« 「3・11後 想像力の役割は」  朝日新聞 2015・3・10 | トップページ | 『石原吉郎全集』 花神社  1979年12月〜1980年7月 »

2015年3月12日 (木)

歌集『ふくろう』 大島史洋  短歌研究社

2009年から2013年までに歌壇の雑誌に発表した作品約400首を

収めた第12歌集。



    訴えたい何かがあるから歌を書くこんな言葉も身に沁みるもの

    若きうちは苦しみながら泥を吐け老いづきて吐くは醜きことぞ

    わが娘深夜の厨に納豆を立ちて食いいきたのもしきかな

    寄り添って支えるために立っているもやしのような僕ではあるが  

    よしやってやろうじゃないの任せなと何のせいでか言ってしまった

    父と子の絆はたとえば隣人愛 傘一本の貸し借りくらいの

    ふるさとに雪は降るとぞ死にそうで死ねない父を見舞いにゆかむ

    この顔は自分を許していない顔 甘ったれの俺だからわかる

    ひったりと施設の壁に吸い付きぬ九十九歳の二足歩行は

    ふくろうの置き物吾の宝物ふくろうの目は哲学をする




高齢の父親が故郷に住む、その父親を介護しているのは兄。
歌集の後半では父親は施設に入ることになるのだが…



大島さんの歌は家族をうたっても醒めている。
6首目の歌にあるように「父と子の絆」は、「隣人愛」だと言い、それは
「傘一本の貸し借りくらいの」と、哲学している。



従って娘を見る目も客観的というか、ほどよい距離感がある。
3首目の結句「たのもしきかな」と言えるのも、娘を娘として見るのではなく
一人の働く女性としての認識が優先させるのだろう。働いて深夜に帰宅した
娘が厨で立ったまま食べている納豆。それを咎めるのではなく、よしよし
頼もしい奴だと言える父親なのだ。



どの歌を読んでも、ああ、これは「大島さんだ」と、納得する。
作品の中の作中主体と、現実の作者が乖離していないのだ。
なま身の大島さんが、そのまま作品の中に息づいている。


このたびの第12歌集で特徴的なのは、人名が頻出することである。
数えてみたら50首強あった。13パーセントくらいを占めている。


芭蕉・虚子・子規・蕪村・茂吉・赤彦・左千夫などは違和感はないのだが、
いろいろな人名が登場する。モーツアルト・ベートーベン・ブラームスが出ると
思えば、豊臣秀頼・秀吉、乃木希典などもある。勿論、その中には現代歌人の
名前もある。岡井隆・石田比呂志・阿木津英・宮地伸一・金井秋彦・山田はま子など。
これらの人名が出てくる歌には大島さんらしい見解というか、思想(大きくいえば)が
込められている。その人名の入った歌を3首紹介しよう。


     喪主の名は阿木津英なり阿木津をば自分の作品と言いし男よ

     見栄坊は底が浅いか、昔より太宰治は苦手でありし

     生前は一枚しか絵の売れざりしゴッホと聞きつつ茫たり吾は




ともあれ、この大島さんの第12歌集のタイトル『ふくろう』は、「ふくろうの目は
哲学をする」であり、「ふくろう」は、大島さんそのものであろう。

« 「3・11後 想像力の役割は」  朝日新聞 2015・3・10 | トップページ | 『石原吉郎全集』 花神社  1979年12月〜1980年7月 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2032066/59246461

この記事へのトラックバック一覧です: 歌集『ふくろう』 大島史洋  短歌研究社:

« 「3・11後 想像力の役割は」  朝日新聞 2015・3・10 | トップページ | 『石原吉郎全集』 花神社  1979年12月〜1980年7月 »