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2016年8月

2016年8月31日 (水)

『星雲』2016年9月号  「介護詠の現在」 藤島秀憲 

『星雲』9月号が届いた。

KOSMOS・招待席に藤島秀憲(心の花)が、「介護詠の現在」を

本誌分4ページにわたり執筆していた。

そのなかで取り上げられていた歌集。


         『みてみて』      上野 直(あたる)

         『秋光記』        恒成美代子

         『インソムニア』     高山 邦男

         『銀の魚』        倉石 理恵

         『逃走の猿』      天野 匠(たくみ)






誰が介護を担っているか?によって、おのずとうたう傾向も違ってくる。
上野は妻を介護し、高山は両親の介護、倉石は父を介護している。
そして、天野は介護職に従事している立場からの歌である。


         最近出た「平成27年版 厚生労働白書」によれば、

         介護に従事する人が平成二十五年の調べでは一七一万人

         いるが、今後一層高齢化が進めば、三十七年には二五三万人

         が必要となるということだ。

          人材確保が急務なわけだが、介護職は離職率が高いこと

         でも知られている。慢性的な人材不足により仕事がハードに

         なり、肉体や精神の負担が大きく、その割に賃金が低い。






藤島の文章をそのまま書きうつしたものだが、「離職率が高い」ということは、

姑が入っていたグループホームで実感した。2・3ケ月で顔ぶれが変わって

しまう。ようやく名前を覚えたと思うと、次に行った時には退職していた

ことは度々だった。

介護の問題は、ひとごとではなく、わたしたちは(私は)介護する側から

介護される側へと、いつかむかってしまうのだろう?





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本日は久留米へ。

風が、空気が、「秋」になっていた。

もう、半袖では恥ずかしいような感じなり。

耳納連山の上の白雲も秋の気配がした。

2016年8月30日 (火)

シマトネリコの花を見ながら

歯科の診察台に体を横たえる時に目に入るのが、窓の外の

シマトネリコの花である。白い煙のような花が目に入ると意識が

少し遠のく。

この花は以前にもこのブログで取り上げたが、街路樹として植えられて

おり、久留米の街には多い。はじめて見た時はこの花の名前がわからず、

教室で話題にし、一人が市役所にお訊ねして名前が判明したのである。
(福岡の街では、美野島・塩原線に植樹されている。)




モクセイ科、トネリコ属で半落葉広葉樹である。

花の時期は5〜6月頃らしいが、久留米で見た時も8月に入っていた。

円錐花序を出し、白い小さな花を沢山つける。

開花時期は、遠くから見ると樹上に煙がかかったように見える。




そういえば、6月に上京した時、モノレールの窓からこの花を眺めた。


さて、さて、歯科に通いだして今日で12回目。

7月に6回、8月に6回だから1週間に1〜2度の歯科通い。

何度行っても馴れない。

緊張して(先生はからだをらくにして…と仰るが)体がこわばる。

帰宅すると、ぐったりしている。

何もしたくない。





とはいえ、明日で8月もおしまいと思うと……

2016年8月29日 (月)

『世界中で迷子になって』 角田光代 小学館文庫

2013年4月に刊行された単行本『世界中で迷子になって』をもとに

文庫化したものである。

「旅に思う」(13編)、「モノに思う」(25編)が収められている。

どこから読んでもよく、作者ならではの視点があり、本音が綴られている。




「旅に思う」では、開高健(かいこう たけし)の言葉を引用していた。



       少年の心で、大人の財布で旅をしなさい。



「大人の財布」というのは、お金のことばかりではない、余裕のことだと

わかる、と。



「モノに思う」では、真っ先に「猫と母」を読んだ。




        我が家に猫がやってきた。一月に知人宅で生まれた、まだ

        生後半年の赤ん坊猫である……



角田光代のブログ「トト日記」に登場する愛猫・トトはんが作者のところへ

初めて来たことが綴られている。それからのトトとの付き合いも。

そして、キャットタワーをトトはんのためにネットで注文したのだ。

買って2日目には、いちばん上の段のハンモックにすっぽりとおさまるトト。




        ヨカッタヨカッタ。気に入ってくれてヨカッタヨカッタ、でもあるし、

        二万円弱が無駄にならず、ヨカッタヨカッタ、でもある。






この手放しの喜びようがいい。

なんだか、読んでいてこちらまで幸せな気分になれるのは本を読むことの

醍醐味ともいえる。




巻末に文庫書き下ろしエッセイ「2016年未来の旅」が収録されている。




                    定価 610円+税  2016年8月10日発行


2016年8月26日 (金)

第62回 角川短歌賞 竹中優子さん受賞

未来短歌会、黒瀬珂瀾欄「陸から海へ」所属の竹中優子さん(福岡在住)が

第62回角川短歌賞を受賞なさいました。

おめでとうございます。

受賞作品は、「輪をつくる」50首で、『短歌』11月号(10月25日発売)にて

掲載されます。(これから、ワインで乾杯します。笑)


2016年8月24日 (水)

映画 「シン・ゴジラ」

観客動員数が230万人?とも言われている「シン・ゴジラ」を、街に出た

ついでに(笑)観た。



上映時間2時間に長いなぁ~と思って入ったのだが……そうでもなかった。

観客は子どもたちよりかえって大人の方が多かった。





竹野内豊・長谷川博己のスーツ姿というか、働く男の精悍さが実にいい。

そして、石原さとみの流暢な英語。役どころとはいえ、カッコ良過ぎる。

それにしても政府の対応、官僚の在り方など、緊急事態の時ほどその

真価が試される。(原発事故の時の政府の対応を思い出したりした。)





           10年後の自分のポストより、

     10年後の日本の存在を信じたいです。

       (と、言ったのは、内閣官房副長官の長谷川博己だったか?)





この映画は、抒情的な彩合いをいっさい出さずに終わった。

そこが希有だとも思う。だいたい家族愛とか<愛>を盛りたがるのだが……


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『世界中で迷子になって』(角田光代 小学館文庫)を買ってしまった。

頼まれていた「BRUTUS」があって良かった。



2016年8月23日 (火)

処暑

二十四節気の今日は処暑。

暑さが止むの意味で、涼風が吹き渡り、暑さも徐々に収まる……

らしいのだが、いっこうにその気配がない。

本日も当地の暑さ指数(WBGT)は、朝の9時より「厳重警戒」だった。

12時には「危険」の発表。その酷暑のなかを出掛ける。






ちなみに二十四節気とは、1年を24等分したもので、処暑は14番目に

当たる。今日から15日くらいたつと15番目の「白露(はくろ)」。

今年は9月7日にあたる。

「白露」とは、いかにも涼し気である。

白露くらいまで待たないと、この暑さはやわらぎそうにない。






さて、

積みあげていた雑誌の中から『現代短歌』9月号を持って出る。

この号は、「夏休みの宿題『戦争と短歌』」の特集だった。

課題図書をそれぞれのかたが解いていた。




わたしは、
この号の連続対話「平和と戦争のはだまで歌う」(屋良健一郎×吉川宏志)を

注目した。

        略ー異なる立場の歌を認めつつ、フェアに批判する、という

        ことが重要だと思うんです。ーー略

        屋良さんの重要な指摘の二つ目は、短歌が「作品」ではなく

        「態度」で評価されているのではないか、ということでしょう。

        表現を丁寧に読むのではなく、主張の是非で判断されるように

        なると、スローガン的な歌ばかりになってしまう恐れがある。ー略

                                     吉川宏志 談

このシリーズ(?)は、吉川宏志を聞き手として6回続いている。

前回は、道浦母都子だったし、次回は春日真木子と、たのしみである。

2016年8月22日 (月)

長嶋有・角田光代「書き続けるということ~長嶋有小説家デビュー15周年企画~」

なが~いタイトルのイベントがRethink Booksであった。

ネットで申し込みをしていたので夕方から出かける。

角田さんは台風で来られないのではないかと心配していたら、沖縄から

駆けつけたのだった。

いま流行りの「飲み物O・K」の洒落た書店。

受付で飲み物券を頂いたので、生ビールを注文?。

その書店の中でのお二人の対談だった。





角田さんが福岡を好きなことを開口いちばんに仰った。

「福岡の街は、歩いているだけで好きなんです。」






長嶋有さんのお勧めの一冊は池田澄子句集『思ってます』(ふらんす堂)。

長嶋さんご自身も句集を出すくらいの俳人でもあられる。

池田澄子といえば、わたしの好きな俳句「じゃんけんで負けて蛍に生れたの」

があり、「いつしか人に生れていたわ アナタも?」がある。

有さんお勧めの『思ってます』一冊も奔放な口語俳句が魅力だ。



       アマリリスあしたあたしは雨でも行く

       わが晩年などと気取りてあぁ暑し



この句集が欲しくなってしまった。







書く喜びや、書くくるしみをお二人は語られた。

  角田光代   くるしいこと   思ったように書けないとき

           うれしいこと   書き終わって褒めて貰えた時

  長嶋 有   うれしいこと   手ごたえがあった時

作家に「なりたい」ではなく「なる」という信念のもとに、沢山「読み」、

そして、沢山「書く」 ことを語られた。

時間が足りないくらいのお話で、もっともっと聴きたかった。








追記 この会が終わると同時に長嶋有さんのケイタイ電話が鳴り、

    その電話を切ったあと、みなさんの拍手がした。

    「何だったの?」

    第52回<谷崎潤一郎賞>を『三の隣の五号室』(中央公論新社)で

    受賞したみたい……だ。

    ああ、そうだったのだ。(手ごたえがあったのだ 笑)

         記念すべき、8月22日。

    おめでとうございます ! !





2016年8月18日 (木)

NHKBSプレミアム「中井精也のてつたびSP」 台湾1周

中井精也のてつたびは、今回は台湾を鉄道で1周した。



わたしは台湾も韓国も行ったことがない。

九州・博多からだと近いのだが、今迄行く機会がなかったし、行きたいとも

思わなかった。

そんな考えが払拭されるような今回の「てつたび」であった。




瑞芳から菁桐まで。

花蓮から台東~高尾~嘉義へ

嘉義から登山鉄道で奮起湖を経て阿里山~祝山にてご来光を。

日南駅を北上して白沙屯~竹南

最後は台湾新幹線(台湾高速鉄道)に乗車。





だいたい上記のような台湾1周であったが、何日あれば1周出来るのかしら。

窓の外の太平洋を見てのオーシャンビューの菁桐までの汽車旅。

花蓮よりの田園風景を眺めながらの旅もいい。

池上駅で下車して駅弁を買っていたが、やっぱり座席に座って、海を眺め

ながらの弁当がいい。

阿里山のお茶畑は、福岡の星野村を思い出したが台湾の方がスケールが

大きい。お茶畑の中を列車が走るのだもん。



祝山でご来光を仰いでいたが、わたしは列車を改造したカフェで

海の夕焼けを見たい。



と、あれこれ思いながら、やっぱり台湾に行くべき、いや、行かねばと

思いを固める。






ところで、精也さんのブログ「1日1鉄 ! 」 の17日(水)は、ひまわりの花を

前景に、ちらりと見える電車の構図はすばらしい。ホントにすてき ! !

添えられたメッセージがなんともまぁ、粋なことよ。





         何を見せたいかだけを考え

            引き算したら

         こうなりました(笑)




作歌するのと、おんなじ、也。





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相変わらず酷暑の日が続いている。
明日から21日まで36度。22日・23日は35度。
24日・25日、36度との予報である。

滋養強壮・虚弱体質・栄養補給の××××を1日1本飲んでいる。(笑)

2016年8月17日 (水)

歌集『晴れ・風あり』 花山多佳子  短歌研究社

短歌研究賞受賞作と受賞後第一作を含む作品の

2008年より2012年までの425首を収めている。




     柏市の線量高し 三月十四日「晴れ・風あり」と手帳に記しあり

タイトルは上記の歌から取られており、原発事故の後の作者の住む

柏市の線量のことがうたわれている。





前歌集の『木立ダリア』の時もそうであったが、作者のうたう人間(ことに家族)

たちの姿は、とてもユニークである。あえてユニークなところだけを

掬いあげてうたっているのかも知れないが、作者の手にかかると

独特の雰囲気(可笑しみ)を醸し出す。






     練り物の類(たぐひ)は得体の知れぬゆゑ口に入れぬと言ひし父はも

     この叔母のお下がりを着て育ちたる吾とぞ思ふベッドの傍へに

     真夜中に電話をすれば「仕事中」と言って切れたり息子の声で

     ほたるぶくろ群がり咲けばわが夫けばけばしいねと言ひつつ通る

     遺された服はサイズが合はぬなり叔母の服着て育ちしわれに

     白金のかがやきに目をうばはれて雪平鍋をまた一つ買ふ

     爪楊枝のはじめの一本抜かんとし集団的な抵抗に会ふ

     被災せし人は誰も見ず 鳥瞰的津波映像を見るはわれらのみにて

     森岡さん世に在るごとく『帶紅』はとどきぬ百日紅のはな終るころ

     こいつは馬鹿だ、と息子が言つて去りしよりパソコンはますます頑 

           なになる


恣意的な抄出になってしまったが、1首目の父の言いぐさが可笑しい。
でも、なんだかその言いぐさだって、共感する部分もあるような。




2首目と5首目は対になった歌だが、「お下りを着て育ちたる」とはいえ、
叔母さんが亡くなって遺された服はサイズが合わない。
子どもの頃と、大人になった作者では体形だって違うのだろう。



3首目の息子の電話の切りようは、息子を持つわが身にもひびく。
案じてメールを入れても「問題ないです」の10文字にも満たない言葉
なんだもん。




6首目の衝動買い、7首目の発見(?)は、これぞ、花山ワールドだと感嘆。
7首目の「集団的な抵抗」って、よく考えついたもんだと恐れ入る。



8首目の歌も、真理をいいあてている。
熊本地震の時もそうだったが、被災者はテレビを観る余裕なんてない。
第一、電気もつかないし、家は倒れているし……




9首目は、作者ならではの感慨もあろう。

『帶紅』は、平成23年森岡璋氏によって出版された。

その『帶紅』の作品も含めて、花山さんは『森岡貞香の秀歌』を

書き上げたのだ。森岡作品を丁寧に読み解いている一冊だった。






                     3000円+税  平成28年8月11日発行

 

2016年8月15日 (月)

高橋元子歌集『インパラの群れ』 現代短歌社

2015年11月「パブロフの犬」300首により第3回現代短歌社賞を受賞した

作者の第一歌集。アフリカの草原を駆けるインパラに高校生の姿を

重ねあわせ『インパラの群れ』の歌集名としている。


   校舎より高くなりたるけやきの木若葉に風のすぎゆくが見ゆ

   入学のをみなごのやうに新しきくつを買ひたり転勤の日に

   そんなところに隠れてゐないで出ておいでむかしの私が教室にゐる

   かどかどしき言葉のならぶ法令集加除をするなり枝葉(しえふ)のページ

   インパラの群れのやうなる生徒らの朝の階段をかけのぼりゆく

   授業用包丁を買ふ四十本の柄に印したる通し番号

   三度目のお知らせなるに印刷の用紙の色はイエローにする

   托卵のやうに仕事のまはされて何はともあれやらねばならぬ

   足柄も不破関(ふはのせき)をもひとつとび筑紫まで来つあづまをみなの

   電子辞書にあぢはへぬもの古書店の紙のにほひと時間のにほひ

    




『インパラの群れ』には、仕事の歌(教員を支えて事務を担当する、

学校勤務)が、多く収められている。働く現場からの歌は、4首目、6首目、

7首目、8首目といずれの歌も具体的であり、その仕事の多様さと

忙しさが伝わってくる。




6首目の歌にあるように、40本の包丁に通し番号を入れるとは、誰にでも

うたえる素材ではない。と、同時にその素材を表現として完結させるあたりは

序文で外塚喬氏も触れているが、作者の感性に負うところが大きいだろう。






定年後の現在は、旅をしたり絵画を鑑賞したりと素材の広がりを見せている。

9首目の「ひとつとび」が愉しい。

そして、最後の10首目の歌は、本好きならではの「紙のにほひと時間の

にほひ」が、巧まずしてうたわれている。






                     2000円(税込)  2016年8月25日発行

   

2016年8月14日 (日)

『三池炭鉱 宮原社宅の少年』農中茂徳  石風社

昭和30年代の大牟田、三池炭鉱の宮原社宅での少年の日々が

生き生きと再現されている。

テレビもまだ普及していなかった時代の子どもたちの遊び。

社宅には風呂はなく、共同風呂に通っていた。そこでのエピソード。





少年時の回想のかたちで綴られているが、その中の会話が筑後(大牟田)弁

なのが心地良い。たとえば「かてて」の言葉。「かててやる」というのは、

加えてあげるという意味で、みんなの遊びに加わりたい時は「かてて」と

言って、仲間に入っていた。(大分弁でも「かてて」はつかっていたような…)







社宅の外や周辺のことを塀の外という意味で「外(がい)」と言っていたこと。

当時は違和感もなくつかっていたが、そこに排除の論理が潜んでいるとも

気づかずにいた、と後年書く。

      塀の中こそが世界の中心であるという認識が、私の中に形成

      されていたとしても不思議ではない。少なくとも私は、排他的で

      閉鎖的な体質を内面に醸成しながら育っていたのだと思う。



少年(ノリちゃん)とタカちゃんの友情。

運動会の日に母が家出してしまったこと。





少年時代の回想が単なる自分史に終わらず、三池争議をはさむ激動の

社会史となっているのがこの書の特徴。






個人的にだが、わたしが泣いてしまった個所は下記。







       やがて、母がつぶやくように言った。

       「しげのり、一緒に死んでくれんか」

       私は驚いた。突然の、信じられない言葉だった。

       返す言葉が見つからない。

       「どうして?」と訊くのも怖かった。

       下を向いたままかろうじて返事をした。

       「まだ、ぼくは死にたくない」








                        1800円+税   2016年6月10日

2016年8月 9日 (火)

水曜日もギラギラと眩しい太陽が主役の空   福岡のニュース

本日のWBGT(暑さ指数)は、12時-危険 15時-危険 であった。

朝の9時から夕方6時まで厳重警戒だし、この暑さはいつまで続くのやら

案じられる。





「危険」時間帯の外出はなるべく避け、涼しい室内に移動しましょう。と

熱中症情報には書かれているが、そうもいかず今日も外出した。



春日の教室から帰宅して、博多区役所へ。

火曜日は、臨時的措置として、20時まで時間外公布をしていることを知り

間に合いそうなので出掛ける。


4月21日にオープンしたのに、まだ一度も行ったことのない

KITTE(キッテハカタ)へ、帰りに寄ってみる。

洒落たお店が沢山あったが、結局いつものお店の筑紫口へと。






それにしても暑い。

この暑さはお盆まで続きそう、なり。


2016年8月 8日 (月)

『詩の点滅 詩と短歌のあひだ』 岡井隆  角川書店

「あとがき」によると、本書は角川『短歌』の2013年1月号から、

連載した「詩の点滅ー現代詩としての短歌」の25回分を

1冊にまとめたものと記す。






と、いうことは、発行された時点でそれぞれ読んではいた筈だが。(?)

しかし、こうして纏まったものを読むと、その印象がかなり違う。

違うというより、単行本で読むと、著者の意識の流れが伝わってくる。







      読者は、通読していかれて、さまざまな疑問を抱かれるに違ひ

      ない。それは当然といへば当然である。書いてゐるわたし自身、

      つねに考へをぐらぐらと揺り動かされながら書いてゐるからである。
                                     「あとがき」より

       





「かな遣ひの話」では、吉原幸子の旧かな遣いの詩(「無題(ナンセンス)」)に

ついて考察していた。「ゐる」と、わ行の使用は旧かななのに、促音の

「立って」は「立つて」と旧かな遣いになっていない。そのあたりのことを

「つまり、理窟ではなく、感情による選択によるものと思はれる」と。


「男と女の<読み>の差」の章では「永井祐の土屋文明論」に触れられてあり、

文明の字余り歌に寄せる永井の解釈すなわち字余りの論がまことに面白い

と褒めて(?)いる。





巻末に[書名・著者名索引]と[人名索引]が付けられているのは嬉しい。

                              1800円+税 2016年7月25日







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まだまだこれから続きを読むつもりだが、その前に『ユリイカ』8月号の感想を

少し。岡井さんの『詩の点滅』と同時進行で読んでいるものだから、岡井さん

繋がりで、「あたらしい短歌、ここにあります」のインタビュー(聞き手 東直子)

が、良かった。





「良かった」なんて言うのもなんだが、岡井さんの現時点(2016年7月2日)での

作歌姿勢というか方針が以下のように語られていた。





             僕はどんどん私性は出したほうが自分の歌としても

             しっくりくる。




             新しいというのも世間的な意味で新しいというのでは

             なく、自分にとって新たな体験という意味のことをやって

             みたい。




             いままでやや暗めの歌をつくってきたものだから、少し

             遊ぼう、楽しもうじゃないかと。

2016年8月 5日 (金)

ご報告

第8歌集『秋光記(しうくわうき)』 ながらみ書房 2016年6月1日発行に寄せる

記事をご報告いたします。







    ①岩尾淳子さんのブログ「眠らない島」 2016年8月1日付け

    ②西日本新聞 短歌月評 評者は志垣澄幸さん。2016年7月22日

    ③「稜」 2016年7月号 『秋光記』の紹介記事

    ④「梧葉」 2016年夏号 書影付き紹介記事

    ⑤読売新聞 コラム 四季  執筆者 長谷川櫂さん 2016年7月23日

    ⑥「書道界」 2016年7月号 短歌の景色 執筆者 池田はるみさん



上記は、わたしの方で確認ズミのものです。

①の岩尾淳子さんのブログはとても丁寧に読み込んでくださり、且つその

 文章が論理的で、書評としても素晴らしいものでした。感謝申し上げます。

 と、同時にブログをアップすることの参考というか、勉強になりました。

②の西日本新聞の志垣澄幸さんの短歌月評は、友人たちからそれぞれ

 新聞やコピーを頂きました。




⑤の長谷川櫂さんの読売新聞は、茨城のNさんが切り抜きを送ってきて

 くださいました。歌に添えられた写真が有明海の夕日だったのが、印象的

 でした。

⑥の池田はるみさんの「書道界」は、いちばん最初に届きました。

 思いがけないことで、とても嬉しかったです。その文章が池田さんの肉声を

 ともなうような、柔らかい優しいものでした。


皆様、ありがとうございました。
気づいていないのがありましたら、ごめんなさい。
今後共によろしくお願い申し上げます。
                          miyoko

 

2016年8月 4日 (木)

歌集『うはの空』 西橋美保 六花書林

「短歌人」同人の第二歌集。

『漂砂鉱床』以降の約17年間の作品から481首を収めている。

    鏡には何が映つてゐたのだらう私が覗きこまない真昼は

    なつの一日泳ぎて吾子はたましひの抜けたるやうな顔して戻る

    花束の花ふりこぼしふりこぼしいろんなことをあきらめてきた

    われの住むマンション八階うはのそらまことにわれはうはの空に住む

    午さがりの霊安室で生きてゐる人間だけがしんそこ怖い

    きつちりと泣くべきところで泣いてみせ力まかせの葬儀を終へる

    讃岐うどん食ぶる間しばしとて夏の帽子で遺骨を隠す

    亡きひとの日記の二冊は嫁われをまだいきいきと罵りやまず

    かつて死者持ち帰りたるスーパーの買ひ物籠も返しにゆきぬ

    いつかわたしはわたしを手放す せせらぎに笹船ひとつうかべるやうに



8首目に「嫁われを」とあるので、亡くなられたのはお姑さんであろう。

元気でいた頃は相当にやり合った仲だったのか?

亡くなられたあとに遺された日記を読むと、嫁(作者)のことを「いきいきと

罵」っている。

ああ、あんなに元気だった姑だったのに、と、この歌の背後には悲しみが

ある。





9首目もそうだが、スーパーの買い物籠を事情があって借りて帰ったのは

姑。その買い物籠を作者が返しに行くのだ。やれやれと思いながらも

きっちり姑の弔いをしている。




(よけいなことだが、10首目の歌の「笹船」は「笹舟」の方が
 良かったような……)




身めぐりからうたわれたあれこれは、それぞれに実態があり、作者の

心が添えられている。



明るく、解放感を醸し出している歌のあわいに作者の精神が揺蕩う。


                          帯文 藤原龍一郎 

                          2300円+税









追記   東郷雄二氏のブログ「橄欖追放」を読む機会があった。

      そこには『うはの空』も収められていたが、どうもわたしの解釈に

      大変な間違いがあることに気付いた。それは、うたわれている対象

      が「姑」とばかり思っていたのだが「舅」であったことだ。

      このあたりのことを東郷雄二氏は克明に記している。

      作者、西橋美保さんそしてわたしのブログを読んでくださった

      皆様がたにお詫びいたします。

      間違いに気付きましたが、このブログはこの儘にしておきます。

      東郷雄二氏の「橄欖追放」の第193回 西橋美保『うはの空』

      (2016年9月5日)を、お読みくださればと思います。

 

    




                      

2016年8月 3日 (水)

特集「本がなければ生きていけない」 文学ムック  書肆侃侃房

ひよんなことから文学ムック『たべるのがおそい』が手許に。

特集の「本がなければ生きていけない」を熟読。

他人(ひと)様の本棚は興味津々、だが、

だが、自分の本棚を公開するのはイヤだな。

この矛盾した思い。




本がなければ生きていけない、って……? ?



           「ひとは本など読まなくても生きていける」(日下三蔵)

           「ただ本がない生活はあまり想像できない」(米光一成)







今村夏子さんの「あひる」を読んだ。





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イベントのチケットを手に入れるのに苦労(笑)した。

いまどきは、ネットで予約し、コンビニで支払うんだね。

飛行機のチケットやホテルの予約はしたことがあるけど、

イベントまでとは……

2016年8月 2日 (火)

夏休み特集ドラマ「キッドナップ・ツアー」 NHKテレビ

5年生の夏休みの第1日目、わたしはユーカイされた。

犯人は2ケ月前から家にいなくなっていたおとうさん。




原作は角田光代の『キッドナップ・ツアー』




別居中の父親が娘を誘拐する物語といえば、暗いのだがこの親子の

やりとりは愉しい。しっかり者のクールな娘は父親をよく観察している。

ゆく先も定かでない旅の道中に起こるアクシデントがかえって親子の

絆を深める。



            


          ある日突然やって来て、

          きのうまで連れまわして、

          そして、さよならなんてされたら、

          きっと、わたしはろくでもない大人になるよ。






ハル(娘)が泣きながら、ユーカイ犯人である父親に抗議する。

          ろくでもない大人になったのは、

          誰のせいでもない、

          俺は、俺のせいだよ。




父親(妻夫木聡)は、自分のろくでもなさを認め、

その上で、娘(豊嶋花)を諭す。




          思い通りにならなくても、

          受け止めなくてはならないことが

          あるんだよ。

          人のせいにするな。





テレビドラマを観て泣いてしまったのは久しぶり。

再放送してほしいドラマだった。



そしたら、また観るけんね。

 

2016年8月 1日 (月)

熱中症に注意 !

福岡市からのお知らせが16時25分に届いた。


       熱中症による救急搬送が急増しています。

       熱中症は、症状が重くなると生命に危険が及ぶことが

       あります。次のことに留意して、熱中症を予防しましょう。

       早めに、こまめに水分補給。睡眠を十分にとる。炎天下での

       長時間の外出や運動を避ける。外出時は、帽子をかぶる。

       室内では風通しを良くする。

       体調が悪い時は、無理をしない。冷たいタオルで体を冷やす。

                           [福岡市熱中症対策推進本部]



天気予報では福岡は明日から6日まで34度。

7日・8日は35度の予報である。

ほんとうに暑い。買い物から帰ると汗だくだく。





「未来」8月号、落掌。

評論エッセイ賞の選考会の記録が掲載されている。

読むのがたのしみ。





世の中は8月になってしまっていたのだった。

あ~あ。
 

  

 

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