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2015年8月

2015年8月29日 (土)

外塚喬歌集『山鳩』 柊書房

2005年から2010,年までの「朔日」に発表した作品、610首を収めている。

歌集を開くと4首組みなので、とても多いと感じたのだが、読みすすめると、

そうでもない。と、いうのは、平易な言葉遣いだし、作者の心理を面白がって

読んだせいかも知れない。





      現実は芥子(からし)の効いた納豆のやうなものだと認識させる

      二日ほどこゑを聞かねば三日目に山鳩のこゑを聞きたくて呼ぶ

      蛇が蛙を飲み込むときの匂ひなり真二つに割(さ)かれたる白菜は

      感情を揺さぶるこゑはほそくして涙ながらのこゑがとどくも

      お互ひが口を割らねばたもたれる平安といふあぶない橋だ

      らうそくの炎をゆらす風のやう山鳩の飛ぶ夢の終りは

      職を退きて七年たてどわれはまだ鰥寡孤独(くわんくわこどく)の世界に入らず

      平身低頭われはあやまる 人を産む女人の力にねぢふせられて

      母の死にて生き甲斐のひとつなくなれば身のなかほどを風吹き抜ける

      風の音さやかなれども精神の突つかひ棒となる母はゐず


1首目の「芥子(からし)の効いた納豆」がどんな味なのか、わたしは納豆を
食しないのでよくわからないが、「認識する」ではなく「認識させる」の表現がユニーク。
認識させられる、ということか。



2首目の歌は、「山鳩」を詠んでいる。6首目にも「山鳩」が。それ以外にもあったが、
作者はよほど「山鳩」が好きなのだろう。深読みをすれば「女人」ともとれない
ことはない(笑)



3首目の「蛇が蛙を飲み込むときの匂ひ」を知っているのかしら。
わたしは知らないが、なんとなくわかるような気がする。
気持ち悪い歌だが、この捉えかたは研ぎ澄まされた感覚の人でないと感じないだろう。



4首目は明らかに女人の「こゑ」。こういった「こゑ」は、男性にとっては困る、困るんだ。



7首目の「鰥寡孤独(くわんくわこどく)」っていう熟語をはじめて知った。
そういえば、夫婦はいつかどちらかが、「鰥寡孤独」の世界に入るんだ、嗚呼。



歌集の終章は、御母堂が亡くなられた歌を収めていて、ジンとした。
ことに、9・10首目の歌は、息子の心境をあますなく伝えている。

男の子は母親が亡くなると、糸の切れた凧のようになるともいわれているし…
「生き甲斐のひとつ」であり「精神の突つかひ棒」なのが母親なんだ。


2015年8月28日 (金)

ゆうがおが2つ咲いた

台風15号でゴーヤの棚もゆうがおも強風に葉っぱが揉まれてしまった。

ゴーヤは今夏ずいぶん頂いたので諦めはついたものの…

ところが、ゆうがおってたくましい。

けなげにも今夜は2つ咲いている。

そして、この分だと、これからの方が本格的に咲きそうだ。

蔓はまだぐんぐん伸びている。

ゆうがおの花はわたしを慰めてくれているような…





         ゆつくりと花びら開く夕顔は初々しくてせつない白ね

         ゆふがほの真白な花のほぐれゆく ははの残り世はわれの残り生(よ)

                              『暦日』角川平成歌人叢書 平成24年刊





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3日連続で家に居ないものだから、Fさん、ごめんなさい。
こちらからお願いしておいて連絡がとれないとこぼしていることでしょう。

そして、Mさん、わたしは家に居ないひとなの。

このところ「夜濯ぎ」ばかり。

そういえば、ゴーヤの真っ赤な種がこぼれていた。

黄色に色づいていたことも気づかず…

8月もあと3日。

2015年8月25日 (火)

『あん』 ドリアン助川  ポプラ文庫

河瀬直美監督で映画化された原作。

映画は、6月19日に観たのだが、原作を読んだままブログに載せていなかったので

備忘のために書き込む。




アルバイトの求人の貼り紙を見てやってきた徳江。

千太郎は、どら焼きのお店「どら春」の店長なのだ。

徳江が高齢のこともあり何度も断る。断られてもふらりとやって来る徳江。

そんな徳江に根負けしたように雇い入れる。

どら焼きのあんは今まで業務用を使っていたが、徳江があんを煮る。

そのあんは美味しくて、評判になりお店は繁盛する。しかし、いいことは長く続かない。





徳江が元ハンセン病だということが噂になってしまい、客足が途絶える。

徳江もそれと察してお店をやめてしまう。働きたかった。社会との接点を持ちたかった

徳江の夢は無惨にも絶たれてしまう。





1996年に「らい予防法廃止法」が施工されるまで、感染を防止するという名目で、
隔離政策が維持されてきたハンセン病。
ハンセン病は、日常生活を共にしても感染するような病気ではない。



ハンセン病というだけで、社会から隔離され、罪人のような扱いを受けた患者たち。
根治しても、社会の因習は根強い。

生きるかなしみ、生きる意味。

生まれてきてよかった、と思える人生を送りたい。

あなたに会えてよかったと思えるひとになりたい。


2015年8月24日 (月)

「こうのとり」 キャッチ 

油井&若田さんの日本人コンビで「こうのとり」をキャッチした。

うれしいニュースだった。

「こうのとり」も飲料水や食料を無事届けたんだね。

これからドッキングという大仕事があるけど…





地球のここ日本の九州は、台風15号の襲来で明日は身動きできない。

JR九州の在来線は運休するし、西鉄バスも止まる…のかしら。


どうぞ、穏やかなことを祈るのみだが…

2015年8月23日 (日)

I S S の油井さんへ手を振る

19時30分、南西の空の高い位置に国際宇宙ステーションが飛んでいた。

今夜のこの時間の空は澄み切っていて、とてもよく観測できた。


「油井さ~ん、がんばって~」 と、手を振った。

明るさは1等星くらい。みんな観ているといいな、と思いつつ眺めていた。


19時34分、隣のマンションが邪魔をして観えなくなってしまった。

それでも4分くらいは観ることができた。


次回は、8 月 25 日だけど、台風の接近でダメだろうな。


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義母が重篤でつらい。

ぜつぼうだけではいきてられないので、よぞらをあおぐことにした。

「ゆいさ~ん、わたしもちきゅうでがんばる~」

2015年8月19日 (水)

筑紫恋し(つくつく法師)

3日ほど前につくつく法師の鳴き声を聞いた。

なんだかとても大きな鳴き声だったので、どこで鳴いているのだろうかと、

探したら、ベランダの天井に張り付いて鳴いていた。




今日、教室でつくつく法師の鳴き声を今年きいた人?と、尋ねたら半数以上の

人が聞いていた。やっぱり、そうか、あの鳴き声はわがやに秋の訪れを

教えてくれたんだ。季節は確実に推移している。



つくつく法師は、俳句では秋の季語。その鳴き声「オーシツクツク」から、

「筑紫恋し(つくしこいし)」と字をあてたりするそうだ。




教室が終わって、八女へ。

グループホームの近くに水の綺麗な小川がある。

水草が流れにさやさやと靡いていた、その上に御歯黒蜻蛉(おはぐろとんぼ)が

止まっている。しばらく眺めていたら羽根を閉じたり広げたりしていた。

歳時記を見ると「御歯黒蜻蛉」は、夏の季語だった。



         おはぐろの水にとまりし如くなり    星野 立子




遠くで、つくつく法師が鳴いていた。


               

2015年8月18日 (火)

歌集『樹雨降る』 川本 千栄  ながらみ書房

第一章から第六章に構成されており、2008年4月〜2014年3月までの6年間の作品、

484首を収めている。年齢でいえば46歳から51歳まで。


       泣き寝入りした子とただに疲れたるわれを隔てて襖戸はある

       性愛の薬缶は沸いて忙しなし男はわれの肌越えてゆく

       枯れかけたホテイアオイの陰にいる赤い金魚よ寂しいですか

       巻き緊むるもの持たざれば枯れてゆく 朝顔の蔓のごとき思いは

       冷えたがる頬へと指を突き立てて 思い出などは決して語るな

       重ねても重ねてもこの色ではない詠っても詠ってもこの言葉ではなし

       ゴーギャンのタヒチの女の丸い乳その安寧が私にはない

       木の雫す静かな時間 あなたとは出会わなかった生を思えば

       歌に詠む他には何ができるのか肉を持たざる歌というもの

       君はわれを軽く片手で制したり煮立てるような受話器取る前






3首目の「赤い金魚」は作者自身のようでもある。作者が寂しいから、赤い金魚も
寂しく目に映るのだ。


6首目、9首目は、短歌を詠んだものだが「詠っても詠っても」不全感の残るような
思いを捉えている。「肉を持たざる歌というもの」に対しての作者の答えは避けら
れているが、肉を持たざる歌であったとしても、さし当り詠ってゆくしかないのだろう。



10首目の歌は、ある瞬間を活写している。どこにでもある夫婦の日常の一コマに
過ぎないが、一瞬の心の機微が伝わってきて、せつなくなってしまった。
深読みかも知れないが…



いずれの歌も作者・川本千栄の心のありようが焙り出されている。
内省感のつよい、自分を責めるタイプのひとのように思えるのだが、

これは、わたしだけが感じることかも知れない。






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川本千栄といえば、現代歌人集会春季大会が岡山で開かれた時のことを

思い出す。平成16年だったろうか。「批評の現在」ということで、川本はパネリストの

一人だった。論旨明快、心の中で大拍手していた。懇親会でそのことを伝えたかった

けど、結局あいさつも出来なかった、と思う。

その時の垣間見た川本千栄は、理知的なオーラを発していて、近寄れなかった。

あれから、10年近くの年月が経ったのか、と、感慨にふけっている。

2015年8月15日 (土)

映画「日本のいちばん長い日」

映画を観てきました。

う〜ん、やっぱり観てよかった、です。

観客も多くて、着いてすぐチケットを買って席を確保していたのは正解でした。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……」の玉音放送、その放送をするまでの

長い長い1日(前後)が描かれています。

昭和天皇役の本木雅弘は気品を備えており、口調が似ていると思いましたよ。

わたしに出来ることなら何なりとしますと天皇のお言葉。天皇の名前ではじめた

戦争だから、わたしの名前で終わらせると…



陸軍600万を率いる阿南大臣(役所広司)の苦悩。若い将校たちのクーデター。

将校役の松坂桃李、なんだか役とはいえ(熱演していたけど、) 嫌いになり

そうでした。


それにしても陸軍と海軍の軋轢、というか、みんなおのが立場に固執するん

だよね。役所広司は人間的温かみが滲み出ていました。



「聖断」という言葉をはじめて知りました。

天皇は「国民をこれ以上死なせたくない」 「復興に向けて」 と、何度も言ってた

ようでした。





あ、松山ケンイチがチラと出ていました。特別出演でなく、ちゃんとした役どころ

だと良かったのに……

2015年8月14日 (金)

『暮れてゆくバッハ』 岡井隆  書肆侃侃房

「イラスト付き、新資料多いスタイルはあるいはあなたの究極の業(わざ)」集中の

1首であるが、この歌はまさしく岡井隆の『暮れてゆくバッハ』を言い当てているよう

でもある。

「花と葉と美に添へて」の章では、イラストが画かれ、歌が添へられている。

「究極の業」をつかったこのたびの歌集は、読者をアッと喜ばせ、且つ、作者は大いに

この試みを愉しんでいるふうでもある。







     こんな虚偽が次々まかり通つても許せるのかといへば 許せる

     思想なんて死語を使ふのはどうかなあせめて<詩想>と緩(ゆる)めてみたら

     いろいろに考へてみてその果てにとつた行為は納まりがいい

     久しぶりに遊歩道ゆく妻とわれ折々樹々の肌にふれつつ

     野分け来てまた野分け来て弟と言ひ争ひし日本の未来

     わたくしはしばしば母を批判した肉体を持つのが悲しくて

     戦ひの終りが平和の始めではなかつた。今もそれは同じだ






ちなみに7首挙げてみたが、いずれの歌も岡井のホンネ(真実の声)に満たされて
いる。5首目の「弟」は、71歳で亡くなっている。「亡き弟の霊と対話しつつ過ぎた、
手術の前と後」のエッセイ(15P)にあるように、岡井にとって、亡くなった今となっては、
相談相手でもあるのだろう。若い日のライバルのような関係から、より身近になって
ゆくありようが窺われる。



4首目の歌は、枯れた木の葉(落ち葉)を画いたイラストに添えられた歌でもある。
わたしはこの絵が好き。
「杢太郎の『百花譜(ひやくくわふ)』真似て<ヨーロッパ橅(ぶな)>の枯葉を画(か)けば、
偲ばゆ」のように、画いたのだろうか。




6首目は、集中わたしがもっとも好きな歌。「肉体を持つのが悲しくて」と、

詠まれると、なんだかこちらまで悲しくなってしまう。肉体を持つがゆえの……



附録の「『前衛再考』を話題にしたおしやべり」は、軽く書かれているが、軽さの
なかに、岡井隆の言いたかった言葉が「A」によって語られている。



     短歌定型をたえず他の詩型、また散文と対立させたり和合させたり

     する作業は、むろん新前衛にも必要さ。しかし、根本にあるのは詩歌の

     愉しさだらうね。新しくなるためにやつてるんでもないし「最前衛」を張る

     ためにやつてるんでもない。苦しいけど結果は愉しいつていふのが、

     詩歌の本質だと思つてゐるよ。



                           2015年7月刊 2200円+税

2015年8月 9日 (日)

「家族のうた」 加藤 治郎  ふらんす堂

365日短歌入門シリーズ②

1月から12月まで、毎日1首をとりあげている。

見開きに4首なのだが実に読みやすい。

たとえば今日、8月9日は「とこしへの川」の竹山広の歌。




      まぶた閉ざしやりたる兄をかたはらに兄が残しし粥をすすりき



         昭和二十年八月九日、竹山広は長崎市の浦上第一病院入院中に

         被爆した。歌集では「血だるまとなりて縋りつく看護婦を曳きずり走る

         暗き廊下を」と詠まれている。翌日、竹山は、上半身火傷で皮膚の

         はがれた兄に会った。闇の中で兄は息を引き取る。瞼を閉ざして

         やるのだ。ここで歌を終えることもできた。竹山は深みに踏み込む。

         兄の死屍の傍らで兄が食べ残した粥をすする。生き抜くことである。

         ここまで歌いきったことが凄まじいのだ。





読みやすく理解しやすい内容になっている。
何より1首の歌の背景や時代(場所)考証 ? なども、しっかり調べて書かれている。


たとえば、中村憲吉の歌「岩かげの光る潮より風は吹き幽(かす.)かに聞けば
新妻(にひづま)のこゑ」の場所は、鞆の浦とばかり思っていたのだが、加藤の
鑑賞では、「福山の仙酔島」と書かれている。ええっ、そんなぁ…と思い、

地図で調べてみたら、鞆の浦の先 ? 向かい側  ?  が仙酔島なんだよね。
「万葉ゆかりの地、鞆の浦に新婚旅行に行き…」という従来の鑑賞に頼って
いないところが、なんともさわやかであり、先駆者みたいでいい。



新書版よりちょっと大きめだが、持ちやすいし、電車の中で読めるのがうれしい。





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今日は、パソコンが新しくなり、どうもまだ馴染んでいない。
それで、二重のカギカッコを出せずにいる。

タイトルの「家族のうた」は、一重のカギカッコで申し訳なし。
書籍の場合は二重ですよね。

                      ごめんなさい。

         
         

2015年8月 7日 (金)

暑気払いをしませう

本来の「暑気払い」の意味は…なんて、固いことは抜きにして、ともかく

「飲みませう」ということで、アサヒビール園に行った。

本日は金曜日ということもあって予約がとりにくかった、らしい。

沢山の人たちが来ていた。ジンギスカンの煙がもうもうとたち、みんな

生ピールを飲むは、飲むは。

よく食べ、よく飲み、よく喋った。


最後には、病気自慢や薬の話になるのは何なんだろう。

W さんは、東北に3泊4日の旅をして2日目からは、痛風で足が痛くなり、
車椅子を使って日程をこなしたそうだ。
(「九州に帰れよ」と言われなかった)のが、不思議。


わたしよりずっとずっと歳下なのに、なんたること。


S さんは、やおら薬を取り出すし…

さすがに、若い Kさん(女性)が「文学の話をしませう、よ」 と、言ったのが
可笑しかった。



愉しいひとときだった。


有意義な?暑気払いだった。

2015年8月 6日 (木)

『奥の細道をゆく』 KTC中央出版

「二十一人の旅人がたどる芭蕉の足跡」の副題のついた書。

その21人とは、立松和平・ねじめ正一・浅井慎平・澤地久枝・山折哲雄・

日比野克彦・辻井喬・吉増剛造・福島泰樹・大岡信、他である。

「松島・瑞巌寺(宮城)」の章を捲る。

旅人は、日比野克彦。



         ーー略
         松の緑こまやかに
         枝葉潮風(しようしおかぜ)に吹きたわめて
         屈曲おのづから
         矯(た)めるがごとし
         その気色窅然(けしきようぜん)として
         美人の顔(かんばせ)を粧ふ
         ちはやぶる神の昔
         大山祗(ずみ)のなせるわざにや
         造化(ぞうか)の天工
         いづれの人か筆をふるひ
         詞(ことば)を尽くさむ


 
旅人の日比野は、以下のように語る。(この言葉がいい。)





         風景を描くというのは、ある瞬間を切り取っていく創造活動
         だと思うんですよ。きっと、芭蕉の言葉のスケッチも、絵で言っ
         たら、四角い紙に一個風景を切り取っていくことと、似ていると
         思うんですよ。一枚のスケッチだけですべてこの風景が言い切れ
         るかというと、それはやはり困難なことで、そこには当然、自分
         という思い込みの激しい媒体が一個入るわけだから、芭蕉がここ
         で詠み切れなかった。残さなかった。書いたけれどもそれを発表
         しなかった、というのは、やはり、芭蕉にとっての松島は強すぎ
         たと言いますかね、強烈なものを思い続けてここまでたどり着い
         た、というのがあったから、五七五の一つの形のなかに切り取る
         をしなことかった、できなかったのかな、と思いますね。

 
 
芭蕉にとって「松島」は、恋い焦がれただけに、句には成就できなかったのか?


                                    2001年6月刊
         
         

2015年8月 5日 (水)

歌集『アルゴン』 斎藤 寛  六花書林

「斎藤寛とはナニモノだと、この歌集を手にする人はみなおもふ。そして読み終はつた

後でもふたたび斯くおもふであらう。」 小池光の帯文の4行目までだが、「ナニモノ」

なのだとも思い、歌人には少ないタイプの人のようにも、思う。






        真夜中の防犯カメラの前に立ちお ーい雲よと手を振つてみる

        ぼそぼそとぼそぼそとぼそぼそぼそと穂村弘の語る正論

        指を切りたまねぎを切り指を切りさあ召し上がれぼくのサラダを

        「血も涙もありすぎつてのも困るのよ」沼津の姉の梅雨のぶつくさ

        茶も出さず金も返さず百五十円飲み込んだまま自販機の黙(もだ)

        生き急ぐ者は急げる夏の夜の各駅停車ドア開けて待つ

        褒め合ひて突つつき合ひて抱き合ひて楽しく煮くづれよさかなたち

        「批判には愛が要るのよ 非難には憎が要るのよ 今夜は寝るわ」

        短歌とふ情の世界と振る枕よりぽろぽろと蕎麦殻の落つ

        ことばしかないのだといふことばしかないのだといふことばしかない




ちなみに10首選んでみたのだが、恣意的になったかもしれない。


しかし、なんとも面白い。愉快である。
歌人は顰めっ面の人が多いというか、その方が歌人らしくもあるのだが、
こちらが茶化されているみたいな…




1首目、山村暮鳥の詩を借り、モノしている。
2首目、穂村弘の語り口を活写?している。
4首目、この沼津の姉が集中に何度か出てくるが、実在するのかどうか
     わからないが、いいコンビだと思う。「沼津の姉」という設定が
     心憎い。
7首目、結句で、どんでん返しみたいに「さかなたち」なので、笑わせる。
8首目、「今夜は寝るわ」と言ったのも「沼津の姉」のような気が…
10首目、たぶん、作者(斎藤寛)は、「情」の世界から離脱したいのではないかしら。



などと、勝手な憶測というか、鑑賞にもならないことを書き記したが、「あとがき」に
よれば、歌集題の『アルゴン』について以下のように記している。




       アルゴンはおよそ何の役にも立たない気体なのだという。その
       ありように大いに親近感を抱き、タイトルとした。





「短歌人」所属の、「現代を生きる中年男」(小池光の帯文)である。


       
 

2015年8月 4日 (火)

『おくのほそ道(全)』 角川ソフィア文庫

「俳聖芭蕉の詩魂の軌跡」と◆はじめに◆で、古典茶房 武田友宏が記す

『おくのほそ道』の鑑賞本。

原文には総ルビを振ってあり、俳句共に現代語訳を付けた、読みやすい理解しやすい書。

巻末には『おくのほそ道』の旅程図と、芭蕉の年譜が添えられている。



さて、わたしが今回調べたいと思ったのは、芭蕉が「松島」で1句も詠んでいないのか、
ということ。巷に流布されている芭蕉の句とされる、


        松島や ああ松島や 松島や 

  
この句は誰がいつ詠んだ句なのか?
日本第一の美景とされる松島で芭蕉は、あまりの絶景に絶句してしまう。
代わりに曾良が詠んでいる。




        松島や鶴に身を借れほととぎす     曾良




そして、前記の「松島や ああ松島や 松島や」は、この書の書き手である
武田友宏は、近代に作られた観光用のコピーで、芭蕉とは無縁の駄句であると
断言している。(じゃあ、近代のいつ、誰がコピーを作ったのかしら?)



無知なわたしは、芭蕉の句かと思ったよ。




ところで、『新・おくのほそ道』俵万智・立松和平の共著(河出書房新社)で
俵万智が以下の短歌を作っている。


      
       松島やああ松島や芭蕉の句のなきこと永久(とわ)の勲章として

                                      俵 万智




この解説?として、立松和平は、「芭蕉の句のなきこと永久の勲章として」と歌う
万智さんの感性は鋭い、と書いている。
俵万智は、かの「松島や ああ松島や 松島や」は、やはり観光用のコピーとして
認識していたのだ。その上でその句の初句・2句を本句取り?をしていたのか。



わたしの知らないことだらけで、勉強するにはすでに時遅しの感がいなめないが、
変だ、これどうなってるの?の感覚を大事にして一つ一つクリアするしかない。



俳人だったら(俳人でなくても)「松島や…」は、観光用のコピーっていうのは、
常識なのだろうか。







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「福岡市熱中症情報」が今朝も届いた。

09時  厳重警戒
12時  危険
15時  危険
18時  厳重警戒
21時  警戒

「危険」時間帯の外出はなるべく避け、涼しい室内に移動しましょう。
高齢者は安静状態でも危険が高くなります。
特別の場合以外、運動は中止しましょう。




だって、これじゃあ、外出は無理かしらん?
昨日、Aさんからパソコンは1日も早く買い替えないと、もうバタっと動かなくなるよ、
と脅された(笑)ばかり。

電器屋さんに行くのは無理かな。



このブログもいつバタっと途絶えるかも…

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