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2015年7月16日 (木)

佐竹游歌集『草笛』批評特集  「八雁」2015年7月号

話題になった佐竹さんの歌集『草笛』の批評特集を読んだ。

         
        命と命の関係   黒瀬珂瀾

        言葉と存在     島田幸典

        私とは誰か?    金井淑子



上記の3名が執筆している。
なかでも異色?なのが、金井淑子氏で、哲学・倫理学そしてジェンダー研究が
専門だとか。この「私とは誰か?」は、立正大学哲学科編『哲学はじめの一歩』
春風社刊の抜粋転載らしい。




       ーー略 「私とは誰か?」という問題に向き合うことは、自らの中の
       もっとも語りがたき自分と向き合う中に〈自分の名〉を見つけることを
       意味する。自分の中の「隠されたものとしての、抑圧されたものとしての
       己の存在を、言語化することによって解放されたいという衝動」、それを
       自己肯定することを意味する。ーー略



と、金井氏は考察している。哲学科の学生向けに書いた小冊子らしい。
そして、この抜粋の文章の最後の方でこうも書いている。




       ーー略 これまでよりは少しレズビアンというセクシャル・マイノリティの
       理解が深まったかもしれない、といった次元の問題ではない。





島田幸典の「言葉と存在」は、一読理解できた?ように思う。




       ーー略 私とは何かという問いに積極的な回答や定義を与える
       のではなく、むしろ存在の言いがたさ、存在と言葉のあいだに
       生まれる亀裂と乖離、そこに佐竹の歌は焦点を結ぶのである。ーー略




なんだか、久々に「実(じつ)のある」歌集評を読んだ気になった。




       さまざまなわれを束ねてわれはあるわれのひとりが草笛を吹く
 
       順接の接続詞もて文章をつなぐがごとき生は拒みつ
      
       してるのにしてないふりをしてゐてはしてゐることをしかと語れず

       口にしてわが狭量におどろかる筋道立てて人を謗れば

       手放しで他人を褒むる勇気など持たざりわれは怯みつつ来て

                            佐竹游歌集『草笛』より

 

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