歌集『それぞれの桜』 三枝 昻之 現代短歌社
『上弦下弦』に続く、第12歌集。
一部と二部による構成で、一部は「現代短歌」に2013年9月より8回連載したものを
収め、二部には「りとむ」掲載作品を取捨選択して収めている。
創刊号は四十二ページ「白樺」の百六十冊が窓辺に並ぶ
高原の午後の光が届きたり白樺一樹一樹の幹に
桜もち食めば幼きわれとなる無常をいまだ知らない春の
おのこごが傘を抱えてわれを待つ二十五年前の新百合ヶ丘駅
子が生まれやがて子が去りこの丘に積もる歳月三十二年
神の来ぬ暮らしを生きて夕べにはえのころぐさの光に揺れる
瞑想の百日紅(ひゃくじつこう)に戻りたりこうしてわれは歳月を積む
キャンパスは銀杏若葉となりにけり季節は力、齢は力
秋分や会いにゆきたき父母あれど浮き世の今日のため明日のため
病弱の四男はこうして歌を詠み古稀へ三年の日々であります
1首目・2首目は、清春芸術村を訪ねた折りのもので、1首目は、清春白樺美術館
の窓辺だろう。「<白樺は一言一句贅文なし>青けれどよし大正の夢」とも詠まれて
いる。著者は山梨県立文学館の館長として、月に五回は文学館通いをするらしい。
文学館から足を伸ばせばそこには高原の白樺林が待っている。
このたびの『それぞれの桜』を読みながら、先ず感じたのは、<静謐>ということであった。
作品がざわざわしていない。1日1日をゆっくり味わい、いとしむように日々を過ごされて
いることが伝わってくることだ。
ことに4首目・5首目のような歌を読むと、今在ることの幸い即ちそれは日々の
積み重ねであることをつよくする。幼かった息子が傘を抱えて駅に迎えに来てくれた
こと、新百合ヶ丘に越して来て32年の歳月が積もったのだ。
8首目の「季節は力、齢は力」に、現実を肯定し、享受している姿勢を感じる。
きっと、老いてゆくことさえも、著者にとっては実りなのかも知れない。
9首目・10首目は、父母の墓参に行けない繁忙さが窺われる。
しかし「病弱の四男」だったのが、「こうして歌を詠み」生きていることは、
父母もだが、著者が何より幸せを確信していることだろう。
いずれの歌も難解なことば遣いや、奇を衒ったような表現は見当たらない。
作品1首1首の背後に著者の姿が、生きる姿勢が伝わってくるのが心地いい。
<誠実>な作品作りだなぁ、と思ったことである。
最後にわたしのもっとも好きな1首を。
この丘と決めて二人は移り来ぬさねさしさがみと武蔵の境
平成28年4月刊 2500円(税込)
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