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2015年4月

2015年4月30日 (木)

『風に立つライオン』 さだまさし 幻冬舎文庫

1988年、恋人を長崎に残し、ケニアの戦傷病院で働く医師、航一郎。

「オッケー、ダイジョブ」が口癖の彼はあらゆる困難のなかでも果敢に医師として尽くす。

そんな彼のもとに担ぎ込まれた少年兵だったンドゥング。2人は紆余曲折の末に

特別な絆で結ばれる。


3月に公開された映画を観ているので、映画の場面とダブらせながら、

読んだが、やはり、原作の方がいい。

2011年3月、成長したンドゥングは、医師となり、東日本大震災の被災地石巻へ
赴く。そこの避難所、朋友館での日々、人間関係がなんともいい。
映画では、ほとんどこの避難所でのンドゥングのことは端折られていた。


失語症になってしまっていた「あつお」が、医師になりたいとンドゥングに告げる…

こうして、航一郎からンドゥングへ、そして「あつお」へと、心のバトンが繋がれてゆく。


読後、爽やかな一書であった。
その中で、ことにせつなかったのは、航一郎が長崎の恋人に出した手紙。
ただ1行だけの万感籠る手紙。



          お願いだから、しあわせになってください





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朝顔の芽がほつほつと出始めた。
その芽を見ていたら、唐突に思い出された。
そう、本日4月30日は九條今日子さんが亡くなられた日であった。

亡くなられたのちの新聞の訃報欄で読んだ、言葉が忘れられない。



          皆さん私は今日でお別れです
          そして寺山の待つ世界に行きます
                        中略
          全ての皆さんと会えて楽しい人生を
          送ることができて感謝の気持でいっぱいです
          ありがとう!! 又、会える日まで



愛用のノートに「返礼のことば」と題された鉛筆の走り書き、だったそうだ。
九條今日子さんは、寺山の「同伴者」から「同志」になり「戦友」へ、そして
最後には「義妹」になってしまった、とか…


寺山修司の命日、5月4日がもうすぐ来る。






2015年4月28日 (火)

ブログをはじめて、1年経過。

昨年の4月末にはじめたブログが1年経過した。

1年たったことが実感できない。

ホントにこのところ月日がたつのが速い。

ブログでわたしは何をしようとしているのか、誰に向けて書いているのか、

と思わないわけでもないが、誰に向けてでもない、自分自身の備忘であり、

「つぶやき」かも知れない。

もう、10年も前に読んだ小池光さんのエッセイ(「こころの風景」)だったか、

時間について書かれていた。



       時間というものは実に主観的に推移するものである。



ホントにそうだと思う。何かを待っている時には長く長く感じられる時間なのに…



(ブログを継続するかどうか少し考えた方がいいかしら。)
                      などと、1年経過したところで思案中…cat


2015年4月25日 (土)

『うタタビ フタたビ』 藤野まり子 鉱脈社

2006年から2014年初夏号までのおよそ7年余り、情報誌『じゅぴあ』に

連載されたものを収めている。

著者の藤野まり子さんは短歌結社「かりん」の会員である。

この書を読むと、リポーターとしての文章のキレの良さを感じる。

宮崎のあの町この村へ出掛け「名所旧跡の紹介よりも変わっていたものと、

変わらないもののほとんどを自分に引きつけて書いた…」と、あとがきに記す。



この書で各地に点在する歌碑や句碑・文学碑の紹介が興味深かった。

当ブログの4月21日に書いた川端康成が宮崎に取材に訪れたこと。

その連続テレビ小説『たまゆら』の文学碑が橘公園にあることを知った。

その碑は、川端康成の直筆らしい。




          たまゆら (碑文)


      二人は川べりに立って、
      夕映えのなかにつつまれて夕映えを眺めた。
      夕映えは大淀川の水面にも広がって来ていた。
      静かな水の色が夕映えの中へふくらんで、
      あたたかく溶け合っているようだった。
      橘橋の影が美しく水にうつっていた。


                    川端康成『たまゆら』の一節から





他にも歌碑は、若山牧水や長塚節等々。
藤野さんは『じゅぴあ』の特派員として、フランスやタイ・カンボジアまで出掛け
リポートしている。



カラー写真が美しい。写真撮影は藤野さんの夫君の藤野忠利氏(現代っ子センター主宰)
そして、長女のア子さん(画家)が、絵やイラストを添えている。



全ページカラー写真の贅沢な造りで、紙質もよく、重宝しそうな1冊となっている。

                         2015年3月23日発行  1500円+税




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昨夜(4月24日)、午後7時55分より3・4分間だが、国際宇宙ステーションを
肉眼で観測した。西の空の三日月の下あたりを飛んで行った。

まさか肉眼で見えるとは…

次回は4月26日、午後7時44分より、西の低い空を飛ぶ、らしいです。
お天気だったら見ることができます。(但し、これは、福岡の上空時刻)
 

2015年4月24日 (金)

桐の花

初夏に枝の頂きに多数の薄紫色の花を開く。

花冠は大形で筒状、長さ5〜6センチ位。仰ぎ見る程の高い位置に咲いている。

昨日、北九州に行ったが、黒崎と八幡の中間地点の高速道路の脇に1本の

桐の木があり、花が目についた。

枕草子に「木の花は…」として出てくる花であるが、北原白秋の歌集『桐の花』

だと、どなたもご存知であろう。



     手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ

                         北原 白秋 『桐の花』



新しいインクの匂う新聞紙、若い日の感傷・憂愁がただよう。

わたしが「桐の花」をはじめて見たのは能古島(のこのしま)であった。

丘の中ほどに2・3本はあったように思う。その時は何の花だろうかと思い

帰宅して調べると「桐の花」であった。




今年は桜は別にして、何の花も咲くのがはやいようである。

昨日の会場近くの街路樹の「ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)」の白い花も

見頃であった。



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珍しい柑橘類が届いた。

「貴婦人の味と香り 黄金柑」は、ピンポン玉くらいの大きさ。
「清見」は、甘夏だろうか。サマーオレンジのようなのは、葉っぱ付き2個。
デコポンの新種 ? が2個 。「匠と極」は和紙の袋に入っており、ミカン色。

ひとつひとつ味わうのがタノシミ。

「熊本伝統の味 からし蓮根」と、天然はちみつの倉永養蜂園の「はちみつ」も
いっしよに入っていて、熊本の味をたっぷりといただけそう。



ありがとう、ありがとう。

元気でいなくちゃ…

2015年4月21日 (火)

『夕日に魅せられた川端康成と日向路』 渡辺綱纜 鉱脈社

川端康成は、昭和39年11月16日、連続テレビ小説「たまゆら」の

取材のために宮崎を訪れ、宮崎観光ホテルに15日間滞在した。

その後、鹿児島に2日間、合わせて17日間案内人として行動を共にした

著者(当時、宮崎交通の企画宣伝課長)の見た、川端の一部始終(エピソード)が

書かれている。

寡黙な川端を案内する著者、お酒を飲まない川端とのぎくしゃくとした

会話。それでも、タイトルにあるように、宮崎の夕日には歓んだみたいだ。

日の入りの遅い宮崎の夕映えの時間をことのほか歓んだ川端の言葉。


      こんな美しい夕日は、はじめてです。すばらしいですね。
      本当にすばらしい。


 
川端康成は、眠れない、眠れないと宮崎の旅でもこぼし、
睡眠薬を常用していたらしい。


昭和47年4月16日、仕事場にしていた逗子のマンションで自らいのちを断った。
72歳であった。



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久々に今日は夕焼けを見ることができた。


午後6時半、西の空に日が沈んでゆき、夕映えが美しかった。

午後7時15分、細い細い月が出ていた。

2015年4月20日 (月)

『左利きの黒猫』 かわさき あてね  木耳社

        秋に出会った黒猫ー名前は「ノア」というけれどーとの生活も冬を

        越え、春に至った。人間であれ、動物であれ、生きるものとの暮ら      

        しは、喜びとともに悲しみも伴う。どちらが早くこの世を去るか分

        からないけれど、いつかくるであろう別れまで、生き比べをしてい

        こうと思う。ノアを、写真と拙い俳句もどきで記すことも、出逢っ

        たものへの愛の証となるだろうから。
                               ーー「あとがき」よりーー


愛猫「ノア」への恋文のような1冊。

全ページにわたって、写真と俳句で綴られている。
ちなみにこの「ノア」の本名は、「かわさきノア―ル」。
生年月日は、2008年9月6日。
お友達は、のりちゃん、とっこまま、ゆいちゃん、あっこさん



春にちなんだ俳句を紹介。
 
       春の朝新聞を踏む猫の足

       恋猫の鳴いてもないても家の中

       八階の猫に恋なし親もなし
       
       シネマなしレストランなし猫の恋

       物陰に猫と私と春愁と




あてねさんも、ノアちゃんも元気だろうか ?

その節は、あてねさんの運転で行った「遠藤周作文学館」のことが
思い出されます。

あの日の海の色も…

2015年4月19日 (日)

春ぼたん(筥崎宮花庭園)

県立図書館で調べものを済ませ、ぼたんの見ごろと思い、花庭園に寄ってみた。

大輪の真っ赤なぼたんや白いぼたんが競うように咲いていた。

カメラを構えて写す人たち、近寄って花の香りを確かめる女性。

順路に従って歩いてゆくと、ぼたんは勿論だが、さまざまな花が植えられており、

目を奪われる。

白い花の姫うつぎ、鉢植えのおだまき(苧環)など、珍しい花々にもお目にかかる。

ネモフィラの空色の花がカワイイ。小さな花だがいっせいに空に向かって咲いている。

芍薬はまだのようだが、莟がまるくなっている。

出口のあたりに並べられていた花鉢に目がとまる。

けまんそう(華鬘草)、別名を鯛釣り草とも呼ばれる花だった。

たくさんの花が垂れ下がった様子を仏殿の華鬘(けまん)にみたてたので、その名前が。

そして、鯛釣り草とは、花序に付いた花の色やかたちが釣りあげられた鯛に似ている

ことから言うらしい。

花の色は、ピンクと白色。

出口に売られていた白色の華鬘草をひと鉢買い、抱えて帰ってきた。

無事に咲いてくれることやら…

2015年4月18日 (土)

「大分青南短歌新聞」平成27年4月号 (第205号)

別府の高木正さんが発行している新聞が届いた。

高木さんがこの新聞の発行をはじめたのは70代半ば。それからかれこれ

17年の月日が経つ。90歳を越えた高木さんがおひとりで今もこの新聞を発行している。


歌誌「青南」に所属する人たちの地方の新聞といえ、この新聞を愛読している人たちに

とって、今年いっぱいで廃刊となるのはとても残念に思われる。




今号では、土屋文明の「雪の小鈴」の歌に触れて、川蔦一穂さんが『土屋文明草木歌』
(猪股静彌著)を参考にして一文を寄せている。「雪の小鈴」とは、どうもスノードロップの
花のようである。『青南後集』『小安集』『続々青南集』のなかから、この歌を抽出している。


スノードロップは、まだ雪のあるうちから咲きだすので、マツユキソウや
ユキノハナの和名がある。花が下向きに咲き、一見スズランに似ている。


       ベルリンよりの雪の小鈴といふ花は小鹿(をじか)の角(つの)の
       ごとく芽生えぬ
                         土屋 文明 『小安集』

文明が命名した「雪の小鈴」も、むべなるかなと。



この新聞の読み物に触発されて、昨夜は『方竹の蔭にて』(土屋文明 筑摩書房 1985年)
を書棚より抜き、読みはじめた。この書は、西日本新聞に連載されたものが収められて
あり、九州のさまざまな地名やそこでのエピソードが綴られている。



それにしても高木さん、あと半年がんばってください。
みなさん、たのしみに新聞が届くのを待っています。
わたしも待っています。

2015年4月16日 (木)

久留米つつじ

久留米の街は、いま「つつじ」の花で華やかである。

JR久留米駅のコンコースには大きなつつじの花(鉢)が飾られている。

エスカレーターで1階におりると、バスの発着所だが、そこの花壇も真っ赤な

久留米つつじの花が咲き競っている。

街中の中央分離帯にも、舗道の脇にも、いずこもつつじの花でいっぱい。

そして、嬉しいことに街路樹に「花水木」が植えられている箇所がある。

本町交差点付近の花水木はことに美しい。


今年は「久留米つつじ祭り」の会場の百年公園まで行く時間がなくて、
心残りだが、5月5日までの開催。
約100種類、20万本のつつじが展示・即売されている。

つつじを愛でる時間がないのが残念だが、今年も石橋文化センターの
バラフェアには是非行こう。




今週は教室のため3日もお出掛けで落ち着かない。
と、いいながら、昨夜はBSプレミアムの「さらば トワイライトエクスプレス」の
テレビを観てしまった。
大阪から札幌までの22時間の旅。
1989年から2015年まで走り続けた「トワイライトエキスプレス」。
ことしの3月12日が最後だった。



2017年春から運行されるという「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」に乗りたい。
そのためにも、健康でいなければ…

生きていなければ…

2015年4月14日 (火)

『ふつうがえらい』 佐野洋子 新潮文庫

2010年に72歳で亡くなった佐野洋子のエッセイ集。

解説は臨床心理学の河合隼雄。

Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ章から成り、70篇ほどのエッセイが収められている。

いずれのエッセイも単純明快。思わず笑ってしまうことたびたびだった。

そして、佐野洋子の生きる美学 ? が、なんともいい。

     人に親切にするのは難しいことだ。一番難しいのは身近な人に長年に
     わたって、変わりなく親切に出来ることだ。これが可能であれば、結婚と
     いうものも難事業ではなくなるはずである。それに比べれば、行きずりの
     人への親切など、本当に楽なものだというのが、私の経験上からの親切
     哲学であった。
                               「親切だなあ」

Ⅲ章の「あとのまつり」の最後の1行が身に沁みる。


     人生は長い。長いが短い。みんながんばって生きている。





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今日は、5人で「鯛茶漬け」の美味しいお店に行った。

まず、1杯目は、御飯と一緒にお刺身のまま食べる。
2杯目は、残りの鯛とたれをのせ、お茶をかけて頂く。
3杯目は、鯛のふりかけ・鯛の皮・錦糸卵・刻んだ大葉・わさびに
骨だしスープをかけて頂く。

と、いう順序。3杯も食べるの〜なんて、言わないで。
ほんのちょこっとずつしかよそおっていないから。

鯛のふりかけも鯛の皮も歯触りがよくて、美味しかった。
2杯目にかけるお茶って、お味のついたお茶なんだね。


ちなみに、場所は博多駅筑紫口近くのホテルの3階です…

2015年4月12日 (日)

映画「ジヌよさらば〜かむろば村へ〜」

監督は福岡県出身の松尾スズキ。

松田龍平・阿部サダヲと個性的な俳優に期待。

「ジヌ」とは、東北の方言で銭(お金)のことらしい。そのお金を1円も使わずに

生活するために東北に移り住んだ元銀行マンの松田龍平(タケ)。

阿部サダヲは、その「かむろば村」の村長さん。と言っても、その村の福祉バスの

運転手などをしている。

村長の奥さんが松たか子。

(村長自身も過去に何かあってこの村に来た。)

暴力あり、セックスありでいささか心かきみだされる映画だった。


「きっとなんとかなる。思ったようにではないけれど」と言う神様の言葉が

何度となく出てくる。そこが救い。



途中、荒唐無稽な演出もあったが、松田龍平のひたむきさが良かった。

2015年4月11日 (土)

フリージアの花束

おねえさんから、フリージアの花束が届いた。

花束といっても自宅の庭に咲いたもの。

大量のフリージアは段ボールの箱に入れられて届いた。

その花を部屋中に飾った。

玄関・リビング・和室・わたしの部屋、そして義父の遺影の前。

あちらにもこちらにもフリージアでいっぱい。

実母の遺影の前には白色を飾る。

フリージアの花言葉は「慈愛・親愛の情」とか。

「ちゃんとお花は生きていた ? かな」と心配のメールが入ったけど、

だいじょうぶ、ちゃんと生きていましたよ。

水揚げもよく、フリージアは花もちがいい。そして、香りも。




        古壺に挿して事なきフリージア    後藤 夜半



たけのこも一緒にいただいたので、早速お煮つけに。

おいしうございました。

2015年4月10日 (金)

花水木(はなみずき)

ミズキ科の落葉高木、原産地はアメリカ。

葉が開く前に花が咲く。4枚の大きな花弁(のように見えるのは総苞片)の

真ん中に小さな4弁花があり、これがほんとうの花。

花は白色と淡紅色がある。

ミズキは水を多量に吸い上げる木で、水木の名前があるとか…

東北では、この木はこけしの材として重要視されている。


水木といえば、たちどころに高野公彦さんの歌が浮かぶ。

      青春はみづきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき

                             高野 公彦  『水木』



この歌は4月の雨の中に咲いている「水木」ではなく、イメージとしては、
5月のさわやかな陽光のもとに咲いている「水木」のような気がする。
あるいは、緑の葉の広がった「水木」であろうか。



そういえば、「水木」はいつも5月の連休過ぎくらいに咲くと思っていたのに、
今年は、すでに白色もピンクも咲いている。




4月2日に義母が入院して花を眺める余裕もなかった。


本日10日に退院した。「心不全」などという物騒な病名だったので、
心配したけど、なんとか退院にこぎつけたのは嬉しい。
(ご心配をおかけしました。)


からだのあちこちに管を付けられ、油断すると義母は引っこ抜いてしまう。
両手に大きな手袋(ミット)みたいなものを装着されたのは、痛々しかったが、
そうでもしなければ手に負えない。(承諾済み)



退院の今日はお風呂にも入れて貰い、お昼の食事は完食 ? (と、言っても
お粥とおかずは全てミキサーで潰した柔らかさ。お茶までゼリー状) した。


施設のかたが車で迎えに来て下さり、わたしも一緒に行く。




送り届けて、ようやく、花を眺める気持ちになった次第。
八重桜の花は満開だし、もうフジの花も咲いていた。



筑後川周辺には、今は、浜大根の白い花がけむったように咲いている。
雨の1日だったが、今日は大安ということで、よしとしょう。



        
      どなたにも生きて負ふ苦があるやうな 見せかけだけでも元気でゐたい

                                     『暦日』 miyoko

2015年4月 4日 (土)

「花発多風雨」

于武陵の漢詩「勧酒」のなかのことばである。

このあとに続く結句は「人生足別離」。

それは置くとして、本日のブログのタイトルの「花発多風雨」は、

「花に嵐のたとえもあるさ」と、訳されていたりする。

花が咲けば、とかく風雨が多い……と、いうことらしい。

今夜も雨になって、皆既月食は観られず。

昨日もいっときは、バケツの水をひっくり返したような激しい雨だった。




4月2日、義母が心不全のためにグループホームから、病院へ入院した。


電車に乗って、久留米でバスに乗り換え、急いで駆けつけても1時間半はかかる。


昨日も香椎の教室が3時に終わって、そのまま直行。帰宅したのは夜半。


一進一退の病勢。



       時間がほしい、生きる力がほしい。




       従って、しばらくの間、ブログはお休みします。

       再開できる日を待つのみです。




       時間をください、生きる力を与えてください。



       ささなみのやうにさびしさ兆しきてあなたに送るSOSメール
 
                             『暦日』  miyoko







2015年4月 1日 (水)

木(こ)の芽雨

春、木の芽どきに降る雨を「木の芽雨(このめあめ)」と呼ぶ。

今日は朝から雨、雨の1日だった。

銀杏の枝には萌黄のいろがほつほつと見える。

すでに辛夷(こぶし)は、若緑の葉をつけていた。

昨秋、S さんから頂いた「ほととぎす」の新芽が出ている。

さくらの花が雨に濡れていた。


 
       桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)を
       かけてわが眺めたり
                           岡本かの子




「生命(いのち)」をかけて、こころざすこと。
容易いようでいて、なかなか難い。

4月はなんとしても、身辺を整えて、ガンバラなければ…

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