« 未ダ始動セズ | トップページ | 雨宮雅子さんの生前最後の作品 ? »

2015年1月 9日 (金)

『うたびとの日々』 加藤治郎  書肆侃侃房

        実生活と作歌。どう折り合いを付けていくか。

        歌人にとっては大きな問題である。職を辞す段階にまでは

        到らないにしろ、仕事と短歌、家庭生活と短歌、どちらを

        優先させるか。その苦しい選択の連続であると言える。






2012年7月に刊行された加藤治郎のエッセー集『うたびとの日々』の「実生活と作歌」の
文である。加藤はその答えとして、次のように続ける。




        仕事や家庭を選ぶことだ。なぜなら、仕事や家庭が目茶苦茶に
        なれば、作歌の基盤は崩れ去るからだ。





加藤らしい良識的な判断だと思う。
昨今の大学短歌会の隆盛を垣間見るにつけ、そのごの若者たちの動向も気になるが、
無理して短歌を続けることもない。社会に出れば現実の厳しさを体感するであろう。
(よほど恵まれた職場でない限り、公言するのは憚られる。)
それでも、続けるひとは居るだろうし、残るひとは残る。
おのずと淘汰(たとえが悪いが)されてゆくだろう。





       短歌は才能ではない。この詩型への強い思いがなければ
       歌人にはなれない。そして、歌人であることは、生き方の
       現実的な選択なのだ。その選択の先に華やかで怖ろしい
       闇が見えるから非才を託つのである。
 
                          「岡井隆、最後の歌会」より



この書の後半にはプライベートなことも書かれてあり、ことに「加藤家の日々」は、
ほんのりと心あたたまる。
母君も歌人。仕事の傍ら日々の思いを綴る長男(治郎の兄)に言った言葉が泣かせる。





       次郎は専門歌人。おまえは好きで歌を詠む人というふうに
       割り切って歌を作れ。歌においては次郎を超えることは
       できないが、自分の歌を残せ。

« 未ダ始動セズ | トップページ | 雨宮雅子さんの生前最後の作品 ? »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2032066/58531022

この記事へのトラックバック一覧です: 『うたびとの日々』 加藤治郎  書肆侃侃房:

« 未ダ始動セズ | トップページ | 雨宮雅子さんの生前最後の作品 ? »