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2017年2月24日 (金)

歌集『冬湖』 石田比呂志  砂子屋書房

2011年2月24日に亡くなられた石田比呂志さんの最終歌集『冬湖』を

読んでいる。

この歌集題は、熊本の江津湖だろう。石田さんは『短歌真髄』(砂子屋書房 

2005年刊)のなかで江津湖のことを、次のように記している。






   --略 安永氏(安永蕗子さん)は江津湖散策を日課としているらしい。

    私も自転車で十分程の距離なので時に出かけては四季折々の湖を

    覗くことがあるが、そこには三千羽程の鴨(ゆりかもめ三百羽ほど)が

    いてその殆どが緋どり鴨だということを安永さんの文章ではじめて

    知った。そこでまた

       湧水湖肥後の江津湖は緋どり鴨真鴨浮かべる風雅の宿場

       残り鴨数羽湖岸に一冬(いっとう)を越えし自尊の首立てて浮く

    と声高らかに囀って挨拶代りに水に浮かべてやったら、鴨が尻に帆を

    かけて逃げてしまった。鴨に風流心が無いのか私の歌が腰折れな

    のか、今度安永さんに会ったら伺ってみよう。

最終歌集のタイトルになった『冬湖』は、2011年の4月号掲載予定の原稿、

特別作品「冬湖」30首である。石田さんはまさかそれが自身の絶詠になる

などとは思いもしなかったことだろう。







     甲斐のくに七覚川は水ほとり方代墓碑のネッカチーフよ

     閑散と真昼人無き無人駅ふたつ鶏(かけろ)が砂浴みいたれ

     平らなる能登は七尾の海面(うなおも)の潮の流れに干満(かんまん)
     を見ず

     七尾湾沖つ辺昏れて能登島の集落低く灯(とも)りはじめつ

     海峡の空低くゆく漂鳥を標的として襲う鳥あり

     あけぼののきざせる部屋に石に降る雨を聞きおり眼鏡を置きて

     縹渺と浮かぶ冬湖のゆりかもめ帰り行くべき故山もてりや

     置き去りにされし鷗も居残れる鷗も白し夕日が中に

     湖(うみ)に浮く鴨と湖岸にふくだめる鴨あり湖に浮く鴨寒し

     如月の風吹く湖に着水の鴨あり戻り来(こ)ぬ鴨のあり

     


1首目の歌は、山崎方代の墓のことを詠んでいる。

「赤いネッカチーフーーわが方代の一首」(『短歌真髄』所収)のエッセイの

なかで「墓は何事も無かったかのように七覚川を見下ろす小高い岡の上で、

巻きつけられた赤いネッカチーフ(生前のダンディ振りを知る人が巻きつけ

てゆく)を川風に粋に靡かせながら……略」と記されている。



「方代一首」(『閑人囈語』 (砂子屋書房  急逝後の2012年2月刊)にも

この赤いネッカチーフのことが綴られており、引用されている歌は違うが

結語は「ああ、七覚川のほとりのお墓の、あの赤いネッカチーフよ。」とある。



2首目の歌は茂吉の「めん鶏ら砂あび居たれ……」が、下敷きにあるだろう。




3・4首目の能登・七尾の歌、「能登二首」の詞書がある。その他には能登の

歌はなく、2首だけながら、2首ともに味わい深い。





第6回の琅玕忌で、講演をなさった松村正直氏が「作品そのものを純粋に

鑑賞することも忘れてはならない。」と語った。そのことを思い出しながら

今回、10首選んだのだが、やはり、わたしの好みに傾いただろうか。


6首目の歌など、とりたててどうという歌ではないのだが、石田さんの気息が

伝わってくるようで、わたしは好きだ。結句の「眼鏡を置きて」が実にいい。

後ろから行って「石田さん、どげんしたと?」と、肩を叩いてあげたくなる

ようなさみしい後ろ姿だ。

最終歌集となってしまったのだが、もうこの世にいないと思うと、この世に

遺された歌たちを弔ってあげなければと、思う。


折りに触れ、思い出すこと。

石田さんの歌を忘れてしまうのではなく、読み続けること。








                        2017年2月18日  2500円+税



 

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