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2015年5月

2015年5月29日 (金)

多事多端(2)

香椎からの帰途、普通電車に乗ったら博多駅で乗り換えせずに

すむと思い、わざわざ普通電車を待って乗車した。

心のゆるみか、寝不足か、下車駅を1駅過ぎてしまって目が覚めた。

上りの電車を待ったが、こういう時に限って来ない。

だいじな時間のロスをしてしまって悔やむ。




今日、寄った書店は、わたしが読みたいと思った本がなかった。
佐野洋子の『私の息子はサルだった』なのだが、1冊仕入れてその1冊が
売れました、と店員さんが言う。

まぁ、なかったのも天の配剤(?)などと、勝手な解釈をしておこう。
机の上には未読の本が10冊くらいあるのだから…
それから先に読みなさいということだろう。



『歌壇』6月号の「私の健康法」の桜井登世子さんの文章、

ラジオ体操を続けて30年、1日1万歩を歩く…とか。

ちなみに桜井さんって、うちのお姑さんより1歳上なのに。

この違いは何なのだろう。姑は今や要介護5。食事も満足に一人では

食べられないのに。

やっぱり、歌詠みは年齢8掛説なのかしらん。


2015年5月27日 (水)

多事多端

昨日は、春日の教室だった。

コミュニティバスに乗り遅れ、西鉄バスで「ちくし台」まで行き、あとは徒歩。



夕方は、1時間ほど電話での会話。

みんな何か重荷を背負って生きている。

ひとを救う力はないのだが、話は聞いてあげることができる。

それが今のわたしに出来る精一杯の誠実(?)の証。




身辺の落ち着かない日が続く。

明日は北九州、明後日は香椎。

週末、月末と重なり、なんだかバタバタと過ごしている。




でも、今日は朝いちばんに大きな敷パッドを洗った。

このお天気で乾いてくれるだろう。

そして、夕焼けをたのしみにしていよう。

2015年5月24日 (日)

『野村望東尼』 小河扶希子  西日本新聞社

「女流勤皇家」として名高い野村望東尼の実相に迫った一書。

本書は「西日本人物誌」シリーズの№19にあたる。

江戸時代の末期、福岡が生んだ野村望東尼(のむら・もとに)1806年~1867年は、

武家政治が揺らぐ中にあって、「詞(ことば)の道(みち)」を歩いた女性文学者。

著者が「はじめに」として記しているのは、


     彼女が生きた背景がまさに幕末の激動の時代であったがために、
     「勤皇歌人」などと、特定の枠の中で評価されることが多い。


として、疑義を呈している。

     第一章   野村望東尼の前半生
     第二章   世情に翻弄される後半生
     第三章   望東尼の文学


の、三章の構成であるが、第二章が興味深い。と、言うのも、1865年福岡藩は、
望東尼を含む39人の身柄を拘束し、望東尼は女性の身でありながら、幽閉
され、姫島(現・糸島市志摩町)流罪を言い渡されるのである。



その姫島の囚屋(ひとや)は、畳はなく板敷であった。そして明かりもなく、夜は
真っ暗闇になってしまう。そんな中で望東尼が書き綴ったのが獄中記『夢かぞへ』
であり、『ひめしまにき』であった。



小河のこの書は読みやすさに心を配り過ぎたためか、短歌(和歌)まで新仮名遣いに
していることである。この時代の表記のまま、旧仮名遣いにして欲しかったと思う。



まぁ、それは兎も角として、手にとり読んでほしい。
2008年4月刊行 1500円+税

      


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今から25年ほど前、わたしは姫島を訪れた。望東尼が入っていた囚屋を
この目で確かめたいと思ったからである。その時の拙作が以下である。



               島への遡行 -野村望東尼-
       
       
       此の島に流謫の身なりし十ケ月の蟄居思へどおもひ見難し

       灯火なき囚屋(ひとや)の女人 一八六五年慶應元年がこと

       『ひめしまにき』読みゆく夜の窓を打つ風は激しき雨伴ひて

       幽閉の望東尼(もとに)つらぬきし志うべなふわれや海光のなか
            
             『夢の器』 ながらみ書房  1992年6月刊  miyoko
 
      





2015年5月23日 (土)

スモークツリー(煙の木・霞の木)

長いこと見たいと思っていた「スモークツリー」を、福岡市植物園で昨日見かけた。

先を歩いていたわたしは思わず同行の友らに呼びかけた。

「来て~、来て~、スゴイ花っ?」

みんなが駆けより、いっせいにカメラを向けた。

煙の花のように見えるのは、花が咲き終えたあとの花柄(かへい)が糸状に伸びたもの。

花柄は白色。ブラウンや緑色もあるらしい。



日本へは明治初期に渡来。切り花やドライフラワーとして使われたりする。


スモークツリーを見たことだけでも、昨日の植物園行きは成果があった。


2015年5月22日 (金)

「春の散策 in 中央区」 野村望東尼の平尾山荘を訪ねて、他。

快晴の本日は、春日教室の仲間12名での「春の散策」の1日であった。

S さん、T さんの綿密な計画のもとに進められた行程は以下の通り。


      10時 野村望東尼の平尾山荘

      11時 松風園(平尾庭園)

      12時 AGORA(山の上ホテル) ランチ

      13時30分 福岡市植物園散策



      
昨日、望東尼の資料作りをして用意したのだが、Sさんも資料を持参してくれた。
この前向きの姿勢、善きかな。



福岡に住んでいて、「野村望東尼」も「平尾山荘」も知らないひとが、いないでもない。
そんなかたたちも今日は少し、歌と歴史の勉強ができただろうか。


平尾山荘の山荘まわりには水が打たれ、お部屋も綺麗だった。
2畳の部屋が2間もあり、「ここに勤皇の志士を匿ったのかねぇ」などと、
とりとめのない話をしながら見学。


山荘の裏手には野いちごが沢山実をつけていた。
蕺草の白い十字の花が広い庭のあちこちに咲いていた。
姫女菀がはびこっているのが気にはなったが…



松風園は高台の広大な土地。田中丸家の邸宅跡である。
お庭の、伊呂波楓の若緑が5月の陽に輝いていた。
ちょうど訪れた時は、結婚写真の前撮りが行われていた。



茶室などを見学、ここの案内説明してくれた係のかたは博識豊かで
みなさん、頷きながらお話に聴き入った。




山の上ホテル(AGORA)の食事は、大満足のひとこと。
皆さん、よく食べ、よく喋った。
見廻すと、若い女性たちが多いのも好評ゆえだろう。



展望が良く、福岡タワーやヤフオクドームがすぐ近くに見える。
これだと、8月の大濠公園で行われる「西日本花火大会」の鑑賞特別プランを
予約募集しているのもむべなるかなと思う。
ゆったりとレストランから堪能できそう…




午後は福岡市植物園へ。
薔薇園はまだまだ花が咲き誇っていた。


「定家蔓」の白い花に目がとまり、「柏葉紫陽花」の花に見入った。





皆さん、お疲れさまでした。
たのしい1日でした。cat

    

2015年5月20日 (水)

楝(おうち)の花が咲いていた

      妹が見し楝(あふち)の花は散りぬべしわが泣く涙いまだ干(ひ)なくに
                            山上 憶良 (万葉集 巻五)

山上憶良が、大伴旅人の妻(郎女)の死を悲しんで、あたかも自分の妻を

悼むような心境になって詠んだ歌である。筑紫の国、大宰府が舞台。

わたしの涙の未だ乾かぬうちに、妻が生前喜んで見た庭の楝の花も散ることで
しょう。



大きな楝の木が2本あった。薄紫色の花をつけていた。
遠目にも「あ、楝だ」とわかる花の姿。


センダン科の落葉高木である。別名、センダン。
今年もこの花に出会うことが出来た。






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今日は、久留米の教室がすんで義母の所へ行った。
クローゼットの衣類を入れ替え、義母が夕ご飯を食べ終るのを
待っていた。見ると、半分しか食べていない。


わたし「食べさせてあげようか」
義母 「うん」


スプーンで食べさせてあげると全部食べてくれた。
介護士さんから褒められた義母。


帰ろうとして「また来るけんね」とわたし。
「また来てくれんの」と、義母がくしゃくしゃの顔をして言う。




夕方、7時過ぎ、筑後平野の彼方の山並みに真っ赤な太陽が沈んでいった。
胸のあたりがしめつけられるような美しい夕焼けだった。



そして、7時半、細い細い月が出ていた。

2015年5月18日 (月)

「地獄のオルフェウス」 出演 大竹しのぶ・三浦春馬 他

テネシー・ウィリアムズ作。演出はフィリップ・ブリ―ン。

大竹しのぶの演技に固唾を呑んだ。時に笑わせ、迫真の演技に

3時間ほど、酔わされた。



アメリカ南部の小さな町での物語り。
用品雑貨店を営む女主人(大竹しのぶ)、のもとに、蛇革のジャケットを着て、
ギターを持った青年(三浦春馬)が現れる。



女主人には亭主がいるのだが、病気で2階に臥せている。
青年をその店に雇い、夫に内緒で小部屋に住まわせる。



演出のフィリップ・ブリーンは、「偽らざる愛の本質」という言葉を残している。
その愛はどのような結果となるか…


ハラハラドキドキの3時間だった。




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土日公演限定で当日券が売りだされるということで、日曜日(17日)、
Bunkamura シアターコク―ンに行った。10時半に着いたら誰も並んで
いなくて、売り出しは、12時半という貼り紙がしている。出直して12時過ぎに
行ったら、すでに5人並んでいる。


なかの1人はもう2回も3回も観ているらしい。わたしの前の親娘は金曜日の

チケットを買っているのだが、当日券でいい席があるかも知れないということで

並んでいた。わたしのすぐ後ろのかたは、北陸から新幹線に乗って来たそうな。

大竹しのぶのファンや三浦春馬のファンだ。


チケットが取れた時の嬉しさ。だって  I(アイ)列の1番だった。
土曜日に上京したのだが、日曜日は、素晴らしい、東京の休日になった。



余韻をたのしみながら出ると渋谷の街は「第18回 渋谷・鹿児島 おはら祭」も
終わり、JRの「ハチ公前改札」は、長蛇の列。



帰りの飛行機の時間を気にしながら、羽田へ。




ちなみにこの東京公演は5月31日まで。23・24日、30・31日は当日券の発売があるらしい。




2015年5月15日 (金)

第21回与謝野晶子短歌文学賞

教室に入るとなぜか賑やかだった。

それもそのはず、本日の産経新聞の朝刊に「第21回与謝野晶子短歌文学賞」が

発表され、教室のかたが M さん、S さんと2名も入賞していたのだ。

小耳に挟んではいたのだが、新聞に大きく掲載されているのを見ると、本人も

嬉しいだろうが、みんなで「良かったねぇ」と喜びをわかちあう。




西日本新聞の4月20日付けの歌壇では、伊藤一彦選に S さん、
栗木京子選に N さんが選ばれていた。


みんな、がんばっている。



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今日は朝から何やらバタバタとしていた。
それでも、11時にN さんと E さんと待ち合わせてランチ。
すでにお二人は到着していた。


「振り込め詐欺」を撃退 ? というか、危うく難を逃れたことを面白可笑しく
お二人とも語っていた。2度も3度もあったと言うのを聞くと、ほんとうに
この世の中、どうなっているのやら。



ベニバナトチノキの花が咲いていた。
昨年も見た千早中公園の6本の木。ここは遅めなようである。
来年も見ることができるかな。


ところで、プリンターは同じ会社の同じ機種を買って、作動中。
前のプリンターのインクのブラックが半分以上残っていたので、
外して、買い換えたのにセットしたらインクの残量がゼロの標示。
そういうことってあるの ? キツネにつままれたみたい。



明日は早いので起きられるか心配。
どなたに会えるやら……

2015年5月14日 (木)

『短歌博物誌』 文春新書 樋口 覚

生き物140種、500首の短歌を集め、鑑賞・考察した書。

帯には「ネコの隆盛 シカの没落」と書かれているように、古今東西の「猫文学」を

集め考察  ?  している「猫文学序説」は、なかなか参考になる。 

なかには、猫ファンがドキリとすることも書かれているが…




     猫は世界各地の高価な猫を収集した王侯貴族からブルジョア、
     平民にいたるまで、どの階級からも好まれたが、その酷薄さと、
     人間への屈従がないために熱烈に愛された。ただし、その見返りは
     極めて過少で、甚だつれなく、その愛好者は他の動物との交渉では
     えられない至福を味わえるかわりに、冷徹に悩まされることになる。




まぁ、そこが猫好きにとっては「たまらなくいい」のだが…
著者が取り上げている猫の歌を孫引きだが下記に紹介したい。



      猫の舌のうすらに紅(あか)き手ざはりのこの悲しさを知りそめにけり
                                      斎藤茂吉



      飼猫をユダと名づけてその昧(くら)き平和の性(さが)をすこし愛すも
                                      塚本邦雄
      
      
      飼猫にヒトラーと名づけ愛しゐるユダヤ少年もあらむ地の果て
                                      春日井建



      水なめて立ち去る猫のほのかなる未練をもちて立ち去るならむ
                                      小池  光
 
               

2015年5月12日 (火)

ゆうがお(ヨルガオ) の出芽

昨年の秋に種をとった「ゆうがお」が芽生えた。

7・8個播いたのだが、3本しか芽が出ていない。

ゆうがおの種は固いので、2晩ほど水につけて播いた。

ゆうがおはいま双葉になっている。種から育てるのも興味深い。

朝顔の葉は小さいのに、ゆうがおの双葉は大きい。

ほあんと真っ白い花の咲く、夏のゆうぐれが待ち遠しい。



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今日は、春日の「ふれあい文化サークル」の教室だったが、
1年ぶりくらいで M さんが顔を見せた。復帰するらしい。
皆さん、よろこんでいた。

来週の「お楽しみ会(ランチ付き)」にも参加するとか。




そして、わたしは、
「背に腹はかえられぬ」ということで、結局、プリンターを買うことに。
プリンターが使えないと ?  にっちもさっちもゆかない。
減価償却はまだ出来ていないけど…

あしたは届くか、な  ?


2015年5月11日 (月)

プリンター故障

3台目(3代目)のプリンターが故障してしまった。

ノズルチェックをして、ヘッドクリーニングもしたけど、そんな単純なことではなく、

どうも「ギャップ調整」がうまくゆかない。字が二重になってしまう。

影を付けたような仕上がりで、数字が読みにくい。

何度も何度も調整をしたけどダメ。なんだかインクばかり使ってしまったみたいだ。

こんなとこで足踏みしているわけにはゆかない。

プリンターがないと、困る。ほんとうに困る。

泣きたい……泣く。

2015年5月 8日 (金)

ブルーベリーの花

ツツジ科スノキ属の落葉小果樹。

春には釣り鐘状の花が咲く。その花はズズランに似ていてとても可愛い。

実になる頃には、子燕が並んで口を開いているような形をするらしいが、

それも見たいものだ。


連休の中日に行ったミステリーツアーは、関門海峡大橋を渡って山口方面へ。



於福の「道の駅」のそばにブルーベリー園があった。
花はすでに終わりに近かったが、それでも所々に咲いており、はじめて
見るブルーベリーの花に釘付けになった。


ブルーベリーって、地植えしていなくて、みんな大きな鉢植えだった。


この実が熟すころには「ブルーベリー摘み」(食べ放題 ? )も出来るのかな  ?
ブルーベリージャム・ブルーベリー入りのお菓子・ブルーベリーキャラメルと
買い込み、次のミステリーに身を委ねた。




行く先が分らないツアーの難点は以前行った所だと愉しさが半減するのだが、
今回のツアーでは、ほぼ満足した。


仙崎の金子みすゞ記念館にも立ち寄ることが出来た。


車窓の景色もわが住む博多と違って、みどり・みどり・山また山であった。


ベニバナトチノキの花・藤の花(紫・白色)・桐の花を車窓より眺め、
蓮華草やキンポウゲ・アザミの花に癒された。

2015年5月 7日 (木)

藪から棒

「やぶから棒と申さうか、ねみみに水と申さうか」は、浄瑠璃の一節であるが、

驚いた、驚いた。

「福岡市緊急情報」がメールで届いたから、何事かと思いきや

        平成27年5月6日の早朝から城南区一帯でサルの目撃情報が
        相次いでいます。サルを見かけた場合には次のことに注意して
        下さい。エサをやらない! 食べものは見せない! サルに
        近づかない! サルの目を見つめない ! サルをからかわない !
        大声を出さない!



という「緊急情報」でした。

みなさん、気をつけましょう。

福岡にも「サル」がいたんだ。

これって「青天の霹靂」 ? ともいうのかしら…

2015年5月 6日 (水)

「画家の素顔」 石橋美術館

久留米の石橋美術館で、パレットと自画像でさぐる「画家の素顔」が開催されて
いるので出掛けた。(7月5日まで開催)

青木繁・坂本繁二郎は今回展示の59名のなかに勿論入っているが、
普段なかなか観ることのできない洋画家の作品も展示されていた。
例えば三岸節子の絵にようやく逢えた。

今回の特色は「パレット」そして、「自画像」に焦点をあてていることだ。


藤田嗣治の自画像は今回のポスターにも印刷されていたが、日本語で右上に大きく
「西暦千八百八拾六年生江戸川大曲」と書かれている。
黒縁の丸メガネ、前髪をまっすぐ揃えたあたりがなんとも藤田嗣治らしい。


そして、パレットはそれぞれの個性というか、こうしてみるとパレットも美術品だ。
絵の具がてんこ盛りされ、山をなし、そこに画家自らが絵を描いているのもある。
まさに、芸術品。



香月泰男のパレットは1967年頃のらしいが、やはり、シベリア抑留作品
〈シベリア・シリーズ〉が思われてならない。あの作品をもう一度観たい。
(1990年4月に福岡県立美術館にて観賞)
今回は「道路標識のある風景」1点のみの展示だった。





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文化センターは「バラフェア」の開催中で大変な人出。
バラの花も見頃で、デジカメ片手に大勢の人が…

美術館前バラ園で「ローズガーデンコンサート」があり、ピアノとチェロの
演奏にしばし聴き入った。



うららかな連休最後の日であった。

2015年5月 4日 (月)

『われに五月を』 寺山修司作品集 思潮社

3周忌記念5部作のうちの1冊。発行日は1985年5月4日。

表紙は真っ赤な色で折り返し部分に寺山修司の俳句が記されている。



       目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹



「五月の詩・序詩」が巻頭に掲げられている。



       きらめく季節に
       たれがあの帆を歌ったか
       つかのまの僕に
       過ぎてゆく時よ

       略ーー




俳句・短歌・詩で構成され、帯には「寺山修司遺作集」と銘打たれている。




寺山修司、1983年5月4日死去。


この日は個人的にも記憶に刻まれた日で、わたしにとって一生忘れられない
日でもある。


没後30年を翌年に控えた、2012年6月27日〜7月1日にかけて、
青森の「寺山修司記念館」を訪ねた。
その折の拙作。


        青い森鉄道のあをい電車が来て三沢の駅まで運んでくれた
        
        やうやくに淋代平に来たけれど寺山修司は何処にゐるのか

        逆光になかなか撮れぬ記念館まぼろしのひといづこに在(ましま)す

        抽斗に置き忘れた儘の人生をゆつくり開ける三十年のち

        薄闇のなかにて開く抽斗に草稿の文字かなしかりけり

        道標に刻まれありし修司の歌ひやくねんたつても忘れはしない

                                         miyoko




6首目の歌は、記念館の裏山に散歩道があり、木の道標があちこちに建っていた。
その木の板には修司の歌が書かれていた。その裏山を散歩する人は誰もいなくて、
緑の葉擦れの風の音だけがしていた。


長年のわたしの「夢」が叶った記念館行きであった。



そして、本日は命日である。


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5月の連休も中日、息抜きに「ミステリーツアー」に参加することにした。
どこへ行くのやら。

2015年5月 1日 (金)

介護日誌

義母の介護日誌の3冊目のページがなかほどまで来た。

2011年9月にグループホームに入所した義母(姑)。

その日から、義母の発することばや容態を書き記しているノートである。

入所している施設は八女(やめ)にあるので、通うのには約2時間かかる。

電車を乗り継いで、バスに乗り換え、それから歩かねば辿り着けない。



最初のうちは、おやつをいつも持って行っていたのだが、このところ、お茶さえ
ゼリー状にして飲ませているので、義母の好きな「さくら餅」や「ひよ子」も持って行けない。
嚥下(えんげ)がうまくゆかないので、固形物は食べさせられないのだ。



要介護5だから、介護士さんたちにはほんとうにお世話になっている。
ゆき届いた介護の様子を垣間見ていると、介護士さんの大変さが伝わってくる。




先日、義母のところに行った連れ合いの書いている日誌を見たら、

薄いかすれたような文字で「今日のことはあまり書きたくない」と記している。

「なんなの ? 思わせぶりな書き方して…」と、わたしが聞くと、斯く斯く然然だった
と、その日のことを打ち明けられた。




そうか、実の息子と母の関係はなかなか曰くいい難い。
息子だけに母の粗相は見たくないのか。

そのことを改めて、文章にして書きたくないのだろうと、納得した。



義母の粗相を笑って見逃せるのも介護士さんの仕事。

そして、わたし自身は、要介護5だったら仕方ないよねぇと、義母を
慰めるのだが、連れ合いにしてみれば、「あの元気だった母親が…」の気持ちが
強いのだろう。



連れ合いが介護日誌を書くことが出来なかったように、今後もっともっと
書くことをためらうことが増えてくるだろう。




そういえば、このブログだって、

       書けないこと・書きたくないこと・書くには惜しいこと


が、ある。
勝手なもので、自分にとって書けることだけしか、書いてないのだから…


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