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2016年6月 8日 (水)

歌集『日和』 沖ななも  北冬舎

2010年〜2014年の作品527首を収めた著者の第10歌集。




      郁子(むべ)の実が落ちずに年を越す構え落ちる力も失いたるか

      本能というかたまりをだっこしておーよしよしと言いてゆすぶる

      どこまでが人の領域どこからが神の領域 弥生十一日

      内部からむろん外部(そと)からも苛(さいな)めるこのセシウムの

      せつなき重さ

      体重をかけて押さえて蓋をするそんな人生もあることはある

      ただいまと言えば家内(やぬち)に何やらが動けりおまえも

      さみしかったか

      あ、揺れた小さく揺れたと思うとき緊急地震速報入る

      木と岩が抱き合うように生きているおそらく苦しさを超えたのだろう

      さといもはやわらかく烏賊はほっこりと煮えて一人もわるくはないか

      彼(か)の人に流れし十年 わが上に流れし十年 別々にある




1首目、落ちるのにも力がいる、と感じたところがいい。

自然に落ちるのではなく、落ちるには落ちるだけのエネルギーが必要なのだ。



2首目、作者自身の「本能」をうたっていると思いきや、後の歌からすると、
どうやら、生後100日の嬰児のことか。

そうだろうな、沖さんを垣間見た感じでは本能のまま動くようなひととは思えない。(笑)

3首目の「弥生十一日」の必然性はあるのだろうか。偶々「弥生十一日」とも

思えなくもないが、ともあれこの日付けは成功している。




5首目、なんとも奥深い歌で、著者の<人生>を想像してしまうのだが、

深読みだろうか。「そんな人生もあることはある」と、かるーくうたっているが、

なんだか切ない歌だ。



6首目、「おまえも」と、助詞が「も」になっているところが、著者の在りようを

暗示している。「おまえは」ではなく「おまえも」だもの。


7首目は、ホントにそうだと感じ入る。
先だっての熊本地震の時は、わが住む福岡でもかなり揺れたが、緊急地震速報とほとんど同時くらいに揺れが来るんだもの。何する暇もない。

ことに2度目の夜中の本震?の時など、おろおろと手を握ってきたのは誰だったか。「玄関開けて!」と声を発したのは、わたしの方だった。




8首目、9首目、10首目は、著者の境涯がそこはかとなく滲み出ている。

「一人もわるくはないか」とうたい、「別々にある」と達観するまでの過程には

8首目のような「苦しさ」の渦の中に居た時もあったのだろう。


恣意的なわがままな読みで著者には迷惑なことだろうが、どのような読みを
されても、受け入れる柔軟なお心だろうと勝手に決めて……

ごめんなさい。わたしは、やっぱり8首目がいちばん好き。





cat      cat

あ、あしたは、

あえる。

あいたいひとに、

あしたは、

あえる。

 

 

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