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2017年1月 4日 (水)

歌集『人魚』 染野太朗  角川書店

『あの日の海』に続く第二歌集。
1ページ2首組。歌は2行の構成となっており、277ページ。
帯文は、小説家の中村文則。 
装幀・ブックデザイン 南一夫。 装画・瀬戸菜央。 「あとがき」無し。





    教員室の本棚の下段 三日月のように傾く『荒地の恋』は

    梅雨晴れの午前十時の黒板に向田邦子の没年を書く

    除染とは染野を除外することなれば生徒らは笑うプールサイドに

    あなたへとことばを棄てたまっ白な壁に囲まれ唾を飛ばして

    尾鰭つかみ人魚を掲ぐ 死ののちも眼(め)は濡れながらぼくを映さず

    夕焼けに手を振るような恥ずかしさ君が欲しいと強く思えば

    君の手に重ねたきこの手の熱を桜の幹に押しつける夕

    夕空がぼくよりぼくであることのふいにあふれてきたりあなたは


1首目の歌は、歌集のはじめの方の27ページにあり、『荒地の恋』がここで登場することの意味を思った。「詩神と酒神に愛された男・田村隆一。感受性の強いその妻・明子。そして、明子と恋に落ちる北村太郎。」詩人たちの恋は火傷するように熱く、せつない、のだが……


偶々目についた本(書名)をうたったにしては、無防備過ぎるというか、あるいは計算上か、それともわたしの深読みか。(深読みは、ダメかしら。(笑)伏線として、作者はここに敷いたんだと、妄想。)




3首目は、生徒たちのジョークとはいえ、なんだか肌寒いような「除外」である。染野先生の心やいかに。



4首目は、のっぴきならない男女の関係が浮かんでくる。もう、後戻りできないような。(しかし、この歌の「あなた」は女性と、確定できるか?)



そして、5首目の歌は、タイトルになった「人魚」。作者が甚振った人魚。その人魚は死んでしまう。死んだ人魚の眼が濡れている。濡れた眼にはもう作者は映らない。加虐であり、それは被虐ともなって作者に返ってくる。痛まし過ぎる。「人魚」に託された作者の思い。人魚は〈喩〉なのだ、きっと。



6・7首目が初々しい。
「恋」だろう。はじめての「恋」ではないけど、はじめての「恋」のように瑞々しい。



そして8首目には次のような詞書が添えられている。
「白川密成『ボクは坊さん。』に寄せて」
この書に作者は感応したようだ。




6・7・8首目のような歌ばかり読んでいたいと思うのに、怒り・諦め・驚き・恐怖・悲しみと、歌集後半は「感情」の言葉を使った頻度が高い。

     感情は理性を強くする        107ページ

     ことばにならぬ感情はない     122ページ

     感情は抑えつけるな         142ページ

     感情がなければいいな        149ページ

     はじまりに感情がある        185ページ

     感情のように揺れたり        197ページ

     あなたを責めるあの感情は     213ページ

     クスノキの葉が感情のように散る 215ページ

     この感情もわたしのごとし      235ページ






作者の拘りが「感情」であり、その感情を具(つぶさ)にうたっている。
自身の内面を視つめることは、くるしいことであるが、その苦しさをも歌に定着させる技。(弱い精神の持ち主ならここまで内面を覗き込まないが?しかし、弱いからこそ、覗き込むというのも一理ありそうな。)



ここまで書いて、ああ、お正月早々、重いとんでもない歌集(笑)だった、と思ったりしている。その反面、こういう歌集が出たことの歓びの方がずっと大きいが。



軽い小手先だけの歌にあらず、作者が歌と一体になって、もがき苦しんでいるのが伝わってくる。



これからの飛躍が大いにたのしみな歌人であることに間違いない。







                       2016年12月31日発行 2600円+税







cat      cat

あけましておめでとうございます。

 

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

                           miyoko cat



 

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