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2017年1月 9日 (月)

『これからはあるくのだ』 角田光代  文春文庫

日常の身辺雑記風なエッセイを30篇くらい収めている。

その多くは朝日新聞(1996年)や『群像』(1996年2月・1999年6月)等に

発表されたもので、巻末に初出一覧がある。





角田さんのエッセイは、読みやすく、親しみやすい。

その理由はたぶんボケっぷりをさらけ出しているからだろう。

あ、わたしもこんなことってある、とか、ホントにそうだよねって、共感できる

からだろう。

      今でも私は一人で旅にでると、移動する際ふりかえる。

      ふりかえって、ホテルへの道、バス停への、鉄道駅への、

      きた道への道筋を、数秒間眺めている。それは迷わないためでは

      なくて、癖になって半ば無意識にそうしている。まったく、なんの

      役にもたたないのだが。           「犬印と方向感覚」




もう、まったくわたしも同じことをしている。

ことに上京すると、ホテルの場所、イベントの会場の場所など時間前に

下見して確認するくらいだ。それでも間違える時の方が多い。




(神楽坂の「鮒忠」の角を曲がると「日本出版クラブ会館」)と頭では理解して
いて確認済みなのに、その「鮒忠」が現実に見つからない。消えている。笑)


このエッセイの中で、ことに面白かったのは「十数年後の『ケンビシ』」。

「ケンビシ」がお酒の名前と知らずに、ラッピングして、お祝いの熨斗紙を

つける方法なのだと、十数年思い込んでいたこと。





そういえば、今から40年以上も前、「ケンビシ」即ち「剣菱」は、若者たちに

愛された酒?だったことよ。わたしは下記の歌で「剣菱」の名前を知った。





      酒飲んで涙を流す愚かさを断って剣菱  白鷹翔けろ

                 福島泰樹 『エチカ・一九六九年以降』より






さて、さて、この書『これからはあるくのだ』の「ーーあとがきにかえて」が、

また実にいい。





(昨日のRKBラジオの話題がーー「おとなだなぁ」と思うことーーで、
リスナーに募集していたことを思い出した。)







      はやくおとなになりたい。泣くおとなになりたい。絶望的で、ときには

      屈辱的ですらあった幼稚園をでて以後、理由もなく「泣かない」

      記録を更新しながら私はそんなことを思っていた。平均的である

      こと、いびつであること、枠内にきちんとおさまること、はみ出て

      しまうこと、そうなっていまうのでも、そうさせられてしまうのでも

      なくて、それらをきちんと自分で選びとることのできるおとなに

      なりたい。

「たしかにおとなはたいていのことを選ぶことができる、と年齢を重ねて

いくにつれ思う。」







                 解説 三浦しをん   定価 505円+税

 

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