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2015年7月 3日 (金)

『記憶のつくり方』 長田 弘  晶文社

2015年5月3日に75歳で亡くなった長田弘の詩文集。

第一回桑原武夫学芸賞を受賞している。


       
       記憶は、過去のものではない。それは、すでに過ぎ去った
       もののことではなく、むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。
       じぶんのうちに確かにとどまって、じぶんの現在の土壌と
       なってきたものは、記憶だ。
                         「あとがき」より




長田弘のこの書は「詩」のようでもあり、「エッセイ」のようでもあり、
「小説」のようでもある。
静謐な文章のなかに長田弘の息遣いや体温が伝わってくる?ような…




       海をまえにするとき、言葉は不要だと思う。
       わたしはただ海を見にいったのだ。海ではなかった。
       好きだったのは、海を見にゆくという、じぶんのためだけの行為だ。

                          「海を見に」より




       ひとはひとに言えない秘密を、どこかに抱いて暮らしている。
       それはたいした秘密ではないかもしれない。秘密というよりは、
       傷つけられた夢というほうが、正しいかもしれない。けれども、
       秘密を秘密としてもつことで、ひとは日々の暮らしを明るく
       こらえる力を、そこから抽きだしてくるのだ。
 
                           「路地の奥」より

                                     1998年1月刊行




cat    cat
昨日届いた「未来」7月号の後記を読んでいたら、編集・発行人の
岡井隆さんが、「記憶」について書いていた。



       脳科学者の話では、記憶とは記憶しているだけではだめで、
       記憶している知識を使えば使うほど、記憶は冴えるのだそうだ。
       たしかにその通りで、このごろ賢治(宮沢賢治のこと)についての
       知の記憶は、頭の中で眠っているうちにぼんやりして来ていた。
       いい機会を与えてもらって、それが、多少活性化した感じがあった。




現代歌人協会の主催するシンポジウムでの「宮沢賢治」の短歌について
話し合ったことを、このようにポジティブに受け止めている。
さすが、というか、岡井さんだなぁ……




それにしても、わたしが死んだらわたしのなかの「記憶」はどこへ行くのだろう。
好きな猫のことや、読んだ詩集、本、短歌、は……
 
 
       

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