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2016年12月21日 (水)

「大分青南短歌小誌」廃刊

悲報が届きました。

「大分青南短歌小誌」をおひとりで224号まで出されていた高木正さんが

お亡くなりになられました。12月4日、94歳にて永眠なさったそうです。

毎月、新聞をお送り頂いていました。

12月号が届かないなぁ、と思っていた矢先のことでした。

高木さんはアララギの土屋文明先生を生涯の師として、作歌を続けて

いました。「大分青南短歌小誌」は、いつも文明先生の記事で溢れて

いました。

9月号では「先生の校歌碑は残った」という一文を高木さんが

書かれています。新聞には、土屋先生のお元気な顔写真が掲載されて

いました。この写真は高木さんが昭和58年(1983)奈良歌会で撮されたもの

でした。

「大分青南短歌小誌」には、「青南」本誌からの歌を転載していました。

その中の高木さんの「青南」11月号の作品を紹介いたします。





     人も来ず電話もかからぬこの日暮れ立つ面影の常に若しも

                              高木 正 (別府)


この歌の「面影」は土屋文明先生ではないだろうか?と思ったりします。

あるいは、高木さんの愛した〈金石淳彦〉かもわかりません。

それにしても、上の句がなんともさびしいです。そのようなさびしさを

埋めてくれるのは、在りし日の面影だったのでしょう。回想することで

心を癒していたのではないでしょうか。





「大分青南短歌小誌」の10月号(223号)の「あとがき」に胸が詰まる思いが

いたします。94歳の高木さんの思いがしみじみと伝わって来ます。


     ◇こんな素晴らしい友と励ましあいながら、私としては、

      金石淳彦が歌集『自生地二百首』の前書に書かれた言葉、

      「ひ弱い自分の生き方をjustfire(正当化)するために歌を

      詠んでいるのではなかろうか」が、歌の下手の極まりの

      九十四になっても思い出される。それに感謝して、

      ただ人間臭い歌を詠みつづけようと思う。

 

 

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