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2017年2月16日 (木)

『現代短歌』 二人五十首のこと

『現代短歌』に連載されている二人五十首。



2016年12月号では、岡井隆と鳥居がペアを組んでいた。

その意表を突いたペアもさることながら、鳥居の歌に言葉を失った。

いや、正しくは鳥居の歌のうまさに舌を巻いた。

岡井を相手に遜色のない健闘ぶり?である。

鳥居の歌を今まで先入観でみていた自分が恥ずかしくなるくらいだった。

(鳥居の歌を岡井の名前と入れ替えてもわからないのでは…などとも思った)



       台風のふかい爪痕(つめあと)を悼(いた)みつつ 霽天(せい

       てん)のもと旅するわれは                  岡井                           

       眠剤に意識うばわれ濁流のしじまのなかを溺れてゆけり                               

                                         鳥居

       ぼくの中を流れつづける濁流ははげしくはないがやはり苦しい                       

                                         岡井

       夜は白みはじめて夏が消えていく 僕の持ちえぬ青年の咽喉      

                                         鳥居








詞書を外して、最初から二人の2首を引用したが、一枚の布を二人で織り

あげるように紡がれていく。あるときは濃く、あるときは淡く。

岡井と鳥居の呼吸はお互いに相手を思い遣るように、静謐である。







この二人五十首は、『現代短歌』の目玉(笑)ともいえそうだ。

たのしみに読んでいるし、期待している。


ところで、2017年3月号の同名短歌ユニット「太朗」の歌の

鑑賞が何度読んでもできない。

鑑賞できない原因は何なのか考えているのだが、おそらくわたし自身が

短歌に対して固執している〈歌と作者〉の関係ではないだろうか?

この二人は染野太朗と吉岡太朗ということは判る。

だが、どの歌が染野の歌で、どの歌が吉岡の歌かということは、詮索

するしかない。(50首並んでいるのだが、記名はナシ。)

そんな必要はないんだよ、ユニットなのだから。と言われても、読者である

わたしには納得できないのだ。

誰か教えてほしい。

彼等がやろうとしていることを。

彼等の目指す短歌を教えてほしい。









cat      cat

のこんの月(残月)が今朝は美しかった。

朝、6時過ぎに起きて空を仰ぐと〈のこんの月〉が、くっきりと。



そして、今日は北部九州は「春一番」が吹いたとよ。



そして、そして、今夜は19時14分から18分までISS(国際宇宙ステーション)

を観測。

北北西の空から北北東へ消えていった。

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