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2016年1月21日 (木)

七七日忌(なななのかき)

義母の七七日忌だった。

朝8時14分の電車に乗って八女へ。

雪は降っていなかったが、底冷えのする寒さだった。

お寺さんの都合でちょっと早めの日になってしまったが、義母が

成仏できるように祈った。

もう、死後の世界に魂は移ってしまったのだ。

読経が終わってお坊さんがお話してくださったが、

そのことばに涙ぐんでしまった。

直会の場所に移動したところで、M さんから電話が…

そういえば M さんのお父さまが亡くなられたのも12月8日だった。

(ちなみに、土屋文明さんも12月8日に亡くなっている。)







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親戚の叔母さんから直会の席で、新聞の切り抜きをいただいた。

1992年7月7日の西日本新聞。

わたしの第三歌集『夢の器』(ながらみ書房 1992年6月刊)が出た時に

取材されたもので、大きな写真が。

もう、びっくりした。叔母さん知ってたのか。

短歌の話など一度もしたことはなかったのに…






        さざんくわの紅をつつめる薄雪はけふのわたしの夢の器よ

        筑紫野の春の夜です するならばむかしむかしのかの通ひ婚

        どのやうに生きてもいのち 母親を選べなかつたね 生まれてしまつたね

        母われを無罪放免「さやうなら」こののちわれはわれを生くべし

        自堕落に生きよ生きよと挑発する凌霄花は夏の日の花

        につぽんのどこかでだれかが過剰愛嘆きてあらむ春の雪降る

        ひとに添ふかなしみ溢れうつしみは暫しききゐる河鹿のこゑを

        「すいとうよ」「よかきもち」とふやはらかき博多弁を使ふことなき







歌が8首も掲載されていた。

新聞には年齢までしっかり掲載されている。

つれあいの親戚には、年齢のことは禁句(笑)にしていた筈なのに…

みんなみんな知ってて、遠慮して、労わって、年齢のことには触れなかったんだね。




そんなことを思いながら湯殿のなかで、また、泣いてしまった。


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