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2016年5月18日 (水)

ベトナムへ (1)

空路降り立ったハノイ。

湿度80パーセント、温度30度。

暑い、むし暑い。

日本との時差は-2時間。

入国手続きを終えて、バスで世界遺産でもあるハロン湾へ移動。

ハノイからは車で3時間余り。






車窓には大きな樹木に、真っ赤な鮮烈な花が咲いているのが目に飛び込む。

まさか、まさか、あれは「火焔樹の花 ! 」

予備知識がなかっただけに、思いがけないところでこの花に出逢って驚く。

そして、うれしくて、胸がふるえた。






火焔樹の花はわたしにとってまぼろしの花だった。

死ぬまでになんとしてでもこの花を見たかった。

その努力をしたわけでもないが、このたびの旅では、最初の日から帰るその日まで

火焔樹の花は視野のなかにいつもあった。




短歌結社「未来」に入会したのは30代になってからだが、その前は地元の

結社に身を寄せていた。そこで私淑していたのが鶴逸喜(つる・いつき)さんだった。

鶴さんは昭和52年6月、49歳で亡くなった。生きていたら岡井隆さんと同歳である。

その鶴さんの遺歌集のタイトルが『火焔樹』である。







           熱募りくる午後にしてまどろめばまぼろしの中揺らぐ火焔樹

                          『火焔樹』(葦書房 昭和52年12月25日)






昭和35年、第6回角川短歌賞候補になり、「火焔樹」50首が『短歌』に掲載された。

その時のタイトルをそのまま遺歌集として編んだのだ。

あまりにもあっけない死だったので、鶴さんは火焔樹の花を見たことがあったのか、

どうかさえも知らない。






           ボタン一つ押せば滅ぶる世界とも籠り病む日のラジオは伝う

           血を吐いて今日は厠に一人死ぬわれはいかなる死に方をせむ

           盛りあがり峡の若葉は日日鮮(あたら)しなべてを耐えて生き来ぬ、戦後

           せめてわが死後は自在に飛翔(はばた)かんねがいもつとき恋う樹上葬

                          鶴逸喜遺歌集『火焔樹』より


鶴さんが亡くなって、はや40年の歳月が……

鶴さんのうたった「まぼろしの中揺らぐ火焔樹」を、わたしはベトナムの旅で

何度も何度も仰いだ。

そして、何度も何度も、写真に収めた。

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