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2016年4月12日 (火)

『チーズと塩と豆』 集英社文庫

4人の直木賞受賞作家、角田光代・井上荒野・森絵都・江國香織が、

ヨーロッパの国々を訪れて描いた愛と味覚のアンソロジー。




角田光代はスペイン。 「神さまの庭」

井上荒野はイタリア。「理由」

森絵都はフランス。「ブレノワール」

江國香織はポルトガル。「アレンテージョ」




角田の「神さまの庭」を読みはじめた時の印象は翻訳小説のような文体だった。

日本人が日本語で書いた小説ではなく、外国小説を日本語に翻訳したような味わいと

でも言おうか。

料理人の父に反発し故郷を出た「わたし」なのに、「あの日から逃げて逃げて、そうして

また、ここに辿り着いている。」

この「神さまの庭」のなかでいちばん好きな個所は下記の部分だ。




             略ーー解決を待つあいだに、不正を暴くあいだに、平和を

             訴えているあいだに、正義をふりかざしているあいだに、

             空腹で人は死ぬのだ。一年後、五年後、すべての未来は、

             今日という日を乗り越えなければ永遠にやってこないのだ。

             憂うなら、未来でなく今日、今なのだ。





「それで、あなた自身はちゃんとごはんを食べているの。」

「食べてるわよ。だいじょうぶ。」






cat   cat


今日は、教室を見学に来た男性の素朴な(真面目)な質問にあってたじろいだ。

(短歌の表記について、どうも違和感を抱いているようだ。)




歴史的仮名遣い(旧仮名)と現代仮名遣いのことについて。

①文語文法で詠んでいる短歌なのに、どうして現代仮名遣いで表記するのですか?

②口語体の歌なのに、どうして旧仮名遣いをするのでしょうか?

③一人の作者が文語や古語を使った時には旧仮名表記をし、口語体の歌の時には

 現代仮名遣いにするとかしたらいけないのでしょうか?(要するに、歌によって

 表記をかえたらいけないのか)




答えにならないような、答えをしてしまったが、あれで良かったのだろうか……






 

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