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2015年1月19日 (月)

『俳句的人間 短歌的人間』 坪内稔典  岩波書店

        日本人には俳句的人間と短歌的人間の二つのタイプが

 
        ある。前者は客観的で冷静、自己を茶化す道化的精神の持主。

        後者は主観的、自己陶酔的、真面目。
                               (帯文より抜粋)

と、書かれていた。このところ、この「俳句的人間」「短歌的人間」ということを
つらつら考えている。と、言うのも、加齢するに従って、どうも「短歌的人間」に
おさまりきらないような自分自身を感じている。(第一、真面目じゃないし…)



そういえば、〈短歌ひとすじ〉になるまでは、俳句も作っていた時期がある。
横山白虹に投句していた時期もあった。しかし、どうも「切り捨てる」ことが
できない。俳句は、切り捨ての美学とまで言われるのだが、言いたいことが
多いわたしには、俳句は素っ気ないのだ。そして、短歌の下の句の七・七が
心地いい。



そんなわけで、短歌ひとすじ(笑)に、40年ほど関わってきたが、読むのはいまだに
俳句の方が好き。三橋鷹女の句にどれほどのぼせたことか。



さて、さて、タイトルの坪内稔典のこの書はⅢ章から成り、「俳句嫌い」「短歌好き」
「俳句的人間、短歌的人間」と構成されている。このⅡ章のなかの「歌人の夕食」が
面白い。いみじくも短歌的人間を活写していた。
                              (2000年8月刊)


わたしの書棚には、『現代俳句の世界』全16冊(朝日文庫)がある。
俳句から学ぶものは多い。「客観的で冷静」な俳句的人間にはなかなか
なれない。だが、なりたいなぁ〜と、思う。


そして、短歌を詠むときに〈俳句的要素〉(?) も取り込めたらいいな、と。

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