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2015年10月25日 (日)

歌集『駅程』 島田幸典  砂子屋書房

前歌集『no news』 の刊行が2002年。

以降の10年間の作品605首を収めている、著者30代の作品群。






        くすのきの下に憩える軽トラの窓のガラスに葉影はあそぶ

        救急車遣らわんとしてわが車列有機体的動きをはじむ

        わかくさの妻はもわれのかたわらに所を占めて寝返りをうつ

        片脚のなき鳩ありて脚のなきことを思わぬごとく歩きぬ

        蔬菜売る露店のひとは客おらぬときに蔬菜をしきり動かす

        との曇る阿児(あご)の浦廻(み)に風待ちの船は棺のごときしずけさ

        0系は身震いなせりかたわらを走り抜けたるのぞみの風に

        あおさぎが嘴あさく銜(くわ)えたる魚はかがやく抗いながら

        花冷えや旧出石藩城下町珈琲碗をうつ匙の音

        退室を確かめてのち氷(ひ)のごとき寸評はひとの口を出で来も




こうして、書き抜きながら思うのは、対象への接近というか、捉えかたが面白い。

時間の推移あり、発見ありで、作者の思いは伏せられている。伏せられているが、

作者の関心のありようは歌集1冊を読むとほのかに伝わってくる。

今迄に味わったことのないような読後感が残る。

「あとがき」でいみじくも述べている「歌集は、単なる生活記録ではない」にも関わるような。






1首目、「葉影はあそぶ」が発見なのだが、それを持ち出すために、4句目までの
     場所の提示。

2首目、「有機体的動き」とは何ぞや?と、思うが、なんとなく伝わってくるのが不思議。

3首目、「所を占めて」など、「わかくさの妻」に言うところがなんとも可笑しい。

4首目、「脚のなきことを思わぬごとく」の発見。これってなんだか普遍性がありそう。
     
5首目、「客おらぬときに」「しきり動かす」って、やはり観察していないと見落としがちな景。

6首目、「柩のごときしずけさ」に在る船、それは4句目までの場所と時間の提示。

7首目、身震いをした0系の原因は、走り抜けたのぞみの余波で。

8首目、抗うから「かがやく」魚。

9首目、俳句的詠方。

10首目、こういうひとはいる。本人の前ではなんにも言わないのだが…






と、10首にわたしなりの寸評?(感想)を記してみたのだが、この歌集は、じっくり
矯めつ眇めつ読まなければいけないように思う。


時間の推移ということをことに感じたのは「羽ばたきてのち」「浄めたるのち」「そののち」
「去りしのち」のような「……のち」の歌が何首かあったことからの感想。(下記に。)






       放たれし弾みのありしありさまに羽ばたきてのち水は残れり

       立膝に十字を切りて敗戦を浄めたるのち走り去(い)にけり

       鯵焼いている間に今朝を受けいれるそののち深くなる雨の音

       ちんどん屋さびしき曲の去りしのち泰山木の花は残れり




  

                          2015年10月刊  3000円+税

 

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