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2015年9月

2015年9月28日 (月)

新装版『無援の抒情』 道浦母都子歌集  ながらみ書房

1980年、雁書館から出版された『無援の抒情』が新装版として、ながらみ書房より

このたび刊行された。

1980年といえば、今から35年前。

このたびの新装版は解説を故・桐山襲が書いている。

これは岩波同時代ライブラリーの解説を使ったものと「あとがき」に記されている。

今から35年前とはいえ、その抒情はちっとも古びていない。

「三十五年前の抒情が、今に伝わるかどうか、それは解からない。」と、道浦は弱気な

ことを記しているが、そうだろうか。

抒情の質は時代によって変わるのか、そんなことはないと思いたい。

1980年に出版された『無援の抒情』と2冊並べて、今夜は35年前のことをあれこれと

思い出している。


「われらがわれに還りゆくとき」のはじめの「隊列」の8首を。



      迫りくる楯怯えつつ怯えつつ確かめている私の実在

      「今日生きねば明日生きられぬ」という言葉想いて激しきジグザグにいる

      催眠ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり

      スクラムを解けば見知らぬ他人にて街に散りゆく反戦の声

      稚き手白き手選びてビラ渡すその手がつかむものを信じて

      たちまちに雪にまみれて冷ゆるビラ和平遠のく街にまきゆく

      リーダーの飲み代に消えしこともある知りつつカンパの声はり上ぐる

      会議果て帰る夜道に石を蹴る石よりほかに触るるものなく









新しい読者をきっと得ることだろう。そうあってほしいと希う。


                                  本体1852円(税別)

 

2015年9月27日 (日)

カボスジュース

大分から「かぼす」がたくさん送られてきたので、カボスジュースにして

飲んでいる。作り方はかんたん、カボス果汁50CCに、水150CCと、ハチミツ少々を

シェークするだけ。冷たくして飲むと美味しい。

もうひとつの超かんたんな作り方は、カボス果汁をレモンジーナで割る。

こちらも、あっさりして美味しい。



そして、このカボスをしぼったあとの皮(カス)は、ガーゼのハンカチを袋状に縫ったのに

入れて、お風呂の中へ。香りもいいし、肌が吸収してくれそうな…? ?








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ちょっと散歩したら、お月さんが綺麗だった。

そうか、今夜は「中秋の名月」なんだ。

二日続けてゆうがおが二つずつ咲いたが、今夜は一つ咲いている。

明日は「スーパームーン」だって。

2015年9月23日 (水)

ホトトギス(杜鵑草)の花

昨年の秋に S さんからいただいたホトトギスの花が咲きはじめた。

無事に根付くかなぁと案じていたが、冬を越し、春には芽を出し、秋に辿り着いた。

花の内側に濃いむらさき色の斑点が出る。この斑点がホトトギス(鳥)の斑点に

似ているので、「ホトトギス」と呼ばれる。





室生朝子の随筆『花の歳時暦』(講談社)には、この花のことが書かれていた。


旅先の信州でホトトギスの苗を貰って来て、新宿の居宅で育てる話であった。

そして、ある日銀座を歩いていたら、ショーウインドーに大きな壺に入ったたっぷりの

ホトトギスの花を見たのだ。数にして100本くらいだろうか、と。






わたしも玄関に大きな壷を据えてホトトギスを飾ってみたい…

みたいのだが、狭い玄関だし、第一それだけのホトトギスの花がない。

こんな希いは、夢のまた夢。(それでいいのだ。(笑))






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シルバーウィークの最後の今日は早めに夕飯を済ませた。


「10時には起こして~」と言って、連れ合いは 7時過ぎにはベッドへ。

起こしてやらないと機嫌悪いだろうな。

20日の南アフリカ戦の時だって、「12時には起こして~」だったもの。

ラグビーのW杯に賭けているんだ…奴は。



2015年9月22日 (火)

『アウシュヴィッツへの旅』 長田弘  中公新書

新書と文庫の本棚を整理した。

読み直したい本がたくさんあった。

そのなかの1冊がこの長田弘の『アウシュヴィッツへの旅』

奥付を見ると昭和48年2月だった。

タイトルを見て、アウシュヴィッツのことばかりの本と思ったら大間違い。

それにしても長田弘の文章はほんとに「詩」的である。

どの行を抽いても「詩」になっている。深い思索がある。

亡くなられていうのもなんだが、スゴイひとだったのだと改めて思う。

『ドクトル・ジバゴ』のパステルナークのことについて書かれたところなど、

すべて書き写したいくらいだ。






       わたしはおもった。問題は、時代にはない。なぜなら、わたしたちは

       誰もが偶然にひとつの時代に生まれて、それをじぶんの時代だとよんで、
    

       身ひとつで死ぬものだから。だから、問題はいっだって、わたしたちの

       ひとりひとりがどのようにみずかからが負うこの負い目を自覚して、

       それをまっすぐに引きうけるかどうか、にあるのだ。





       それでも書く(、、、、、、)という「危険(リスク)」にかける姿勢。







この書の最後の章が「アウシュヴィッツにて」であり、1940年から45年の間におよそ

400万人にもおよんだ死者となるべきユダヤ人を運んでいった線路を越えて、

オシフィエンツムの町へ長田は辿り着く。

そこで、長田弘の目に映ったのは、「なんと奇怪な観光名所(、、、、)だったことだろう。」

だった。




       ここについにないのは、ここでひとりの人間(、、、、、、)が死んだ、

       ひとりの人間(、、、、、、)がみずからの生きる場所をうばわれて四百万人

       死んだ、という「記憶」だった。数(、)として死ななければならなかった死者に、

       わたしたちの戦後が象徴(、、)としての二度目の死をしいていることにいつか

       加担していたじぶんに、わたしはあらためて重い恥辱をかんじた。

       



       だから、〈わたしのアウシュヴィッツへの旅〉は、こうして、わたし(、、、)に

       とってひつような死者たちの言葉への旅にほかならなかった。この旅は、

       わたしにとって、じぶんの場所にほんとうにかえるためのかえり旅(、、、、)に

       ほかならなかった。






*   *   *

M さんから届いた信州のプルーンをいただきながら、新聞で読んだ福岡・油山の
「ハチクマの渡り」の観察会に行きたくなった。

羽を広げると約130センチになる大型のタカ。東南アジア方面に渡っていく季節なんだ。
見送りたいなぁ。

       


       

2015年9月20日 (日)

バジルの白い花が咲いた

バジルの葉を摘むのを怠っていたら、白い花が咲いてしまった。

穂状のが幾本も出て、白い花が咲いている。

今日は茎ごと摘み取ってガラスのコップに挿した。

キッチンにいい香りがする。

ついでにバジルの花を使った料理をネットで調べた。




日常をおろそかにしていると、草花などあらぬ方向に走り出す?

でも、うれしいことに、昨夕もその前の夕も一つずつだけど、夕顔が咲いてくれた。

背伸びしてカメラに収めた。





今朝は早起きして廃品回収をした。

そのあと、町内一斉清掃を8時から9時半まで。

シャワーを浴びて、ようやくブランチ。

連休の初日は、かくのごとしであった。

2015年9月17日 (木)

「大分青南短歌新聞」 平成27年9月号

高木正編集の新聞が届いた。

題字の右端にかなり目立つ字体で「この12月末で終刊予定です」と告示されている。

と、いうことはあと3号しか出ないようだ。

長い間発行していた新聞が消えてゆくのは読者にとってはとても残念であり、

さびしいことだろう。わたし自身も縁あって送って頂くようになり、毎号たのしみにしていた。

今号は土屋文明の歌の『小市巳世司百選 うた 土屋文明』が巻頭に掲げられている。

文明の自在な詠みぶりが慕わしい。



        十津川を我を新車に乗すといふクハバラクハバラ岸が高いよ
                                     『続青南集』

        月にゆく船の来たらば君ら乗れ我は地上に年をかぞへむ

                                     『青南集』


         

       略ー先生(文明)の高所恐怖は単なる性向の次元を越えていること、

       つまり天上や彼岸でなく、この大地の現実にしっかりと足をつけて

       その現実と人間に限りなく執着する先生(文明)の文学のありかた

       そのものである。






竹内敬子の「三日月のRUN読記 68」は、今回は芥川賞の又吉直樹の『火花』を話題に
している。なかなか読み込んでいて下記のごとくに締めくくっていた。




       「火花」は確かに面白いが、やはり新人作家らしく欠点が多いのも

       事実だ。最後のエピソードは全くいらないし、終わるべき箇所は二度

       ばかりあった。逆に芸人同志の「火花」のようなやりとりはあってもいい。
     

       何を削るかということが重要なのは、歌も小説も同じことのようだ。



鋭い分析だ。

何を隠そう、ついにわたしも『火花』を買って読んだばかりだ。

帯に「140万部突破 ! 」(第十六刷)とあったが、140万部どころか、現在240万部?

だって。

図書館では借り手が多くて、貸出は館内のみに限り、3時間以内でなんてことを

しているところもあるという。いやはや…


神谷さんの胸にシリコン入れたくだりは、なくても良かったかなぁ、などと思わぬでも

ないが…


ともあれ『火花』は、読んでおいて損はしない。

2015年9月15日 (火)

以心伝心

エレベーターの前で N さんに会った。

「彼岸花が咲きはじめたねぇ」と、挨拶したら、「今日持って来てます」と言う。

「車に乗せているのであとであげます」とのこと。

ホントにびっくりした。「彼岸花がほしいわぁ」と言ったみたいなわたしの挨拶だった。

以心伝心 ! !




帰宅して玄関に飾った。

白い彼岸花が5本と赤い彼岸花が5本だった。

彼岸花は曼珠沙華とも呼ばれるが、死人花・天涯花・幽霊花・捨子花とあまり良い

名前が付いていない。この花はリコリンを含む毒草なので嫌われるのだろう。

でも、わたしはこの花が好きだ。





       曼珠沙華いっせいに立ち滅びの血     田川飛旅子

       曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり       中村草田男

2015年9月14日 (月)

詩集『素へ還る旅』 大野隆司  花書院

筑豊田川の詩人・大野隆司(おおの・たかし)の魂のこもった詩集。

Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ章に構成されている。


         Ⅰ 素へ還る旅

         Ⅱ 筑豊レクイエム

         Ⅲ 『王国と闇』のエチカ





Ⅱ章の「筑豊レクイエム」に胸が痛くなった。

炭坑歌人の「山本詞」へ、「那須信義」へ、「まつしま・しずゆき」へ、

いずれも亡くなったひとへのレクイエムが迸る。







             桜蕾忌

             此の闇の彼方拓かむ未知の炭層ひしめきて

             一人の吾にし迫る       -山本詞-

         ー略

         一九六二年三月三〇日午後八時三〇分

         乙方入坑作業中

         本層一卸左三片の上添坑道において

         暴走する炭車の下敷となり

         担架が坑口までのぼりつかぬ間に

         最後の息をひきとった、という。
        

         「地底の原野」に殉じた

         歌人山本詞(つぐる)の死を悼み

         古河目尾炭鉱労働組合は
    

         一時間五〇分の抗議ストに突入した

         もはや筑豊の地図から抹殺された
  

         幾百の炭鉱名。

         略ーー





            鎮魂歌

              -故那須信義兄に捧ぐー

         略ー

         ヤマがうばわれ

         幾百幾千の骸をのみこんだ

         坑口がつぎつぎと封鎖される

         流亡と辛酸の人生の

         ふきだまりとなった

         どん底のふるさとで

         ひとびとのこころは

         ひからびはじめた

         飢えたまなこをひからせる

         こどもたちのどすぐろい気迫に

         あなたはやさしすぎて

         ちょっぴりたじろぐこともあった

         しかしあなたはいつも

         あるがままのこどもたちを

         見棄てようとはしなかった

         略ーー




            鎮魂歌のための断片的走り書

                ー故まつしま・しずゆきに捧ぐー


        略ー

            (生きている時間は少ししかなさすぎる

             急がなければ……)


        それはあなたの声なのか

        わたし自身のおろかな繰りごとなのか

        夜を徹して魂をもみ合った

        あわただしい日々の会話のきれぎれが
   

        かわいたのどもとにせりあがってくる

        一塊の石炭を得るために
 

        どれほどのボタを掘らなければならないか

        一片の詩と真実をかたるために

        どれほど血まみれの沈黙と

        透きとおった愛が必要なのか

        ーーーあなたは坑夫のように

        からだで知りぬいていた

        略ーー







*  *  *

完璧に引用できなくて申し訳ないかぎり。


それにしても、義母の重篤騒ぎでこの詩集を読むのが遅すぎてしまった。
そのことが返す返すも残念でならない。

あと10日早く読んでいたら、もつと何か書けたのかも知れないと、すでに手元を
離れてしまった文章のことを思ったりしている。

10日前、ほんとにわたしに猶予はなかったのか、


田川にも行ったのに…
歌碑を探し出すことも出来なかったし、誰にも会うことが出来なかった。

 

         
      

 

         
         

 

2015年9月13日 (日)

『さがしもの』 角田光代 新潮文庫

平成17年刊行の『この本が、世界に存在すること』(株式会社 メディアファクトリー)を

改題し、文庫化したもの。

本にまつわる短編「旅する本」「ミツザワ書店」「さがしもの」など9編が収められている。





タイトルになった『さがしもの』は、病床のおばあちゃんに頼まれた1冊の本を探して

奔走する中学2年の私(少女)が主人公の物語。

おばあちゃんは「あんたがその本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ」と言う。

そして、さらに「もしあんたが見つけだすより先にあたしが死んだら、化けて出てやるから

ね」とも言う。



結局、さがしものの本は、見つからず、おばあちゃんは死んだ。




       その、あまりにもさまざまなことが起こった三年間、私はずっと

       おばあちゃんの 言ったことを胸のなかでくりかえしていた。

       いつだってできごとより考えの ほうがこわい。……略


       できごとは、起こってしまえばそれはただのできごとなのだ。






角田光代の箴言めいたことばが折々出て来てくる。
それを読みたさに、読んでいるとも言える。




たとえば、「ミツザワ書店」の女店主のおばあさんのことばとして語られる。



       だってあんた、開くだけでどこへでも連れてってくれるもんなんか、
       本しかないだろう。




「本っていうのは、世界への扉だったのかもしれないですよね。」

 

2015年9月12日 (土)

『ヨーコさんの“言葉"』 佐野洋子 文 北村裕花 絵  講談社

痛快なメッセージに笑い、そして、心がやさしくなる。


北村裕花の絵が一段と「ヨーコさん」のメッセージを生き生きと伝えてくれる。





           その1  才能ってものね

           その2   出来ます

           その3  ハハハ、勝手じゃん
          

           その4  大きな目、小さな目

           その5  神様はえらい

           その6    あ、これはダックスがお父さんだ

           その7    腹が立っている時は…

           その8  こんく゜らかったまま、墓の中まで

           その9  段々畑を上がっていった家にお嫁にいった






全9章なのだが、いずれも佐野洋子のエッセイの言質と違(たが)わない。
わたしが佐野洋子を好きなのは、彼女のブレナイ言質・生きかたのように思える。


「大きな目、小さな目」では、「やっぱ、うちの子たち、あの頃は天才だったね ! 」と。


その8の「こんぐらかったまま、墓の中まで」のメッセージがことにいい。






           若いということは

           残酷で鈍感なことである。

           私は十九の時、

           三十過ぎた人を見て
   

           人生何の楽しみが

           あるのだろうかと思った。ーー略


           ーー略

           泣き泣き人の迷惑をひきうけ、

           泣き泣き人に迷惑をかける。

           これは大変なことであり、

           精神力と体力と

           経済力のかぎりを要求されるが、ーー略


これ以上、勿体ないので引用しない。
ぜひ、お手に取って、読んでほしい。泣けてくる…








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国勢調査が来た。
インターネット回答の利用案内を頂いたので、おそるおそる試してみたら、
あら、意外に簡単。わたしが出来るくらいだから、大丈夫。あなたにも出来る。

2015年9月 9日 (水)

受賞記念対談 川上弘美×又吉直樹  『文學界』 9月号

又吉直樹の加計呂麻島への旅のテレビを見てから、彼の動向が気になりはじめた。

受賞作も読んでいないのだから、ファンともいえないが…

川上弘美との対談を読みながら昨今の短歌界の「私」問題と絡むものがありそうな

気がした。





      又吉  自分とすごく距離を保っている部分と、どうしても自分が出てしまって 

           いる部分があるなと思うんです。でも、ムチャクチャ個人的なことだな

           というところは、自分と重なっている部分がありますね。

      川上  実人生と重なる部分って、小説中のごく些末なところだったりしません?

           たとえ、私小説であっても、書かれた人物と作者が全部重なるなんて

           あり得ないのだけど、どのくらい自分を重ねるかっていうのは、作品に

           よって違うと思うんです。



先日読んだ、角川『短歌』9月号の特集「『私』をどう歌うか」とも重なるテーマである。

その中で、松村正直の「作者と作中主体、そして読者」の下記の言葉が腑に落ちた。


短歌の中に出てくる「われ」を批評などで「作中主体」と呼ぶことがある。

この「作中主体」と、現実の「作者であるわれ」との関係を松村は下記のように

論考している。

 

         そもそも、言葉を用いて表現する段階で、作者と作中主体が完全に一致

         するなどということはあり得ない。その一方で、作者が詠んだ歌である

         以上、 作者と作中主体が全く無関係ということもない。ーー略








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今日は八女で彼岸花が咲いているのを見た。
まだつぼみが多かったが、今年はじめての彼岸花であった。
いつもだったら、うれしくなって摘んでしまうのだが、その元気がなかった。

野にある花は、やはり野に置いておく方がいい、よね。
       

2015年9月 8日 (火)

歌集『みどりの卵』 時田則雄  ながらみ書房

北の大地にどっしりと根を張る野男、時田則雄の第11歌集。

時田則雄といえば、やはり第一歌集の『北方論の』のイメージが根強い。

トラクターで荒々しい土塊を耕し、「トレーラーに千個の南瓜と妻を積み」の、

スケールの大きい、荒々しい歌の数々である。

あの第一歌集が出てから三十年有余、時田の百姓道は健在である。



      百姓道四十七年 ありがたう 土はわたしを育ててくれた

      友情は薄れることもあるけれど土は裏切ることなどしない

      エゾイチゲの花が咲いたと妻が言ひさうかと花を覗きにゆきぬ

      秋はもう肩のあたりに来ているぞ俺は力のかたまりである

      雨降れば雨のささやき聞きながら風吹けば風のこゑ聞きながら

      ポロシリは茜の色に染まりつつ雲の真上に聳えてゐるなり

      少年のころの私は魚にも樹にも草にも鳥にもなれた

      七十歳はもうすぐそこだ足はまだ元気だ春の土踏んでゐる

      百姓とはすなはち大らかに遊ぶ人雲を眺めてけむりになつて

      カムイから聞いた話のそのひとつ 石がみどりの卵を産んだ







百姓道47年、もうすぐ70歳になる男のエネルギーのこもった歌に胸が熱くなる。

「大らかに遊ぶ人」と言ったって、表に出ない(歌にしない)苦労もかなしみもある

だろうに…。しかし、「土は裏切ることなどしない」とうたうように、信じているんだ。

土を、百姓として生きる自分がいちばん自分らしいことを。

もう「魚にも樹にも草にも鳥にも」なれないけれど、

男のロマンが時折顔を覗かせて

『みどりの卵』が胸中にある…

2015年9月 4日 (金)

歌集『蓮喰ひ人の日記』 黒瀬珂瀾  短歌研究社

2011年2月より2012年3月までの異国での日々がうたわれている。

「多民族が集う土地での子育て。異文化の中で過ごした十三ヵ月。」と帯文にも

書かれているように、異国の地で黒瀬は父親になっている。

このたびの『蓮喰ひ人の日記』は、子育てが最大のテーマだと思うが、それだけで

なく、異文化の中で生起したこと、それらを解決したり、処理することによって

歌の幅をずいぶん広げているようにも思う。





『ユリシーズ』の引用については、歯が立たないというか、無知なわたしには
消化できないが…。それは置いといても、ぐいぐいと先を読んでみたくなる
刺激的な歌集である。

子育てといえば、その前段階の歌が前歌集『空庭』(2009年 本阿弥書店)にあった。


         はやう子を作れ、と言ふに頷けり 頷くほかになき昼下り



の、歌を思い出した。この歌には詞書が付いており「老人施設の祖母を妻と見舞ふ」と
あった。





     

           7/4 午後二時六分、長女誕生。於ポートランド病院。三二〇〇グラム。

         さはれ児(こ)は土の恵みか太き根を引きずりおらぶ島のちからで




           8/10 「たぶんおれが悪いんだろう。息子がない。ルーディ。今では

               もう遅すぎる。」(『ユリシーズ』)。

         まだ踏まぬ柔き足裏(あうら)を見せながら唇(くち)より乳首こぼしてねむる





           8/24 妻は学会でエストニアへ。直行便に乗り遅れて、ヘルシンキ経由

               になつたと。初めての指しやぶり。
         

         妻の往くタリンには雨 児のしやぶる指より響く水音しづか

            



そして、読了後の感想としては、変貌ぶりが輝いている。
まぁ、いままでも会うたびに変貌していたが…
(そういえば第一歌集『黒耀宮』(2002年 ながらみ書房)からも、遠く隔たっている。)





「未来」の歌会だったか、ウイッグをつけて壇上に座っていたのは何年前か?



熊本のシンポジュウムでは黒い長いコートをひらめかせ俳優のようであった。



そして、ロンドンから帰国して「未来福岡歌会」に来た時は、リュックを担ぎベビーカーを
押していた。この時の変貌ぶりには魂消た。手つきよくミルクも作っていたし。







等々。伝説のようなお人である〈黒瀬珂瀾〉の『蓮喰ひ人の日記』を読んでいると
何かしら「恩寵」といったことばが浮かんできたりした。


2015年9月 1日 (火)

歌集『ぽんの不思議の』 小島熱子  砂子屋書房

2011年春から2015年初夏までの約4年間の作品を収めている第 4 歌集。





            庭草の茂りのなかに擬宝珠のむらさきありぬ ぬれぎぬならむ

     ホンコンフラワー挿したるプランター並べ置き工事現場はいよいよ暑し

     時間の象(かたち)けふはなんだか楕円にて庭の水引草(みづひき)をりをり傾ぐ

     秋の日に輝る日本海が右側の窓に見えをり帰りの電車

     エンドロール椅子に沈みていつまでも見てをり昼のミニシアターに

     百日草は仏壇のはな七歳のひるねに覚めし目に見たる花

     ゆふかぜにむらさきしきぶのつぶつぶが古き仕舞屋(しもたや)の戸口に撓む

     曖昧なシャツが明晰なシャツとなるスチームアイロンかけてゆくとき
     

     ほほづきが朱を灯して売られをり西口広場の花舗のバケツに

     うつくしく秋刀魚一匹食べをへた夫の皿にゆふかげとどく





 1首目、結句の「ぬれぎぬならむ」の展開が面白い。4句目までと何か関係が
ありそうで、なさそうで。「擬宝珠」の「擬」から連想したともいえるけど、
そうとらない方がいいかも知れない。結句の飛躍をたのしむ。


2首目のプランターの造花は暑苦しさをわざわざ演出しているみたいでもある。
造花なんて飾らない方がいいのに。まさに「いよいよ暑し」だ。

4首目の「右側の窓に見えをり」の設定が効果的、事実をそのま詠んだのだと思うが
その事実にリアリティを感じる。「右側」と「帰りの電車」でおのずと、作者の
帰ろうとしている場所が想像できるような。

5首目の歌は、わたしなども映画の長いエンドロールには席を立つこともできず、
「監督」の名前が出るまで見続けることになるので、共感して納得する。




6首目の「仏壇のはな」には言い得て妙だと感服。百日草は「昭和の花」って思ったり
する。田舎に行くとこの花がどこのおうちの庭にも咲いている。




7首目は「仕舞屋(しもたや)」が効果的な1首。

8首目の発見というか、見つけ所が流石。「明晰なシャツ」とは、考えたなぁと思う。




最後の歌は、常々思うのだが、食べたあとの皿がきれいな人は見ていて気持ちがいい、
逆に、食べ散らかしている人はなんとなく好きになれない。

「うつくしく秋刀魚一匹食べをへた」作者の夫。いいなぁ。





ここまでで、まだ、歌集の半分の105ページ。
最後の歌が223ページだから、それだけチェックした歌が多かったということかしら。
あとは読者にお任せ(笑)。




あ、そうそう「相撲甚句」の章は、篤志面接委員を委嘱され、刑務所へ短歌の指導に
行った折の一連30首。その中の1首に考えさせられた。


      「よい歌を詠むから良い奴とは限りません」勤続長き刑務官言ひき


1ページ2首組みの贅沢 ? な造り。

詩情豊かな一集であった。

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