« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

2017年2月28日 (火)

『新潮』 2017年3月号

瀬戸内寂聴さんと、梯久美子(かけはし・くみこ)さんが対談をしていた。

「ふたりの『狂うひと』ーー島尾敏雄とミホの闘い」。

これを読んだら、ますます梯久美子さんの『狂うひと』ーー「死の棘」の妻・

島尾ミホーーを、読みたくなった。

3000円もするのであきらめていたのだけど。

読売文学賞も貰ったことだし、「本当に狂っていたのは妻か夫かーー」なんて、

興味津津。







この対談の中で、注目したのは、

評伝小説を書く梯久美子さんに対して、島尾夫婦の息子である島尾伸三氏が

言った言葉「きれいごとにしないでくださいね」が、印象深い。梯さんはその

言葉が評伝を書く際のほんとうに力になりました、と語っている。





私小説は、「ここまで書くのか」と思われるところまで書くというのが大事で

自分を良く見せてはいけない、と寂聴さんは語っている。



やっぱり、買うわ。




ところで、

『週間朝日』の3月3日号に永田和宏さんがグラビアに登場して

いた。創刊95周年記念特別号なのだけど、「週間朝日様 九十五周年

おめでとうございます 永田和宏」の色紙を持って、にっこりしていた。

永田さんって、歌壇だけの世界でなく、あちこちで話題になる。

ノーベル賞受賞者や、ラグビーの選手や、その友人関係も幅広い……

2017年2月27日 (月)

木の芽ただ萌ゆべきものか萌えにけり  加藤楸邨

遠くの文具舘まで買い物へ。途中、金縷梅(まんさく)の花が咲いていた。

そして、沈丁花の花も咲きはじめていた。



季節はやはり推移している。

寒い、寒いと思っていたけど、木の芽も季を待っていたかのように

つのぐみはじめている。

こぶしも、ハクモクレンも。





これから花の季節。

今日、朗報が入る。

ミモザの花が綺麗って。(春日の某幼稚園に咲いている。)

そういえば、去年もミモザの花のことをブログに書いた気がしている。

     ぽあぽあと膨らむ黄(きい)のかたまりはミモザの花か 確かめに行く

                 『暦日』(角川書店 平成24年刊)   miyoko









3月8日は、国際女性デーで、イタリアでは「ミモザの日」とか。

男性が女性にミモザの花を贈る。

花言葉は「友情」・「真実の愛」。

今日、お花屋さんに寄ったけど、ミモザの花は売っていなかった。




明日は早めに出て、某幼稚園のミモザの花を鑑賞することに。





ことしは出せないかと思ったけど、ようやくお雛様を出し、飾ることができた。

雛あられも買ってきたよ。





2017年2月24日 (金)

歌集『冬湖』 石田比呂志  砂子屋書房

2011年2月24日に亡くなられた石田比呂志さんの最終歌集『冬湖』を

読んでいる。

この歌集題は、熊本の江津湖だろう。石田さんは『短歌真髄』(砂子屋書房 

2005年刊)のなかで江津湖のことを、次のように記している。






   --略 安永氏(安永蕗子さん)は江津湖散策を日課としているらしい。

    私も自転車で十分程の距離なので時に出かけては四季折々の湖を

    覗くことがあるが、そこには三千羽程の鴨(ゆりかもめ三百羽ほど)が

    いてその殆どが緋どり鴨だということを安永さんの文章ではじめて

    知った。そこでまた

       湧水湖肥後の江津湖は緋どり鴨真鴨浮かべる風雅の宿場

       残り鴨数羽湖岸に一冬(いっとう)を越えし自尊の首立てて浮く

    と声高らかに囀って挨拶代りに水に浮かべてやったら、鴨が尻に帆を

    かけて逃げてしまった。鴨に風流心が無いのか私の歌が腰折れな

    のか、今度安永さんに会ったら伺ってみよう。

最終歌集のタイトルになった『冬湖』は、2011年の4月号掲載予定の原稿、

特別作品「冬湖」30首である。石田さんはまさかそれが自身の絶詠になる

などとは思いもしなかったことだろう。







     甲斐のくに七覚川は水ほとり方代墓碑のネッカチーフよ

     閑散と真昼人無き無人駅ふたつ鶏(かけろ)が砂浴みいたれ

     平らなる能登は七尾の海面(うなおも)の潮の流れに干満(かんまん)
     を見ず

     七尾湾沖つ辺昏れて能登島の集落低く灯(とも)りはじめつ

     海峡の空低くゆく漂鳥を標的として襲う鳥あり

     あけぼののきざせる部屋に石に降る雨を聞きおり眼鏡を置きて

     縹渺と浮かぶ冬湖のゆりかもめ帰り行くべき故山もてりや

     置き去りにされし鷗も居残れる鷗も白し夕日が中に

     湖(うみ)に浮く鴨と湖岸にふくだめる鴨あり湖に浮く鴨寒し

     如月の風吹く湖に着水の鴨あり戻り来(こ)ぬ鴨のあり

     


1首目の歌は、山崎方代の墓のことを詠んでいる。

「赤いネッカチーフーーわが方代の一首」(『短歌真髄』所収)のエッセイの

なかで「墓は何事も無かったかのように七覚川を見下ろす小高い岡の上で、

巻きつけられた赤いネッカチーフ(生前のダンディ振りを知る人が巻きつけ

てゆく)を川風に粋に靡かせながら……略」と記されている。



「方代一首」(『閑人囈語』 (砂子屋書房  急逝後の2012年2月刊)にも

この赤いネッカチーフのことが綴られており、引用されている歌は違うが

結語は「ああ、七覚川のほとりのお墓の、あの赤いネッカチーフよ。」とある。



2首目の歌は茂吉の「めん鶏ら砂あび居たれ……」が、下敷きにあるだろう。




3・4首目の能登・七尾の歌、「能登二首」の詞書がある。その他には能登の

歌はなく、2首だけながら、2首ともに味わい深い。





第6回の琅玕忌で、講演をなさった松村正直氏が「作品そのものを純粋に

鑑賞することも忘れてはならない。」と語った。そのことを思い出しながら

今回、10首選んだのだが、やはり、わたしの好みに傾いただろうか。


6首目の歌など、とりたててどうという歌ではないのだが、石田さんの気息が

伝わってくるようで、わたしは好きだ。結句の「眼鏡を置きて」が実にいい。

後ろから行って「石田さん、どげんしたと?」と、肩を叩いてあげたくなる

ようなさみしい後ろ姿だ。

最終歌集となってしまったのだが、もうこの世にいないと思うと、この世に

遺された歌たちを弔ってあげなければと、思う。


折りに触れ、思い出すこと。

石田さんの歌を忘れてしまうのではなく、読み続けること。








                        2017年2月18日  2500円+税



 

2017年2月22日 (水)

『野良猫を尊敬した日』 穂村弘 講談社

穂村弘の自虐ネタ(笑)のエッセイ62篇。

いずれのエッセイもオチがあり、ときに作り過ぎ?っていうくらいに

みごとなお話になっている。(不器用な生き方そのものが、穂村弘のボディー

であり、スタイルなのだ。)





「男の幻滅ポイント」に、声を出して笑ってしまう。

       ・キーボードのエンターキーだけ強く叩く

        カチャカチャと他のキーで入力して、最後に「どうだ」とばかりに

        「エンターキー」を叩く。やりたくなる気持ちはわかる。だが、その

        瞬間、小さな「俺様」が顔を出しているのだ。


        ・意味もなく、折りたたみ式の携帯電話をパカパカ開閉している

        ・携帯電話のメールアドレスがやたら長い

        ・ペンを廻す

        ・おかあさんが買ってきたような服を着ている

面白ネタ満載なのだが、時としてくすんとなるほどのせつない語りも。

たとえば「自分に忠告」、その3 「それが最後の会話になるから、ちゃんと

目を見て話せ」



        五年前のこと。実家から帰ろうとしたとき、目が不自由で

        いつもは奥の部屋から出てこない母親がよろよろと現れた。

        ー略 「栄養のあるものを食べて。車に気をつけて帰るんだよ」

        等々、「うるさいなあ、もう」と私は思っていた。でも口では一応

        「ありがとう」と云った。--あのとき「うるさい」と云わなくて

        よかった。その数日後に母が亡くなったからだ。--略 しかし、

        母の目を(そのとき)見ていなかった、のだと思う。





                      
昨日(2月21日)の朝日新聞「折々のことば」(鷲田清一)に、下記の言葉が

引用されていた。

        最後にかわした言葉が心残りだった、ということにならないように

                  田部井淳子「それでもわたしは山に登る」から。



穂村さんの母親との会話にしてもそうだが、生きていると、この生きていると

いうことが、突然絶ち切れることがあるなどと、考えられない。

来年も、来月も、明日さえも会うことが出来なくなるかもわからないのだ。







本日、2月22日は「にゃんにゃん」の日、猫の日だそうだ。

スージー・ベッカーの『大事なことはみーんな猫に教わった』みたいに、

猫に教わることは、まだまだありそう。






穂村さんは、「野良猫を尊敬」してるし……


                         2017年1月24日  1400円+税

 

        



        

2017年2月20日 (月)

『父の生きる』 伊藤比呂美  光文社文庫

詩人・伊藤比呂美が日本とカリフォルニアとを往復しながら、

父親の遠距離介護をしたノンフィクションの物語である。

2009年3月から2012年5月5日までが、日記形式で綴られている。

介護の問題はますます深刻になり、誰もがいつか通る道でもある。

介護をする立場が、いつかされる立場になるのも現実なのだ。

介護を体験することによって、自分自身の未知の<死>についても

考えさせられたりもする。

この書は実の父親であり、娘ということで、その関係が一層くきやかに、

<素>の姿で、語られている。



        略ーーところがそのとき、頼まれていたおせんべいを買い忘れ 

        たことに気がついた。「ごめん、ごめん」と言うや、父は声を荒げ

        げて怒り出し、「甘いものばっかりで、飽きちゃんうだ」「年寄り

        は食べることしか楽しみがないんだ」などと。「だっておとうさ

        ん、あたし仕事があるし」と抗弁すると、「そんなら来てくれなくて

        もいいよっ」と吐き捨てたーー略     2011年11月17日(木) 


 




        略ーー「強盗でも入って殺してくれたらいいんだけど、来てくん

        ないからさ、待ってるしかないんだ。他力本願だ」とご飯粒をこ

        ぼすように言いつづけた。「ま、あんたももう九十のおやじを持

        ってると覚悟しといてよ。六十や七十じゃないんだからさ、おれ

        は」                      2011年11月18日(金)






 

カリフォルニアに住む娘である著者は、日本の熊本に住む父親のため1年に

何度も帰国する。そばに居てやれない時は電話をかける。その電話の受け

応えが面白くもあり、せつなくもある。

親を送るということを全身全霊で受け止めている著者の姿に何度も涙しなが

ら、読み終えた。




   

       人がひとり死ねずにいる。それを見守ろうとしている。いつか死

       ぬ。それまで生きる。それをただ見守るだけである。でも重たい。

       人ひとり死ぬのを見守るには、生きている人ひとり分の力がいる

       ようだ。                    2012年4月1日(日)







この書の終わりの方に書かれている次の言葉は、しみじみと身に沁む。

「父が死んだ後、数か月にわたって、私は悔いてばかりいた。あのときもっと

そばにいてやれば、もっと熊本に帰ってやれば、と」







                              2016年6月20日初版1刷発行  560円+税 




 

cat      cat

琅玕忌のために18日に熊本に行った。

その時、熊本城周遊バス「しろめぐりん」に乗車。

熊本で最も古い書肆の「長崎次郎書店」を訪れた。

森鷗外の『小倉日記伝』の中で「書肆の主人、長崎次郎を訪う」と

書かれている明治7年創業の書肆である。




平成26年夏に内装・品揃えを一新してあり、外観はレトロモダンな二階建て。

落ち着いた雰囲気の「長崎次郎喫茶室」が2階に併設されている。

新町電停から写真を撮ると、全景が入ってうれしい。



折角来たので熊本ゆかりの人の著書をということで、伊藤比呂美の

『父の生きる』を購入。ここの文庫カバーの「JIRO」のロゴがまた実にいい。





伊藤比呂美といえば、もう30年も前になるけど、福岡の赤坂のカフェで

開かれた高橋睦郎との2人の詩の朗読会に行ったことを思い出した。

あの頃は、お二人とも溌剌としていた。



わたし自身もまだ若かったし(笑)、介護の問題など遠い遠~いことで、

関心もなかったような齢(よわい)であったことよ。





角川の『短歌』2017年2月号の巻頭作品「老老行」(高橋睦郎)を読んで、

過ぎていった歳月を思わざるを得なかった。

 

2017年2月19日 (日)

第六回琅玕忌(石田比呂志忌) ギャラリーキムラ 於 

第六回琅玕忌が2月18日(土)に熊本の水道町のギャラリーキムラで

営まれた。仏教でいえば七回忌にあたる。





今回の講演は歌誌「塔」の編集長の松村正直(まつむら・まさなお)氏。

氏の評論集『短歌は記憶する』(六花書林 2010年11月刊)には「二つの

顔を持つ男ーー石田比呂志論」が収められている。





講演の資料はA4用紙3枚あり、「石田比呂志のイメージ」、「近藤芳美と

佐藤佐太郎」、「石田比呂志の歌の骨法」と、詳細かつ説得力に富む講演で

あった。

「石田の場合、人間と作品が密接不可分なつながりを持っているため、--」

そのような鑑賞をされがちなのだが、「そうした部分を離れて作品そのものを

鑑賞することも忘れてはならない。」と語られた。






そして、松村氏が選んだ15首は、純粋に作品のみを鑑賞するというもので、

以下の作品であった。(その中の5首のみあげる。)







   トラックに長き鉄材積まれゆけり曲り際重たく土を叩きて  「初期歌篇」

   巣を出でて飛ぶ蜜蜂はゆうぐれの網戸の上におりおり憩う  『琅玕』

   酔い醒めの水飲む暁(あけ)の台所長く使わぬ砥石が乾く 『萍泛歌篇』

   自販機の前にしゃがめる幼子を土から土から親が剥がして行けり

                                        『流塵集』

   白塗りを落ししチャーリー・チャップリン奥にもう一つ素の素顔あり

                                        『邯鄲線』







講演が終わって、「うたのひととき」のコーナーでは、西坂治美さんのピアノ

演奏で、ソプラノ歌手の田崎千帆子さんが「赤い鳥小鳥」や「ゆりかごのうた」

をうたわれた。出席者が声を揃えて「船頭小唄」をうたったのも愉しかった。

そう、そう、だいじなこと。

石田比呂志さんの最終歌集『冬湖』(砂子屋書房刊)が、今回の忌に間に

合った。絶詠「冬湖」30首を収めている。(この歌集は、いずれ後日に紹介

したい。)


2011年2月24日に亡くなられて、はや6年。

第一回に講演をされた田井安曇氏はすでにこの世にいない。

直会(なおらい)の席でも話題になったのだが、石田さんは、3・11地震も、

原発事故も、

まして、昨年の熊本地震も、知ることなくあの世へ旅立たれた。


せめてもの慰めといえば、石田さんはな~んにも知らずに、

お先に~って、いっちゃったよねぇ~だった。



cat            cat

「短歌道場in古今伝授の里」

九州博多から応援していたけど、ほんとうに惜しかったです。

「めんたいたまごやき友の会」チーム、健闘していましたよ。

3人でがんばって、そして、愉しんだことでしょう。

お疲れさまでした。

2017年2月のすばらしい思い出になりましたね。   

                                miyoko   17時25分記

2017年2月16日 (木)

『現代短歌』 二人五十首のこと

『現代短歌』に連載されている二人五十首。



2016年12月号では、岡井隆と鳥居がペアを組んでいた。

その意表を突いたペアもさることながら、鳥居の歌に言葉を失った。

いや、正しくは鳥居の歌のうまさに舌を巻いた。

岡井を相手に遜色のない健闘ぶり?である。

鳥居の歌を今まで先入観でみていた自分が恥ずかしくなるくらいだった。

(鳥居の歌を岡井の名前と入れ替えてもわからないのでは…などとも思った)



       台風のふかい爪痕(つめあと)を悼(いた)みつつ 霽天(せい

       てん)のもと旅するわれは                  岡井                           

       眠剤に意識うばわれ濁流のしじまのなかを溺れてゆけり                               

                                         鳥居

       ぼくの中を流れつづける濁流ははげしくはないがやはり苦しい                       

                                         岡井

       夜は白みはじめて夏が消えていく 僕の持ちえぬ青年の咽喉      

                                         鳥居








詞書を外して、最初から二人の2首を引用したが、一枚の布を二人で織り

あげるように紡がれていく。あるときは濃く、あるときは淡く。

岡井と鳥居の呼吸はお互いに相手を思い遣るように、静謐である。







この二人五十首は、『現代短歌』の目玉(笑)ともいえそうだ。

たのしみに読んでいるし、期待している。


ところで、2017年3月号の同名短歌ユニット「太朗」の歌の

鑑賞が何度読んでもできない。

鑑賞できない原因は何なのか考えているのだが、おそらくわたし自身が

短歌に対して固執している〈歌と作者〉の関係ではないだろうか?

この二人は染野太朗と吉岡太朗ということは判る。

だが、どの歌が染野の歌で、どの歌が吉岡の歌かということは、詮索

するしかない。(50首並んでいるのだが、記名はナシ。)

そんな必要はないんだよ、ユニットなのだから。と言われても、読者である

わたしには納得できないのだ。

誰か教えてほしい。

彼等がやろうとしていることを。

彼等の目指す短歌を教えてほしい。









cat      cat

のこんの月(残月)が今朝は美しかった。

朝、6時過ぎに起きて空を仰ぐと〈のこんの月〉が、くっきりと。



そして、今日は北部九州は「春一番」が吹いたとよ。



そして、そして、今夜は19時14分から18分までISS(国際宇宙ステーション)

を観測。

北北西の空から北北東へ消えていった。

2017年2月15日 (水)

生誕140年 吉田 博 展    久留米市美術館

1876年~1950年の吉田博、生誕140年を祝い、代表作を含む230点を展示。

吉田博は福岡県久留米市生まれ。少年時代を浮羽郡吉井町にて過ごす。



明治27(1894)年に上京。明治32(1899)年には、片道切符で渡米。

デトロイト美術舘で作品を発表して成功をおさめる。………と、

経歴をなぞってみたものの、全く吉田博のことを今迄知らなかった。





今回、230点からなる展示作品を観賞。

明治の頃の日本の風景を描いた水彩画、雄大な高山を描いた油彩画。

そして、大正後期からの木版画など。6会場(室)に渡り、圧巻であった。





「絵の鬼」と呼ばれた吉田博。その描く絵は自然への真摯なまなざしが

感じられ、日本的情緒が香りたつ。遠い記憶の底をゆさぶるような明治の

日本の風景だった。






わたしは木版画の「帆船」の前に立ち止まった。

立ち止まり、そこから動けないくらいに魅了された。

「帆船 朝日」・「帆船 日中」・「帆船 夕日」と3枚の絵が並べて、掲げられて

いた。3枚とも同じ構図なのだが、光のグラデーションによって全く違う世界を

見るようでもあった。それは、緻密な計算のもとでのものか。或いは吉田博の

感性のなせる技なのか……そんなことを思いながら、立ち去り難かった。






出身地・久留米では初の回顧展というだけあって、入館者がとても多かった。

今日はお天気もよくて、コートを着ていると汗ばむほどだった。



      [前期] 2017年2月4日~26日  [後期]2月28日~3月20日

       福岡県久留米市野中町1015  会場 久留米市美術館

                   

2017年2月14日 (火)

『新輯(しんしゅう)けさのことばⅦ』 岡井隆  砂子屋書房

1999年2月14日、 何か重大な決意を迫られたとき、もっとも危険なのは、

            他人に相談することである。  

                (『告白と呪詛』出口裕弘(ゆうこう)訳) シオラン


詩、短歌、俳句、川柳、そして、東西古今の箴言、処世訓を古典や哲学書や

散文作品から選んで載せたと著者は「あとがき」に記す。





聖バレンタインデーの今日、いただきもののチョコレートをお相伴。

しかし、それにしても、2月14日にこのような箴言?とは……

でも、それは一理も二理もありそうな(笑)





この一冊は、長いことわたしの机上に角川の『俳句歳時記』と岩波新書の

『万葉秀歌』上下巻と、同じく岩波新書の『茂吉秀歌』上下巻と並んだまま。





ぱらぱらと捲り、何がしかの示唆を得る。

心が折れそうになった時、ギプス包帯になってくれたりする、重宝な一冊。






cat           cat

明日は早めに出て、新装なった久留米市美術館へ。

文化センターの梅も見頃だろうな。

 

 

2017年2月13日 (月)

魚上氷(うおこおりにのぼる)

『日本の七十二候』によると、2月13日から17日ごろまでを、

第三候の立春にあたり、末候というらしい。



「魚上氷(うおこおりにのぼる)」。即ち、川や湖の水が温み、割れた

氷の間から魚が飛び跳ねる時季。冬の間は水底でじっとしていた魚たちも、

次第に浅いところに移動する。これを「巣離れ」と呼ぶ、とか。






近くの駐車場の野良猫三匹。

この寒さの夜をどう過ごしているのか気になってしかたがない。

小さな犬小屋みたいのがあるのだけど、そこで寝ているのかしらん。




古いネックウォーマーが二つあったので、二つを一つに繋いで縫い、

きのうは、野良猫のために持って行った。(寝床用に。)

今日、買い物の帰りに覗いてみたけど、1匹もいない。

どこに行ったのかしらん。



cat      cat
必要あって総合誌の1月号を並べて読んだ。

全部は購読していないので、4誌なのだが、春日真木子さんが

3誌に登場している。


      

         「春を待つ」『歌壇』1月号 8首

         「新春五題」『現代短歌』1月号 25首

         「鳩寿の胸」『短歌』1月号 10首





これだけでも、43首。

「水甕」にも発表していると思うので、ひとつきに何首作ったのだろう。

もうすぐ91歳になると思うけど、このバイタリティ。

スゴイ、凄すぎる。

2017年2月 8日 (水)

「未來」2017.2 №781 未来賞受賞 第一作 他

「未來」の2月号を漸く読むことができた。

2月号は、「未来賞受賞 第一作」の3人の作品20首が掲載されている。

と、同時に「二〇一六年未来年間賞」受賞の3人も発表されており、

めでたさ満載の号である。




       〈未来賞受賞  第一作〉

      春そして東京に人あふれそう起こらなかった雪崩のように

      封筒に封をしてその隙間から逃がしてあげるいらない空気

                       「流れる一瞬の」 山階 基



      ひと月を賭して作りし稟議書の分厚き束に孔を穿ちつ

      天井の蛍光灯は間引かれて我らを淡くあはく照らせり

                       「生活と発光」 門脇 篤史

     

     よく募金している秋だ百円の重みを人に背負わせながら

     鑑定書付きの愛ならこのあいだ楽天市場で売られていたよ

                       「メグリズム」 本条 恵






3人3様の個性が感じられる。

門脇さんの歌は手堅い?し、この世に生きて(働いて)いる者の鬱屈さなどが

感じられ、わたしは好感を持った。

本条さんの若さが妬ましい(笑)。

     

     〈二〇一六年度未来年間賞〉

     東京にいるってふしぎ三月の窓辺にひかるぺきんなべたち

     ひときれのカツを置きたり日時計のさんいちいちの針動き出す

                      「さんいちいちの針」嶋 稟太郎




     ばんそうこうのような敬語がすれ違う仕事納めのエレベーターに

     風をたべたい風をたべたい 靴下のなかで頭を揺らす指ども

               「風をたべたい風をたべたい」安良田 梨湖

    

     茶器を湯に沈めつつ言う庭に咲くあのカロライナジャスミンは毒

     死を簡単に詠むなと夏の雛罌粟が諭すからもう微笑むだけで

                    「雛罌粟が諭すからもう」島 なおみ 







同号掲載の、

「未来」東京大会シンポジウムの野村喜和夫氏に聞く「詩形融合の

クロニカル」、聞き手 加藤 治郎 は読み応えがあった。

ことに吉岡実の詩のことを応えているあたりは、目から鱗が落ちる的に納得。




     

 

 

2017年2月 7日 (火)

『はじめての短歌』 穂村弘 河出文庫

「いい短歌の正体、教えます。」の帯の惹句に目が止まった。

       「教えてもらおうじゃ~ないの」(わたし 笑)





短歌とビジネス文書の言葉は何が違うの?

って、考えるまでもなく、それは違うだろう、と思う。

でも、その違いを論理的に説いてくれたのが、この1冊だった。

そして、長いこと短歌に関わっていると必然的に〈添削〉の機会が与えられ

たりする。その添削の時、ついやってしまうこと、あるいは、やってはならない

ことを教えられたような。



     A  銀杏(ぎんなん)が傘にぽとぽと降つてきて夜道なり夜道なり

        どこまでも夜道                     小池 光

     B  銀杏(ぎんなん)が傘にぽとぽと降つてきて夜道なりけりどこ

        までも夜道                        改悪例






Aは、4句目が10音と大幅に字余りになっている。改悪例のように「夜道

なりけり」と、すれば定型におさまる。しかし、Aは定型の禁忌を破ることに

よって生じた無限に繰り返されるような感覚が呼び起こされる。この歌の

中で伝えたい感覚は、「夜道なり」が無限に続く状況だと思うの。





     A 草つぱらに宮殿のごときが出現しそれがなにかといへばトイレ

                                      小池 光

     B 草はらに城のごときが出現しそれがなにかとおもへばトイレ

                                      改悪例



原作は破調である。その破調を直すことは簡単。改悪例のようにすれば

定型におさまる。しかし、原作から伝わってくる圧力みたいなものが改悪

例からは伝わってこない。「草つぱらに」の俗な話し言葉は「草はらに」と

直され、「宮殿」は「城」となっている。

つまり、上句の字余りと下句の字足らず、通俗な言い方や日本にはあり

えない宮殿のごときという比喩、それらすべてを使って、リズムで強烈に

揶揄(やゆ)している。ーー略

2例のみの引用だが、その解説は本書の穂村弘のを縮めたもの。

巻末に山田航の解説が付されているが、その中で下記のように述べている。



      穂村は、効率第一、実務一辺倒でバリバリ働く人生を別に否定

      したりはしていない。むしろそういう人がいなきゃ社会は回らないと

      理解している。しかしそういう人生だけではどうしても見えてこない

      人生のあり方というものが、この世にはある。仕事をするにあたって

      は、自分とは違う生き方を送る人々の考え方を感知できる能力が

      必要だ。ーー略


      この本は「短歌なんて何の役にも立たない」と思っている人に向

      けての熱いプレゼンテ―ションなのだ。短歌の読み解き方がわか

      れば、他人の気持ちがわかるようになる。ーー略




                  2016年10月10日初版発行   520円+税   

 

2017年2月 6日 (月)

『石本隆一評論集成』 現代短歌社

944ページの箱入りの大冊が届いた。



著者・石本隆一氏は、1930年12月10日~2010年3月31日。

歌誌「氷原」を創刊、主宰。1964年に角川書店に入社、1984年に退職。

歌集に『木馬騎士』(1964年)・『星気流』(1970年)・『水馬』(1991年)・

『つばさの香水瓶』(1993年)他がある。





         Ⅰ前田夕暮

         Ⅱ香川 進

         Ⅲ律の流域--:現代短歌寸感

         Ⅳ短歌時評集

                           『文芸春秋』(短歌)・

                           『短歌研究』(短歌時評)・

            「朝日新聞」(時評)・

                          「短歌新聞」(歌壇時評)

         Ⅴ近現代歌人偶景

         Ⅵ歌の山河

         Ⅶ碑文谷雑記

         Ⅷ短歌随感


上記のような章の構成になっているが、Ⅳの「短歌時評集」がすこぶる

面白い。面白いというのは語弊があるかも知れない。

歯に衣着せず、ズバリズバリと核心に迫る。その筆法が小気味良くもある。

現代ではこういう書き方をする人はめったに見かけない。(書けば、その刃が

自分自身に返ってくるのを怖れて?ということも考えられる……)



        短歌の世界のヤングパワー。

        ただ、年齢が若いというだけでいまほど結社や歌壇ジャーナ

        リズムが、その作品を優遇したことはないように思う。けれど

        底意に、その質よりも希少価値への珍重があったり、優待席

        すなわち体制をおびやかされないよう埒外(らちがい)におく

        ためだったりする。それかあらぬか最近、若い人たちだけの

        雑誌がめだって創刊されている。ーー略

                                  「若者たちの同人誌」 (昭44・4)







今から47年も前に書かれた文章とは思えないくらいに、色褪せていないし、

現代という時代にも通用するのではないかしら。

まぁ、昔と違って機器の発達などで、今は容易に冊子が作れるということも

あるだろう。

昔のことを言うようになったらおしまいだが(笑)、歌集だって冊子だって

現代ほど自由には出せなかったものだ。







       批評とは、つまるところ他を素材にして「私」を語ることになら

       ざるをえないのであれば、「私」に帰着し「私」につながることを

       瞞着すべきではあるまい。ありもしない公平無私をよそおうより、

       心底によこたわる「私利私欲」に目を据えてそこから思考を出発

       させたほうが自戒の意味からもはるかに実害が少なかろう。ーー

                     「『私利私欲』としての批評」 (昭51・9)



批評の問題はなかなか難しい。

難しいだけに、書く人の資質も時に問われたりする。






石本氏が亡くなられてすでに七回忌も過ぎている。

この書の「あとがき」は、石本晴代さんのお名前になっている。

故人のために、故人を偲び、ご家族が心を籠めて、このような大冊を

刊行したのだろう。

               平成29年1月15日発行  定価 13000円

 

 

 

2017年2月 5日 (日)

『お月さん、とんでるね』 夏野いづみ著  銀の鈴社

「お月さん、とんでるね」と吾子が指す夕べの空にプラチナの月

著者、夏野いづみさんの短歌である。書名はこの短歌からとられている。

副題は「点頭(てんとう)てんかんの娘と共に生きて」。




夏野さんは、1993年6月~2006年6月の13年間、歌人の

近藤芳美氏(2006年6月21日死去)に師事していた。

従って、本書には章題毎に短歌が添えられている。






     第一章 芽生え

         初めての雪を見し子はポケットにつかみし雪を仕舞わんとせり

     第二章 双葉

         春野原たんぽぽ通り夕日坂おとうとが姉の手を引き歩む

     第三章 本葉

         教室に座れぬ吾子は中庭でタンポポの綿毛吹きふきおりぬ

     第四章 蕾

         ぺん先に冬至の薄ら日とどめいて世紀末的悲しみ綴る

     第五章 原野に咲く

         障害児の母なるゆえに吾が受けし艱難を竹のひと節とする

1985年の夏、娘ひな子は生まれた。

ひなちゃんが生後11カ月を迎えた時に「点頭(てんとう)てんかん」と

診断される。それからの25年の歳月をこの書は綴っている。




入院した小児病棟では、娘よりももっと過酷な運命を生きざるを得ない

子ども達が、この世に存在することを知る。




「ひな子のことをこの家の宝と思いなさい」と言ってくれた両親。





障害のある子を公立小学校の普通学級に通わせる上での教師や父兄との

軋轢。障害児を普通学級へ入れるのかという疑問に、論理で答えることの

難しさ。それに対する反論があり、反論の方が正当性を持っているように

思えるから。

しかし、その反面、子ども達のやさしい心や、クラスの一部のお母さんがたの

親身な情報や温かい言葉かけのあるありがたさ。

著者である母親も一緒に闘い、成長し、泣いたり、笑ったりの日々が

こと細かく、丁寧に綴られている。(読みながら、何度も泣いてしまった。)

1988年8月、中学1年生のひな子に初潮が。





      ひなちゃん、大人になったんだよ。お母さんと同じ大人だよ。

      生理が始まったんだよ




      ひな子は、夏の間に身長が伸び、一五〇センチを超えて

      いました。心も身体も、夏の光に向かってぐんぐん伸びて

      ゆくひまわりの茎のようです。茎の先には、小さな蕾が

      ふくらみ始めていたのです。




                

巻末には、児童文学作家の日野多香子氏の「しなやかで強靭な母の愛」が

収められている。







                      2011年3月発行   1200円+税 

2017年2月 2日 (木)

『歌ことば100』 今野寿美  本阿弥書店

『歌壇』での連載「歌ことば100」(平成25年4月〜27年5月)の単行本化。

「あな・あはれ・はつか・はつなつ・にはたづみ……」と帯にもあるように、

和語の美しさを究めている。





著者は、15年ほど前から近代歌人の語彙資料を作り続けていただけあって

引用歌の多いのは、与謝野晶子・斎藤茂吉・北原白秋・佐佐木信綱・

石川啄木と続く。





「現代の若い世代が作品に用いているかどうかについては丹念に探しー略」

と「はじめに」の挨拶で書いているだけあって、花鳥佰(かとり・もも)・笹公人・

森山良太・服部真里子等の歌集の中からも取り上げており、親しみやすい。







「あうら」   そのうへにわたしを乗せて歩いたり走つたりする足裏(あうら)

        いとしも          花鳥 佰 『しづかに逆立ちをする』 
 


「あがなふ」  購(あがな)いし骨董品の手鏡に憂(うれ)いの姫が映る

         気がして         笹 公人 『念力家族』 
  


「あくがる」  ヒマラヤは「雪の棲み家」の謂ひといふ熱暑インドの民の

         あくがれ         森山良太 『西天流離』 
 


「あした」   酢水へとさらす蓮根(はすね)のうす切りの穴を朝(あした)の

        光がとおる        服部真里子 『行け広野へと』 





         

ほんの一部だけの引用(わたし)にとどめたが、

各語については、古語大辞典は勿論のこと、言泉・言海・国語大辞典・

広辞苑・大辞林と参照にしている丁寧さである。

そして、何より古典の『宇治拾遺物語』・『源氏物語』・『平家物語』・『万葉集』

等の使用例がたちどころに出てくるところが著者のスゴイところ。






読みやすく、平易な文章がうれしい1冊である。

                      平成29年1月20日  2700円+税

cat       cat

久留米へ出掛けたので、梅林寺を訪れる。

30種、500本の梅の花は、まだ2・3分咲きというところ。

観梅客も少ない。

ティーハウス梅苑でぜんざいをいただき、筑後川の岸辺まで歩く。

鴨が水面にゆらゆらと200羽以上揺れていた。

2017年2月 1日 (水)

ハートネットTV 「歌舞伎町の俳句集団」  NHK Eテレ

「歌舞伎町の俳句集団」を視聴した。

歌舞伎町俳句一家、その名前は「屍派」。



ぎりぎりのところで生きている人たち。

その人たちの生の確認でもある「俳句」。

俳句を作ることによって、ダメである自分自身が救われる、

とも語るのを聴いていると、あぁ、わたしとおんなじだな、と共感する。




境涯は多少違えど、自分自身が救われたいのだ。わたしも。

あるがままの自分でいたい、とも思う。(なかなか難しいことだが……)


       俺のやうだよ雪になりきれない雨は   北大路翼

       蒲公英は倒れてゐることが多い     五十嵐筝曲

       雑踏の中にざくざく在る孤独            白熊 左愉

       ライオンを愛したくても檻の中       咲良あぽろ

       君が死ぬ金魚じゃないから流せない   一本足 







みんな何かを抱えて生きている。

その何かをもひっくるめて、受け入れてくれる。

       居場所ならここにあったよ歌舞伎町


それが「屍派」なのか。

主宰の北大路翼なのか。





翼の〈翼〉はだいじょうぶ、か?

きさらぎのつめたい空を翔ぶことができる、のか?

翔び続けることができる、のか?

☆     ☆

なお、北大路翼の句集『天使の涎』の紹介を拙ブログ「暦日夕焼け通信」の

2016年7月1日に掲載している。




               

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »