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2015年9月 9日 (水)

受賞記念対談 川上弘美×又吉直樹  『文學界』 9月号

又吉直樹の加計呂麻島への旅のテレビを見てから、彼の動向が気になりはじめた。

受賞作も読んでいないのだから、ファンともいえないが…

川上弘美との対談を読みながら昨今の短歌界の「私」問題と絡むものがありそうな

気がした。





      又吉  自分とすごく距離を保っている部分と、どうしても自分が出てしまって 

           いる部分があるなと思うんです。でも、ムチャクチャ個人的なことだな

           というところは、自分と重なっている部分がありますね。

      川上  実人生と重なる部分って、小説中のごく些末なところだったりしません?

           たとえ、私小説であっても、書かれた人物と作者が全部重なるなんて

           あり得ないのだけど、どのくらい自分を重ねるかっていうのは、作品に

           よって違うと思うんです。



先日読んだ、角川『短歌』9月号の特集「『私』をどう歌うか」とも重なるテーマである。

その中で、松村正直の「作者と作中主体、そして読者」の下記の言葉が腑に落ちた。


短歌の中に出てくる「われ」を批評などで「作中主体」と呼ぶことがある。

この「作中主体」と、現実の「作者であるわれ」との関係を松村は下記のように

論考している。

 

         そもそも、言葉を用いて表現する段階で、作者と作中主体が完全に一致

         するなどということはあり得ない。その一方で、作者が詠んだ歌である

         以上、 作者と作中主体が全く無関係ということもない。ーー略








cat     cat

今日は八女で彼岸花が咲いているのを見た。
まだつぼみが多かったが、今年はじめての彼岸花であった。
いつもだったら、うれしくなって摘んでしまうのだが、その元気がなかった。

野にある花は、やはり野に置いておく方がいい、よね。
       

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