« 『草笛』 佐竹 游歌集 現代短歌社   | トップページ | 十二月どうするどうする甘納豆      »

2014年12月 9日 (火)

『草笛』 佐竹 游歌集  現代短歌社   …続き

文語・旧仮名遣いの極めてオーソドックスな第一歌集。

昨日から矯めつ眇めつながら、味わっている。


     うしろより双(さう)の乳房を手につつむ月の面(おもて)をおほへるごとく

     からめあふ足をほどけば夕映えに汝が膝頭ひかりをかへす

     川の面に手をすべらせてさざら波立たすがごとく背(せな)を愛撫す


性愛の歌は美しい。美しいがゆえにセクシュアル・マイノリティを、あえて「あとがき」に
記さなければならないほど、生き難かったのでもあろう。だが、『草笛』のタイトルにも
なった歌の「さまざまなわれを束ねてわれはある」のだと思う。




     さまざまなわれを束ねてわれはあるわれのひとりが草笛を吹く

     異端者を名告(なの)る愉悦も異端者の謗(そし)りを受けてたちまちに消ゆ

     「足跡(そくせき)を遺さむ」とわれ言ひ替ふる「高名になりたし」と言ふを恥づれば


2首目の「謗りを受けてたちまちに消ゆ」、3首目の「言ひ替ふる」などから推し量ると
どうも、まだ、佐竹さんは迷いがあるようだ。迷える〈われ〉も〈われのひとり〉なのだが、
そのへんが歯痒くもある。


     この五年正規雇用を願ひつつ働き来しがつひにかなはず


     黄蜀葵(わうしよくき)咲きならぶもとを走りゆく猫にも急ぐ用事はありて

     ヒグラシを聞かせてをりぬ魂を運ぶ舟なるわがししむらに

     ほそき頸(くび)なげだしねむる猫の仔をくづさずにわが膝よりおろす



1首目は歌集の前半ににあったので、歌作初期の頃か。素直な詠法。
2首目・4首目は猫の歌。(猫の歌があると、目が止まってしまうの。)

佐竹さんの本来の(と、言っても、知ってるわけではないが)味が出ているのは、
3首目だと思ったのだが、どうだろうか。





まだまだこの『草笛』には、さまざまな佐竹さんの〈われ〉が蠢いている。
 
 

« 『草笛』 佐竹 游歌集 現代短歌社   | トップページ | 十二月どうするどうする甘納豆      »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2032066/58214975

この記事へのトラックバック一覧です: 『草笛』 佐竹 游歌集  現代短歌社   …続き:

« 『草笛』 佐竹 游歌集 現代短歌社   | トップページ | 十二月どうするどうする甘納豆      »