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2015年3月29日 (日)

『石原吉郎詩集』 現代詩文庫 思潮社

石原吉郎のことばの〈海〉に迷い込んだこの3月、わたしの机上には、

『石原吉郎全集』(花神社)3冊と石原吉郎に関する本が積みあげられたままだ。

なんとかしなければと思いつつ、まだ〈海〉にただよっている。

『現代詩読本 石原吉郎』(思潮社)・『石原吉郎』(清水昶 国文社)・

『海を流れる河』(石原吉郎 花神社)そして、タイトルの『石原吉郎詩集』(思潮社)だ。

これらは、殆ど全集に収められているのだが、今日は『石原吉郎詩集』の中から

好きな詩を紹介したい。



         居直りりんご


     ひとつだけあとへ
     とりのこされ
     りんごは ちいさく
     居直ってみた
     りんごが一個で
     居直っても
     どうなるものかと
     かんがえたが
     それほどりんごは
     気がよわくて
     それほどこころ細かったから
     やっぱり居直ることにして
     あたりをぐるっと
     見まわしてから
     たたみのへりまで
     ころげて行って
     これでもかとちいさく
     居直ってやった




未刊詩篇から、この現代詩文庫に収められている。
『石原吉郎全集』では〈斧の思想〉に収載されている。



(この詩はいまのわたしの気持ちにぴったり(?)のような気がしないでもない。)


戦後ほぼ8年、囚人としてシベリアに抑留されていた石原吉郎。


           私にとって死とはとりもなおさず生の断念であり、そのような姿勢で
     かろうじて戦時の日常を生きていたにすぎない。よもや私が死ぬ
     前に戦争が終るとは思ってもみなかった。
                         「戦争と死と私」(『石原吉郎全集 Ⅲ』)


とも、書いている。
また、次のようにも記す。



     ほんとうの悲しみは、それが悲しみであるにもかかわらず、僕らに
     ひとつの力を与える。僕らがひとつの意志をもって、ひとつの悲しみを
     はげしく悲しむとき、悲しみは僕に不思議なよろこびを与える。人生とは
     そうでなくてはならないものだ。
 
           (『石原吉郎詩集』「一九五九年から一九六一年までのノート」)
                         



最後にとっておきのひとことを。これは1959年44歳の時のことば。



     自分自身の「とりあつかい方」をおぼえること  (10・7)
 
          (『石原吉郎詩集』「一九五九年から一九六一年までのノート」)


石原吉郎は、1915(大正4)年生まれ、1977(昭和52)年死去。享年62歳。
 
 
     

      

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