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2015年9月22日 (火)

『アウシュヴィッツへの旅』 長田弘  中公新書

新書と文庫の本棚を整理した。

読み直したい本がたくさんあった。

そのなかの1冊がこの長田弘の『アウシュヴィッツへの旅』

奥付を見ると昭和48年2月だった。

タイトルを見て、アウシュヴィッツのことばかりの本と思ったら大間違い。

それにしても長田弘の文章はほんとに「詩」的である。

どの行を抽いても「詩」になっている。深い思索がある。

亡くなられていうのもなんだが、スゴイひとだったのだと改めて思う。

『ドクトル・ジバゴ』のパステルナークのことについて書かれたところなど、

すべて書き写したいくらいだ。






       わたしはおもった。問題は、時代にはない。なぜなら、わたしたちは

       誰もが偶然にひとつの時代に生まれて、それをじぶんの時代だとよんで、
    

       身ひとつで死ぬものだから。だから、問題はいっだって、わたしたちの

       ひとりひとりがどのようにみずかからが負うこの負い目を自覚して、

       それをまっすぐに引きうけるかどうか、にあるのだ。





       それでも書く(、、、、、、)という「危険(リスク)」にかける姿勢。







この書の最後の章が「アウシュヴィッツにて」であり、1940年から45年の間におよそ

400万人にもおよんだ死者となるべきユダヤ人を運んでいった線路を越えて、

オシフィエンツムの町へ長田は辿り着く。

そこで、長田弘の目に映ったのは、「なんと奇怪な観光名所(、、、、)だったことだろう。」

だった。




       ここについにないのは、ここでひとりの人間(、、、、、、)が死んだ、

       ひとりの人間(、、、、、、)がみずからの生きる場所をうばわれて四百万人

       死んだ、という「記憶」だった。数(、)として死ななければならなかった死者に、

       わたしたちの戦後が象徴(、、)としての二度目の死をしいていることにいつか

       加担していたじぶんに、わたしはあらためて重い恥辱をかんじた。

       



       だから、〈わたしのアウシュヴィッツへの旅〉は、こうして、わたし(、、、)に

       とってひつような死者たちの言葉への旅にほかならなかった。この旅は、

       わたしにとって、じぶんの場所にほんとうにかえるためのかえり旅(、、、、)に

       ほかならなかった。






*   *   *

M さんから届いた信州のプルーンをいただきながら、新聞で読んだ福岡・油山の
「ハチクマの渡り」の観察会に行きたくなった。

羽を広げると約130センチになる大型のタカ。東南アジア方面に渡っていく季節なんだ。
見送りたいなぁ。

       


       

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