正、発送を手伝う。
昭和58年、木俣修没。
平成5年5月「形成」解散。

結社「形成」が解散の後、吉野昌夫はどこにも属さず、平成24年亡くなる迄、作歌を
続けていたのだろう。その孤独な?(自由な?)ひとりの歩みを思う。



そして、この書の編者の久保田登もまた「形成」終刊後、個人誌「まづかり」という
一人の歩みを続けている。久保田の「まづかり」は、「個人誌なので集団で活動する
ことはなく、あくまで書きたいことを書く。もうしばらく吉野昌夫の作品と論を追求した
い」と角川の『短歌年鑑』の全国結社の紹介ページには掲載されている。



結社と歌人の関係……に、思いが及んだ1冊だった。


そういえば、『現代短歌』の2月号で「白秋と多磨」ならびに「多磨以後の人々」に
ついて特集をするらしい。
来年1月25日は、北原白秋の生誕120年だって……

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