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2015年7月 9日 (木)

加計呂麻島へ

奄美大島への旅でどうしても行きたかった加計呂麻島へ。

島尾敏雄が昭和19年11月、呑之浦基地に赴任(震洋隊の隊長として)。

島尾ミホ(大平ミホ)と知り合った場所でもある。

島尾は翌20年、8月13日、出撃用意を命じられるが、最終命令の出ないまま

15日の敗戦を迎える。


奄美大島の、古仁屋より「フェリーかけろま」が出ている。

乗船時間25分ほどで加計呂麻島の瀬相に着く。
船が着くと同時に島内を走るバスが待っている。ここにはタクシーなどはない。


呑之浦には、昭和63年12月に震洋隊基地跡に「島尾敏雄文学碑」が建立された。
それを是非この目で確かめたかったのだ。


文学碑の奥の墓碑には島尾敏雄・ミホ夫人・長女マヤさんが分骨されている。


呑之浦は波が穏やかで岸辺に寄せる波音が心地いい。
ハイビスカスの花が咲き、散歩道が湾に添って続く。途中に壕があり、
復元した特攻震洋艇が保管されていた。


文学碑を訪れる人もいなく、静寂な時だけが過ぎてゆく。
海に向いたベンチに座ってしばらく波音を聴いていた。



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それにしても、ひとつき程前にわたしが見た夢。
それが「加計呂麻島」だった。
脈絡もなく「加計呂麻島」が夢に出たのだ。
(たぶん、「夕映忌」の時に島尾敏雄の話をした、その余韻?かしら。)


ああ、あの島がわたしを呼んでいる、と思った……
                            
                     奄美大島への旅は、まだまだつづく…

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