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2015年11月

2015年11月30日 (月)

時間術

今日で11月もおしまいだ。

ホントに月日の経つ速さを実感している。

それとも、わたしの時間のつかいかたが下手なのだろうか。

いつだったか、N さんに、忙しいあなたはどうして時間を遣り繰りしているの ?

と、訊ねたら「わたし、常に 10 くらい掛け持ちしながら仕事をしているよ」と応えられた。

あれをしながら、これをする。ということがわたしには出来ない。

一つ片づけないと次に進めないのだ。(律儀というか、生真面目というか、

融通がきかないというか。)

何にしても、この方法はなんとか改善(卒業)しなければ…






本阿弥書店の『歌壇』に、「私の時間術」という1ページエッセイが連載されている。

毎月書く人はかわるのだが、その11月号で小池光さんが下記のように

仕事量 ? を書いていた。






        やるべき項目は、少ない月で20、多い月で30くらいあるだろうか。

        平均25くらいの見当。短歌人の添削、選歌にはじまり、新聞歌壇

        (四紙ある)の選歌、カルチャー教室の準備、実行(新宿と横浜で計三回ある)

        仙台文学館の仕事(月に二三回仙台に行く)、歌会が月一回か二回、

        短歌人の編集会議、原稿書き、歌つくりなどである。






書き写すだけでも悲鳴の出るような仕事量である。

これを毎月毎月、酷暑の日も、厳寒の日も続けるのだから、

やっぱり歌人はスゴイ。

そして、忙しい人ほど「いい仕事をする」のだろう。





ああ、それにしても、明日から12月だなんて、信じられない。


12月って言っただけで、なんだかあわただしそう。


2015年11月27日 (金)

『テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅』 野田隆  光文社新書

テツは四種類いる。

それは、「乗りテツ」「撮りテツ」「収集テツ」「模型テツ」の四つである。

この書は「テツ」ファンの指南書でもある。

こまかいことまで分析してある。





まぁ、わたしなどは「乗りテツ」というほどのマニアでもないが、わがやのお手洗いには

大きな日本の白地図が貼ってあり、乗車した区間には赤の線が入れられている。





このところ、遠出することが出来ず「乗りテツ」もお預けの状態。

従って、「乗れない」というストレスは溜まる一方である。





今日も今日とて、〈現実逃避〉のために、宮脇俊三の『車窓はテレビより面白い』(徳間文庫)

などをつらつら斜め読みしたり…





何やってんだろう、わたしは。






『うたのある歳月』(本阿弥書店 2010年8月刊行)のわたしのエッセイ集の書評(「飈」113号)

で、小高賢さんが「彼女がかなりの鉄道ファンとはじめて知った。」など書いてくださった

ことを思い出した。「今、流行りの『鉄女』だったとはー」だって…





嗚呼、旅がしたい。







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有明の月がとても美しかった。

ふたりで眺めていた。

そういえば、昨夜は満月だったのだ。

2015年11月26日 (木)

角川 『短歌』 2015年12月号

山茶花時雨のなかを北九州へ。


出掛ける前にポストを覗いたら角川の『短歌』12月号が届いていた。

封をあけずそのまま持って行く。電車がゆっくりしていたので、ペンケースより

小さな鋏を取り出し封をあけて、読み始める。




鼎談の「不合理を楽しむ」が面白かった ?

だいじなことも言っているのだが、坂井修一さんと黒瀬珂瀾さんのやりとり(対話)に

笑ってしまった。



         坂井  「未来」全体でひとつの空気感がある ?

                   黒瀬 あると思います。「なんでもあり」という空気感かもしれませんが(笑)。


         

         黒瀬 略ーー 「結社はお稽古事ではないよ」ということを言って

                  おいたほうがいいのかな。
         

         坂井  お稽古事は稼げるけど、結社は稼げない(笑)。



この鼎談は、結社特集「師を持つということ」がテーマ。この企画意図の終りの2行には

下記のように書かれていた。



         師を語ることは自分を語ることだ。師を持つことはこんなにも幸せである。



坂井修一さん・江戸雪さん・黒瀬珂瀾さんの3人が「運命の出会いをとげた」それぞれの

師との幸せないきさつを語っていた。





「全国短歌結社マップ」が附録だったのは嬉しかった。(紙質がいいので保存できる。)

本誌内の4ページにわたる「師系図」も、同じ紙質で附録にしてほしかったことよ。


         


2015年11月23日 (月)

『第一阿房列車』 内田百閒  新潮文庫

          阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、

          自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも

          行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、

          汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。




「特別阿房列車」の冒頭の部分である。

かくして、ヒマラヤ山系くんと百閒先生は旅立つ。

この同行者の山系くんを「小柄な泥坊の顔をした男」と言い、「どぶ鼠」と言い、

布のボストンバックの手の所が千切れそうなのを持って来ていると、容赦ない言い方を

する百閒先生。




そして、この二人の会話のズレというか、マが面白い。

何を言っても山系くんは「はあ」「はあ」で済ます。



軽妙洒脱な文章にのめり込む。

笑う、笑う。

     

          「そっちは海です」

          「海だって構わない」
          

          「海の中へ這入ってしまいます」

          「馬鹿な事を云いなさい。海に向かって走って行っても、海の手前で

          カアヴすれば海辺を伝うだけの事ではないか」

真面目なのか、おちょくっている ? のか。

百閒先生も山系くんも相当な役者のようだ。





          

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さて、さて、昨日の問題は、この書『第一阿房列車』(新潮文庫)のP44 〜  45 の
山系くんの出題 ? だった。


     10円ずつを3人で払い、30円の宿料。

     帳場が5円サービスしてくれたが、その中の2円は女中が取ってしまう。

     そして、3人には1円ずつ返してくれた。ということは3人は9円ずつの払いで

     27円+女中が2円取ったので、合計29円で1円はどこへ消えた ?





答えはもうお解かりですね。

     帳場は25円受け取る

     3人は9円ずつ払ったので27円。

     従って、27円から帳場が25円受け取り、余りの2円が女中さんの懐に、です。
    

     宿代が30円だったということは、この際忘れましょう。

 

 

     
     

 

2015年11月22日 (日)

「こころ旅」 NHKBSプレミアム

火野正平が視聴者からリクエストされた思い出の地を

自転車で旅をする番組。

なかなか本放送で観ることが出来ず、今日も再放送で観た。




日向前田駅からえびの飯野駅までの距離 ?

川内川に沿って自転車で走る。

その場面はふるさとを思わせる。

お目当ては「亀の湯」 今も営業していて、火野正平はお湯に入った。





今日のタイトルは「少年時代と温泉の記憶」だった。

「私のこころの風景」が伝わってきた。


この番組の人気があるのは、火野正平の飾らぬ語り口だろうか。

ますます彼の味が出てきた。

エンディングでお風呂にぶくぶくと潜ってしまったのには笑ってしまった。






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ところで、この問題の答え ? は。

       支払いが30円で3人が10円ずつ払った宿代。

       そしたら帳場が5円サービスしてくれた。

       女中さんがその5円の中から2円を取って、3円を3人に1円ずつ

       返してくれた。
     

       3人が9円ずつ払ったことになり、合計27円。

       女中さんが2円取ったので合わせて29円。

       30円には1円足りない。?  ?  ?




これって、X の本を読んだ人は知ってるだろうな。

では、また、あした……


       今夜のお月さま、冴えてる。

      

 

 

2015年11月21日 (土)

福岡歌会

いつもは第一土曜日なのだが、今月は事情あって本日に振り替えての歌会。

会場のそばの大銀杏はまだ黄葉していず、みどり・黄緑。

この銀杏が黄葉するころはとても綺麗なのだが…

若い T さんがはじめて来てくださった。

とてもいい歌を出されていた。

「若いかたがたの歌は理解できません」という仲間たちも T さんの歌にはとても

興味を示された。





このところ体調を崩して欠席者が多いので、こんな時に新しいかたが来て

くださるのは嬉しい。



宣伝です。「未来福岡歌会」は、第一土曜日の午後  1 時からJR竹下駅近くで

開いています。「未来」以外のかたでも結構です。よろしければご連絡をくださいませ。

追って詳細をお知らせいたします。






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世間は 3 連休なのだった。

「用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事が

ないけれど、汽車に乗って○○へ行って来ようと思う」 と、百閒先生みたいな科白を

吐いて、どこぞにでも行ってみたい晩秋である。

2015年11月19日 (木)

歌集『昼の夢の終わり』 江戸 雪  書肆侃侃房

2014年7月に前歌集『声を聞きたい』が刊行された。

それから1年余の第六歌集『昼の夢の終わり』である。

歌集題に託された作者の思いなどを想像しながら読んだが、

まだ、答えは出ていない。






         陽を揺らすスズカケノキのそばに立ちはげしさばかりもとめた日々よ

         この夏は鈍感になろうこの夏が過ぎたらひとつ臓器を喪くす

         いちはやく秋だと気づき手術台のような坂道ひとりでくだる

         若さとはざらつく樹皮のようだったその思惟のなか沈丁花におう

         さびしくてもう松ぼっくりになろうかな土佐堀通りをしばらく歩く

         水晶橋わたって蕎麦を食べに行く夏至のあおぞらゆるゆるとして

         いいひとになりたいのんか渡されたクリアファイルが腕にはりつく

         淀川の縁にて食める焼きそばのああかつおぶしが飛んでいくがな

         誤解されだめになりたる関係を舟のようにもおもう窓辺に

         黄濁のトウモロコシを茹でており正しさでひとを責めてしまった






「蕎麦」・「焼きそば」・「トウモロコシ」と食べるものが挙げた歌のなかにもあるのだが、
生活臭がほとんど伝わって来ない。それらの食べものは、うたの素材として
機能しているのだが、そこから生活の何も透けて見えてこない。



「生活をうたえ」などと、野暮 ? を言うのではないが、歌を<詩>に仕立てるために
腐心し過ぎているように思えるのはわたしの老婆心だろうか。




そして、取り上げた歌がわたしの恣意的なものといえばそうなのだが、

1首目の過去を振り返るまなざし。

2首目の「鈍感になろう」の負 ? の希求。

4首目の若さに対するイメージ。

5首目の「松ぼっくり」は、後退の比喩。





などの作品を読むと、やはり「1ヶ月ほど入院して手術をした。」ことが作者の精神に

作用しているように思う。

喪失感のいたましい感覚がひりひりと伝わってくる。



まだまだ若いのだし、もっと奔放に生きてもいいのでは……

前歌集の『声を聞きたい』の、能動的なタイトルから、このたびの『昼の夢の終わり』は
何かにケリを付けるようなと、思えなくもない。



7首目・8首目のような関西弁の勢いのある歌を、もっと、もっと、詠んでほしい。

 

2015年11月15日 (日)

『海辺の生と死』 島尾ミホ  中公文庫

奄美群島の加計呂麻島で幼少期を過ごした島尾ミホ。

その幼い日のこと、加計呂麻島での暮しや風物、そして特攻隊長として

島に駐屯した夫、島尾敏雄との出会いを心のままに綴っている。




この書は第15回田村俊子賞を受賞している。




Ⅱ章の「旅の人たち」の、こと細かな描写に島尾ミホの感受性の豊かさが

窺える。そして何より圧巻なのは、胸を締め付けられるようなかなしみと

痛みが描かれている、終戦の前々日、昭和20年8月13日のことを書いている

Ⅲ章の「その夜」。




            

          放したくない、放したくない
          
          御国の為でも、天皇陛下の御為でも

          この人を失いたくない

          今はもうなんにもわからない

          この人を死なせるのはいや
     

          わたしはいや、いやいやいやいやいや

          隊長さま! 死なないでください

          死なないでください

          嗚呼! 戦争はいや

          戦争はいや




「解説」を吉本隆明が書いている。




7月のはじめに訪れた加計呂麻島のことを思い出しながら読んでいたら

涙がこぼれた。特攻艇震洋基地跡、格納庫が今も保存されていた呑之浦(のみのうら)。

そして、島尾敏雄文学碑。

入江の穏やかな水面が甦ってくる。
        

          

2015年11月14日 (土)

『香川景樹と近代歌人』 さいかち真 著    続

香川景樹の評価を問い直した一書といえる。

香川景樹は、1768(明和5)年 〜1843(天保14)年の文化・文政時代の代表的な

歌人・学者の一人である。

代表歌集『桂園一枝』(けいえんいつし)、他に『土佐日記創見』(「古今和歌集」と

紀貫之について)・『新学異見』(にひまなびいけん)がある。




著者は、景樹の歌の近代歌人(窪田空穂・半田良平・太田水穂)などの読解と抄出に

触れつつ、「事につき時にふれたる」景樹の歌の良さに論を尽くしている。



それは取りも直さず、正岡子規の発した批判を払拭するべき熱意であり、努力でも

あろう。

近代歌人の見直し、掘り起こしがこのようなかたちで成されたことの意義は

大きい。それが即、一般の読者、歌人たちに伝わらないとしても、

このような地道な研究はだいじだと思う。







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雨の土曜日。

連れ合いは、琉球泡盛「菊之露」30度を呑んでいる。嗚〜呼 ! !

 

2015年11月13日 (金)

『香川景樹と近代歌人』 さいかち真 著

香川景樹を著者は「猟犬のように歌の持つ匂いだけを手掛かりにして読んできた。」

「ほとんど手探りで書いた本」。あとがきより






正岡子規が「再び歌よみに与ふる書」で批判した「古今集」と香川景樹(の門流) 、

その影響(刷り込み)は、近世和歌研究の大きなマイナス要因のひとつとなっている

と思う。 と、著者は書いている。




近代短歌革新の画期をなした子規であってみれば、その影響は計り知れない。



しかし、後年、香川景樹を評価する大岡信・玉城徹・中村幸彦などの文章を

引用しつつ、子規の誤りについて述べている。







と、いうところまで読んで、連鎖反応で引用してある大岡信の文章の原本を

調べるべく「國文学」 (古歌を読む) 昭和59年2月号を書棚より取り出して

読みはじめる。

山本健吉と大岡信の対談「歌のいのちを汲む」なのだが、とても面白い。

       大岡 

          例えば正岡子規が「歌よみに与ふる書」で、香川景樹などの考えて

          いることはまったく愚劣であるといって、否定しますね。つまり子規は

          あそこで、紀貫之をやっつける時に、あまりにもつくりものすぎる、と

          いうことをいっていて、そして香川景樹もその流れの者として

          十把一からげにして否定するわけですが……略

          
          


と、香川景樹を擁護 ?  している。

それはそれとして、この対談は今から30年も前なのにちっとも古びていない。

古びていないということは、それだけ短詩型の世界は進歩 ? していないということか。

季語・枕詞・地名のちからなどについても語られていて、最後の締めは短歌・俳句・詩

のことだった。山本健吉曰く「自分は歌人だから俳句や現代詩はわからん、という態度を

取り払ってくれれば、ずいぶん違ってくると思うな」だった。



横道に逸れてしまったので、この書『香川景樹と近代歌人』は、
                                        つづく…







2015年11月12日 (木)

おやつ(間食)

百閒先生の『御馳走帖』を持ち歩いて読んでいたためか、このところ<食>の

ことが頭をよぎる。

<食>といっても「おやつ」。

おやつが美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまい、夕食がはいらない。







9日の月曜日のおやつは、「鎌倉わらびもち」だった。


お弁当箱になりそうなすてきな竹製の箱に入っていた。

本わらび粉をつかい、手作りのわらび餅に深煎りした黄粉を合わせている。

U さんからの頂きもの。もっちりとして甘味もほどほどのわらびもちだった。






10日の火曜日は、宗像大社の「大社饅頭」。


「大社饅頭美味しいよね、帰りに買って帰ろうね。」と、7日に大社で話していたのに、

車を待たせていたので買いそびれてしまった。

その買いそびれた「大社饅頭」は、S さんからの差し入れ ? 。

北海道特産の大納言のつぶし餡にくるみを刻み込んでいる。風味がとてもいい。

宗像大社に行ったら是非お土産に。



そして、今日は、K さん自家製の「干し柿」。


今年は柿の生り年みたいで沢山干し柿を作った K さんから 20個ばかり

頂いた。柔らかさと甘さがミックスしてとても美味しい。

柿を剥いて、干して、たいへんな作業だったことを思いつつ味わった。








1日中家にいると、たのしみはおやつ。

10時・3時としっかりおやつの時間を確保している。

家でおやつを食べるのはもっぱらわたしだけなので、

ついつい食べ過ぎてしまうようだ。

2015年11月11日 (水)

『御馳走帖』 内田百閒 著  中公文庫

百閒先生の「食」に対するこだわりの沢山詰まった随筆。



と、言ってもこの『御馳走帖』は昭和21年に出て、その後、昭和40年に

改訂増補して『新稿御馳走帖』となり、このたびの文庫では、大体執筆年代順に

整理して、40年以後の随筆を加え、新しく編輯している。





夕食を美味しくいただくために、朝食・昼食抜きを長く続けていたらしいが、
それでも、朝は起きるとまず果物を食べ、ビスケットを齧って牛乳を飲む。
昼は、蕎麦。秋の彼岸から春の彼岸までは盛りかけ一つ宛てを半分。
春の彼岸から秋までは盛りを二つを一つ半位。と、律儀に守り通すのだ。


      私は永年の間、朝飯も午飯もたべなかつた。





百閒先生の「たべなかつた」は、単に「お膳に坐らない」ということらしい。
ともあれ、奇想天外なこだわり、食の好みがこれでもか、これでもか、と出てくる。




お正月の年始客の毎晩続け様の酒盛りを解消する(一網打尽)ために、ホテルで日時を
決めて済ませることにする。しかし、その案内状の発送から、料理・酒代の支払いに
苦労するのだ。






     強い酒を飲んで酔ふのは外道である。清酒や麦酒なら酔つても
     それ程の事はない。しかしお酒にしろ麦酒にしろ、飲めば矢張り酔ふ。
     酔ふのはいい心持ちだが、酔つてしまつた後はつまらない。

     飲んでゐて次第に酔つて来るその移り変はりが一番大切な味はひである。

                          2013年3月 改版14刷発行 857円+税


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皇帝ダリアの花が咲きはじめた。今日は八女でその花を見た。

そして、イタヤカエデが真っ赤に紅葉していた。

深まる秋、過ぎてゆく秋。

 

2015年11月 8日 (日)

映画「起終点駅 ターミナル」 佐藤浩市主演

桜木紫乃の原作の映画化。

起終点駅である釧路駅。その釧路が舞台の映画。

鷲田完治(佐藤浩市)は、25年前、目の前で自ら命を絶ってしまった恋人(尾野真千子)を

救うことが出来なかった。と、いうよりその場から逃げてしまったのだ。




その断罪を背負うかのように妻子と別れ釧路で国選弁護人としてひっそりと生きていた。

そこへ現れたのが椎名敦子(本田翼)という若い女性。

2人の出会いから物語は始まる。




この映画の中で別れた息子から電話が掛かってくるところがある。

その受け答えに父親の複雑な心理が丁寧な言葉遣いに出ていた。

どう応えていいかわからないような…




恩人である泉谷しげるの何気ない「1つや2つはあの世に持っていくことがある。」の言葉。

そして、下記の完治のことばがわたしの心に刻まれた。

(佐藤浩市がますます好きになり候。)





         生きてさえいればいい。

         生きていてくれさえすれば…



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この映画で釧路の街の描写があるが、ことに印象深かったのは、

幣舞橋(ぬさまいばし)が出てくるところ。3度くらい出てきたが、

橋の上に建っている「道東の冬」の裸像が映っていた?。

石川啄木の足跡を辿ってわたしが訪れたのは今から10年ほど前。





        潮の香に包まれ歩む幣舞橋(ぬさまひばし)明治四十年の啄木いづこ

        停泊の船もみぞれに濡れてゐる霜月半ば  水鳥のこゑ

        ふくよかな胸に潮(しほ)の香抱きとめて「道東の冬」の裸像は立てり

                    歌集『暦日』 平成24年7月刊 角川書店

     

2015年11月 7日 (土)

菊花展そして…

9時31分の電車に乗って東郷まで、東郷より西鉄バスに乗って宗像大社へ行った。

宗像大社は菊花展があり、七五三参拝の親子連れなどもおり、賑わっていた。

菊花展は3000鉢くらい並べられていたらしいが、菊の花の香りがあたりにただよう。


本日は第四十四回「宗像大社短歌大会」だった。

小中高生の部が午前中にあり、ちょうど終わったところで、会場から子どもたちが

出てくる。母親と一緒の子もいる。

「宗像大社短歌大会」と筆書きされた看板の前で一人の子が、賞状を手にして

母親から写真を撮ってもらっていたら、みなさん並びだし、次々にそこで写真撮影。

なんだか微笑ましくてしばらく眺めていた。

この子たちがこれから先も短歌を作り続けてくれることを祈りたい。







午後は一般の部の短歌大会だった。

今日のこの日に「穴をあける」のではないかと、案じていたが、無事だった。

春日の教室・香椎の教室・未来の人など10人くらいの方々が来てくださった。


帰りは T さんの車に、 N さんと乗っけてもらう。

都市高速を通って帰宅。

義母がこの1日なにごともなくて胸を撫で下ろす。

薄い氷が割れずにすんだ。

2015年11月 4日 (水)

「九大短歌」 文学館倶楽部 №21

福岡市文学館発行の「文学館倶楽部」 №21 が届いた。

今号の「クローズアップ」には「九大短歌」のことが掲載されている。



7月に「九大短歌」の歌会にお邪魔して見学、山下翔さんに取材したもの。



この「クローズアップ」では、「九大短歌」の第二号の作品から、

真崎愛・凌若菜・南健太郎・松本里佳子・山下翔さんらの作品を

各1首ずつ紹介している。




この冊子は福岡市総合図書館・福岡市赤煉瓦文化館で頂けますので、

どうぞ、機会があれば、ご覧になってください。







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夜明け前の東の空の、星が美しかった。

下(地上に近い)の方から、金星・木星・三日月と斜めに並んでいた。

金星のそばには火星が寄り添うように輝いていた。

朝 6 時前のウォーキングも、このようなご褒美がある。

2015年11月 3日 (火)

「世界ネコ歩き」 NHKBSテレビ

岩合光昭(いわごう・みつあき)さんのネコ歩き、本日はルーマニア。

工房で絵を描いている女性の机にあがって、女性の腕をお乳を吸うみたいに

チューチュー吸っているネコには驚いた。



小猫の愛らしいしぐさ。

足元もおぼつかないのに冒険をする小猫たちに見蕩れた。




ネコを愛でながら、ルーマニアを旅した気分なり。


音楽もナレーションも、騒がしくなくて、いい。

時折、岩合さんの声が入り、これまたよきかな。







今夜は連れ合いが買って来てくれた「ポリフェノール赤梅酒」をシンプルに
ロックで飲んだ。赤梅酒だけあって、赤ワインのような色合い。

ちょっと酔ったかなと思ったら、アルコール 8 度だった。


今夜はもう寝るわ……

2015年11月 2日 (月)

『石川啄木の百首』 小池 光  ふらんす堂

見開き2ページに歌1首と解説(鑑賞)を付した1冊。

とても読みやすく、ハンディーなので電車の中で読んでしまった。

そのなかの1首だけ紹介しよう。



  

          小奴(こやつこ)といひし女の

          やはらかき

          耳朶(みみたぼ)なども忘れがたかり



    

           その耳たぶを嚙んだのであろう。ふっくらと、やわらかい耳たぶで

          あった。性愛の一場面を意表を衝いたディテールで印象深く切り

          取っている。こういうことが記憶に残るのである。
           

           小奴は本名渡辺じんといって啄木より四つ年下、釧路花界の花形で

          人気があった。後に結婚して子供も生み、晩年は東京都下の老人

          ホームに暮らした。亡くなったのは昭和四十年で、七十六歳まで生きた。

          晩年には短歌を作ることもあった。「ながらへて亡き啄木を語るとき

          我の若きも共になつかし」などと歌っている。

 

 

     
巻末に著者が「解説『歌』の原郷」のタイトルで、啄木の生涯に触れて書いている。

                                 2015年10月刊   1700円+税





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閑話休題。

「方法的制覇」(1985年 岡田哲也・田村雅之・樋口覚 編輯)に愉快な歌があった。
何度読んでも笑ってしまう。


        
         「わけもなくこころ淋しくありしとき雲は流れる長靴はいて」

            (上は啄木から、下はマヤコフスキーから引用、引用ばかりなので「 」

            つけたが、カッコつけちゃったか)



         鶏頭の十四五本は十四五本の操縦桿となりて吾(あ)を責(せ)む 

            (という夢をみたのだ。二本の手でどうやって十数本の操縦桿を

             引くことができる。わが夢はつねに、なにかの欠落というパターン

             をとる) 

                             小池  光 「夢の操縦桿」28首より







もう、本人もこの歌のこと、忘れてしまっているかもしれない。詞書?も本人のもの。

昔は、こんな雑誌がいろいろあった。

昨日は、雑誌塗れになって整理したけど「無名鬼」・「磁場」・「アルカディア」・「五柳」など、

読んでいたら、整理するのが挫折してしまった。

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