« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月30日 (木)

まいにち文化祭 2016 久留米毎日文化教室

久留米市一番街ギャラリーにて、久留米毎日文化教室の

合同発表会&合同作品展が7月5日〜10日に開催される。




今回、短歌教室は、冊子をはじめて作った。

皆さんには、短歌5首とエッセイを書いて頂いた。

作品集の名前は「ちっご川」。

展示期間中には、冊子を無料配布する予定。

興味のあるかたは会場にお出掛けください。




なお、7月10日(日曜日)には、多目的室・特設ステージにて、フラダンスや

日本舞踊、フラメンコ、カラオケ、ハーモニカなどの音楽と踊りがあります。

入場無料です。

2016年6月29日 (水)

「かぜまち」 ここのつ歌会

九州の学生の新しい冊子が誕生した。

言挙げが初々しい。




         ーー略 どこに行っても、好きなひとたちと、そして

         興味を持ってくださる皆さまと風を待ち、風をお届けする

         冊子として、細く長く続けられることを願って。

                            『かぜまち』の初めに 水本まや





メンバーは、長月優・水本まや・山下翔・辻原橙子の各氏。

12〜13ページの薄い冊子だが、「あとがきと、これからのこと」にも、

夢は綴られている。


  微睡みに雨訪れて少しでもあかるい方をあなたと呼んだ    長月 優

  溢れてる不在を残していたいならそのごみ箱から片付けなさい 水本まや

  人生につつかれてゐる 振り向いてあかるい窓に雨はゆれつつ 山下翔




  

すてきな表紙絵は、辻原橙子。彼女は表紙絵だけの参加か?

冊子を捲りながら気になったこと一つ二つ。

活字の大きさが不揃いというか、あえて、不揃いに設定しているのだと
思うが、全ページというのはやや気になる。ことに短歌を掲載したページも
活字を不揃いに組んでいるため読みづらい。(まぁ、そこが面白いとも言えるのだが……)


プロフィール欄で、山下翔「十六歳より作家を始める」は、むむむ(笑)
「作歌」の誤植ではないかしら? それとも、やっぱり「作家」を始めたのかなぁ。


cat     cat
中国・大連から出した絵ハガキがようやく届いた。
17日かかって、日本の九州・福岡のわがやへ届いた。


ミニトマトが熟れて、このところ毎朝10個ほど摘んでいる。
今日はゴーヤを1本収穫したので、ゴーヤチャンプルーに。

 

2016年6月28日 (火)

「エフーディ」 VOl.2 竹田<隠しキリシタン>編

エフ―ディの会の8名のメンバーによる吟行を纏めたもの。

9月26日から28日までの2泊3日の大分県竹田市への旅。

 

        石川 美南(歌人)

        川野 里子(歌人)

        小島 なお(歌人)

        高柳 克弘(俳人)

        東  直子(歌人・作家)

        平岡 直子(歌人)

        平田 俊子(詩人)

        三浦しをん(小説家)


20代から60代までの多才な顔ぶれが、短歌・エッセイ・俳句・詩に
それぞれ挑戦?している。




専門分野ではない他ジャンルに果敢に挑んでいるのに、先ず圧倒された。

そして、このようなかたちで2泊3日とはいえ、寝食を共にして生み出す行為

(文学)がとても羨ましく、且つなんだか崇高にも思えた。






走つても走つても逃げる白狐とほくゐるなり岡城登る         川野里子

むぼうびな城壁の際(きわ)廉太郎の胸にひらいた旋律がふる   東 直子

風吹けば土が匂うよ穂芒の実りのなかの豊後街道          小島なお

草原に墓標のごとく点々と牡牛ら立ちて反芻やまず         三浦しをん

血の流れ沁みたる土にあをあをと夏の名残のとのさまばつた    高柳克弘

(これは誰の夢の断片)裏庭で母が楽譜を火にくべてゐる      石川美南

あるだけの鉄道模型を敷きつめて踏み絵といえばバージンロード 平岡直子







      大いなる旅の始めの鰻飯       高柳 克弘

      水澄むやレプリカの鐘よく響く     石川 美南

      サンチャゴの鐘の響きやうろこ雲   東  直子

      木犀をわすれて先に行ってるね    平岡 直子

      牛糞の香に息とめて風の色      三浦しをん

      処刑場跡地を巡る冬の水       平田 俊子



遊び心満載だけど、でも、でも、みんな真剣に、

短歌に俳句にエッセイに詩を作っている。



それにしても、旅行の日程や作品の纏めなど、大変な作業だったことだろう。

次号は、どんなプランになるのだろうか。

 

2016年6月27日 (月)

『菜種梅雨』 久我田鶴子歌集 砂子屋書房 

2011年3月から2015年までの350首を収めた著者の第八歌集。

 

       略ーー

        だが、3・11の衝撃は、あとからボディブローのようにきた。

       それは、地震や津波にとどまらなかったせいだろう。やはり

       どうしょうもなく、3・11以前と以後とでは変わってしまった気が

       する。いわゆる"被災地〃だけの問題ではない。そして、この

       歌集はまったく<あの日>以後の産物である。

                                  「あとがき」より

  ちちのみの父をじやうずに死なすべく祈りき日々を孝行顔に

  晴れたるをよろこぶこゑは春蝉の、よろこぶ花はたてやまりんだう

  誕生日に何がほしいと訊けるとき「いのち」と言ひしは何歳(いくつ)の父か

  死んだのは嘘なんだよと言ひに来し小高さんなり 立ち話する

  墓石の倒れしままに三年(みとせ)経ち福島に帰らぬといふ選択肢

  問診の<正しさ>ゆゑに妊娠と出産回数さらりと問ひ来(く)

  ひとが死に補填されたる存在のわたくし妙に張り切る かなし

  久我ちやんと呼びかけくれしその声のかすれ嗄れてもはやかへらず

  <にんげんといふみだら>を言ひて言はぬこと高野公彦愚者をふるまふ

  原発も武器も売ります 経済を最優先のアナクロニズム








1首目、結句の「孝行顔に」に、自身の偽善?を暴くような辛辣な目がある。


3首目、「いのち」がほしいと言った父親になんと応えたのだろう。その時の

     父親の年齢を今にして思うのだ。


6首目、問診は誰に対しても、つねに公平?に行われるのだろう。

     今さらそんなこと改めて訊かないで……と、思うものの訊かれるし、   

     答えてしまう。


7首目、誰かが死ぬと、そのひとの座っていた席なり、仕事や役目が棚ぼた式  

     に転がり込んでくることがある。誰かの死(不幸)によって、「わたくし」

     が妙に張り切ってしまうのだ。人生のなかで儘あることだが、1首目の

     歌と同様に自身に向ける醒めた眼を感じる。


8首目は、前後の歌から「久我ちやん」と呼びかけてくれたのは、雨宮雅子だ

      と判る。

9首目は、高野公彦の歌の詞書が付いている。「一夫(いつぷ)ある、一妻あ

      るを基本とすにんげんといふみだらな動物」

10首目の告発。経済を最優先させることの時代錯誤。作者の怒りが諦観に

      傾くことのないようにとねがう。


智(ち)のひと、久我田鶴子の思索の詰まった一集である。

                       2016年6月5日発行 3000円+税

 

2016年6月24日 (金)

酒蔵開きin天神スカイホール

酒蔵開きといえば2月頃を連想してしまうのだが、八女の

K●●さんの酒蔵開き?に縁があって行って来た。

会場は天神の西日本新聞会館16階、チケット代金は1枚、3000円也。

                        (買ったのではなくて、2枚頂いた。)

500名限定 ? ということらしいが、会場に入るとすでに満席状態。

                     (椅子はナシ、いわゆる立ち飲み。)

おつまみは1種類のみがおつまみ券と交換。

ぐいのみ付きなので、そのぐいのみで試飲するというシステム。


この醸造元は、江戸時代、文政年間が創業ということなので歴史ある

老舗の会社。八女では勿論のこと、福岡の酒としても有名。

全国新酒鑑評会で金賞を受賞した大吟醸をはじめ、発泡性日本酒、

本格焼酎なども並べられ、飲み放題の状態。舞台ではバンドの生演奏が

あり、気分が高揚としてくる筈なのだが……




帰りにMARUZENに寄り、それぞれ本を買う。

奴は『闘争の倫理〜スポーツの本源を問う〜』 などの固いのか、柔いのか

わからないのを1冊。

わたしは、角田光代と井上荒野の文庫本各1冊。








そういえば、大連で見たお店「華味鳥」が天神からの帰りのバスの車窓より

見えた。やっぱり、博多にあったお店なのだった。

2016年6月23日 (木)

トネリコの花

モノレールの車窓から見えたトネリコの花、雨に煙っていた。

白い泡のような花が、雨に煙って見えた。

ちらりと見えた競馬場の馬たち。行儀よく並んで歩いていた。







昨日、雨の博多を発ち、今朝は雨の羽田発7時20分で帰福した。

滞在時間16時間の東京だった。




東京でわたしが見たものは、唯一、トネリコの花だった。

でも、目に見えないひとの心をたくさんたくさん感じた。






昨夜、(正しくは今朝23日、0時0分)シャワーを浴びて、さて、寝ようかと

ベッドに入ったら、もつれたような、はしゃいだ M さんの声が

ケイタイに飛び込んだ。




       「カレにカンシャしなさいよ~」 



何度も何度も同じことを言う。



       「カレ~って、 ??? 」






そんなこんなで、あっというまの東京滞在だった。

帰宅すると昨日は、緊急情報が14通、気象情報4通、雨量情報が2通も

入っており、福岡はとんだ大雨だったような。





さて、今から北九州へ。

2016年6月21日 (火)

歌集『岐路以後』 近藤芳美  砂子屋書房

2006(平成18)年6月21日、午前10時1分、93歳で天に召された、

近藤先生の今日は命日である。







            マタイ受難曲

       くり返す放心を無心の思いとし君におさなきときはめぐりつ

       ながきながき思い心に重ねつつ老年というさびしき時間

       君にしばし留まる心を無心とし空にかすみて残る夕映

       マタイ受難曲そのゆたけさに豊穣に深夜はありぬ純粋のとき



遺歌集となってしまった『岐路以後』の「あとがき」は、

近藤とし子さん(芳美夫人)が記している。







       略ー思い返しますと、亡くなります三ヶ月前の日々の思いを、

       苦しい息の中から詠いました。丁度そのとき、私の誕生日が

       まいり、その日に詠いました作品が一番最後の作品となった

       のでございます。

         『早春歌』から数えて『岐路以後』は第二十四歌集に当たり

       ますよし。ーー略





   

                      2007年6月21日初版発行  3000円+税

 

 

 

 

2016年6月19日 (日)

中国・大連へ ⑤

旅の最終日の夜は、「大連の夜雑技ショー」へ。

これはオプションで、1人260元(約4000円)。

今回の旅行者17名中、わたしたちを入れて4名のみの観劇であった。

260元が高いのか、安いのか?

日本の宝塚歌劇団とK大サーカスの技を合体したような演舞であった。



わたしたちが泊まったホテルの5階にはジムがある。

いちはやくそのジムに目を付けて「走りに行く」のは息子。

その間わたしは部屋で待機(苦笑)。

ジムに走りに行ったり、マッサージしたり、いやはや壮年の男の生態を垣間

見ることに……

旅に持参した『おまえじゃなきゃだめなんだ』(角田光代 文春文庫)もすでに

読んでしまったし、何して待てばいいんじゃ~






息子がやおら取り出したのは以下の本。

『面白いほど世界がわかる「地理」の本』高橋伸夫・井田仁康編著(三笠書房)

これを読んどきな、ってことか。



そんな、こんなで、ともかくこのたびの旅は大きなアクシデントもなく、

無事、福岡空港へ。






次回の旅は、生きていれば、来年(2017年)の秋?かな。


                             「中国・大連へ」、終わり



2016年6月18日 (土)

中国・大連へ ④

路面電車に乗って大連市内観光へ。

電車賃は1人1元(約16円くらい)。大連の市電はある一定の距離までは

1元均一。それから先は2元。

(50年前くらいの日本の神戸の市電は片道13円で往復で買うと
 25円だったことを思い出した。なぜか……)





大連港に行き、老虎灘公園で写真を撮り、旧ロシア人街を歩く。

ロシア人街では、ロシアのお土産品がたくさん売られていたが、

今回の旅は大連なので、マトリョーシカは欲しかったが、買わず。

大連賓館・旧満鉄本社などを観て、旧日本人街へ。

当時60万人の人が住み、そのうちの20万人が日本人だったということから

すると、3人に1人が日本人だったこの街。


夫婦共働きが一般的な大連では、朝食さえも外食ですますらしい。
(ベトナムでも夫婦共働きがふつうであった。)

朝食も10〜12元(162〜194円)位で充分食べられるお店がそこここに在る。


夕食は餃子料理だった。

水餃子・焼餃子・蒸し餃子と、餃子尽くし。

前夜の四川料理がピリリと辛く、食が進まなかったが、この餃子料理は

皆さんお口に合うのか残さず完食していた。






夕食でちょっぴり不満に思うのは、デザートがないことだ。

ボリュームたっぷりの食事のあとのデザートは入らないと言うひとも居るが、

わたしは何か、果物が食べたい。


そんな思いでレストランを出たら露店のサクランボ売りのおじさんが居た。

大連は日本の東北と同じ緯度(38度くらいか?)なので、この時期は、

リンゴ・モモ・サクランボが果物屋さんには必ずある。

「あ、サクランボ。食べたいっ」と声に出す。

「じゃあ、自分で交渉(?)してみたら」と息子が10元を差し出す。




サクランボは生ものなので、日本には持ち帰れない。

従って今夜わたしが食べる分だけを買いなさい、ということらしい。





わたしは、おじさんに10元をひらひら見せて、「これだけ分をください」と

お願いした。おじさんは、やおらアメリカンチェリーを袋に詰める。

「違う、違う。こっちのサクランボ。」と、わたしは制する。

ホンモノのサクランボをビニールの袋に入れてくれ、それでも

アメリカンチェリーをどんどん袋に入れてくださる。

たったの10元なのに(笑)、思いのほかの量にうれしくなる。





食べきれないほどのサクランボをさげてホテルに戻り、

2人で早速いただく。

サービスで呉れたアメリカンチェリーのほうが甘かった。

(アメリカンチェリーは大連のひとたちには、人気がないのか?)




大満足をして、眠りへ……

cat      cat

      サクランボひとつふたつと食みてゐる 母はたまゆら少女に戻り

                        『秋光記(しうくわうき)』 miyoko




      あ、そういえば明日は「桜桃忌」だ。
                    

                             つづく……

2016年6月17日 (金)

中国・大連へ ③

レストランで夕食をとったあと、アジア最大の広さという「星海広場」へ。

星海広場の全景は高い所から見るとよくわかるのだが、楕円形をしている。

星海広場の周囲は高級マンションが連なって建っている。

最上階あたりは、億ションともいわれているらしい。

広場を歩いてゆくと、高い高い塔が建っている。
(トーテムポールのような形をしているが、いわゆる石の柱だ。)

その柱には龍の彫刻が施されており、てっぺんには想像上の動物が
飾られている。(と、言っても夜なので裸眼では確認できなかったが。)

この広場も遠くのマンションも、イルミネーションが美しく、何枚も何枚も

カメラに収めてしまう。






大連は端午の節句とやらで、3日間の休日?
(端午節 6月9日〜 6月11日まで 3連休)

学校も休みということで、子どもたちが家族と共に大勢この広場に集まって

遊んでいる。その賑やかなこと、けたたましいこと。






向こうに見えるシーソーのような巨大な乗り物(実際は動かない、斜面のある

構築物?)に、近づきちょっと登ってみる。からだが斜めになるようで怖い。





1時間くらい遊んだだろうか。

帰り際に振り向いたら、明りが全て消されていた。

夜の9時になったら、明りを全部消してしまうなんて……
(徹底しているんだ。まだ小さな子どもたちも大勢遊んでいたのに。)

わたしたちが泊まったホテルの近くの大通りにはルイ・ヴィトンやPLAZAの

お店があった。


そして、この街はそんなお店と同じようにちょっと路地を入ると、小さな

個人商店が軒を連ねていることだ。果物屋さん、居酒屋さん、食事処など。






cat     cat

わたしと息子はいつも夕食の帰途、ホテルの巡りを1周する。
寝酒のためのあれこれを買いこむためである。


大連の街に「ローソン」が進出していることを知った。
そこのお兄さんに「氷はないの?」と訊ねたら、片言の英語も日本語も
通じなかった。



「華味鳥」という博多のお店が近くにあり、看板をカメラで撮る。
オーナーは博多出身、とか。

日本のラーメン屋さんのお店もあった。


大連は日本色が濃い街?



(結局、氷はホテルのフロントで頂くことにしたが…)



                                   つづく……

2016年6月16日 (木)

中国・大連へ ②

旅順の観光をした。

旅順博物館・旧関東軍司令部・旧旅順大和ホテル・水師営会見所など。

そのあと、日露戦争の激戦地であった二百三高地へ。





日露戦争は、満州(中国東北部)・朝鮮の支配権を巡っての戦争であったが、

戦死者も多数出しており、のちのちまで、この激戦は語り継がれることに。

この203高地での攻略戦は映画にもなったりしている。

標高203メートルの高地だが、歩いて登れなくもない。

足の弱いひとたちはライトバンで登ったが、わたしは歩いた。





頂上には、「爾霊山」の塔が建っていた。
(乃木希典が戦死者を弔った。)

その塔をよくよく見ると「日の丸」の形(模様)が彫られている。

あなたたち息子のたましいが此処に眠っています……




頂上の売店で絵ハガキを買ったら、「80」?の切手が貼られている。

このまま出せるのか訊ねると、女の売り子さんが出せると言う。




日本で留守番をしているひとに、早速出すことに。

大連のポストは緑色をしたすてきな箱型で、最初はポストと気づかなかった。

あの緑のポストに入れたいと思って書いた絵ハガキだが、念のため、

ホテルのフロントのかたにこれで日本に届くのか確かめる。


ああ、やっぱりね。これでは着かないんだって。


日本語を話せるフロントの青年が切手を買いに行って、ポストに出してあげる

と言うので、10元払った。




売店の売り子さんは、国内(大連)に出すハガキと思ったのだろうか?。



それにしても、わたしはこうしてすでに帰国しているのに、あの絵ハガキは

まだ着いていない。

2016年6月14日 (火)

中国・大連へ  ①

昨秋キャンセルしてしまったスペイン行きの埋め合わせの旅。

日程を調整し、ぎりぎり行けるところに落ち着く。






ああ、それにしてもアカシアの花は終っているし、勿論、アカシア祭りも

すんでしまっている。

街路樹のアカシアを仰ぎながら、今度来る時は5月にするんだと誓う。

(たぶん、来ることはないと思うけど?)






大連の街はわたしの想像していたより遙かに大都市だった。

高層マンションが建ち並び、一見すると摩天楼のような印象さえある。




しかし、空港もそうだったが、明りが落とされていて、暗く感じる。

ホテルとか飲食店も、いちように照明が暗い。

そして、何より飲食店などはクーラーを付けないことだ。

おしぼりも出さないし、取り皿なども最小限の枚数しか出さない。

徹底して、倹約していることが窺える。

大連の通貨は中国元である。

福岡空港で中国元に両替をした。

100元は約1626円  20元は約325円

他には、50元(813円)・10元(162円)・5元(81円)・1元(16円)・5角・1角とある。

ちなみに枕銭(いわゆるチップ)は、5元で十分らしい。


3連泊したホテルは「大連新世界酒店」の21階。

ホテルなのになんで「酒店なの」って聞いたら、ホテルのことを「酒店」と

表記するらしい。道理であちこちにこの「酒店」の看板やネオンが、

瞬いていた。

                                    つづく……



cat     cat

帰国したら、郵便物がたくさん届いていて、封をあけるだけでも大変(笑)。

メールもしかり。まだまだ返信も出来ずにいる。




嬉しいことがあった。

拙歌集『秋光記』 (ながらみ書房  2016年6月1日刊 2500円+税)のことを

ブログ「パオと高床」が取り上げてくれていたことだ。

                             (ありがとうございました。)



このブログには文学ムック「たべるのがおそい」も、取り上げられている。

 

2016年6月 8日 (水)

歌集『日和』 沖ななも  北冬舎

2010年〜2014年の作品527首を収めた著者の第10歌集。




      郁子(むべ)の実が落ちずに年を越す構え落ちる力も失いたるか

      本能というかたまりをだっこしておーよしよしと言いてゆすぶる

      どこまでが人の領域どこからが神の領域 弥生十一日

      内部からむろん外部(そと)からも苛(さいな)めるこのセシウムの

      せつなき重さ

      体重をかけて押さえて蓋をするそんな人生もあることはある

      ただいまと言えば家内(やぬち)に何やらが動けりおまえも

      さみしかったか

      あ、揺れた小さく揺れたと思うとき緊急地震速報入る

      木と岩が抱き合うように生きているおそらく苦しさを超えたのだろう

      さといもはやわらかく烏賊はほっこりと煮えて一人もわるくはないか

      彼(か)の人に流れし十年 わが上に流れし十年 別々にある




1首目、落ちるのにも力がいる、と感じたところがいい。

自然に落ちるのではなく、落ちるには落ちるだけのエネルギーが必要なのだ。



2首目、作者自身の「本能」をうたっていると思いきや、後の歌からすると、
どうやら、生後100日の嬰児のことか。

そうだろうな、沖さんを垣間見た感じでは本能のまま動くようなひととは思えない。(笑)

3首目の「弥生十一日」の必然性はあるのだろうか。偶々「弥生十一日」とも

思えなくもないが、ともあれこの日付けは成功している。




5首目、なんとも奥深い歌で、著者の<人生>を想像してしまうのだが、

深読みだろうか。「そんな人生もあることはある」と、かるーくうたっているが、

なんだか切ない歌だ。



6首目、「おまえも」と、助詞が「も」になっているところが、著者の在りようを

暗示している。「おまえは」ではなく「おまえも」だもの。


7首目は、ホントにそうだと感じ入る。
先だっての熊本地震の時は、わが住む福岡でもかなり揺れたが、緊急地震速報とほとんど同時くらいに揺れが来るんだもの。何する暇もない。

ことに2度目の夜中の本震?の時など、おろおろと手を握ってきたのは誰だったか。「玄関開けて!」と声を発したのは、わたしの方だった。




8首目、9首目、10首目は、著者の境涯がそこはかとなく滲み出ている。

「一人もわるくはないか」とうたい、「別々にある」と達観するまでの過程には

8首目のような「苦しさ」の渦の中に居た時もあったのだろう。


恣意的なわがままな読みで著者には迷惑なことだろうが、どのような読みを
されても、受け入れる柔軟なお心だろうと勝手に決めて……

ごめんなさい。わたしは、やっぱり8首目がいちばん好き。





cat      cat

あ、あしたは、

あえる。

あいたいひとに、

あしたは、

あえる。

 

 

2016年6月 6日 (月)

巨大化したミニトマト

プランターに植えているミニトマトが巨大化している。

いえ、トマトの実そのものでなく、枝ぶりが四方八方に伸び放題。

丈を今朝計ったら、なんと1メートル70センチ。

一つのプランターに2本植えているのだけど、幅も広がり、すでに

森化(?)の状態。

肝心のトマト、なるにはなっている。

数えると2本で70個くらいか。すでに下の方のは色付いていたので一つ摘む。

なんで今年はこんなに大きくなったの?

肥料もそんなにやってないのに……





そして、胡瓜は1本収穫。

21センチの長さで小太り。浅漬けにして食べた。

みずみずしいので美味しかった。

あと15センチくらいのが1本と赤ちゃん胡瓜が1本なっている。





ままごと遊びみたいな、野菜作り。

これが意外とたのしい。

みどりの大きな葉っぱを見ているとしあわせになる。





去年挿し木したあじさいは、とうとう花が付かなかった。

来年に期待しよう。





ゴーヤはぐんぐん伸びている。

毎朝、水を遣り、蔓を軌道修正している。

放っておいたらどこまでも伸びて行ってしまうんだから……


2016年6月 5日 (日)

映画「海よりもまだ深く」 是枝裕和監督

母・(樹木希林)とその息子・良太(阿部寛)。

そして元・嫁(真木よう子)と、良太との息子・11歳の物語。




良太は15年程前に文学賞を受賞したが、そのご鳴かず飛ばずの

売れない作家であり、現在は探偵事務所に勤めている。表向きには

取材のためなどと言っているが、元・嫁に子どもの養育費も滞るような

ダメな暮しをしている。



団地に暮らす母はそんな息子と知りながら、大きな愛で良太に接する。




とりたててこれということのない物語であるが、その描写や科白が

じんわり、ほっこりする。





そして、是枝監督のこだわりが随所に出てくる。

たとえば、15年前の文学賞は「島尾敏雄文学賞 ?」で、その時に出版

された良太の本が自分の本棚に何冊か並んでいたり(ストックか)。




良太の机の前のボードには、メモがいっぱい貼られている。

気の利いた科白や人が発していいなと思った言葉を次の小説を書く時に

つかうためだったり……

良太の姉(小林聡美)の、小憎らしい演技が光る。

光るといえば、探偵事務所の後輩(池松壮亮)は、何かしらの雰囲気が

あり、気にかかる存在。そういえば、映画「紙の月」で、宮沢りえの年下の

恋人役・大学生をした人だったと気づく。




是枝監督の美意識がもっとも出ているのは、やはり、科白だろう。


良太のように一つ一つメモしたいくらいだった。





       幸せっていうのはね、何かをあきらめないと、

       手にできないものなのよ。

2016年6月 4日 (土)

『ダイオウイカは知らないでしよう』 西加奈子 せきしろ   文春文庫

小説家の西加奈子さんと文筆家のせきしろさんが「短歌」に挑戦。

題詠を2人で作り、穂村弘さん、東直子さん、いとうせいこうさんなどが

指南役をつとめる。





この書の面白さは、2人の語りがあたかも漫才を聴くような感じなのだ。

(声を出して笑ったのは再三だった。)

(西さんのお得意の官能短歌もスゴイっ。)

豪快?な話術の西さん、一方繊細なせきしろさんと、2人の会話は

ごくごく自然体である。息の合った2人のやりとりが愉しい。





そして、素人(初心者)の2人が回を追うごとにぐんぐん短歌を会得していく

のは、モノカキならではの才能だろう。

       三十代後半ともなると、風景を異様に意識するようになるし、

       美しいものを素直に美しいと思えるようになる。年を取ると

       いうのはそういうことか、と最近よく実感するんだ。

                                      せきしろ

       詠み人の人となりも含めて短歌になる。     西加奈子




       これがおじいちゃんのことなのかおばあちゃんのことなのか、

       読む人に解釈を委ねるほうがいいんですよね。

                                     山口 隆




       でもねえ、短歌ってやればやるほどヘタになるっていうのが

       有名なジャンルだから(笑)             穂村 弘

 

       (書店で)

       パラパラやってから買うのをやめる人に聞きたい。

       何があかんかったん?その数秒のパラパラで、何が分かったん?

                                     西加奈子

あちこちに宝のような言葉がこぼれている。

気負わず、衒わず、まさに「人となり」の出てくることばに、魅せられた。

そして、笑った。





     

       あの方が覚悟を決めた瞬間をダイオウイカは知らないでしょう

                                     西加奈子

       もしもだよ ダイオウイカと戦うなら注意すべきはあのアシ不惑

                                     せきしろ

 

2016年6月 3日 (金)

甘納豆六月ごろにはごろついて

坪内稔典句集の『落花落日』におさめられている「甘納豆」は、たのしい。

たのしい、というよりは、心が癒されるとでもいおうか。

6月の甘納豆は「ごろついて」いるんだな。(わたしも、やや、ごろつき気味)





あっというまに、6月になってしまった。

今日は香椎の教室に行き、帰りの電車のなかでふと思い出した。

あれっ、明日の「福岡歌会」の歌を作ってない ……

何やってんだろう、わたし。





それなのに、それなのに、1階の本屋さんで文庫本2冊も買ってしまった。

歌のことから逃げるように、文庫本を読む、読む、読む。

(この読んだ本の紹介?は、後日に。)

ちょっとだけ予告。下記は、その本の中の西加奈子さんの短歌。

短歌作りの指南役に穂村弘さんや東直子さんも登場する。







        あの方が覚悟を決めた瞬間をダイオウイカは知らないでしょう

                                    西 加奈子

この本のタイトルに惹かれて買ってしまった。(書名も後日に。)











                 cat    cat

       深海のダイワウイカやその巨体さらしてしまふ網にかかりて

                    新刊歌集『秋光記(しうくわうき)』   miyoko



« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »