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2014年12月15日 (月)

歌集『風とマルス』 花山 周子 青磁社

著者の第二歌集で、2007年2月より2010年2月までの482首を収めている。

タイトルのマルスは、「デッサンのモチーフとして何度も描かされた石膏像の

マルス」とあとがきに記している。


           掘割に楕円の日なた鴨一羽吸われるように水面をゆけり

     明け方の鳥のはばたきサイダーの蓋をはずしたように聞こえる



写生の歌2首、いいなぁと思って挙げた。共に4句目に「ように」と直喩が使用
されている。1首目の「吸われるように」、2首目の「はずしたように」と、意味は
解りやすい。その分、衝撃度は弱い。しかし、2首目の「サイダーの蓋を
はずしたように」は、作者のオリジナリティが感じられる。



     かなしさは眠たさになり眠りたり眠りて悪夢に怒鳴りて眠る

          思い出は思いが出てくることなのに君の野太い腕が横切る

          泣いている理由忘れて泣いている電信柱になりたい夜更け

          泣きながら朝を迎えてゴミを出す。光の中にゴミを出したり

          また同じ木を描いている 筆に染みるテレピン油が木を溶かし込んでく

          空気にも色があるからキャンパスは塗りつぶされて風景になる

          伐採さるるときに最後の花粉をば吐きて倒るる杉を思えり

          ぶたくさの根っこを抜かれているような私の胸を押さえて眠る





印象的な歌を8首抽出。1首目・2首目は、初句の助詞が「……は」となるところが
多少気になるが、1首目の「悪夢に怒鳴りて眠る」など、わが歌かと思われるほど
同じような体験をするものと親しみが湧く。


2首目は、下の句がいい。「君の野太い腕」が、記憶にくっきりと刻まれているのだろう。
この下の句が効果的で、実感が出ている。


3首目・4首目、泣くおんななのですね、周子さんは。
3首目の「電信柱になりたい」がなんとも可笑しい。可笑しいけれど、これはホントの
ような。電信柱になれるものならなりたい時だってありそうな…。


4首目の朝のゴミ出し。誰にも会いたくないゴミ出し。だけど、こんな時に限って
うるさいおばさまに会うんだよね。4句目の「光の中に」がいい。


5首目・6首目は、周子さんの生活(生業)ですか?
それだけに、やはり、描写が細かい。


7首目は、いちばん好きな歌。
どこが好きかと言えば、杉の木だっていのちを終える(?) 時に、そのいのちの
片鱗なりとを、この世に遺してゆくのだという、ことかしら。
阿鼻叫喚のような、いのちの凄まじさが伝わってくる。
(わたしも死ぬ時は穏やかにあの世にゆかず叫びそうな…)
この歌、結句が「思えり」なんだ。



そして、最後に挙げた歌、「ぶたくさの根っこ」が、いかにも周子さん好みのような。
つらい、せつない、しんどいような眠りの際が…
この歌から、安らかな眠りを想像できないのは、わたしの理解が足りないのか?

いずれにしても、この『風とマルス』は、混沌としていて、その混沌さが心地いい。
四角四面に収まることはない。
にんげんって、誰も何かしら「混沌」さを抱えて生きていると思うのだから…
 

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