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2015年8月14日 (金)

『暮れてゆくバッハ』 岡井隆  書肆侃侃房

「イラスト付き、新資料多いスタイルはあるいはあなたの究極の業(わざ)」集中の

1首であるが、この歌はまさしく岡井隆の『暮れてゆくバッハ』を言い当てているよう

でもある。

「花と葉と美に添へて」の章では、イラストが画かれ、歌が添へられている。

「究極の業」をつかったこのたびの歌集は、読者をアッと喜ばせ、且つ、作者は大いに

この試みを愉しんでいるふうでもある。







     こんな虚偽が次々まかり通つても許せるのかといへば 許せる

     思想なんて死語を使ふのはどうかなあせめて<詩想>と緩(ゆる)めてみたら

     いろいろに考へてみてその果てにとつた行為は納まりがいい

     久しぶりに遊歩道ゆく妻とわれ折々樹々の肌にふれつつ

     野分け来てまた野分け来て弟と言ひ争ひし日本の未来

     わたくしはしばしば母を批判した肉体を持つのが悲しくて

     戦ひの終りが平和の始めではなかつた。今もそれは同じだ






ちなみに7首挙げてみたが、いずれの歌も岡井のホンネ(真実の声)に満たされて
いる。5首目の「弟」は、71歳で亡くなっている。「亡き弟の霊と対話しつつ過ぎた、
手術の前と後」のエッセイ(15P)にあるように、岡井にとって、亡くなった今となっては、
相談相手でもあるのだろう。若い日のライバルのような関係から、より身近になって
ゆくありようが窺われる。



4首目の歌は、枯れた木の葉(落ち葉)を画いたイラストに添えられた歌でもある。
わたしはこの絵が好き。
「杢太郎の『百花譜(ひやくくわふ)』真似て<ヨーロッパ橅(ぶな)>の枯葉を画(か)けば、
偲ばゆ」のように、画いたのだろうか。




6首目は、集中わたしがもっとも好きな歌。「肉体を持つのが悲しくて」と、

詠まれると、なんだかこちらまで悲しくなってしまう。肉体を持つがゆえの……



附録の「『前衛再考』を話題にしたおしやべり」は、軽く書かれているが、軽さの
なかに、岡井隆の言いたかった言葉が「A」によって語られている。



     短歌定型をたえず他の詩型、また散文と対立させたり和合させたり

     する作業は、むろん新前衛にも必要さ。しかし、根本にあるのは詩歌の

     愉しさだらうね。新しくなるためにやつてるんでもないし「最前衛」を張る

     ためにやつてるんでもない。苦しいけど結果は愉しいつていふのが、

     詩歌の本質だと思つてゐるよ。



                           2015年7月刊 2200円+税

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