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2016年12月 5日 (月)

「ぷりずむ」 2016・12 第21号

小林郁子さん執筆の「万葉集管見」に注目。

1ページの短いものだが、今回は「大伴書持の歌」。


       長き夜を独りや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに

                             大伴宿禰書持(巻三・四六三)

       あしひきの山のもみち葉今夜(こよひ)もか浮かび行くらむ

       山川(やまがは)の瀬に       同     (巻八・一五八七)



1首目の歌は、家持が妾(おみなめ)を亡くして悲しんで詠んだ歌に、和した。

2首目の歌は、目の前のもみじではなく、想像を働かせて、独特の雰囲気を。

「大伴宿禰家持には書持(ふみもち)という同母の弟がいた」と、この文章に

書かれている。大伴書持という名前、そしてその歌。万葉歌人の中でもあまり

有名?ではないだけに、どのような人なのか興味を抱いた。


大伴旅人の異母妹が大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)

だが、大伴家持の叔母で姑でもある。旅人が妻を亡くしたのち、

坂上郎女が家持と書持を養育したとも伝えられている。

坂上郎女の歌は万葉集に長歌・短歌合わせて84首収録されている。





書持は、「万葉集に残した歌は12首のみで、女性への相聞歌も無い

ことから、夭折したのだろうと言われている。」と、小林さんは書いている。





道理で道理で、わたしは今迄「大伴書持」を知らなかったんだ、などと

都合いい納得をした。(笑) でも、調べてみると、斎藤茂吉の『万葉秀歌』

下巻(岩波新書)には、書持の歌が1首取り上げられていた。






茂吉の鑑賞によると、「天平18年に家持が書持の死を痛んだ歌を作って

いるから、大体その年に死去したのであろう。」と記す。天平10年が家持

21歳なら、書持が亡くなったのは、25・6歳だろうか?








cat      cat

頂いた歌誌や歌集を読んでいて、なんとモノを識らないことかと、自分が

情けなくなる。恥ずかしい。「書持」のことは不勉強に尽きるのだが……

ところで、情報が届かないというか、歌壇の情報オンチなことが結構ある。

頂いた歌集の「あとがき」を読んでいて、今日、知ったこと一つ。

H書店の社長がいつのまにかOさんになっていた。

知らなかったよ~  

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