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2016年12月27日 (火)

歌集『橋梁』 糸川 雅子  飯塚書店

短歌結社「音」の選者であり編集運営委員の『夏の騎士』に続く

第六歌集。2008年から2012年までの作品378首をほぼ制作年順に収める。






     買い替えて薄くなりたるテレビには今年の山の紅葉映る

     先に眼鏡おちてしまいぬリノリウム床の鉛筆拾わんとして

     土讃線(どさんせん)下りにゆられひさびさに大歩危(おおぼけ)・

     大杉(おおすぎ)・後免(ごめん)まで来る

     一人暮らしそろそろきついと父は言い鶴亀ハウス見学に行く

     小さきものに呼びかくるとき膝おりてそのまま少しやさしくなれる

     三年に一度くらいの間隔で巡れば愉しや瀬戸の島々

     思い出のなかをくぐりてかえりくる赤とんぼあり 指を差し出す

     昼食の秋刀魚のわきに添えらるる酢橘をしばし眺めて箸とる

     名詞多き歌につかれてはなみずき卯月夕空背負うに重し

     水色の鉛筆の先尖らせて越えてゆきたし若葉の山を








とりたてて大きな事柄がある訳ではないし(作品上では)、安心して(と言う

のもへんだが…)読むことが出来る。

しかし、集中に「玄関の戸が開き誰かの声きこゆ悪い知らせでなければ

よいが」などの歌が挟まれていることからして、決して安穏とばかり過ごし

ていたのでもないだろう。


1首目・2首目は、日常の何気ないシーンを切り取っている。

床に落ちた鉛筆を拾おうとして、拾うまえに眼鏡が落ちてしまったことなど

些末といえば些末なのだが、わたしはこういった無意味なような歌にも

惹かれる。





3首目・4首目は固有名詞の面白さがある。20年ほど前に四国を旅したが、

その時に「大歩危(おおぼけ)」「小歩危(こぼけ)」を知った。渓谷の美しさと

地名に魅せられての旅だった。あげた歌の「後免(ごめん)」もユニーク。

しかし、4首目の「鶴亀ハウス」はいかがなものか。老人福祉施設とか老人

ホームの名前はどうしてあんなそのものズバリの名前を付けるのかしら?

その「鶴亀ハウス」の名前が、ややアイロニーを帯び、なんともほろ苦い。





5首目の歌は、小さい子どもに接する時に膝を折って話かけるのだろう。

作者の所作まで目に見えるようである。




7首目、結句の「指を差し出す」が良い。この動作によって作者の平らかな

心まで伝わってくる。





8首目は「酢橘」(すだち)とカボスの違いを思った歌。

わが故郷の大分はカボス(香母酢という字をあてたりする)。

風味と香りが違うらしいが、酢橘はゆずの近縁種で徳島原産とか(?)

9首目の歌は「名詞多き歌につかれて」なのだが、さりとて「名詞少なき歌に

疲るる」とも、他でうたってあり、〈名詞〉に作者は拘っているともいえそうだ。



新仮名遣いの作者。

そういえば「音」の玉井清弘さんも新仮名遣いだった……


                平成28年11月24日    1800円+税



 

 

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