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2014年12月19日 (金)

『いつも空をみて』浅羽佐和子歌集  書肆侃侃房

新鋭短歌シリーズの1冊で、著者は未来短歌会所属。

加藤治郎さんが「空を見上げる」として、理解の行き届いた解説を書いている。

「短歌とわたし」(あとがき)の著者のことばが初々しい。


       短歌と向き合うと、自分の気持ちが自分に向って流れてくる。
       今のことも、昔のことも。記憶として曖昧だったシーンやその時の
       気持ちがふっとよみがえってくるのだ。


浅羽さんが結婚する前の夏だったか、「未来」の集いでちらりと見た記憶がある。
彼と結婚するんだ、ということを誰からともなく耳にして、「歌をやめるのかなぁ」
などと、余計なことを案じたものだが、こうして第一歌集を出せたのは、本人の
努力あってのことだろう。(嬉しい、ほんとに嬉しい。)



               丁寧に傘をひろげるあの人はたぶん何かを手放してきた

       八月の自転車青く輝いてもうもどれないとあなたは言った

       私から母の匂いがきえなくて台所からはなれられない

       どこまでも流されてゆく夢をみた もう元には戻せないシステム

       ああこの子も私に嫌われまいとして、私みたいに、たった二歳で

       優しくない私が優しいふりをして青空という仕返しがくる

       連絡帳書けずに終わる連絡帳読めずに終わる、もう先はない

       おだやかな私であるほど覚めてから現実が津波のようで、のがれられない

       あっけなく私の人生に入ってきてあいうえおうさまみたいに自由




結婚して、妻になって、二人の子の母親になって……と、この歌集では、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ章
に亘って、その時々の心の軌跡がうたわれている。と、同時に、妻でもない、母親でも
ない、浅羽さんの一人の女性の〈生〉が、にんげんとしての〈生〉が、うたわれている。


ワーキングマザーなんて言えば恰好いいが、日々の生活のなかで我武者羅に生きて
いる女性の姿が脳裏に浮かぶ。7首目の子どもの連絡帳まで書くことも、読むことも
できない時間のやりくりはせつない。


浅羽さんは、本質的に優しい人なのだと思う。
1首目の「あの人」に対する心寄せは「何かを手放してきた」のだと思い遣る。
2首目の歌からも、自分のことよりも「あなた」を気遣う思いの深さ。
6首目の「優しくない私が」と、うたえるのも、ホントは優しい証左。




象徴的なタイトル『いつも空をみて』がいい。
浅羽さんにとても相応しいと思う。前向きだし、ポジティブなタイトルなのが
愛らしい装丁とマッチしている。
そして、何より次の1首は浅羽さん(そして、家族の)の胸奥を解き放っている。



      清潔なハンカチのような嘘をつく この青空をなくさないため
 

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