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2015年1月

2015年1月30日 (金)

今年もV タカ一丸 (ソフトバンクホークス)

午前中に県立図書館へ。

いつものように筥崎宮へお参りしてからと思い行くと、スゴイ人出。

なんなんだ、と思ったら、プロ野球のソフトバンクホークスの選手らが必勝祈願に

くるみたいで、ファンの人たちがいっぱい。

「選手直筆サイン付き絵馬付き オープン戦セット券発売!!」限定100セット

10000円で売っていた。(14枚綴り)

這這の体で (?) 図書館へ。




図書館では司書さんの丁寧な応対に感謝しながら、2冊を他図書館から
取り寄せて貰う手配をした。もっといたかったけど、午後から香椎の教室が
あるので、やむなく出る。


地下鉄で貝塚駅まで行き、西鉄電車に乗り換えたら、ばったりKさんに会う。
教室で話せないことを少々話す。


今日発売の本が教室近くの書店にはなかった。
「アマゾンに頼んだら30日には届くみたいですよ」と、よけいなことを
わたしが言ったら、店員さんが「地方ですから、まだ届かない」と、弁解していた。
早く読みたい(見たい)のに…



帰りに紀伊國屋書店に寄るエネルギーもなくなり、帰宅。



朝日新聞夕刊に、筥崎宮でのホークスの必勝祈願が写真入りで掲載されていた。
松坂大輔投手のコメントは「こんなに人が集まるとは想像していなかった。
がんばらないといけない」だって。

約5000人のファンが集まったそうな…


2015年1月28日 (水)

昼の月

今日は「久留米毎日文化教室」だった。

もう1月も終ろうとしているという話になったら、Kさんが面白いことを言っていた。

10代だったら10キロのスピードで1年が過ぎていき、年代を追うごとに速くなる

そうだ。50代だったら50キロの速さ、60代だったら60キロの速さとか…

道理で、道理で…と、納得する。Kさんは、これは誰かの受け売りですけど……と。


終って八女のグループホームにいる義母のところへ。

田舎なもので、バスを降りたら2キロ  ?  くらい歩かないといけない。

今日は冬晴れのお天気で歩くのもたのしい。田んぼの畦には自生した菜の花が

咲き、仏の座の可憐な花も咲いている。空を眺めると、昼の月が心細そうに

浮かんでいる。そうか、あれは上弦の月かと思いつつ眺める。なんだか昼の月は

はかなげである。歌の1首でもできればいいが、そう容易すくは出来ない。




インフルエンザが流行っているとかで、玄関で介護士さんからマスクをして
くださいと手渡された。義母もマスクをしている。しているというより、顎のところに
おろしている。マスクをするのが鬱陶しいのだろう。



お部屋の壁にカワイイ感謝状が貼られていた。


         感謝状

      いつも笑顔が絶えない
      お姿に元気をいただいています。
      これからも健康に気をつけ
      元気でお過ごし下さい。

           スタッフ一同



義母もがんばっている。わたしも頑張らなくちゃ。



2015年1月27日 (火)

『死ぬ気まんまん』 佐野洋子  光文社

2010年11月5日、著者・佐野洋子は東京都内の病院で死去、享年72歳。

この本の初出は『小説宝石』に2008年5〜7月号、2009年4、5月号に掲載

されたもの。他に「知らなかった」の章は、『婦人公論』の1998年10月22日号と

11月7日号に掲載されたもの。(2011年6月刊)

これらからすると、「死ぬ気まんまん」の章は亡くなる1年前、2年前の文章になる。




       ガンが再発して骨に転移した時、お医者は、死ぬまでに治療費と
       終末介護代を含めて1千万円くらいだろうと言ってくれた。
       ほぼ七十歳くらいで、私は金がかからなくなるはずである。
       私は抗ガン剤は拒否した。……



と、書くように、「抗ガン剤」を拒否して「死ぬ気まんまん」で、死の方へ歩いて
ゆくのだ。ふつうの人間だったら到底できないのではあるまいか。わたしなど
きっと取り乱し、何も手がつかず、オロオロするに違いない。




       根が貧乏性のわたしは物欲がないのである。
       食欲もないのである。
       性欲もないのである。
       もう物をふやしても困るのである。
       もう男もこりごりである。七十でこりごりと言うと笑われる。今から
       お前、男つくれるのか ?   はい、つくれません。





などと、ユーモアさえこきまぜて、この書は読む者を笑わせる。
それだけに痛々しいと思ったりもしたのだが……




       私は今が生涯で一番幸せだと思う。
       七十歳は、死ぬにはちょうど良い年齢である。







☆ ☆ ☆ ☆ ☆

移動中に上記の本を読み終えてしまった。

今日は春日の教室だった。終って、新年会。

みんなよく飲み、よく食べ、よく喋り、いっときこの世の憂さも、大変なことも

忘れていた。ふくのひれ酒が美味しかった。「宝山」という焼酎をはじめて知った。

亥年生まれが4人もいる、団塊の世代だなぁ。


みんな〈生きる気まんまん〉のひとたちである。

2015年1月26日 (月)

『猫返し神社』 山下洋輔  飛鳥新社

2009年11月24日から約4年間にわたって連載したブログ

「山下洋輔の猫ランドレミファ♪~」を、書籍化したものである。(2013年12月刊)


世にも不思議な「猫返し神社」とは、この著者、山下洋輔が実践・霊験あらたかな

ことを知り、さる神社に命名、流布 ? したと言ってもあながち間違いではないだろう。

この神社にお参りすると、迷い猫や失踪した猫が忽ちにして飼い主に戻るそうな…



この書は、猫つながりの交友の面白さ、そして、猫たちの写真がふんだんに掲載

されている。「猫」なのか「ネコ」なのか「ねこ」なのか、アンケートをとり、その意見を

集の中ほどで公開しているのもユニーク。




タイトルになった「猫返し神社」は、実在し、今では一般社会にも知られ、全国の

人が訪れるそうである。この神社の境内には著者演奏のピアノソロの越天楽が

流れるというのも、なんだか愉しい。

神社の名前は、阿豆佐味天神社(あずさみてんじんじゃ)。 所在地は立川市。

猫像が迎えてくれる ?  かな。


2015年1月24日 (土)

夭折の歌人  笹井宏之(筒井宏之)さんの今日は命日

        平和とはでんがくのこの大根のぬくみのようなものではないか

                               佐賀新聞 (2007年1月25日付)

           戦後の日本では、「平和」は「戦争」の対語として認識され、
           個人が普通に生活できる「小さな平和」や「個人の安らぎ」
           などは犠牲にされてきた。東日本大震災を経て、多くの人が
           そのことに気付いたようだ。この作品は「身の回りのささやかな
           平和が積み重なれば、本当の平和になるのではないか ? 」と
           問いかけているのだろうか。
 
                               佐賀新聞 読者文芸選者
                                         塘  健





        冬ばってん「浜辺の唄」ば吹くけんね ばあちやんいつもうたひよつたろ

                               佐賀新聞 (2006年12月7日付)



           「浜辺の唄」は日本の古い唱歌。今どきの曲と比べると、ゆっくり
           したテンポに感じられるが、本来、人間はこのぐらいのペースで
           歩くのが心地よい。つまり、この選曲にも意味やメッセージが込め
           られており、何の曲でもよいわけではないのだ。作品を構成する
           モチーフ選びにもセンスの良さが光る。
            前述の「平和とは…」の優しさ、温かさはこの作品にもつながって
           おり、2作品の取り合わせは秀逸。飾り立てずとも、振り返らざるを
           得ない歌の仕立てになっている。
                                佐賀新聞 読者文芸選者
                                         塘  健




2009年1月24日、26歳で永眠した笹井宏之さんのきょうは命日。
笹井さんを偲び、2012年2月28日付の佐賀新聞を紹介した。黙禱。

2015年1月23日 (金)

『茜ときどき自転車』 岡田哲也  書肆山田

「あとがき ーー 人生の抜裏」によれば、この詩集は前詩集『わが山川草木』に

収めなかった、どこにも発表しなかった作品、ということである。

「わたしはこれらを絶対の備忘録として、めかして言えば遺書として書き続けた。」とも…



 
          三つに四つ

               わが身とはゆめ思わざりし四苦の日の
               夜半の番茶の寒き上澄み

        花冷えとか
        三寒四温とかいいまして
        そうやって 春は来るのです

        わたしの日足も 喜び三つに苦しみ四つ
        負けこしながら伸びてゆき
        千秋楽を迎えるのです

        くたびれたなら ゴロリとなるか
        コロリとゆくかの ちがいです

        花が散った野末には
        やがて雲雀もあがるでしょう

        霞をおしのけ 透きとおりかけた青空に
        片われ月が
        さいごの花びらのように浮かんでいます




処女詩集『白南風』から何年の歳月が経ったのだろうか。

あの詩集で、桶谷秀昭が書いていた跋文のことば「青春を殺すことであった」だが、
殺した筈だった「青春」が、どこかに、根強く、執ねく、胸中深く蔓延って
いたのかも知れない。

なんだか、せつない、かなしくなる詩集だった。  2013年6月発行。




       

2015年1月22日 (木)

200回目の歌会

1998年からはじめた北九州での超結社の歌会が本日で200回になった。

生年も歌歴もてんでばらばらの人たちだが、よくぞここまで続いてきたものだ。

50歳の人がことし67歳。55歳の人は72歳になる。

10歳の子どもは、ことし27歳か。(10歳の子どもなど、はなから出席していないが…)




月に1度、北九州の八幡生涯学習センターで開いている。

題詠2首(題詠1首+自由題1首でも可)だが、皆さん好んで (?) 題詠を出される。

本日のお題は、「酒」。お正月の余韻もあってか、愉しい歌が多くあった。



           とつておきの琉球泡盛「夢航海」美酒に酔ふのもこよひ許して

     お目当ての路地に入りゆく酒客われ酒旗はためけば小走りの足

                                     miyoko



虚構の2首です、なんて、言訳はしませ〜ん。


2015年1月21日 (水)

飛梅(とびうめ)未だ0、5分咲き

飛行場へ T を迎えに行く。

飛行機は定時に着き、その足で地下鉄に乗って天神まで。

天神で西鉄急行電車に乗り換え、太宰府天満宮へ。



わたしがお目当ての飛梅は、残念ながら未だ0、5分咲きといったところか。
暖かい日が続かないと、咲きためらっているようである。
ふつう ? の白梅もチラリホラリと蕾が開いているものの、未だ0、5分咲きくらいかしら。



おみくじを引いたら「吉」だった。



むかし、 T  とよく来た「だざいふ遊園地」の入り口まで行く。
T はしきりに懐かしがっていたが、本日は休園日だった。


「かさの家」で抹茶セットを頂く。
梅ケ枝餅はほんのりした甘さで美味しかった。




お別れは握手。
「秋の旅行まで元気でいろよ」と励まされる。
時間に追われている T  ゆえ、あっけない逢瀬だった。



ちなみに T  は、わたしの実の息子ですが、それが、何か……(笑…泣…)


2015年1月19日 (月)

『俳句的人間 短歌的人間』 坪内稔典  岩波書店

        日本人には俳句的人間と短歌的人間の二つのタイプが

 
        ある。前者は客観的で冷静、自己を茶化す道化的精神の持主。

        後者は主観的、自己陶酔的、真面目。
                               (帯文より抜粋)

と、書かれていた。このところ、この「俳句的人間」「短歌的人間」ということを
つらつら考えている。と、言うのも、加齢するに従って、どうも「短歌的人間」に
おさまりきらないような自分自身を感じている。(第一、真面目じゃないし…)



そういえば、〈短歌ひとすじ〉になるまでは、俳句も作っていた時期がある。
横山白虹に投句していた時期もあった。しかし、どうも「切り捨てる」ことが
できない。俳句は、切り捨ての美学とまで言われるのだが、言いたいことが
多いわたしには、俳句は素っ気ないのだ。そして、短歌の下の句の七・七が
心地いい。



そんなわけで、短歌ひとすじ(笑)に、40年ほど関わってきたが、読むのはいまだに
俳句の方が好き。三橋鷹女の句にどれほどのぼせたことか。



さて、さて、タイトルの坪内稔典のこの書はⅢ章から成り、「俳句嫌い」「短歌好き」
「俳句的人間、短歌的人間」と構成されている。このⅡ章のなかの「歌人の夕食」が
面白い。いみじくも短歌的人間を活写していた。
                              (2000年8月刊)


わたしの書棚には、『現代俳句の世界』全16冊(朝日文庫)がある。
俳句から学ぶものは多い。「客観的で冷静」な俳句的人間にはなかなか
なれない。だが、なりたいなぁ〜と、思う。


そして、短歌を詠むときに〈俳句的要素〉(?) も取り込めたらいいな、と。

2015年1月18日 (日)

「筑豊・最後の坑夫たち」 福岡市美術館

福岡市美術館で開催されている写真展に行った。

筑豊のアマチュアカメラマンの永吉博義と帆足昇平が撮影した写真群。

入館者も多く、炭坑に何らかのかたちで関わったひとたち(そうでない人も)が

熱心に鑑賞していた。

日本の近代化を支えていた炭坑の姿に思わず立ち止まって、1960〜70年代の

ありように思いを馳せた。

撮影不可能とされていた坑内の現場をリアルに捉えた写真の数々。

受付でこの写真集を購入した。『1973 筑豊・最後の坑夫たち』(集広社 2700円+税)

なお、この写真展は、本日18日(日)の17時30分までの開催。

わたしは、16日(金曜日)の香椎の教室の前に駆け付けた。




☆ ☆ ☆
昨日の義母、要介護5なれど食欲もあるし、インフルエンザにも掛かっていないし、
まずまずというところ。相変わらず人を認知する力はないが…
寒い冬を越せば車椅子で外にも連れ出せそう。



今朝は廃品回収。
起きるのがつらかったら、連れ合いが一人で出してくれた。
これから、ラグビー観戦に行くというので、お礼にお弁当を作ってあげた。
炊き込みご飯をおにぎりにして、海苔を巻き、焼いたウインナーと卵焼きを添えた。


今日は、わたしの時間がたっぷりある。

2015年1月15日 (木)

『すずめ』 藤島秀憲歌集  短歌研究社

「あとがき」によると、「父が死に、十九年の介護がおわりました。」と書かれている。

前歌集『二丁目通信』から三年半がたち、そのごの介護を軸にした生活、そしてその

歌306首を収めている。(平成25年4月刊行)


       夏椿さらさらと咲きお父さんパンツを脱いだらパンツを履こう

       百万円入りのズボンを捜す父、サンチョ・パンサを演じるわたし

       要介護1が2になり4になりベッドの柵をさぐる父の手

       含羞草(おじぎそう)おじぎをすれど車椅子デビューの父は下向くばかり

       ショートスティより帰り来し父その夜のおむつ替えればすみませんと言う

       湯気のたつごはんがあって父がいてあなたにたまに逢えて 生きてる

       来る人と去る人の数合っていて結局ひとりぼっちのすずめ

       抱きしめる命を持たぬわれにして死を引き寄せることのたやすし

       学歴にも職歴にも書けぬ十九年の介護「つまりは無職ですね」(笑)

       朝に書き昼には消してしまう歌悲しきことを悲しく詠みぬ



こうして、書き写しているだけでも胸が詰まってくる。
大変だったろうな、つらかったろうな、などと口で言うのは容易い。
男の人が一人で19年間も父親を介護したのだ。



要介護1や2ならまだ少しはらくだが、3から4へとその介護も重くなる。
精神的にも追い詰められるような感じになるものだが、歌は暗くない。



7首目の「湯気のたつごはん」に生の歓びが伝わってくる。
19年間介護した父親が亡くなったあとの歌、9首目はせつない。
「抱きしめる命」は、父親だったのだ。その父親に死なれてみると、自身の
生きていることさえ意味をなさないような「死を引き寄せることのたやすし」という
感覚なのだろう。


しかし、死ぬわけにはゆかない。
この歌集『すずめ』は、明日に向かって、作者が生きてゆくための「さようなら」を
告げる歌集であり、そして、何より、出立の歌集であろう。





☆ ☆ ☆
先日の新聞によると、2025年には65歳以上の約700万人が認知症になる
との推計を発表していた。65歳以上の5人に1人が認知症になる計算とか…


介護の問題は、ますます深刻化してゆくことだろう。
ひとごとではない。もうすでにひたひたと近づいている。

2015年1月14日 (水)

『100万回生きたねこ』 佐野洋子 作・絵   講談社

1977年に出版された絵本だが、ロングセラーというべきか。

わたしが読んだのは、2006年6月発行の第85刷。

佐野洋子のエッセー集も面白いが、まず、この絵本だろう。

大人のための絵本といっても間違いではない。


      ねこは、白いねこと いっしょに、いつまでも 生きていたいと
      思いました。



胸がじ〜んとしてしまう。
そして、右ページ1ページ分に描かれた絵がいい。



      ねこは、はじめて なきました。夜になって、朝になって、また
      夜になって、朝になって、ねこは、 100万回もなきました。


涙をぽろぽろこぼしながら大泣きしている、とらねこ。
この絵本は、子どもたちに、そして大人にも愛されている。




佐野洋子対談集の『ほんとのこと言えば ? 』で、大竹しのぶと対談していたが、
ごくふつうの生活をつつがなくすることがどんなに大変か、が語られ、
しのぶに「白いねこは見つかりましたか ? 」と、訊ねていたのが印象深かった。
その答えは「生きぬいてみないとわからな〜い」だったようだが…





cat cat cat
ところで、白ねこからの伝言……でも、ないのですが、(朝日新聞 14日夕刊 九州版 ? )

太宰府天満宮の飛梅が1輪咲いたそうです。
昨年より16日早い開花。
はやく観にゆきたいで〜す。

2015年1月13日 (火)

冬ぼたん

JR箱崎駅で下車して徒歩8分、筥崎宮へ。

参拝をすませて、かねてより見たかった冬ぼたんに逢いに筥崎宮花庭園へ。

今年は雪が降らないために「冬ぼたん」が凛とした佇まいからは、遠かった。

背景が雪だと、雪の白さに映えて冬ぼたんもきりりとしまって見え、

藁で編まれた囲いが風情を醸しているのだが……

それでも、やはり、庭園を巡っていると、こころが穏やかになった。



    寵妾(ちようせう)のごと囲はれてたをたをと咲く冬牡丹くれなゐぞよし

                                   『夢の器』1992年刊



20年以上前に来た時は、雪のなかの冬ぼたんだった。


閉園までいて、近くの県立図書館へ。




2015年1月12日 (月)

雨宮雅子さんの生前最後の作品 ?

『短歌往来』(ながらみ書房)の2015年1月号の「編集後記」を読んでいたら、

「本号、雨宮雅子氏の作品は生前最後の作品ではないかと思われる。」と

書いてあった。雨宮さんは昨年の10月25日、85歳で亡くなられている。

作品締切のことなど、考えあわせると、そのようにも思う。




           昼顔         雨宮 雅子


      海の風に触れゐるところ須臾の間をはた悠久を咲ける昼顔
      

      曼珠沙華この世の修羅も見尽さで野放図なるは穏しき野ゆゑ

      父母の知らざりし世よいまの世にわれも知らざること多くなる


      神はいますや画然としてものらみな秋のひかりのなかなるひと日

      肩掴み老耄にわれを据ゑたがる強きちからよいつ勝負せむ

                                     (7首中の5首)




亡くなられたのちに読者に届いた歌。
2首目の「この世の修羅も見尽さで」は、曼珠沙華であり、作者そのひとでも
あろう。
もう、新作が読めないと思うと、ほんとうに惜しまれてならない。






☆ ☆ ☆
三連休も忽ち終わってしまった。
昨年末に頂いた、琉球泡盛「夢航海」を飲んで連れ合いは早くも爆睡している。
静かな静かな夜である。



お正月の間に体重が2キロ増えた。
元の体重に戻ったということなのだが、かなしむべきか、よろこぶべきか…
夏痩せ ?  していたんだよね。


明日は、春日ふれあいセンターの短歌教室。
終って、電車で下車駅を通過して、県立図書館へ行く予定。
頼んでいた本が入荷したとの連絡があった。
 

2015年1月 9日 (金)

『うたびとの日々』 加藤治郎  書肆侃侃房

        実生活と作歌。どう折り合いを付けていくか。

        歌人にとっては大きな問題である。職を辞す段階にまでは

        到らないにしろ、仕事と短歌、家庭生活と短歌、どちらを

        優先させるか。その苦しい選択の連続であると言える。






2012年7月に刊行された加藤治郎のエッセー集『うたびとの日々』の「実生活と作歌」の
文である。加藤はその答えとして、次のように続ける。




        仕事や家庭を選ぶことだ。なぜなら、仕事や家庭が目茶苦茶に
        なれば、作歌の基盤は崩れ去るからだ。





加藤らしい良識的な判断だと思う。
昨今の大学短歌会の隆盛を垣間見るにつけ、そのごの若者たちの動向も気になるが、
無理して短歌を続けることもない。社会に出れば現実の厳しさを体感するであろう。
(よほど恵まれた職場でない限り、公言するのは憚られる。)
それでも、続けるひとは居るだろうし、残るひとは残る。
おのずと淘汰(たとえが悪いが)されてゆくだろう。





       短歌は才能ではない。この詩型への強い思いがなければ
       歌人にはなれない。そして、歌人であることは、生き方の
       現実的な選択なのだ。その選択の先に華やかで怖ろしい
       闇が見えるから非才を託つのである。
 
                          「岡井隆、最後の歌会」より



この書の後半にはプライベートなことも書かれてあり、ことに「加藤家の日々」は、
ほんのりと心あたたまる。
母君も歌人。仕事の傍ら日々の思いを綴る長男(治郎の兄)に言った言葉が泣かせる。





       次郎は専門歌人。おまえは好きで歌を詠む人というふうに
       割り切って歌を作れ。歌においては次郎を超えることは
       できないが、自分の歌を残せ。

2015年1月 8日 (木)

未ダ始動セズ

年末の19日から音沙汰のない、カキコミ(Sの掲示板)もないままになっていた

Sへ「無事でいるのかしら?」と問い合わせをした。 たぶん企画展のために忙しい

のではないかと、親切なひとが教えてくれたけど、本人のカキコミを見るまでは

安心できなかった。

その第1報のカキコミのタイトルが「未ダ始動セズ」だった。

そうか、無事でいたかと、胸を撫で下ろす。まだ、2015年が始動していないんだ。




大分のK子が2度目の手術をするとメールあり。
今度はお見舞い来なくていいよ、などと殊勝にも但書付きであったが、
やはり、案じられる。
手術日に間に合うように、とりあえず、お守りを郵便で送る。




今日の日暦を見ると、山田無文老大師のおことばが…

      この世の中は苦しいところだと知れ

「苦しみを体験して、はじめて真実の世界が開かれる」のだと…
2015年、早々お説教でもないが、切羽詰まったところに、自分を
追いこむのもよきかな。かな  ?

2015年1月 7日 (水)

『ねこに未来はない』 長田 弘  角川文庫

「かわいいねこたちが、ある日突然姿を消した。どこへ ?  なぜ ?

きびしい現実のなかで未来を奪われたねこたちに寄せた、さわやかな

ユーモアとあふれるウイット。」 (扉文より)


詩人、長田弘の物語エッセー。
怖いタイトルなのに、読みだしたら止まらず、いっきに読了。



冒頭の1行は、「ぼくは最初ねこが好きじゃありませんでした。」
だが、そのぼくがねこ好きの奥さんと飼いはじめた猫。
初代チイ、二代目チイ、クマ、ジジ。
初代のチイ、二代目チイ、そしてクマも失踪してしまう。
ジジは野良猫に嚙み殺される。




       こうして、ねこたちは次から次へ、ぼくたちのまえからなにげなく、
       さりげなく、あっけなく、いつも唐突に消えてゆきました。



       飼っていたねこの死や失踪に耐えられないくらいなら、はじめから
       そのひとはねこを飼うことなんかできないんだ、



せつない、残酷 ? な、物語だが、タイトルの『ねこに未来はない』の解釈というか、
意味を、奥さんが語る箇所がある。


       ねこは未来というものがない、なぜなら、ねこには未来を知覚する
       能力がないから、…



       人間が未来を感じることができるのは、前頭葉という組織のはたらきに
       よって…


       ねこにはもともとこの前頭葉という組織そのものがない…


猫好きのかた、是非お読みくだされ。
昭和50年10月に出た文庫。もう40年も前なんだ。
『加藤楸邨集』を文庫の書棚から取り出そうとして、これが目につき
読んでしまった1冊なり。

2015年1月 6日 (火)

『歌壇』 2015年1月号  本阿弥書店

ようやく読み終えた『歌壇』1月号。

新春対談の馬場あき子と宇多喜代子の「詩歌のゆくえーーどこへ行く短歌と俳句」が

よかった。このお二人のことばは難しいことは言ってないんだけど、ホント身に響く。

         とにかく自分の名前はペンネームでもいいから、しっかり持って、
         いつもそれでやるんだ、この名前が引き受けるぞという責任が
         歌なり俳句なりになければいけないんじゃないか。
                                  馬場あき子


         モノに仮託して、モノに語らせる。菫に自分の心情を語らせる。
         だから、俳句ではモノがないものを詠む場合、例えば夢幻の
         類を詠むのは難しい。
                                   宇多喜代子



お二人の息の合った対談は、加藤楸邨の句でも、ぴったり。
馬場あき子(呼び捨てにするのも、著名人では尊称ですから)は、楸邨の句を
読むと元気が出てくるそうな。楸邨の句は初期から最後までいいと、べた褒め。




と、いう訳で、朝日文庫の現代俳句の世界『加藤楸邨集』が本棚にあったので、
これから読むつもり…。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆
所属する結社の「未来」も届いていて、未来賞の受賞作を読んだ。
受賞したのは、金尾釘男さん。受賞のことばも若者らしくハッピーでいい。



           バゲット         金尾 釘男


       ぼくはわつと死ぬやうな気がする六畳半の部屋を残して

       定型は怖い湖上のゆりかごに揺れるふたりを遠くから見る

       線路脇のあの配管はなんだらういつぽんいつぽん眺める飽きる

       今日はもう戦後ぢやないや悩むのはやめてバゲット買ひに行かうよ

       付け足しのやうに体が浮いたこと誰もあなたに伝へなかつた

                                        (20首中の5首)



選考経過が掲載されていたが、それがまた面白い。

1首目の歌について、大島史洋さん「六畳半って知ってるかい。半畳の流しが
ついてるんだ。安アパートは三畳半とか六畳半だ。」


2首目の歌では黒瀬珂瀾さん「「口語の時代は寒い」(荒川洋治)とかよくある言い方」


3首目の歌で、田中槐さん「斉藤斎藤以後って感じはしますよね。完全にね。」




ともあれ、おめでとうございます。応募作65編のトップですから。
金尾釘男さんのナマ字って、見たいな。(戯言です。)
 
 

2015年1月 5日 (月)

『いとの森の家』 東 直子  ポプラ社

「田舎に引っ越してきた加奈子は、森の中でおハルさんという笑顔の

素敵なおばあさんに出会う。深い森がはぐくんだ命の記憶を、少女の

まなざしで瑞々しく描いたあたたかな物語。」(帯より)



お正月に読んだ本のなかの1冊。
大人の童話といった感じの創作集。
東直子が小学4年から5年にかけて過ごした、福岡県糸島郡(現・糸島市)が
舞台になっている。


この本の紹介が朝日新聞に掲載されていたのを読んだ時から
読みたいと思った1冊だった。
それは、このタイトルの「いと」は、魏志倭人伝にある「伊都国」のことであり、
どんな物語りに仕上がっているのか期待があったから。
そして、もうひとつは、この舞台の場所近くに3歳下の妹が住んでいるから。
妹の家の2階のテラスからは海が見える。


40年も前の少女の田舎体験が新鮮な驚きと共に綴られており、なかでも
おハルさんを通して、考え、成長してゆく過程が克明に描かれている。
おハルさんは、死刑囚の慰問を続けている。 なぜ  ?   どうして ?


 
      おハルさんだけじゃなくて、きっといろんな人がいろんなことを
      して、いろんなこと考えてて、そのこと、書いてみたい。そのとき、
      その人はどんな気持ちだったのか、なにを感じてたかを。それで
      それを、言葉にしてみたかと



将来の夢を語る40年前の加奈子。
加奈子が、東直子と重なる。




伊都の歴史的なことには触れられていなかったけど、
お正月にこの本を読むことができたのは良かった。
今度、伊都国歴史博物館を訪ねてみよう。

2015年1月 4日 (日)

あけましておめでとうございます

旧年中はありがとうございました。

本年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。


3が日もたちまちに過ぎてしまいました。

元日のお宮まいりの時間には猛吹雪になったのですが、雪は
積もりませんでした。義母の部屋に飾る ? 羽魔矢を買い ? ました。

夕方には陽が射しだし、船小屋温泉に義母と連れ合いと3人で泊りました。

夜空には沢山の星が…
博多では星をこんなに見ることができないなぁ、と思いつつ眺めていました。
「冬の大三角」を観測することができました。

そういえば、トルコの旅で息子と見た星空を思い出しました。
カシオペア・アンドロメダ・ペガススなどを教えて貰ったことを…



明日からまた日常が始まります。
早起きして弁当を作ります。
7日から教室も始まります。健康第一で頑張ります。

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