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2017年3月29日 (水)

『無名鬼の妻』山口弘子 作品社

帯文には「悲劇の文人・村上一郎との波瀾の半生」と記されている。

「村上一郎の死後、彼女は短歌に目覚め、人形と短歌を支えに、波乱の多い

後半生を生き抜き、二〇一七年三月に九十三歳になる」とプロローグに

著者は書く。

著者の山口さんは、りとむ短歌会に所属しており、村上一郎氏夫人の

『無名鬼の妻』の(栄美子)現・長谷えみ子さんも、りとむ短歌会に所属して

いる。そういった縁のもとに一冊になった書であろう。






1964年10月、村上一郎が創刊した文芸誌の名前が『無名鬼』であり、

10年間に20号を発行。この文芸誌には、山中智恵子、馬場あき子、岡井隆、

前登志夫などが作品を寄せた。歌人にとって『無名鬼』に作品が掲載される

ことは、何より晴れがましいことであったに違いあるまい。

昭和50年の村上一郎自死の10月に追悼号を出して終刊となった。

この書は「村上一郎の伝記ではない」と著者は記すが、村上一郎の人と

なりを克明に綴っている。それは妻であった長谷えみ子さんの聞き書きに

よって齎されたものとも思うが、長谷さんの記憶力、そして、夫に対する

こまやかな愛情が伝わってくる一書になっている。






1970年11月25日、作家の三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決

した。その折の村上一郎の動静は過熱する新聞雑誌の誤報道を含めての

対応にえみ子さんの怒りは抑えられない。当時、一郎は躁鬱症の躁の

時期でもあった。この時の夫人を宥めてくれたのは文芸評論家の桶谷

秀昭氏であった。






『無名鬼の妻』の長谷えみ子さんは現存する93歳になられるおひとである。

 

      なんでもお話ししますよ。でも、わたくしのためではなく、あなたは

      あなたのために書いてね

      村上一郎という名前を思いだしてくださる方がいたら嬉しいけれど

      ……。わたくしもいろいろなことをどんどん忘れていますから






                    2017年3月20日第一刷発行  1600円+税

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書棚より村上一郎歌集『 撃攘』(思潮社 1971年6月25日)を取り出す。

     憂ふるは何のこころぞ秋の涯(はて)はからまつも焚け白樺(しら

     かば)も焚け

     忍ぶなき愛こそ惜しめひたはしる思ひのはてに死なむこの身は

     げに花は落つるものなる理(ことわ)りをまひる静かに知るはかなしも

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