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2016年12月

2016年12月29日 (木)

短歌同人誌「穀物」 第3号  つづき

昨日取り上げていなかった同人4名の歌。

       きさらぎの錫の光の朝々を裸身にて木は奔りゆかずや

                                  小原 奈実

       あたたかな窓は旅して何度でも電子レンジが見せる夕焼け

                                   狩野悠佳子

       纏うのは水とすこしの蝋燭とうつろいそして散るものの羽根

                                   小林 朗人

       日差しが窓に差す 窓に差すということを告げるためカーテンが

       ふくらむ                       新上 達也


さて、26ページに及ぶ特集の座談会「短歌とは生きてゆくための深呼吸」を

熟読。座談に参加したのは川野芽生・小林朗人・濱松哲朗・廣野翔一・

山階基と書記として新上達也が加わる。

この座談会はあらかじめ質問事項を各自に出している。

何しろ長い長い座談なので、ピックアップして紹介。






       --略 逆に言うと不自由すぎて逆に自由を感じるっていうのが

       やっぱりあって……              廣野 翔一 

 

       定型がない自由さというのは広々とした荒野に放りだされた

       ようなもので、不自由であるからこそ、その奥深くまでいける

       何かにたどり着こうとしやすいという実感があります。

                                  小林 朗人 



 

廣野も小林も短歌の定型・五句三十一音という枷を不自由の中の自由と

感じとっている。現代詩の自由さは「茫漠たる原野」みたいだと、わたしなども

かねがね思っていたので、二人に納得。



       『小さなヴァイオリンが欲しくて』がなぜ切迫したような感傷さえ

       読者にもたらすのかっていうと、永井さんが実人生を生きてきて

       感じたものをフィルターにかけて濾過して、実人生っていうものを

       捨象して歌にしたからだと思うんだよね。--略

                                   濱松 哲朗


 

 

       作者の実人生と短歌の関係性は、調味料と料理っていう関係と

       似てそうですね。                 山階   基 







作者の歌と、実人生の関係。

これは、今後もっともっと論議されるかもわからない。

個人的に言えば、わたしなどは、作者の実人生があって歌はそれに

寄り添うものだと思う方なので、架空の人生などをうたいたくはない。

そうまでして、短歌を作りたくないのだ。






ただ、濱松が永井陽子の『小さなヴァイオリンがほしくて』を読んで感じた

ように、「濾過して、……」ってことはだいじなようにも思う。実人生べったり

だと、日記とかわらないしね。

       文学には文学の倫理があるというか、社会にあるものは倫理と

       いうよりマナーだから、文学の倫理こそがそのマナーを超えて

       いかなきゃいけないんだって思うんです。 

                                   川野 芽生

川野の言う「文学の倫理」は、難しくて悩ましい問題でもある。

彼の歌もそうだが、先の先の方を歩いている孤独な(孤高な?)背中が

見えるばかりだ。






なんだか頼もしい若者たちであることよ、と感心しきり。








この座談の最後の方で、川野が「私は短歌をやめても、この世界全部不自由

だから行く先がないなって思ってます」と言えば、すかさず濱松が「私も最後

に残ったのがここって感じなので、行くあてないですから……」と応じるし、

廣野は「俺もそうです」と同調するし、山階が「えっ、なんでみんなそんな

背水の陣になっとるん……?」と、茶かすオチは、愉しくもせつない。




短歌を40年も続けているわたしとしては、「あ~あ、わたしに残ったのは短歌

だけ。短歌しかないのね。」って、人生を終える時に言いそうだ。

でも、短歌があって良かったとつくづく思う。

短歌があることで、どれだけ精神のバランスがとれたことか。










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このブログはしばらくお休みします。

1年間読んでくださった皆さまがたにお礼を申し上げます。

どうぞ、良いお年をお迎えください。


                       2016年12月29日  miyoko    cat

 

2016年12月28日 (水)

短歌同人誌「穀物」 第3号

創刊号が出たのが2014年11月だから、確実に1年に1冊の刊行である。

同人数も創刊号より増減がなく、変わらず8名というのは、この変化の

激しい時代にあって稀有なことではあるまいか。





創刊号の47ページから、この3号は一挙に87ページの大幅な増ページに

なっている。1人に換算すれば10ページ強。( 恵まれている。笑 )





今号は26ページに及ぶ座談会を掲載している。

その座談会が総合誌などの対談や鼎談に匹敵するくらいに面白い。

その面白さを伝えたいのだが、まず、作品の方から紹介したい。

大作(39首・46首・50首)を出している川野芽生・濵松哲朗・廣野翔一・

山階基の4名の濱松を除く3名の作品は、第62回角川短歌賞に応募した

時のものということが判明(笑)。





角川短歌賞発表号の2016年11月号『短歌』を開く。




      まどろみに旗を   山階  基     未来・穀物・はならび

      アヴァロンへ     川野芽生     本郷短歌会・穀物

      虹を出す手品    廣野翔一      塔・穀物






その時のタイトルのままの掲載だが、山階は11首削り、川野は4首

削っていることが判る。

     このなかのだれも風力発電の羽根にさわったことはないのに

     抱きあう胸のあいだをひとすじに抜け落ちていく感じがこわい

                    まどろみに旗を     山階 基

     ジョン・エヴァレット・ミレイの没年書き入れて死者ばかり

     この稿を出入りす

     幻獣のかたちを都市にさらしつつわが呼ぶまではそこに

     在れ、雲          アヴァロンへ      川野芽生





     点検の前に残水を吐かせおりうつ伏せの後逆立ちをさせ

     生産が上がらぬことがちらつくな炬燵で不意に寝る間際にも

     虹を出す手品未だに持たざれば風吹く街を眺めるばかり

                     虹を出す手品     廣野翔一






     からみつく蔦のごとくにわが生を此処に這はせり 此処しか

     無くて

     ちがふ、何かが違ふと常に思ひつつ面伏せて門をくぐり抜けたり

                     〈富める人とラザロ〉の五つの異版

                                    濱松哲朗







とりあえず、大作の4名の作品から。

山階の1首目はいいさしの言葉で終わっている。「さわったことはないのに」

の後に続く言葉が消えて、読者は宙ぶらりんになってしまう ? そこを

狙ったともいえるのだが。

2首目は、性愛に溺れきれない?純な心?が感じられる。





川野の歌はパスしたいくらいに難しい。

実体の無い、不可視の世界を詠んでいるようなとりとめのなさを感じる。

わたしには〈知の世界〉が視えない。






廣野の歌は、歌というより先ず角川短歌賞の選考会での小池光の

下記の言葉が強烈に残っている。

     

     ーー略〈風俗に行かざることをなんとなく一線として我は死守する〉

     とてもよくわかります。頑張ってください。(笑)。こういう率直さは

     読ませる。






それかあらぬか(笑)小池光は、廣野に1票入れていた。

この50首は、労働者の悲哀が湿り気を帯びずにさらりとうたわれていて、

わたしは良いと思った。

2首目、3首目に、現実に対する焦りのようなものが伝わってくる。

若い人の〈労働の歌〉が少ないから、この路線で執ねく突き進んでほしい。

濱松の歌も、廣野の路線に近いが、濱松の方は現実の生活が見え

難い。社会に同化できないような苛立ちは十分伝わってくる。








ここまで、書いて時間切れ。

座談会のことにも触れたかったが、スペースが尽きてしまった。






            (頓珍漢な妄評、ご海容ください。)

                                   つづく……

 

 

2016年12月27日 (火)

歌集『橋梁』 糸川 雅子  飯塚書店

短歌結社「音」の選者であり編集運営委員の『夏の騎士』に続く

第六歌集。2008年から2012年までの作品378首をほぼ制作年順に収める。






     買い替えて薄くなりたるテレビには今年の山の紅葉映る

     先に眼鏡おちてしまいぬリノリウム床の鉛筆拾わんとして

     土讃線(どさんせん)下りにゆられひさびさに大歩危(おおぼけ)・

     大杉(おおすぎ)・後免(ごめん)まで来る

     一人暮らしそろそろきついと父は言い鶴亀ハウス見学に行く

     小さきものに呼びかくるとき膝おりてそのまま少しやさしくなれる

     三年に一度くらいの間隔で巡れば愉しや瀬戸の島々

     思い出のなかをくぐりてかえりくる赤とんぼあり 指を差し出す

     昼食の秋刀魚のわきに添えらるる酢橘をしばし眺めて箸とる

     名詞多き歌につかれてはなみずき卯月夕空背負うに重し

     水色の鉛筆の先尖らせて越えてゆきたし若葉の山を








とりたてて大きな事柄がある訳ではないし(作品上では)、安心して(と言う

のもへんだが…)読むことが出来る。

しかし、集中に「玄関の戸が開き誰かの声きこゆ悪い知らせでなければ

よいが」などの歌が挟まれていることからして、決して安穏とばかり過ごし

ていたのでもないだろう。


1首目・2首目は、日常の何気ないシーンを切り取っている。

床に落ちた鉛筆を拾おうとして、拾うまえに眼鏡が落ちてしまったことなど

些末といえば些末なのだが、わたしはこういった無意味なような歌にも

惹かれる。





3首目・4首目は固有名詞の面白さがある。20年ほど前に四国を旅したが、

その時に「大歩危(おおぼけ)」「小歩危(こぼけ)」を知った。渓谷の美しさと

地名に魅せられての旅だった。あげた歌の「後免(ごめん)」もユニーク。

しかし、4首目の「鶴亀ハウス」はいかがなものか。老人福祉施設とか老人

ホームの名前はどうしてあんなそのものズバリの名前を付けるのかしら?

その「鶴亀ハウス」の名前が、ややアイロニーを帯び、なんともほろ苦い。





5首目の歌は、小さい子どもに接する時に膝を折って話かけるのだろう。

作者の所作まで目に見えるようである。




7首目、結句の「指を差し出す」が良い。この動作によって作者の平らかな

心まで伝わってくる。





8首目は「酢橘」(すだち)とカボスの違いを思った歌。

わが故郷の大分はカボス(香母酢という字をあてたりする)。

風味と香りが違うらしいが、酢橘はゆずの近縁種で徳島原産とか(?)

9首目の歌は「名詞多き歌につかれて」なのだが、さりとて「名詞少なき歌に

疲るる」とも、他でうたってあり、〈名詞〉に作者は拘っているともいえそうだ。



新仮名遣いの作者。

そういえば「音」の玉井清弘さんも新仮名遣いだった……


                平成28年11月24日    1800円+税



 

 

2016年12月26日 (月)

『渾沌の鬱』 馬場あき子歌集  砂子屋書房

「現代三十六歌仙 28」で、著者にとっては第26歌集となる。




        若い日に読んだ『荘子』の中に出てくる渾沌の逸話が

        いまも忘れず心に残っている。しかもだんだん身にし

        みるものがある。(中略)この紀元前四世紀の逸話には、

        そのまま現代の危機も潜んでいそうな凄さがある。

                          (本書「あとがき」より)




     鬱とした薀気ふくらます森ありてこのままでいいと言つてはゐない

     「死ね」と叫びてゆくデモ許しゐる国に少年は「死ね」といたぶられ

     死ぬ

     魂はけふすすき野の空にゐたりしがうつし身いわし焼きをりわれは

     うちのひと今日は夕餉をつくるといふ豆腐もあるしまづはあんしん

     うそのやうに小高賢すつとゐなくなり雪しんしんと本所両国

     言はない方がいいのに言つてしまふことさはやかな秋の日のわが

     病(やまひ)

     三十七年上つて下りて柿生坂右も左も家となりたり

     昭和とは何であつたか国家とは何を強(し)ひたか  焼けた桜よ

     この花やアポロウスバシロ蝶が吻(くちづ)くるマンネングサです

     白い花です

     強行は政治の奥儀ほんたうにやるつもりなのだほのか笑つて







1首目、「薀気ふくらます森」は、作者の内部を仮託しているようでもある。

6首目の「言はない方がいいのに言つてしまふ」のは、作者の精神

    即ち堪え性の無さであり、いい加減がいやなのだ。保身の術を

    心得ていれば「言はない」のだが、それが出来ない。

     (そこがまた、人間的でもある所以。)






「物語読み」をしてしまう癖(へき)がわたしにあることは否めないが、

それにしても〈馬場あき子〉の「わたくし語り」が、歌の奥行を醸している

ことには、間違いない。





そう、この歌集にはいろいろなものが詰まっている。





そのいろいろなもの全てに〈馬場あき子〉という歌人の〈生〉が滲み出ている。

3首目の「いわし焼きをり」、4首目の「豆腐もあるしまづはあんしん」と

「うちのひと」を思い遣る心。生活の、日常の、ちいさなことにも心を配る。





そして、何より8首目、10首目のような時代とは、国家とは、という怜悧な

視線を持ち続けていること。社会にまっすぐな目を向けて立っていること。


来年1月には89歳になられる馬場あき子さん。

馬場さんが「マンネングサです白い花です」と涼やかにうたうと、

なんだかほほえましくもなる。









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サンタさんから届いた『渾沌の鬱』。

うれしくて、うれしくて、夢のようだった。
(サンタさんが、12月14日のブログを読んでくれていたのだった。)

思いが叶うのはなんと素敵なことか。

2016年のクリスマスは忘れ難いものになった。

これから再読・三読・なんどもなんども開くことだろう。

サンタさん、ありがとう !  !


2016年12月25日 (日)

映画「海賊とよばれた男」 

2013年、本屋大賞を受賞した百田尚樹の同名小説の映画化。

明治・大正・昭和の時代を舞台に石油事業に困難にめげず果敢に

命を賭けた男、とその仲間?たちの物語。

            舟を出せ~

鐡造の一声によって、舟に積まれる石油。

            波荒し    25灌

            波穏やか  50灌

            天気晴朗  100灌


と、その日の海上の天候によって海での取引の灌数も変るのだ。








紆余曲折を経て、

戦後、石油メジャーの妨害に遭い、輸入ルートが断たれてしまう。

鐡造は最後の手段として、イランとの取引を決断する。

イギリスからの妨害や拿捕だってあり得る上での決断であり、強行だった。

「日章丸」の運命やいかに……


岡田准一が、青年期から95歳の亡くなる日までの主人公・国岡鐵造を

熱演していた。

ことに晩年の鐡造の見事なメークと所作には感嘆した。






その他の出演者は、吉岡秀隆や鈴木亮平、堤真一、綾瀬はるか 等。







ところで、この映画の中で「満鉄本社」が出てきた。

今年の6月に息子と大連を旅して、この「旧満鉄本社」の前まで行った。

大連賓館にも立ち寄ったが、いずれも建物はしっかりしていた。






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年の瀬の、休日の街の賑わい。

首に掛けていたマフラーがいつのまにか無くなっていた。

どこでなくしたのか、あれこれ考えた。

諦めようとしたが、ダメモトでもいいやと 3 Fのインフォメーションに

寄ってみた。

な、なんと、どなたかが届けてくださっていた。

博多の街の、博多のひと?の、親切に感動 !  !




どこの、どなたさまでしょうか? 

御礼を申し上げます。ありがとうございました。



2016年12月22日 (木)

ご報告⑤

恒成美代子歌集『秋光記』(ながらみ書房 2016年6月1日刊 2500円+税)の

書評や紹介記事など、雑誌や歌誌・新聞に掲載されたものです。

   22  『短歌』書評 2016年12月 富田睦子さん執筆

   23 『短歌研究』 2016年12月号 短歌年鑑

        2016年度・後期 歌集・歌書展望  浜名理香さん執筆

   24  「鮒」平成二十八年十二月号 書評 野村芙美子さん執筆

   25  朝日新聞 九州版 短歌時評 2016年12月6日

                             伊藤一彦さん執筆







 なお、他にもわたしの目に届かなかったものがあるやも知れません。

Twitterでは、2016年8月15日に、鵜飼康東さんが歌を2首、紹介して

くださっていたそうです。ありがとうございました。








念のため、

    この報告の①は、2016年8月5日付けのブログに①〜⑥

         ②は、2016年10月12日付けのブログに⑦〜⑮

         ③は、2016年11月12日付けのブログに⑯〜⑱

         ④は、2016年11月19日付けのブログに⑲〜21  

                             掲載しています。






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今年最後の歌会が本日、北九州でありました。

雨の中を新しい人が一人みえて、清新な歌評に聴き入りました。





18日の日曜日の若松行きから、今日で5日続けての外出(そとで)です。

やや、疲れましたが、これからが本番 ? (主婦の仕事を、たのしむとよ。笑)

2016年12月21日 (水)

「大分青南短歌小誌」廃刊

悲報が届きました。

「大分青南短歌小誌」をおひとりで224号まで出されていた高木正さんが

お亡くなりになられました。12月4日、94歳にて永眠なさったそうです。

毎月、新聞をお送り頂いていました。

12月号が届かないなぁ、と思っていた矢先のことでした。

高木さんはアララギの土屋文明先生を生涯の師として、作歌を続けて

いました。「大分青南短歌小誌」は、いつも文明先生の記事で溢れて

いました。

9月号では「先生の校歌碑は残った」という一文を高木さんが

書かれています。新聞には、土屋先生のお元気な顔写真が掲載されて

いました。この写真は高木さんが昭和58年(1983)奈良歌会で撮されたもの

でした。

「大分青南短歌小誌」には、「青南」本誌からの歌を転載していました。

その中の高木さんの「青南」11月号の作品を紹介いたします。





     人も来ず電話もかからぬこの日暮れ立つ面影の常に若しも

                              高木 正 (別府)


この歌の「面影」は土屋文明先生ではないだろうか?と思ったりします。

あるいは、高木さんの愛した〈金石淳彦〉かもわかりません。

それにしても、上の句がなんともさびしいです。そのようなさびしさを

埋めてくれるのは、在りし日の面影だったのでしょう。回想することで

心を癒していたのではないでしょうか。





「大分青南短歌小誌」の10月号(223号)の「あとがき」に胸が詰まる思いが

いたします。94歳の高木さんの思いがしみじみと伝わって来ます。


     ◇こんな素晴らしい友と励ましあいながら、私としては、

      金石淳彦が歌集『自生地二百首』の前書に書かれた言葉、

      「ひ弱い自分の生き方をjustfire(正当化)するために歌を

      詠んでいるのではなかろうか」が、歌の下手の極まりの

      九十四になっても思い出される。それに感謝して、

      ただ人間臭い歌を詠みつづけようと思う。

 

 

2016年12月20日 (火)

竹中優子さんの超短編小説「九月一日」

平成28年度の福岡市民文芸賞受賞作品掲載誌『文芸福岡』(第5号)が

届いた。




「未来短歌会」の〈陸から海へ〉(選者・黒瀬珂瀾氏)所属の竹中優子さんが

トリプル受賞した作品が掲載されている。

詩で福岡文化連盟賞、エッセイで市民文芸大賞、超短編小説で福岡文化

連盟賞とその才能のほどが察せられる。

そのなかで、わたしは個人的には、超短編小説がいちばん良いと思った。

選者は、歌人で作家でもある東直子さん。選評で以下のように記している。


       「九月一日」は、昨今様々な場面で話題になっている「スクール

        カースト」の問題に切り込み、現代的であるとともに文体が

       柔らかく、独自の風情がある。--略

       心理的どんでん返しともいえるラストの校門のシーンは、映像的

       にも美しく印象に深い。人間の多面性に光を当て、思考を深め

       られる一編でもあると思う。



超短編小説とはいえ、プロットもしっかりしており、ほんとうに彼女は選者の

東直子さんのように作家としても自立出来るんじゃ~ないか、とさえ思えて

くる。





でも、やっぱり短歌は作り続けてほしいし、

福岡にいてほしいし、

「未来福岡歌会」にもいままで通り出席してほしい。



                2016年12月10日発行 定価 1000円(税込)

2016年12月19日 (月)

『今日もごちそうさまでした』 角田光代 新潮文庫

「午後三時に昼食としてものすごーくおいしいオムライスを食べるくらい

なら、私は十二時ジャストにまずいラーメンを食べることを選ぶ。」と断言し、

〈食〉に対するのっぴきならぬ思いを持っている著者の〈ごちそうさま〉の

数々のエッセイ。






最初に登場するのは「私の愛するもの」で、タイトルが「羊年女、羊を食らう」

30歳を過ぎて、羊肉に目覚めた角田さん、ギリシャの旅で「何これッ」と歓びを

全開する。






おいしいものを食べる時の描写が、微に入り細に入り(笑)、その上に

すごーくリアリティがある。たとえば、「秋刀魚(さんま)ってえらい」では、

           略ーー深夜、この秋刀魚の一夜干しをグリルで焼いて、

           酒のつまみに食べた。ぎえ ! と思わず叫んだ。あまりにも

           おいしかったのである。ぎゅつとしまった身、充分にのった

           脂(あぶら)、ほのかな塩気、皮のぱりぱり。何これ ! 

           何これ ! と、私は阿呆(あほう)のように叫びながら、

           まるまる一本食べてしまった。しかも、頭まで。この一夜干し

           の頭、かりかりしてて本当においしかったのだ。

 

春夏秋冬の旬のものに寄せる食材などのこだわりが「春のうれしさ」・

「正しい夏」・「その日から秋」・「冬を食べねば」などから、直に伝わってくる。


このエッセイで気づいたのだが、たけのこを湯掻くのに椿の葉っぱを

入れる方法を知らなかった。米糠とばかり思っていたけど、な。

来春には試してみたいものだ。

そして、もう一つ知らなかったこと、秋刀魚って鱗のない魚って思って

いたけど、秋刀魚の鱗は剥がれやすいため、網にかかったときにさーっと

剥がれてしまうものなの? 知らなかったよ~




                                   520円+税

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この本、実はお正月に読むつもりで買っていたのだけど、

結局きのうと今日で読んでしまった。(前倒しですな。)



また本屋で何か調達しとかなくちゃ。

でも、年賀状を書くのが先だよん(笑)

2016年12月18日 (日)

坂口博著『校書掃塵』出版記念会

『校書掃塵』の出版記念会があり、北九州市若松まで出掛けた。

JR若松線で行くことに。折尾で乗り換えるのだが、ただいま改築工事中で

うろうろしていたら、予定の電車が出てしまった。

考えてみたら若松線に乗るのは初めてのような。

次の電車まで待つ。

夕方の時間なので夕景色をたのしみつつ、若松まで。

初めて降り立った若松駅、駅の左裏手には、皇帝ダリアの花が

まだ咲いていた。






著者になんらかの関りのある人たちが40名ばかり。

大阪から、大分から、と遠方からもお祝いに駆けつけていた。





皆さんのお祝いのスピーチを聞きながら、胸が熱くなった。

10年間ゲラを持って待った花書院の仲西佳文さん。

12年前からこの本を予約して待っていた人たち。

そして、何より著者の坂口さんは重圧?に耐えながら、この大きな厚い

電話帳のような本をついに刊行したのだ。






わたしの好きな章というか、とても示唆された箇所は、「森崎和江の方法」の

中の「竹内先生とのおわかれ」の追悼文。竹内先生とは、

竹内好(たけうち よしみ)氏のこと。


       おぼえていますことのひとつに、学者の仕事は文書資料に

       忠実であるだけに、実際に生きてきた人びとの歴史から

       結果的にとおくなりがちですから、あなたのような若い人が、

       思うままにもう一度やってください、ということばがございました。


竹内好の発したこの言葉を大切にして、森崎和江は実践したのだ。

著者の坂口の文章もまた実にいい。この章は何度でも読み返したい

くらいだ。


623ページ、全7部の構成で評論50本が収められている。

定価は12000円+税。

2016年12月16日 (金)

「短歌ホリック」① 創刊号

発行人・荻原裕幸、編集人・辻聡之の同人誌。

同人は、前記の荻原裕幸・辻聡之と小坂井大輔・廣野翔一の4名だが、

この創刊号ではゲストに谷川電話・千種創一・戸田響子が参加している。

同人もゲストも歌の数がきっちり20首(4ページ)というのがユニーク。

このわけ隔てなさ(笑)に、気骨を感じたりした。


       さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに

                                     荻原 裕幸

       どこにもいけないどこにもいけないどこにもいけない 全身が恥部

                                     小坂井大輔

       シュガースティックふいに破れて漏れ出づる感情をうまく押し

       殺せない                         辻  聡之

       地下街に人はざわめき歩きゆく人の思考にわれは触れざる

                                      廣野 翔一

       夕焼けは顔半分をきらめかせ顔全体できみは笑った

                                      谷川 電話

       愛なのか伝令なのかもわからない手紙は豆のようにたたまれ

                                      千種 創一

       ゆゆゆゆゆ朽ちる古書からこぼれ落ちた文字が静かに床に

       広がる                           戸田 響子



同人もゲストも「わけ隔てなく」各1首あげるにとどめた。

小坂井の強引な(笑)リフレイン。

「豆のようにたたまれ」の千種の結句の展開、

「ゆゆゆゆゆ」の初句のわけのわからぬオノマトペ(?)の面白さの

戸田の1首。

これぞ、「短歌ホリック」の〈ホリック〉に相応しいと感じた次第。







そして、極めつきは廣野翔一の「現代百人一首」。

縦横無尽にあの歌、この歌を取り上げて、コメント無しで、

「さぁ、読んでください」みたいな、無責任さ(褒め言葉ですよん。)

「全身全霊を懸けて選び抜いた100首」だけあって、読み応えあり。

笹井宏之さんや藤井常世さん、小高賢さんなど亡くなられたひとも

取り上げてあったのが印象的だった。






ツイッターでの呼びかけに応じて、「推し短歌」を寄稿した人が28人も

居たことの驚き。それらに14ページを割いている。

瀟洒な装幀と「短歌ホリック」の同人誌名はどなたのセンスかしらん。


それにしても、60ページから成るこの冊子は、1冊500円で採算が

とれるのかと他人事ながら案じられもした。





2016年12月14日 (水)

山茶花時雨

昨日に続いて、今日も一日雨。

わたしの部屋の室温は、18℃なのだが、背中が寒く感じられる。

風邪気味なのかも知れない。

今年の冬はじめての電気ストーブをつける。





       少し古いけど風邪薬ですどうぞ     池田澄子『思ってます』






少し古いけど、風邪薬があったので飲むことにしょう。

いま寝込むわけにはいかない。来週は予定が沢山詰まっている。






この雨で白山茶花の花が濡れていることだろう。

太宰府の戒壇院で見た白山茶花は花が大きくて、とても綺麗だったなぁ。

時雨に濡れて、散ってしまうかも……




ところで、馬場あき子さんの『渾沌の鬱』は増刷されるのかしら?

紀伊國屋にもないし、他の書店にあたってもらったけどなかった。

アマゾンも楽天ブックスもないし、

出版社も現在取り扱っていません……だって。

なんとか手に入れたい。

サンタさん、クリスマスプレゼントに、いただけないでしょうか。(笑)







2016年12月13日 (火)

映画「聖(さとし)の青春」 原作 大崎善生

1998年8月8日、29歳の若さで亡くなった天才棋士の物語。

原作は大崎善生(『聖の青春』角川文庫/講談社文庫)。




村山聖に松山ケンイチ。羽生善治は東出昌大。

聖(さとし)の師匠にリリー・フランキー。




松山ケンイチは、映画「怒り」の時との変わりように驚いた。

あの「怒り」で見せた、おどおどしたような少年の眼差しから、勝負に

挑む男の根性を、その眼力に発揮していた。

役作りのために20キロの増量をしたとか。並々ならぬ映画に賭ける男の

意気を感じた。





聖の部屋は本やCDなどで足の踏み場もない。

漫画が大好きな聖の卓の上に『蒼ざめた馬』がチラリと見えたのは

何だったのか?(監督の嗜好かな?)


対局でアップになるたびに聖の指の爪の長さが気になった。

使わない左手は全部の指の爪が長く、右手はかろうじて遣う指だけは

短かかったようであった。それと髪の毛が伸び放題みたいな。この2つの

ことは、エンディングで理由がわかる。(教えないので、映画を観てほしい。)


羽生善治役の東出昌大が羽生になりきっていた。

対局での扇子を小さく開けて閉めるしぐさなど、一挙手一投足が

羽生のものだった。

聖の師匠役のリリー・フランキーが包み込むようなやさしさで接して

いた。彼の演技は、演技というより、体全体から滲み出る〈あたたかさ〉

である。映画「お父さんと伊藤さん」の伊藤さん役でもそうだったが、

すてきな役者さんだ。


勝負の世界の息詰まるような対局。

村山聖語録は、将棋の世界だけでなく、他の世界にも通じるようにも思えた。

対局が終わって、羽生と聖が居酒屋で語り合う場面は、その言葉一つ

一つに重みがあった。






     ぼくたちはどうして将棋を選んだのでしょうね。

     神様のすることは、ぼくには予測できないことばかりです。

     敗けたくない、それが全てだと思います。

進行性膀胱癌の手術をする。故郷の広島でのひととき。

アンケートの類の嫌いな聖がはじめて返送したアンケート用紙の回答。

Q神さまがたった一つ叶えてくれると言ったら、何を叶えてもらいますか?

 回答 神様除去







広島弁の「勝ちたいんじゃ~」がせつない。

羽生も言ってたけど、「負けるのは死ぬほど悔しい」と。





      人間、誰でもいつかは死にますから…






なんて、まだ20代の聖(さとし)がさらりと言うと、泣けてしまう。

     

     

     



       

2016年12月12日 (月)

『前川佐重郎歌集』 つづき

昨日からの続きで、今回は全篇収録の『彗星記』の歌の紹介。



ちなみに作者の父は歌人の前川佐美雄(1903年~1990年 歌集『植物祭』・

『大和』・『捜神』など)

『彗星記』の「あとがき」には、その父親のこと、短歌について、以下のように

記している。

      さて、佐美雄が平成二年七月十五日に亡くなったが、その死に

      近い枕辺で独り歌を吟ずる佐美雄に付き添いながら、短歌と

      いう詩型の不思議をおもい返していた。一人の人間を死の床

      まで離さなかった短歌とは何んぞやと、鈍感な私にもそれなりに

      感ずるものがあった。





50歳になって本格的に短歌の世界に戻った前川佐重郎氏。

父、前川佐美雄の死後、一年半を経て、平成四年より「日本歌人」の編集を

引き受ける。








      三十年遅き出立わが額はすでに夕闇刃物をかくす

      亡霊はこの家に棲みしか一匹のいわし焼くけむりの背後

      まなかひを過ぎゆく繊雨(せんう)この夏のはがねの鬱を誰に負

      はせむ

      ユキノシタ、羊歯のたぐひも怖ろしき春をはるころ眼鏡は透(す)きて

      秋の夜のつひの底ひに届きたり鉦叩(かねたたき)鳴けばわれも

      響(な)りいづ

      桜桃のかなしき酸のひろごれるわが舌うすき初夏を過ぐ

      墓原に父の姿は見あたらぬ空に盛装の雲ひとつ倚(よ)る

      かたちなき言葉あそびの言の葉がはらはら散りぬ古(ふる)辞書

      繰れば

      われを容(い)るる器はあるかこの穹(そら)に檸檬(れもん)

      一個を玩びゐる

      舌出して切手舐めゐる真夜ひとり吾も視てゐるわが舌あはれ





いずれの歌も端正なたたずまいを見せ、調べの良さがある。

そして、何より私的生活を晒していない。それは作者の美学かも知れない。

〈何をうたうか〉、よりも、〈何をうたわないか〉に心を砕いているようにも

思えるのだが。








 

        


       

2016年12月11日 (日)

『前川佐重郎歌集』 現代短歌文庫 砂子屋書房

『彗星記』全篇と『天球論』(抄)を収録。



歌論・エッセイが7篇。解説を松平修文・小川太郎・三枝昻之・佐伯裕子・

黒木三千代・喜多弘樹・佐々木幹郎諸氏が執筆している。





歌論の「口語歌についてーー反逆と遊戯と必然」の初出は、角川の『短歌』

1988年9月号のものだが、今読んでもちっとも違和感がない。

と言うことは、30年も前の歌論が色褪せずあるということのようだ。





前川氏の各歌人に寄せる分析がなかなかに面白い。

      奥村晃作  不思議な口語の使い手である。日常の日常性に身を

              浸しながら、ただごとの不可思議を口語に託す。そこ

              から見える風景は今(いま)の昨日と今日と明日で

              あり、その不確実性が口語使用のほどよい手触りと

              なってただごとの非日常性を読者に喚起する。




      荻原裕幸  感覚と修辞があって実体がないが、ーー略 実体は

              不要かも知れない。




      穂村 弘   現代日常のごくありふれた風俗、道具だて、場面

               設定、それに時折見えすいた性的偽悪趣味を

               露わにしてみせながら、作品として一本立ちした

               とき、そのまがいものに生命を吹き込む力量を

               --発見する。




      加藤治郎   時代に敏感な目先のきく口語歌人であろう。これは

               褒め言葉である。どんな状況にも柔軟に対応できる

               感性と詩的適応性を備えている。



各人には、歌の引用が付いているのだが、スペースの関係で

端折ってしまい、申し訳ない。(よろしければ、現物をお読みください。)



加藤克己・宮柊二・斎藤史・前登志夫などに関わるエッセイも収めている。

長くなったので、次回では『彗星記』の歌を10首選び出し、紹介したい。





                    2016年12月5日   1800円+税



                                      つづき……










      

         

2016年12月 9日 (金)

歌集『祭囃子の音』 野澤民子  六花書林

音短歌会に入会して20年になる著者の第1歌集。

歌集名は「祭り好きの父の三七日響きいし祭囃子に背を押されたり」から

とられている。






      病院に母を見舞いて泪橋から日暮里行きのバスに乗りたり

      羽根のごと緑の細茎茂り合うアスパラガスは雨に濡れ立つ

      見上ぐれば千の瞳がわが顔を凝視するごとえごの花咲く

      露草のスラリ四、五本咲き初むる江戸紫は助六の色

      白孔雀ふっさり咲ける真昼間を移動図書館さみどり号来る

      未だ知らぬゾクッと身内に走るもの後方支援の艦出航す

      この国に自死する子増え取れすぎの白菜大根潰されてゆく

      茶の花の白き五片(いつひら)黄の蕊を児を抱くようにふっくら包む

      ひまわりも被曝するのは嫌だろう土の浄化に蒔かれたれども

      路地裏を俄雨過ぎ雫する〈隅田の花火〉白く艶めく





集中、植物ことに花を詠んだ歌に注目した。


2首目、収穫したあとのアスパラガスの羽根のような緑の葉。「羽根のごと」が

     言い得ている。


3首目の可憐な白いえごの花。その花を見上げていると、凝視されている

    かのように感じるのだろう。


4首目は、露草の花の色を江戸紫といい、それは「助六の色」だとも。


5首目は、白孔雀の花と移動図書館の取り合わせが効果的。移動図書館の

      名前が「さみどり号」というのもいい。


8首目の茶の花は、花の中心にある蕊が黄色で、まるで白い花びらが

    抱くように包んでいると捉えたところ。


9首目では、人間の都合で土を浄化するために蒔かれたひまわりを思い

    遣っている。被曝した土を養分にして育っていくひまわり。ひまわりの

    身にもなってごらん、と。遣るかたない怒りが。


10首目の歌の〈隅田の花火〉はあじさいの名前である。白い小花の集まりが

     まるで花火のような愛らしい紫陽花である。花好きな人の欲しがる

     品種でもある。




以上、花の歌ばかり挙げてしまったが、6首目・7首目のような社会に向けた

眼。生活をだいじにしているが故にそういったことを敏感に感じるので

あろう。そのことは、とてもたいせつだと思う。日常に埋没してしまうのでは

ない、作者の理知は尊い。





なお、内藤明氏が懇切な跋文を書いている。



そして、武川忠一氏が存命であられたらこの『祭囃子の音』を誰よりも

慶んでくれただろう。






                     2016年10月21日  2200円 税別

 

  

2016年12月 6日 (火)

空が、雲が、夕焼けが…

マンションを覆っていたシートが外された。

今迄見えなかった空が、雲が、夕焼けが裸眼?でも、ベランダから

見えるようになった。

思えば4ヶ月間以上、シートにくるまれていて外の世界はおぼろだった。

高架橋を通過する新幹線も窓から見えるようになった。






ところで、:今朝は河川水位情報が4度も入っていた。

「稲荷橋」が、氾濫危険水位なので避難を開始して下さい、だった。

雨も降っていないのに、「稲荷橋」は、どこにあるのだろうかと検索した。

中央区清川と博多区住吉をつなぐ位置の橋らしい。

それにしても変だ。雨は降っていないのに。

福岡市からのお知らせで、誤った防災メールだったことが判明。

誤報だったのだ。








テレビを観ていたら、福島泰樹さんがナレーターをしていた。

BSテレビの「人物伝」第1回。(再放送)姜尚中が語る夏目漱石を

聴き入った。

漱石は「時代を見抜く目」を持っていた。

漱石は「悩む力」があり、漱石の悩みは時代の悩みでもあった。

そして、最後まで悩みを引き受けていた……と。







マンションに組まれていた建築用の足場も取り外しがはじまった。

本来の住処になるのもあと少しのガマン、なり。






上弦の月(1日前だけど)が見える。

お風呂あがりに月を眺めるのも久しぶり、なり。(21時)





2016年12月 5日 (月)

「ぷりずむ」 2016・12 第21号

小林郁子さん執筆の「万葉集管見」に注目。

1ページの短いものだが、今回は「大伴書持の歌」。


       長き夜を独りや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに

                             大伴宿禰書持(巻三・四六三)

       あしひきの山のもみち葉今夜(こよひ)もか浮かび行くらむ

       山川(やまがは)の瀬に       同     (巻八・一五八七)



1首目の歌は、家持が妾(おみなめ)を亡くして悲しんで詠んだ歌に、和した。

2首目の歌は、目の前のもみじではなく、想像を働かせて、独特の雰囲気を。

「大伴宿禰家持には書持(ふみもち)という同母の弟がいた」と、この文章に

書かれている。大伴書持という名前、そしてその歌。万葉歌人の中でもあまり

有名?ではないだけに、どのような人なのか興味を抱いた。


大伴旅人の異母妹が大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)

だが、大伴家持の叔母で姑でもある。旅人が妻を亡くしたのち、

坂上郎女が家持と書持を養育したとも伝えられている。

坂上郎女の歌は万葉集に長歌・短歌合わせて84首収録されている。





書持は、「万葉集に残した歌は12首のみで、女性への相聞歌も無い

ことから、夭折したのだろうと言われている。」と、小林さんは書いている。





道理で道理で、わたしは今迄「大伴書持」を知らなかったんだ、などと

都合いい納得をした。(笑) でも、調べてみると、斎藤茂吉の『万葉秀歌』

下巻(岩波新書)には、書持の歌が1首取り上げられていた。






茂吉の鑑賞によると、「天平18年に家持が書持の死を痛んだ歌を作って

いるから、大体その年に死去したのであろう。」と記す。天平10年が家持

21歳なら、書持が亡くなったのは、25・6歳だろうか?








cat      cat

頂いた歌誌や歌集を読んでいて、なんとモノを識らないことかと、自分が

情けなくなる。恥ずかしい。「書持」のことは不勉強に尽きるのだが……

ところで、情報が届かないというか、歌壇の情報オンチなことが結構ある。

頂いた歌集の「あとがき」を読んでいて、今日、知ったこと一つ。

H書店の社長がいつのまにかOさんになっていた。

知らなかったよ~  

2016年12月 4日 (日)

仏恩(ぶっとん)ふかくおもいつつ

八女は一日雨だった。


木立ダリアが雨に濡れて、花が重たそうに項垂れていた。


去年の今頃のわたしを思うと胸が痛くなる。


今日、お坊さんから「法語カレンダー」をいただいた。

その表紙に記されていたのが「仏恩(ぶっとん)ふかくおもいつつ つねに

弥陀(みだ)を念(ねん)ずべし」だった。





法語に疎いわたしは「仏恩(ぶっとん)」の意味を調べている。

「無条件のお心こそが仏恩なのです。」という声が……







この法語カレンダーは、「和讃」が毎月紹介されている。

和讃は平安時代に始まった今様(いまよう)型式の和語の歌で、七五調の

四行からなり、多くは仏法僧の三宝を意識する内容となっている、らしい。

         弘誓(ぐぜい)のちからをかぶらずは

         いずれのときにか娑婆(しゃば)をいでん

         仏恩(ぶっとん)ふかくおもいつつ

         つねに弥陀(みだ)を念(ねん)ずべし







宗旨が「浄土真宗」ということも、義母が亡くなって知ったことだった。

そうであれば宗祖は「親鸞聖人」。

書棚にあった『親鸞』(古田武彦著 清水書院)を読み直さばや。

(だけど、この新書版の「人と思想」は『道元』のも書棚にあるけど、

 なんでや?と、自分に問いたくなる。昭和53年に買っているんだった。??)

2016年12月 1日 (木)

木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ  加藤楸邨

筑紫通りの銀杏並木はいまの季節がいちばんいい。

風がなくてもはらはらと木の葉が散る。

銀杏の葉っぱで歩道は真っ黄色。




Nさんより古書を頂いた。

西田嵐翠の『五十年の貧』(昭和33年5月 長谷川書房)。

二宮冬鳥と意気投合し「高嶺」に加盟、早川幾忠に師事した人。





西田嵐翠といえば、『現代短歌』(2015年1月号)で、すでに阿木津英さんが、

「九州の歌人たち」で取り上げていた。






12月に入ると、なんだかあわただしい。

義母の一周忌の法事も控えている。

師走の波に呑み込まれないように、落ち着いて……


今日のおやつは、竹田の但馬屋老舗の「三笠野」と「荒城の月」だった。

美味しゅうございました。M さん、ありがとう。




そして、夕焼けがことのほか綺麗だった。

あまり綺麗だと、ちょっと怖くなったりもする。

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