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2015年6月24日 (水)

『ゼクエンツ』 河野美砂子歌集  砂子屋書房

         「ゼクエンツ Sequenz 」は音楽用語(ドイツ語)で、ピアノ演奏する

         場合では日常的に使う。「音高を変えながら繰り返す、同一音型」と

         いうニュアンスだろうか。バッハやモーツアルトの作品に頻出する。

                                      「あとがき」より




河野美砂子の『無言歌』につづく第二歌集である。
ピアニストとして演奏活動をする著者らしく折々に音楽(ピアノ)に関わる
歌がうたわれている。





          あと何度練習(さら)へば三月 黒鍵の角の光に密度ある朝

          月待ちの舟にまどろむわれの手が千年ののちリゲティを弾く

          五線譜に書きこんでゆくまだだれも聞かない音の種ひとつづつ

          ふれがたく黒白(こくびやく)の鍵盤(キイ)整列す美しい音の棺のやうに

          黒鍵がいつかわたしの舟となる 蓋をひらけば舟に添ふ影





いずれの歌も美しい。「黒鍵がいつかわたしの舟となる」など、ピアノの演奏に全身
全霊を注いでいるひとの言葉であろう。



『ゼクエンツ』を読了して思うのは、猥雑な生活のあれこれが具体的に出てこないことだ。
そのことは、演奏家としての河野の立ち位置を明確に鮮明にしているようにも思う。
それは、プロとしての覚悟かも知れない。



          遠目にはまだ冬の木のユリノキが幹濯(あら)はれて黒く濡れ立つ

          青インクの匂ひのやうな夜の秋 ホルンの人と電話つながる

          はつふゆというても時雨が来いひんとだれに言ふともなくおもひたり

          わすれてね。時がすぎればこの場所でだまつてくらす 菊を咲かせて

          ここだけが時雨れてゐると見えながら北山あたりに浮く茜雲





「黒く濡れ立つ」ユリノキ。「青インクの匂ひのやうな」などの色彩感もどちらかと
いうとモノクロームの世界に近い。5首目に「茜雲」があるが、この茜雲も
あでやかというより、くすんだ印象を受けるのだが、どうだろうか。



これは一つには河野の指向(嗜好)するものによるだろう。
そういえば、この『ゼクエンツ』も素っ気ない(?)ような装丁である。
わたしは、この装丁が中身(歌)に合っていると思う。




4首目の「菊を咲かせて」がいい。「薔薇を咲かせて」では、ゼッタイダメ。

河野の身めぐりには「時雨」が似合う。

彼女の美学がとことん詰まった一集だと、のめり込みながら、

ふたたび、みたび、手にすることだろう。

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