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2016年6月27日 (月)

『菜種梅雨』 久我田鶴子歌集 砂子屋書房 

2011年3月から2015年までの350首を収めた著者の第八歌集。

 

       略ーー

        だが、3・11の衝撃は、あとからボディブローのようにきた。

       それは、地震や津波にとどまらなかったせいだろう。やはり

       どうしょうもなく、3・11以前と以後とでは変わってしまった気が

       する。いわゆる"被災地〃だけの問題ではない。そして、この

       歌集はまったく<あの日>以後の産物である。

                                  「あとがき」より

  ちちのみの父をじやうずに死なすべく祈りき日々を孝行顔に

  晴れたるをよろこぶこゑは春蝉の、よろこぶ花はたてやまりんだう

  誕生日に何がほしいと訊けるとき「いのち」と言ひしは何歳(いくつ)の父か

  死んだのは嘘なんだよと言ひに来し小高さんなり 立ち話する

  墓石の倒れしままに三年(みとせ)経ち福島に帰らぬといふ選択肢

  問診の<正しさ>ゆゑに妊娠と出産回数さらりと問ひ来(く)

  ひとが死に補填されたる存在のわたくし妙に張り切る かなし

  久我ちやんと呼びかけくれしその声のかすれ嗄れてもはやかへらず

  <にんげんといふみだら>を言ひて言はぬこと高野公彦愚者をふるまふ

  原発も武器も売ります 経済を最優先のアナクロニズム








1首目、結句の「孝行顔に」に、自身の偽善?を暴くような辛辣な目がある。


3首目、「いのち」がほしいと言った父親になんと応えたのだろう。その時の

     父親の年齢を今にして思うのだ。


6首目、問診は誰に対しても、つねに公平?に行われるのだろう。

     今さらそんなこと改めて訊かないで……と、思うものの訊かれるし、   

     答えてしまう。


7首目、誰かが死ぬと、そのひとの座っていた席なり、仕事や役目が棚ぼた式  

     に転がり込んでくることがある。誰かの死(不幸)によって、「わたくし」

     が妙に張り切ってしまうのだ。人生のなかで儘あることだが、1首目の

     歌と同様に自身に向ける醒めた眼を感じる。


8首目は、前後の歌から「久我ちやん」と呼びかけてくれたのは、雨宮雅子だ

      と判る。

9首目は、高野公彦の歌の詞書が付いている。「一夫(いつぷ)ある、一妻あ

      るを基本とすにんげんといふみだらな動物」

10首目の告発。経済を最優先させることの時代錯誤。作者の怒りが諦観に

      傾くことのないようにとねがう。


智(ち)のひと、久我田鶴子の思索の詰まった一集である。

                       2016年6月5日発行 3000円+税

 

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