« 「泥舟」に乗って… | トップページ | 『文脈力こそが知性である』齋藤孝 角川新書 »

2017年4月12日 (水)

『新潮』2017年4月号 角田光代「深い森」私的感想文

梯久美子の『狂うひと』の書評。

書評といえど、4ページもの長い論評ともいえる。

さすが~というか、まいったまいったと思いながら図書館で読了。

        書かなければ現実ではない、

        ということを裏返せば、書けば現実となる、

        書けば存在する、ということになる。







敏雄とミホの二人の動静をかように論破するあたり、ホントにわが角田さま

である。そして、敏雄とミホの「書くことについて」は以下のように考察して

いる。


       人生を棒に振ることも厭わず、

       他人を思いどおりにするまで、

       運命を変えるまで、

       二人にしかわからないことを続ける。

       つねに言葉を介在させて。






そして、梯の『狂うひと』については、





      私がもっとも胸打たれ、感動するのは、本書が何をも脅かさず、

      何をも損っていないことだ。


これって、評伝を書くときの〈心構え〉みたいにも思えてくる。

読めてよかった、よかったよ。



cat      cat

第40回俳人協会新人賞を受賞した『山羊の角』の鎌田俊氏。

『俳句』4月号に掲載されていた。その中で注目したのは、角川春樹氏の

「自己の投影」という言葉。それを句作する上で鎌田氏は頭に置いているの

だろうか。

昭和54年生まれといえば、今年38歳。「河」所属。

「自分の心の年譜につながる句が出来のよしあしに拘らず愛着があった」

という角川源義氏の言葉もひいてある。




短歌の新人賞受賞の人たちとの違いを(方法論的に?)痛感した。

« 「泥舟」に乗って… | トップページ | 『文脈力こそが知性である』齋藤孝 角川新書 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2032066/70233084

この記事へのトラックバック一覧です: 『新潮』2017年4月号 角田光代「深い森」私的感想文:

« 「泥舟」に乗って… | トップページ | 『文脈力こそが知性である』齋藤孝 角川新書 »