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2015年10月30日 (金)

「九大短歌」 第三号

ピンクの表紙の第三号。

「九大短歌」は、着実に前進している。

山下翔の気合の程が窺えるような第三号であった。

       鹿は秋、つてみなは言ふけどあなたとは――長く連絡を取つてゐない

       長浜行きに乗つたはいいが大垣で降りそこなつて琵琶湖が見える

       さくらさくら皿倉山の窓の外(と)に見えてはるけしその一枚の

       去つてゆく人におのづとなるものか旅の終はりの巣鴨の夜の

       航海に出ない帆船をさめたる壜とわれとが玄関にゐる

                           「交流」30首より      山下 翔







2・3・4首目と、固有名詞が入った歌を採ってしまった。固有名詞がうまく機能して
いる。2首目は移動している作中主体に従って読み手にまて゜琵琶湖が眼前に。


3首目の歌の初句から2句目の音の快さ。「知つたふうにS音……などと評をする奴」と、
嚙み付かれそうなので、これ以上は言うまい。


4首目は、結句が「巣鴨」だからいい。他の言葉に置きかえられそうだったらアウト。
いつか「福岡歌会(仮)」と、合同歌会をした時に、この固有名詞の置き換え可能な
点について、Kさんが黒瀬珂瀾さんに食い下がっていたけど、あの時の黒瀬さんの
対応は見事だった。(横に座っていてヒヤヒヤしたけど…)


5首目、玄関に飾られている壜のなかの帆船。帆船ってそれだけで詩情たっぷり。
そのたっぷりとある詩情をどう捌くか、なのだろう。





山下は、結社「やまなみ」に入っていると聞くが、結社にいる恩恵?が歌に少なからず

良い影響を及ぼしているように受け取れた。そういった意味では、長く短歌を続けていく

ためには、結社に入って修辞の問題や文法など地道に会得していくことも一つの

方法だろう。






作品10首から各々1首を下記に。

     公式を使いこなせぬ生き方を憂いて私は少女Aになる        菊竹胡乃美

     もう二度と来ることのない路地裏でさよならの為の電話を終えた  凌  若菜
     

     九割九分ノイズなのだろうやさしさは未だ発展途上の夕暮れ    真崎  愛

     鍵穴の孤独を鍵が埋めている これ以上やさしくてどうする     松本里佳子


他に「一首評」を、凌若菜と真崎愛と山下翔の3名が執筆。






編集後記に「参加者の高齢化(と言っていいのかなあ……)が進んでいるのが気に

なっています。……略」と書いてあったけど、「高齢化」って、何歳からが高齢なのだろう。



じゃあ、わたしたち(私)は、古代遺物?(笑)

                                              

      

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